第13話「従者の気持ち」
「貴方は誰なのですか。なぜこのようなことを?」
マリーナを庇うように立ち、謎の男に問いかける。それに対し相手は笑みを絶やすことなく口を開いた。
「ああ〜そう言えば、まだ名乗ってなかったね。こりゃ失礼しました」
お辞儀をし謝罪をするも、今更それを信じることなど出来はしない。
彼はすでに城内の兵士達のほとんどを始末したであろうことは、アリステラでも容易に想像できた。
「僕は『世界の終焉』の幹部でね。組織の連中からは“絶望”のザクロと呼ばれてるよ。以後、お見知り置きを」
右手を胸部へ添え、左手を背後へ運ぶ。
軽く礼をする姿は、丁寧かつ洗礼されたものだった。
動作だけを見れば、誰も彼のことを狂人とは思わないだろう。
「ワールドエンド? 聞いたことのない組織ですね」
「そりゃそーよ。組織自体は結構昔に結成されたけど、今回のような大規模なイベントは初めてだからねぇ〜。今頃城の中では、僕の部下たちが暴れまわっているだろうね」
「貴方達の目的は何なのですか」
「目的? 目的はね〜。この腐りきった世界を、苦しみから解き放つことだよ!」
両手を広げ空に向かって叫ぶザクロを見たアリステラは、唖然としてしまう。
少なくとも今の彼を正義の味方などと思う者など一人もいないだろう。
「世界を救うなんて嘘よ。あの組織はただ滅ぼすことしか頭にない、狂人集団なのだから」
アリステラの背後から掠れた声がしアリステラが振り向くと、そこには胸部を抑え痛みに耐えるマリーナの姿があった。
「マリーナ!? その怪我で動いたら出血が」
「私の心配は要りません。それより、この狂った死神を殺さなければ」
「おっほほ〜怖い怖い。でも僕に殺される前に、ちゃんとご主人様に自分のことを説明しなくちゃ」
今も彼女の胸からは血が滴り落ちている。
しかしその眼光は鋭く、目の前の獲物を狩ろうとしていた。
「アリステラ様。私は、謝らなければなりません」
「謝るとは?」
「私も、ワールドエンドの……メンバーなのです」
予想外の言葉に、アリステラは言葉を失った。
このザクロと名乗る男と同じ組織のメンバーだと知り、今までにない衝撃を受けた。
一瞬で思考が停止し、何も考えられなくなる。
それでもマリーナは話をは続ける。
「私の親は生まれて間もない赤子である私を捨てたらしいです。そんな私を拾ってくれたのが団長でした。団長は私の親代わりとして育ててくれました。だから私は、団長に恩返しがしたかった」
どこか懐かしそうに、その瞳は遠くを見据える。しかしその声には悲しみと喜びが混じっていた。
「組織からの命令で王族の暗殺を言い渡されたました。私はいつものように任務を遂行すればいいと、そう思っていました。ですが、貴方と出会ったことで私は変わりました」
「…………」
「当時五歳だったアリステラ様の従者となり、七年の月日が流れました。今思えばアリステラ様との出会いは、運命だったのかもしれませんね」
「マリーナ……」
今にも消え入りそうな小さな声でアリステラは呟いた。自然と瞳から涙が頬を濡らしていることに彼女は気付かない。
「アリステラ様。貴方は気付いてないと思いますが、私は貴方から沢山の宝物をもらいました。かけがえのない大切な物を。組織にいた頃とは比べものにならない充実した時間、毎日のお仕事。そんな日常が、私は大好きでした」
「マリーナ、あなた……」
「今から一ヶ月前、組織から通達が来ました。王城襲撃計画についてです。私の役割は、アリステラ様の監視及び誘拐。城内の人間を全て皆殺しとし、アリステラ様を本部へお連れするようにと」
「私を、誘拐するのね」
確かめられずにはいられなかった。
すでに自白された内容から、彼女が何者で、何をしたかったのか、全て明白だ。
しかしそれでも、聞かざるおえなかった。
「はい。計画通り、誘拐はします。ーーですが、あなたを組織には渡しません」
ゆっくりと、着実に距離を詰めていく。
そしてザクロの方に向かって何かを投げる。
それをザクロは剣で弾いた。
「うわっ、ちょっと! 危ないじゃないか。人に刃物を投げちゃダメって習わなかったのかい?」
「生憎、狂人は自ら痛みを欲すると団長が言っていたわ」
「ないわ〜。団長マジないわ〜。娘になんてこと教えてんのよ」
クルクル回り両手で自分の体を抱くザクロに、マリーナはどこからか出したナイフ数本を投げつけた。
しかしザクロは踊るように鮮やかな動きでそれら全てを避けてみせた。
「多くの犠牲が出た今、私もあなたも罪人です。ですが、彼女だけは殺させません!」
「その体じゃ、まともに戦うなんて無理でしょ〜。無駄な足掻きはやめて、さっさと僕に殺されなよ!」
皮肉なことに、彼の言葉は正しかった。
今も彼女の胸からは血が止めどなく流れている。
体力的にも技量的にも、彼女がザクロに勝つ可能性は極めて低かった。
「確かに私では、あなたを倒すことは出来ないでしょう。それでも、足止め程度なら出来ますよ」
「……はぁ、仕方ないか。仲間を殺すのは心苦しいけど、マリーナちゃんは僕を殺そうとしたんだ。なら僕に殺されても、ーー仕方ないよねぇ?」
瞬間。
目にも留まらぬ速さで走り出したザクロはマリーナの背後へ回る。
対してマリーナは反撃に出ようとするが、彼の動きが見切れず全身を斬りつけられてしまう。
全身から血飛沫を飛ばし、地面へ倒れたマリーナにアリステラが駆け寄ろうとするも、目の前にザクロが立ちはだかる。
一瞬。
腹部に強烈な痛みを感じ、気を失ってしまう。
「アリステラ様ーーーー!」
最後に聞こえたのは、悲痛な叫び声だった。
◆◇◆
一気に話をしたため、一息つくアリステラ。
彼女は淡々と当時の一部始終を語るも、その瞳の奥は時より揺らぎを見せる。
そんな様子の彼女を見守るムクロとモルセラは、複雑な心境であった。
「その後、私が目覚めた時は、王城の地下にある牢屋の中でした。手足を鎖で縛られ、身動きが取れない状況でした。暫くしてザクロが訪れ、私をさらに絶望させるために全身を剣で斬りつけました。しかし、傷付いた私を魔法で治し、また斬りつける。それが数時間続きました」
語られる内容に、二人は自然と顔が険しくなる。
まだこれほど幼い少女が、そのような悲惨な体験をしたのだから。
「斬られては治され、斬られては治され、あと何度この痛みを味わえばいいのでしょう。そんなことを考えていた時です。彼が次元倉庫から転移石を取り出し、私に使ったのです」
「そして、ここへ飛ばされたわけだな」
「はい。彼は完全に絶望しない私を気に入ったらしく、運が良ければまた会おう。と、言いました」
「なんとも非人道的な奴だ! このような幼気な少女に、そのような酷い仕打ちをするとは!」
モルセラは鬼のような形相で怒鳴る。
ムクロは至って冷静だが、心中では彼女以上に怒りを煮えたぎらせていた。
「これで私の話は終わりです。最後までお聞き届けていただき、ありがとうございました」
「こちらこそ。そんな辛いことがあったのに、無理して話させてごめんな」
「我らの配慮が足りていなかった。気分を害したのなら、詫びよう」
アリステラに謝罪する二人を、彼女はあたふたしながらも「自分が話したかったから」と説明し、二人を宥める。
彼女の対応を見て、自分では想像も出来ない苦痛を味わったはずなのに、気丈に振る舞うアリステラに対し、ムクロは改めて関心した。
「経緯を話し終えた今、改めてお二人に頼みがございます」
「俺にできることなら、協力しよう」
「無論、我もムクロと同意見だ」
彼女には同情の余地があり、二人は力になりたいと願い出たのだ。その言葉に、アリステラは歓喜の表情を浮かべる。
「恩人であるお二人に、このような図々しい願いはしたくないのですが。私の護衛として、故郷であるカルバニル王国へ同行してもらえませんか?」