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骸旅  作者: 眠維ノヨ
第一章 骸と竜
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第1話「さようなら」

こんにちは、暇潰し程度に読んでみてください。

彼等の物語をーー

「……朝か」




 窓から光が差す。

 まだ寝ていたいが日の光はそれを許さない。



 目覚めたのはいいが、つい二度寝の衝動に駆られてしまう。

 その衝動を抑え、なんとか体を起こす。


 洗面所へ行き、歯を磨く。

 鏡に映る自分の顔は、酷くやつれているように見える。

 まだ三十代だと言うのに、 とても老けて見えるのはなぜだろうか。


「……はぁ、酷い顔だ」


 自分の姿を見て、静かに苦笑いする。

 昔の体はもっと引き締まっていたし、こんなやつれた顔ではなかった。と、改めて自身の不甲斐なさを痛感する。



 台所に立ち、朝食の準備をする。

 といっても、料理をするわけではない。

 棚からインスタント食品と冷蔵庫から冷凍食品をとりだす。


「お前が今の俺を見たら、きっと怒鳴り散らすんだろうな……」


 ふと頭によぎるのは、つい最近の思い出。

 それほど遠くない出来事のはずなのに、なぜか昔のように感じるのはなぜだろうかと、彼は自問自答をする。



 今日の朝食はカップラーメンと冷凍食品のみ。

 ついこの間まではパンとフルーツとコーヒーだったが、今では簡単なもので済ましている。

 本来なら栄養バランスの良い朝食が理想的だが、俺に料理の腕は無い。精々目玉焼き程度しか作れない。



 食事を済ませ、身支度を済ませる。

 改めて鏡を見て、自分の姿を確認する。


「見た目よし、髪型よし、バックよし、スーツよし、あと携帯と財布もーー」


 一通り確認すると、玄関のドアを開ける。

 今日の空は晴れのち曇り、午後は雨が少し降るらしい。


「一応、傘持ってくか」



 彼の朝は、今日も何事もなく終わる。

 次は会社への出勤だ。



◆◇◆



「よお! 今日も骸骨みたいな顔だな」


「あぁ、おはよう。あと俺はそんなに痩せてないぞ」


 会社へ向かう途中、電車待ちの同僚を見つけた。

 あの日以降、なぜか俺のことを骸骨呼ばわりしやがる。

 確かに痩せたが、筋肉はちゃんとあるからな。

 できれば細マッチョと呼んでほしいぐらいだ。


「そうそう、これやるよ」


 突然チケットのようなものを渡してきた。

 これが何なのかを訪ねようと同僚の顔を見ると、ものすごくニヤニヤしていた。


「おい、何だこれ?」


「昨日商店街のくじ引きで当てたのだよ!」


 そう言われ改めて確かめて見ると、紙には“温泉旅行ペアチケット”の文字が書かれていた。


「うちは六人家族だから、旅行には行けないわけよ。家族全員で行けないのはいろいろ面倒だから、お前にやる。有給休暇でも使って行ってこい!」


「……あのなぁ。俺が今一人暮らしなのは、お前も知ってるはずだろ。俺が貰っても一枚無駄になるだろう」



 旅行は嫌いじゃないけど、今の俺はとてもじゃないが楽しむことなんて出来ないだろう。

 そう思い、温泉旅行券を返そうとしたが「一度あげたものを受け取れるわけないだろ」と、逆に返されてしまった。



「こんなこと言いたくないけどさ。いい加減過去のことは忘れろよ。その方が、奥さんの為にもなるんじゃないのか?」


「……」



「まあ部外者の俺が、あれこれ言うのも何だけど。やっぱりお前が無理して頑張ってるのを見るのは……こっちも辛いんだよ」


「………………」



「……だからさ。もういいんじゃないか? 自分のことを許しても」



 無理だ。


 と言おうとしたが、俺は言葉に出来なかった。

 此奴がどんな思いで俺にその言葉をかけたか、俺の気持ちを理解した上で言ってくれたということを。



 本当はわかっていたんだ。


 あの日から、全てが狂ってしまったことに。

 職場の奴らにも、気を使わせていたことに。


 それなのに俺は、未だに前に進めていない。


 あの日から俺の時間は止まっていた。



 普通に考えれば、あれは不幸な事故だった。

 誰のせいでもない、とは言えないが。

 それでも自分を責めてしまう。


 だからこそ、過去を乗り越えるべきなんだ。

 過ぎた時間は戻らない。

 自分がどうするべきか、何をすべきか。

 そんなことは、とっくの昔にわかってる。



 ーーわかってても、変われないんだよ。







 ふと声が聞こえる。

 周囲がざわついていることに気付く。


「おいおい、誰か落ちてるぞ」

「誰か助けたら?」

「もうすぐ電車くる。このままだと……」

「人身事故のチャ〜ンス!写メらないとね♪」


 人々の呟き会話の内容を聞いて俺は確信した。

 誰かが線路に落ちたのだと。


「お、おい!」


 俺は咄嗟に人混みの中を掻き分ける。

 線路前に辿り着くと、線路に倒れている老人らしき姿が見える。胸を強く抑え、苦しんでるようだ。


 発作的なものだろうか?

 急いで病院へ送れば助かるかもしれない。


 そう思った俺は、線路に降りて老人を背負い、登ろうとするが体に力が入らない。

 まさかこんな老人すら重く感じるとは、随分筋力が落ちたものだな、と考える。



「誰でもいい! このご老人だけ引き上げてくれ!!」



 俺は大声で叫んだ。

 もう電車はすぐそこまできている。


 頼む、間に合ってくれ!!


「皆さん、早くお爺さんを!」


 俺の祈りが通じたのか、一人の少女が駆け寄ってきた。そして彼女の言葉に周囲の人々が集まり老人の体を引っ張り上げる。

 何とか間に合ったか。

 良かった良かった。



「お兄さんも早く!」



 そんな彼女の言葉を聞き、我に帰る。

 俺の目の前にいる女性が手を差し伸べる。


 俺はその手を握るーー



 ことはできなかった。






 ぐしゃり




 その音を最後に、俺の意識は消えた。



◆◇◆






「ねえ、今どんな気分?」


 気分? 決まってるだろ。

 微妙だ。


「へぇ〜、そうなんだ! 君面白いね!」


 一体ここはどこなのか。

 目の前の人物は誰なのか。

 はっきり言ってどうでもいい。


 今は何も考えたくない。


「それは困るなぁ〜、これから説明しなきゃならないのに」


「……説明、か」


「おお! やっと喋ってくれたね!」


 改めて自分の状態を確認すると、いつもの着慣れたスーツ姿だった。


 周りを見渡すと、草原だった。

 地平線の彼方まで続く、そんなだった。

 上を見上げると、蒼い空が広がっていた。

 周りに建物はない、木々もない。

 ただ、目の前の少女が微笑んでいるだけだ。



 だがおかしい。

 確か俺は電車を待ってる途中、線路に落ちた老人を助けようとしてーーーー


 はて?

 その後の記憶が無いぞ。


「そりゃそ〜だよ。君は老人を助けることはできたけど、君自身を助けることはできなかったんだから」


「……なるほどな。つまり俺は電車に轢かれて死んだのか。そうか……良かったよ」


「えぇーー! 自分が死んだのに“良かった”って、どういうこと!? まさか最初から死ぬつもりだったの?」


 何でそこまで驚いているのか理解できないが、俺は少なくとも自分の意思で助けようとした。

 ただ少し、遅かっただけだ。



「ほうほう、なるほどね。となると、君は運がなかったから死んじゃったってわけだね!」


「まぁ、そういうことになるな。あと貴方は俺の心が読めるのか?」


「読めるというか〜丸聞こえというか〜」


「その様子だと、全部聞こえてるようだな」



 だったら聞くまでだ。


「なら教えて欲しい、ここがどこなのか。君は誰なのか」


「えっとね〜、僕はね『魂の案内人』かな」


「案内人? ということは、俺をどこかへ案内するのか」


「そうだよ〜、理解力のある人で助かるよ〜」


 俺の質問に対し、相手はゆっくり答える。

 今更だがこの子、ボクっ娘なのか。


「貴方は案内人なんだろ。だったら俺は天国行きか?それとも地獄行きか?」


「天国? 地獄? そんなものは存在しないよ〜」


「……存在しないのか」


「君たち人間は生前の行いによって、死後の世界、即ち天国と地獄のどちらかに行くと考えているようだけどさぁ〜。そもそもが間違いなんだよねぇ〜」


「間違い……」


「死んだ後に待ってるのは“無”だよ。そもそも肉体が無いのに思考できる存在というのは、余程強い未練とか思いが無い限りは不可能に近いからね」


 少し驚きだ。

 まさか天国も地獄も存在しないとは。



「じゃあ貴方は、俺をどこへ連れて行くつもりだ」


「それを決めるのは君自身だよ〜」


 このパターンだと、行き先が複数あるような言い方だな。


「えっとね。まず生者の命が尽きて、肉体が寿命を迎えるとね、魂だけが残るんだよね」


「肉体が死んでも魂は死なないのか」


「そうだよ〜。でも生きた肉体がないと魂は何にもできないんだよね〜」


「なるほど」


「肉体を失った魂は何もできず、ただ漂うことしかできない。そして僕たち“魂の案内人”の役目は、そんな魂たちをこの『魂園こんえん』に連れてくることなんだよね〜」



 よし、だいぶわかってきたぞ。

 今俺のいる草原は魂園と呼ばれる場所で、彼女は魂をここへ連れてくるのが仕事というわけだ。


「なら魂をここに連れてきて、その次はどうするんだ」


「新たな人生先を選んでもらうんだよ。君が住んでいた地球のように、多くの生命が生息する惑星って結構あるんですよ〜。ただ今の地球の技術では、それらの惑星を見つけることはできないんですけどね〜」


「そうなのか」


 宇宙に関する知識は全く持っていないため、あまりよくわからないが、とりあえず地球のような星は他にも存在するってことだな。


 宇宙人って本当にいるんだな。



「それで〜、君はどうしたい〜?」


「どういう意味だ」


「君は転生したい〜? それとも魂のまま浮遊し続けたい〜?」



 かつて聞いたことがある。


『輪廻転生』


 自分の死後、別の人物、或いは生物として生まれ変わるという現象のことらしい。


「もし転生したらどうなるんだ?」


「別の生命として生まれ変わって、新たな人生を歩むことになるよ〜」


「その転生先は、地球以外・・・・も選べるのか?」



 瞬間、場が静寂に包まれた。

 少女の動きは止まり、俺も動けなくなった。

 もしかしてまずいこと言ったか。


「……もしかして君、地球以外の惑星に転生したいとか考えてたりする〜?」


「ああ」


 俺ははっきりと自分の意見を伝えた。


「どうせ転生したら記憶は無くなるけど、僕としては住み慣れた星で過ごしたほうが何かと便利だと思うんだけどなぁ〜」


「俺もそう思うよ」


「じゃあ地球でいいじゃな〜い」


「ダメだ」


「どうして〜?」


「どうせやり直すなら、本当の意味でゼロから始めたい」



 俺の予想では転生後、前世の記憶は残らないだろう。

 そもそも記憶は脳に記憶されるが、その記憶が保存された肉体が死ねば、当然記憶も消えるはずだ。


 記憶がなくなれば、俺の今までの人生も全て忘れることになるだろう。

 いや、正確には、俺だった記憶(・・・・・・)が無くなると言うべきか。



 でもそれでいい。

 いいんだ。



「ふ〜ん、そうか。じゃあさ、君はどんな惑星に転生したいの?」


「地球以外ならどこでも」


「じゃあ人気の転生先にしたら」


「ん? 転生先に人気とかあるのか」


「あるある! すっごくあるよ!」



 確かに地球以外にもいろんな生物のいる星や、独自の文明を持った惑星があるのは容易に想像できる。



「それで、その人気の転生先っていうのは、どんな星なんだ?」


「それはね〜、地球とは真逆と言ってもいい、ファンタジー世界の惑星『ガイア』だよ!」


「ファンタジー……か」



 俺も詳しくは知らないが、よく小説や映画でしか見ない“剣と魔法のファンタジー”的なやつか。

 確かに人気そうだな。


 あとガイアって、確かギリシャ神話の神様の名前じゃなかったか? それとも偶然か。



「あれれ〜、あんまり興味ない? 一応、地球では神話とか伝説扱いされている神様とか空想上の存在とされている生物とかがうじゃうじゃいるんだよ〜。しかも地球にはない魔法が存在してるんだよ〜」


「魔法ってあの、火を出したり、空を飛んだり、黄金を精製したりするやつか」


「まあそんなとこだね〜。あと黄金を精製する技術は魔法じゃなくて錬金術ってよばれてるよ〜」



 どうやら地球の知識でも対応できそうだが、まだまだ勉強が必要そうだ。

 どうせ転生したら全部忘れてしまうのだが。



「決めたよ。俺の転生先はガイアにする」


「了解で〜す。ちなみに要望とかありますか? あちらの世界でも人間として生きるか、別の種族に生まれるのか」


「お任せで」


「は〜い。次に能力です。大抵の人は最強の力やチート能力を欲しがるのですが、君はどうします?」


「別に特別な力や能力は要らないよ。強いて言えば健康第一と、自分の身を自分で守れる程度の実力が欲しいかな」


「ほほ〜う。健康第一と身を守る実力ですか! これは意外ですね」


「仮に最初から世界最強だったとしても、それは俺の力とは言えない。ちゃんと過程を踏んで、強くなったって実感が欲しいんだ。だから修行して少しづつ強くなりたいし、沢山勉強して知識も得たい」



 今思えば、俺の学生時代はあまりよくなかった。

 食生活はかなり酷かった。

 大学は卒業したものの、成績は常にギリギリだった。

 あの時の俺は、どうせ学校で習った知識なんて社会で使う機会はない。だから卒業したという結果と学歴さえあればいい。

 そう思っていた。



 あの時の判断は今でも間違ってないと思う。

 ただ、どうせならもっと様々なことを知ろうとすればよかったな、と思うようになった。



「あなたって、勤勉だったんですね〜」


「逆だよ。俺は最低限の努力しかしてこなかった。そのせいで失敗した。だからこそ、今度は後悔したくないんだ」



 もしあっちの世界でも、俺が誰かと恋に落ちて結婚したとしたら、何が何でも幸せにしてみせる。


 来世の俺は覚えていないだろうけど、約束する。


 もう二度と、同じ失敗は繰り返さない。


 あんな思いは……もう…………




「僕からの質問は以上になりま〜す。では早速、転生してもらいましょうか」


 その言葉と同時に、俺の体から小さな光の粒が湧いて出てきた。これが消滅光というやつか。



「えっと〜、条件の確認ですけど。『何も持たないゼロの状態』『健康体』『自分の身を自分で守れる程度の実力』がいいんですよね?」


「あぁ、それでいい」



 若干違う気もするが、細かいことは気にしない。


 光の粒の量がさらに増えていく。

 次第に俺の意識も薄れていく。


 なんだか、眠くなってきたぞ。



「転生の儀が終了しました。これにより魂一名を惑星『ガイア』へご案内! それでは、新たな人生をお楽しみくださ〜い!」



 既に俺の体は全身半透明だ。

 あと少しで、この体ともお別れ、か。


 次に生まれたら、きっとーー



◆◇◆
























 父さん、母さん。


 職場の同僚、先輩、後輩。


 最愛の妻。


 そして、地球。




 さようなら。


 今度の人生は、

 上手くやってみせるよ。



◆◇◆























 ポタッ


 ポタッ












 ポタッ


 ポタッ












 雫の落ちる音が辺りに響き渡る。


 今までのような生活音は聞こえない。

 耳を澄ませば、自然の音が聞こえる。


 あぁ、こんなにも安らかな気持ちになったのは、

 何十年ぶりだろうか。


 まさかこんなにも、自然の音色が心地いいとは。


 しかし、いつまでも怠けているわけにはいかない。


 俺はガイアでやり直すと決めたのだから。


 まずはこの世界について学ばなければ。


 地球の知識がこの世界でも通用するとは限らない。


 他にもやるべきことはまだまだある。


 だが焦るのはよくない。


 いきなり慣れないことをしても効果は出ない。


 少しずつ、じっくり、土台を作っていこう。


 よし! 頑張るぞ!











































 ん? 待てよ…………

 

 なんで俺、記憶が残ってる(・・・・・・・)んだ!?

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