第4話「できること」
『ーー人化、か』
「もしモルセラさんが人化できるなら、このログハウスで生活することができます」
かつて地球にいた頃。
特に流行っていたアニメやゲームなどで、動物や魔物、モンスターを擬人化させるという場合が多かった。
所詮地球の知識だが、もしこの世界でそれらが可能性だとしたら。
モルセラさんが俺と同じように人間の姿になれるとしたら、問題は解決する。
「ログハウスを建てる作業で、モルセラさんは魔法を使っていましたよね。それなら、人の姿になる魔法も使えると思ったんですけど」
『ーー確かに、我は人化することができる。しかし最後に使ったのは随分昔のことだからな。少し時間をくれぬか?』
俺は予想が的中したことに喜んだが、モルセラさんは使い方をど忘れしているようだ。
それでも過去に人化を使ったことがあるという情報が、救いでもあり希望であった。
「わかりました。俺は先に家の中で待つことにします」
『ああ、そうしてくれ。我は人化の仕方を思い出し次第、また呼ぼう』
モルセラさんが無事、人化できることを祈りつつ、俺はログハウスへ向かった。
木製のソファに座り、天井を見上げる。
さて、早速やることがなくなってしまった。
俺は久々に一人になり、思考に耽る。
この世界ーーガイアに転生して約三ヶ月。
唯一出会った生命体、黒竜のドラゴン。
俺に名前を授けてくれた恩人。
いいや、恩竜と言うべきかな?
転生先が洞窟だったからこそ、モルセラさんと出会えたわけだが、もしも別の場所だったら俺はどうしていたのだろうか?
きっと戸惑いつつも、自分で解決してなんとかしていたのだろうか?
まず俺はこの世界に来てから、一度も食事をしていない。つまり何も食べていないのだ。
逆に食べようとしても地面に落ちてしまう。
胃がないのだから当然だ。
そもそも臓器がないため、食事ができない。
俺は改めて、自分の状態を確認する。
食事、呼吸、睡眠、排便、排尿、住処、金銭。
今のところ、必要なものは何もない。
ログハウスも本来なら必要ない。
暇潰しで作ったようなものなのだから。
洞窟で骸骨姿の自分を見たときは驚いたが、慣れれば案外快適だ。
まずは睡眠についてだ。
二十四時間、常に意識があるのは未だに慣れないが、なんとか頑張っている。
そもそも眠気がこない。
次に食事について。
胃腸が無いため食事ができないのは残念だが、餓死の心配がないだけありがたい方だろう。
用を足す必要もないため、トイレに困ったり、尿意や便意、胃痛や下痢などにも悩むことがないため非常に身軽だ。
肺がないため呼吸の必要もない。
これならどんな環境にも対応できるのでは?
極寒地帯や砂漠地帯は……どうだろう?
神経がないため感覚はない。
物を触っている感覚も、温度も感じない。
暑くも寒くもない、実に不思議な気分だ。
そして一番の問題は、臓器がないこと。
生命としての活動を支える臓器だが、俺は骸骨にも関わらず何一つ不自由はない。
はっきり言って謎だらけである。
骨の体だというのに視界は鮮明だ。音もよく聞こえる。匂いは感じない。おそらく痛覚も存在しないだろう。
もし骨折したらどうなるのだろう?
新しい骨が生えてくるのか?
強い衝撃と高熱の炎には気を付けないとな。
臓器がないことで、病気や老衰の心配もないだろう。正直寿命が存在するのかもわからない。
そう考えると、俺は死んでいるということになるのだろうか? 少なくとも生きた骸骨など聞いたことがない。
ゲームなどで骨のモンスターなどは見たことはあるが、ここは地球ではない。
もしかしたら地球と所々似通っている部分があるかもしれないが、あくまで似ているだけだ。
地球の常識が通用しない可能性の方が高いだろう。
それにしても、俺が普通の人間ではなく骸骨になってしまったのは何故なのか?
元はと言えば、俺が転生する前のあのやりとりが原因だろうと思う。
俺を魂園へ導き、この世界へ転生させた張本人。
あの“魂の案内人”と名乗っていた少女の仕業だろう。
確か彼女が俺を転生させる前の会話を思い返す。
ーーえっと〜、条件の確認ですけど。『何も持たないゼロの状態』『健康体』『自分の身を自分で守れる程度の実力』がいいんですよね?
あのときの内容。
つまり、俺が願った三つの条件。
『何も持たないゼロの状態』
確かにゼロからやり直したいとは言ったけれども、なんで骸骨姿になるんだ。せめて肉体も付けろよ。
『健康体』
確かに骸骨なら、怪我や病気や老衰に怯えることはないけどさぁ……思ってたのと違う。全然違う!
『自分の身を自分で守れる程度の実力』
これに至っては完全に謎だ。
今のところ、ガイアで戦闘行為をしたことはない。
モルセラさんと出会った洞窟や森には数多くの動物や昆虫。それに地球では見たことのない、いわゆる魔物やモンスター的な生命体がいたのだが、特に戦う必要がないため、遭遇しても無視してきた。
なぜか向こう側がこちらの存在に気づいても、特に反応がなかったり、怯えて逃げて行く場合が多かった。そりゃ骸骨が動いてたら怖いよな。俺だって怖い。
つまり俺の戦闘力は未知数だ。
本来なら武器の扱い方や魔法の使い方を学ぶのが定番なのだろう。
家作りを終えた今、俺の目標は無くなってしまったため、次は武術や体術などを極めるのもいいかもしれないな、
「おや? 考え事でもしていたのか」
突然後ろから声がしたため、慌てて後ろを向く。
そこには一人の女性がいた。
裸で。
その整った顔立ちは美しさと凛々しいを兼ね備えており、モデルのような高身長と引き締まったスタイルは多くの異性を魅了することだろう。
腰まで伸びたストレートのサラサラ黒髪。
頭から二本の角が生えている。
よく見ると尻尾も生えている。
そして光に反射して淡い輝きを放つ青い瞳。
まるで宝石のサファイアのようなその瞳は、見るものを引きつけ、虜にしてしまうであろう。
それほどに、彼女は美しかった。
「…………」
「ムクロよ。なぜ無言なのだ? もしや我が癪に障ることでもしたのだろうか? もしそうなら謝罪しよう」
その口調と雰囲気から、俺はようやく目の前の女性が誰なのか理解した。
「モルセラ……さん?」
「そうだが?」
今更だけど、モルセラさんって雌だったのか。
今まで気づかなかったけど、よくよく考えれば気になる点がいくつもあったことに気付く。
「女性だったとは思いませんでしたよ」
「かつて我と戦った者の殆どが、雄と勘違いしていたな。我には未だに理解できん」
確かにドラゴンの性別の見分け方なんてわかる人のほうが少ないよな。
それにモルセラさんは男勝りな気性だったこともあり、俺自身も勝手に男だと思い込んでいた。
「とりあえず、人化が成功してよかったです」
「ああ。見ての通り、人化のやり方を思い出したのだが。どうだ? 今の我は」
「外見は二十代の女性に見えますね。角と尻尾を隠すことはできますか?」
「ふむ……こんな感じか?」
先ほどまであった角と尻尾が、一瞬で消えてしまった。
誰が見ても美人な女性だ。
彼女を見てドラゴンだと思う人は、間違いなくいないだろう。
「これで我もここに住めるな。ムクロ」
「はい。と言っても、今の俺たちにはこの家は広すぎると思いますけどね」
「そうであろうか? 広いほうが伸び伸びとできると思うが」
「まあ、そうですね。万が一、お客さんが来た時におもてなしできるようにしておかないと」
「このような場所に客など来ないであろう。お前は例外だがな」
「ですね」
今自分たちのいる場所がどこなのかは、結局わからないままだ。
しかし、人間はいない。
これは確定済みだ。
数時間前、モルセラさんの背に乗せてもらい、この森の周辺を確認したときにきづいたことがある。
海が見えた。
この大陸、正確には島には俺とモルセラさん以外に人間はいない。
逆に言えば、人間以外はいる。
どこかで見たことのあるような動物。
架空の存在である生物。
とてつもなく巨大なモンスター。
俺たちがいる場所は、
ーー絶海の孤島だった。