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狼は眠らない  作者: 支援BIS
第1話 黒穴の向こうに
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1


 バクラド迷宮第三十八層のボス部屋で、二人の冒険者が、足元にぽっかり空いた穴をみつめていた。

 ボスを倒したとき、突然穴ができたのだ。

「みえるか?」

 訊いたのは、〈人食い熊〉の異名を持つ冒険者のボウドである。

「みえん。霞がかかったようだ」

 答えたのは、〈片目狼〉の異名を持つ冒険者のレカンだ。

「お前の能力でもみえんとはのう。やっぱりこれが、〈黒穴〉か?」

「そうだと思う」

 レカンの左目はつぶれている。かつてタントラン迷宮四十二層で三尾大蛇の毒液を浴びたとき、つぶれてしまったのだ。その代わり、三尾大蛇を倒したとき、レカンは二つの強力な能力を得た。

 〈立体知覚〉と〈生命感知〉である。

 この二つの能力をもってしても、この黒い穴の先に何があるかはわからない。

「行くか?」

「行く」

 〈黒穴〉に飛び込んだ者は、莫大な財宝や、強大な能力を得るという。いくつもの国の始祖や伝説的な英雄が、〈黒穴〉で富や力を得たと伝わっている。この乱世に〈黒穴〉が現れたのは、むしろ当然なのかもしれない。

 〈黒穴〉は、何十年かに一度、迷宮のボスを倒したとき開くというが、いつどこの迷宮のどのボス部屋に出現するかは、誰にもわからない。飛び込んだ先に何が待っているのか、誰も知らない。

 冒険者は誰でも、いつか〈黒穴〉に出会うことを夢みている。ただし、〈黒穴〉に出会ったとき、誰もが飛び込むとはかぎらない。飛び込んで栄華を得た者より、飛び込んだまま帰ってこなかった者が多いといわれているからだ。

 ためらいもせずレカンが飛び込むことを決めたのは、まさに冒険者そのものの気質を持っていたことと、体力と気力が充実していたこともさることながら、天涯孤独の身であったことが大きいだろう。

 ここ二年ばかり行動を共にしているボウドも、同じく根っからの冒険者である。つまり、警戒心が強く、利益のないことには首を突っ込まない一方で、どこか人生を棄てたようなところがあり、一攫千金のためなら、ぽいと自分の命を賭け金に差し出せる男だった。そしてまたボウドも力にあふれ、家族を持たない男だった。

 レカンは〈黒穴〉に飛び込んだ。

 ボウドも飛び込んだ。

 それを待っていたかのように〈黒穴〉は閉じた。

 あとには、ありふれた迷宮の光景だけが残された。


2


 レカンは目を覚ました。

 自分が熟睡していたことに、驚きを覚えた。

 普段、レカンの眠りは浅い。寝ていても、近づく者がいたり、物音がしたりすればすぐ目を覚ます。こんなふうに深い眠りについたのはいつ以来か思い出せないほどだ。

 驚きながらも、油断なく索敵を行う。レカンは、息を吸って吐くのと同じように、ごく自然に索敵を行うのだ。

 〈立体知覚〉で近距離の索敵を行い、〈生命感知〉で長距離の索敵を行う。

 五十歩以内に動物も人間もいない。千歩以内には二十個ほどの緑の点があるが、青い点も赤い点もない。

 それはいいのだが、緑の点の光が非常に弱い。試しに感度を上げてみると、少しはっきり映るようになった。こんなことは今までになかった。

 おもむろに上半身を起こし、そのまますうっと立ち上がった。

 森のなかだ。

 いったいどうしてこんな所にいるのだろう。

 〈黒穴〉に飛び込んだことは、はっきりと覚えている。

 穴のなかを落ちてゆく途中で気を失った。

 そして今ここにいる。

 つまりここは、〈黒穴〉の先の世界なのだ。

 だが、みわたすかぎり木々と山々が広がっており、上には果てしない空がある。

 どうみても、穴のなかの世界のようではない。

 ぐるりと体を回転させながら、残された右目でじっくりと周囲を観察する。

 生えている木や草の形が、みおぼえのないものばかりだ。

 レカンは世界中のいろんな国を旅してきたが、その旅の記憶に照らしてみても、この森の木や草は異質だ。

 体調はきわめて良好だ。

 空気もうまい。だが、その空気の匂いも、どこかしらこれまで知っていた空気とちがうような気がする。

 レカンの鋭敏な感覚のすべてが、ここがみしらぬ異世界であると告げている。

 〈生命感知〉の範囲を移動させて、さらに広い範囲を探ってみたが、赤い点は表示されない。

 近くに人間はいないということだ。つまりボウドがいない。

 ひどく離れた場所に落ちてしまったようだ。

(いや……もしかすると)

 もしかすると、ボウドは、ここではない別の場所に落ちてしまったのかもしれない。

 今はボウドのことを心配している場合ではない。とにかく、まずは自分の安全を確保しなくてはならない。


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― 新着の感想 ―
もう何回目か覚えてないが、また読みたくなってしまうくらい好き
>>あとには、ありふれた迷宮の光景だけが残された。 シンプルな一文だけれども、ここで毎回惹き込まれてしまう。
久々に読み返しますがもうあれから3-4年も経っていようとは…早いもんです
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