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骸旅  作者: 眠維ノヨ
第一章 骸と竜
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第2話「思い届けて」

 微かに感じる何かが彼を呼び覚ました。

 それは時が来れば訪れる現実であり、必然的とも言えるであろう。

 

 彼はただ一人、静かに起き上がり周りを見渡した。静寂と暗闇が支配する場に置いて、彼は思いの外、平常心を保っていた。


 元からそういう性格であることを含めても、つい先程の出来事を考えると実に不思議だ。常人ならば取り乱しても可笑しくないというのに。


 彼は自らの状況と周りの環境から、自分の現状を大凡把握した。



 考えがまとまった後は単純だ、歩くのだ。



◇◆◇




 こういう時こそ冷静に対処しなければ。


 ーーまずは俺の状態だ。


 今自分のいる場所を見渡す。

 少しの足音でも響く。

 辺りは薄暗く、天井からは水滴が落ちる。


 俺の勘だと、おそらくここは洞窟だ。

 しかし何故自分が洞窟にいるのかは分からないが、先程あの少女とのやり取りを考えると、ここはガイアの何処かの大陸の、何処かの洞窟の中なのだろう。


 とりあえず出口を目指そう。

 ひたすら上に向かって登り続ければ、そのうち地上に出られるかもしれない。


 ついでに少し探索することにしよう。

 何かが見つかるかもしれない。





 探索すること数十分。

 俺はとにかく下へ降りた。

 最初は地上へ向かう予定だったが、地下には何があるのか確かめたくなったのだ。


 そして降り続けること数時間、最下層と思われる場所で俺は見つけてしまった。


「あれは、まさか……」


 そこにいたのは、巨大な何かの塊だった。しかし近く程にその正体の確信が深くなっていく。


 俺にとっては見慣れた生物。

 しかし実物を見たのは初めてだった。


 二十メートル程の巨体に、巨大な翼と鋭い牙を兼ね備えている。

 肌は黒く、頑丈そうな鱗がぎっしり並んでいる。

 手足は分厚く、立派な爪がよく見える。

 頭部からは真珠を想わせるツノが生えている。

 そして一番印象的なのは、美しくも鋭い、まるでサファイアのような青い瞳である。

 あの眼光に人睨みされれば、誰もが身を竦めることだろう。


 かつて地球にいたころ、よくファンタジー映画などで飽きるほど見た姿。



 誰もが知っている。

 だが誰も本物は見たことがない。

 当然のことだ。

 地球には存在しない生物なのだから。


 俺がこの世界で一番最初に遭遇した生物。

 否、モンスター(・・・・・)はーー




「ドラ……ゴン……!?」


 この瞬間、俺の常識が変わった。



◆◇◆



 ギロリッ


 黒竜はこちらを見つめ、舌を這わせる。

 これはまずい。

 あの目は獲物を狙う狩人の目だ。


 素人の俺でもわかる。

 このままだとーー死ぬ!


 異世界生活一日目なのに、ドラゴンに食われて死んでしまう! 冗談じゃない!

 早く逃げなければ、しかしどこへ?


 元来た道を戻るべきか?

 地上まで逃げれば追ってこないかもしれない。

 だがもし、それでも追って来たら?


 いいや、考えるのはそよう。

 今は自分にできることをするべきだ。


 まずは相手の様子を伺いつつ、ゆっくり距離をーー



『おい、お前』



 声が聞こえた。

 すぐに周りを見渡すが、声の主がわからない。

 ここには俺とドラゴンしかいないはずだ。



『お前のことだ。我が声は聞こえているはずだ』



 やはりそうなのか。

 そうとしか考えられない。

 なら俺は確かめなければ。



「もしかして俺……、私に話しかけてます?」


『あぁ、その通りだ』



 声の主は、ドラゴンさんでした。


『貴様はなぜこのような所にいるのだ』


「なぜと言われましても、探検してたらここにたどり着きました」


『グゥアッハッハ!! そうか、探検か!』


 ものすごく爆笑している。

 どうやら意思疎通はできそうだな。

 相手がドラゴンとはいえ、怒らせると面倒だ。

 一応敬語で話すことにしよう。


「あの……、貴方はドラゴンさん、ですよね?」


『ドラゴンさん? 面白い聞き方だな、亡者よ。確かに我はドラゴンだ』


 第一印象としては、獰猛そうには見えない。

 寧ろ優雅で上質な感じがする。

 気品がある、とでもいえばいいのか?


 ……今、亡者・・って言った?




『我がここを住処とし、永き時が経った。今まで我を討とうと多くの人間共が来たが、誰一人として我を倒せるものは現れなかった。お前の姿を見た限り、この世に強い未練が残っておるようだな』


「え、未練ですか? 確かに私は人生をやり直したいと考えていますが、未練はそんなに無いですよ」


『それはおかしい。お前は魔物とは違うようだが、人間とも思えん。一体どういうことだ?』


「私は人間ですよ……、ん? ちょっと待てよ。ドラゴンさん! 貴方には私が何に見えるんですか!?」


 先ほどからドラゴンの言葉に違和感を感じている俺は、まさかと思い、ドラゴンに問いかける。


『その様子だと、お前はまだ自分の姿を見ていないようだな。すぐそこに湖がある、そこで今の自分を見てみるといい』



 言葉通り、俺のすぐ後ろには巨大な地底湖があった。俺は湖に近づき、水面に映る自分の姿を確認する。



「…………え?」


 確認したが、よくわからなかった。

 ドラゴンの方を見ると、なぜか哀れみの視線を向けてくる。


 もしかしたら疲れているのかもしれない。

 試しにもう一度、自分の姿を確認する。



 ……

 …………

 ………………







 よし、よくわかった。

 やっと理解できた。


 うん。


「ドラゴンさん、今から私の質問に答えてもらえませんか?」


『いいだろう』


 俺の目は節穴ではないと信じたいが、今は確実に情報が欲しい。何より自信がない。

 だからこそ、このドラゴンには答えてもらわなければならない。


「今の私は、生きているように見えますか?」


『……生きているとも、死んでいるとも言えん。今のお前は、骨だけ(・・・)だからな』



 水面に映った俺の姿は、昔とは違いました。

 表面上は、ね。


 そう。

 今の俺は、紛れもなく。





 ーー骸骨・・だった。


◆◇◆



『不思議だ。お前のような者は初めて見る。この世に未練がある訳でもなく、スケルトンやリッチ系統の魔物でもないとなると……お前は何なのだ?』


「寧ろこっちが知りたいですよ」


 どういうことだ。

 なぜ俺は骸骨の姿になってるんだ?


 確かに探索中、妙に体が軽いと思ったが。

 軽いもなにも、骨しかないじゃないか!


『お前自身もわからないようだな』


「はい……もうお手上げ状態ですよ」


 大体どこから突っ込めばいい!?

 骨だけなのに動ける。

 骨だけなのに視界がわかる。

 骨だけなのに声が出せる。


 普通、筋肉がなければできないことを今の俺は平然とできている。

 実際、水面で自分の姿を確認するまで気づかなかった。


『考えてもわからぬなら、考えなければいい。かつてこの洞窟には多くの冒険者たちが訪れていたが、今では誰も来ぬ。人々から忘れ去られた洞窟だ。時間はいくらでもある故、答えが出るまで思考すればよい』


 なかなか頼もしいことを言ってくれるな。

 確かに時間はある。

 そもそも骸骨だから寿命が存在するのかはわからないが、ひとまず疑問の解決を優先しないとな。



「今更ですがドラゴンさん。貴方の名前をお伺いしてもよろしいでしょうか?」


『名前か……こうして他者との会話自体、久しいことだ。だが、これは困った。どうしたものか』


「えっと、何か問題でも?」


『忘れた』


「わ、忘れたというのは?」


『我の名前って何だったかの」



 …………は?


 忘れちゃたのか、自分の名前。

 そんなことあるのか?


 いや、でも長い間誰からも名前を呼ばれなかったら忘れることもあるのかもしれない。


「本当に覚えてないんですか? 異名とか通り名はなかったんですか?」


『うむ……、暫し待たれよ』


 そう言うとドラゴンは、腕を組み考え始めた。

 若干唸り声のようなものが聞こえるけど大丈夫だよな。



『ーーあぁ、そういえば』


「思い出しましたか!」


『かつて我を討伐しに来た冒険者たちが【滅竜王】と呼んでおったな。人間共もおかしなものだ。我は一度も王などと名乗ったことはないと言うのに、ましてや滅竜ときたものだ。我は無用な争いや被害を極力避けてきたと言うのに。酷いものだ』



 まあ、言ってることはわかるよ。

 でもさぁ、ドラゴンが手加減したところで人間が勝てるとは到底思えないんですけど!


 例えるなら、人と熊だな。

 もし熊が人間の飼い主と戯れたとして、熊は遊んでいるつもりでも飼い主側ご が本気で襲われればひとたまりもないだろう。


 そしてここは異世界。

 しかもドラゴンとなると……

 こればかりは種族間の常識が違いすぎる。


「さすがに人間とドラゴンじゃ、差がありすぎると思いますけど」


『んむ? やはりそうなのか。そうか……、我としては死なぬ程度に加減したつもりだったのだが、奴らには悪いことをしたな』


 なんと言うか、少し可哀想だな。

 あ、ため息してるよ。

 ドラゴンも苦労してるんだな。


「まあドラゴンと人間は全く別の生き物ですし、住む世界も常識も違います。だから落ち込まないでください」


『ああ、大丈夫だ。改めて自分自身の在り方について考えられそうだ。礼を言う』



 ドラゴンは俺に深々と頭を下げ感謝の気持ちを伝えてきた。

 実に不思議な気分だ。

 ドラゴンに礼を言われるなんて。


『そういえば、貴様の名をまだ聞いておらんな』


「え、俺の名前ですか!?」


 そうだった!

 俺まだ名乗ってなかったじゃないか!

 普通自分から名乗るのが礼儀だと言うのに、これはヤバイぞ!


 と言うか、なんて名乗るべきなんだ?

 せっかく転生したのに前世の名前を名乗るのはおかしいよな。


 よし。前世の名前は捨てて、これからは新しい名前で生きていこう。

 しかし名前が思いつかないな……


『どうした。我には教えられぬか?』


「いや! えっと、その〜、なんて言うか。あはははは〜」


『急に態度が変わったな。それが本来の貴様か』


「あ! すみません!! もうタメ口なんてしませんから、食べないでください!」


『はぁ……、その程度のことで気分を害したりはせぬ。食べる気もない。と言うか、そもそも貴様には食える身がないではないか』



 仰る通りです。



『普段通りの話し方でも構わぬ。それより、貴様の名を知りたい』


「実はですね。俺は今、名乗れる名前が無いんですよ」


『ほほう。名が無いとな?』


「はい……」



 互いを見つめ合い、無言の状態が続く。

 広い洞窟に二人。

 いいや、一人と一匹。


 静寂が場を支配する。

 唯一聞こえる音は、ドラゴンの深い呼吸と天井から雫が落ちる音のみ。





『ならば、我が貴様に名を与えよう』


「ーーえ?」



 静寂を破ったのはドラゴンの方だった。


『故に我にも、名を授けろ』


 一瞬、思考が停止する。

 このドラゴンは何て言った?


 名前をあげるから、名前をつけろと?



「ーーそれは、俺がドラゴンさんに命名しろということですか」


『そうだ。我と貴様は名乗る名が無い。ならば、今ここで作ればいい。我らの名を』



 なんという展開だ……

 まさかドラゴンから名前を授けてもらえるなんて。


 実質、ドラゴンが俺の名付け親になるってことだよな。ある意味、名誉なことなのかもしれない。


『では我から先に言わせてもらおう』


 どんな名前なのだろうか。

 できればかっこいい名前がいいな!

 逆にキラキラネームとかだったらどうしよう。


 嫌がったら怒るだろうか。

 機嫌を損ねて殺される展開とかないよな。

 まあ、もう死んでるも同然だけどな!



『貴様の名は、ーームクロ()だ』



 そのままだった!

 俺の姿が骸骨だから骸って、安易にも程があるだろ!



『どうだ、気に入ったか? 気に入らぬのなら他の名を考えーー』


「すごく気に入りました!!」



 でもまあ、今の俺にはピッタリの名前だ。


 よし!

 だったら俺も、このドラゴンに素晴らしい名前を授けてやらないと!

 いつまでも“ドラゴンさん”じゃ不便だからな。



 やっぱり見た目にちなんだ名前にすべきだな。

 三十メートルもの巨体、鋭い眼光、鋭い鉤爪、鋭い牙、鞭のような尻尾、ゴツゴツとした黒い肌、宝石のよう黒い鱗。


 この場合、黒関係の名前が良さそうだ。


(“クロ”は、さすがにないな)

(“黒丸”は、なんか船っぽい)

(“ダークドラゴン”は、定番すぎるな)

(“シャドウ”は、少し暗いかな)


 いかんな、全然いいのが思いつかないぞ。







 …………あ、そうだ。



「ドラゴンさん。花は好きですか?」


『花だと?』



◆◇◆




 彼女はいつも輝いていた。

 太陽のように力強く、皆んなを照らす存在だった。


 俺はそんな彼女とは正反対で、月のような奴だった。


 だからこそ、俺は憧れたんだ。

 そんな彼女にーー



「ねえねえ、今テレビ番組で『世界の花』について特番がやってるよ!」


「花ねぇ」


 今の時代、花で喜ぶ奴なんて早々いないだろう。

 このご時世、近代化が進んだことで人々は便利な生活に慣れきってしまっていた。


 そのため、昔からの伝統や文化を大切にする者は限りなく減っていることであろう。


「ちょっと〜、聞いてるの? ねえねえ」


「はいはい。ちゃんと聞いてるよ」


 俺の妻は年齢の割には子供っぽく、楽観的な思考の持ち主だった。

 しかも実家が“花屋”のため、花に対する情熱が凄まじく、よく花に関するうんちくを長時間聞かされていた。


 仕事のない日は、よく近所の公園で遊んだりしたものだ。

 お互い三十過ぎのいい歳した大人がだぞ。

 絵面的には問題だが、妻は子供達と混ざって遊ぶことが多かったため、子供達からは人気が高かった。

 しかし、ご近所さん方の評判はあまりよくはなかった。


 彼女の人間性を考えると、仕方のないことかもしれないが、そんな彼女を甘やかしている俺自身にも問題があるのは間違いなしだ。


「ねえねえ、チューリップの花言葉ってしってる?」


「チューリップの花言葉? そうだな……元気百倍」


「もう! 全然違うよー! チューリップの花言葉は『華美、恋の告白、美しい目、魅惑、博愛、思いやり、真面目な愛、正直、丁重』だよ!」


「あーー、多いな」


「一つの花が複数の花言葉を持つのって、そんなに珍しことじゃないんだよ」


「へー、ソウナンダー」


「なんで棒読み!? もしかして聞き流してる?」


「モチロン、チャントキイテルヨ」


「絶対ウソだー!」



 共に過ごした時間。

 色褪せることのない妻との日々。


 こんな日常が永遠に続くと思っていた。

 だがその願いは叶わなかった。


 俺たちの幸せを奪ったのは、


 ーー他でもない俺だった。




「あ、この花!」


 テレビに映ったとある花に、彼女はつよく反応した。


「この花が、どうかしたのか?」


「もう信じられなーい! 結婚して最初の年の誕生日の時、私があなたにあげた一番最初の花じゃない!」


「すまん、全然覚えてない」

(そういえば花束貰ったような?)


「この花の花言葉はね。私があなたに一番伝えたい気持ちと同じ意味なんだよ!」


「はぁ、馬鹿でもわかるように説明してくれ」


「ムフフ〜、どうしよっかなー、教えちゃおっかな〜」


「ゼヒオシエテクダサイ」


「もー! また片言になってるよ。でも私は寛大だから教えてあげよう!」



 自分でも意地悪だと思う。

 それでも彼女の反応が可愛いくて、つい意地悪をしてしまう。


 この彼女との何気ないやり取りが、俺にとってはかけがえのない宝物だった。






「いい? 今度ことちゃんと覚えてね。

 この花の名前はねーーーー」


◆◇◆
































































「モルセラ」


 それは、彼女との思い出が教えてくれたこと。


「貴方の名前は……モルセラです」



 花言葉は“永遠の感謝”

 俺が彼女から貰った、最初の花だ。

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