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prologue.

瞳に映るのは深い闇。ただ何処までも果てしなく伸びる黒い世界。








 光もない。音もない。匂いもない。感覚も感情も大切な記憶も遠いどこかに忘れてきてしまった。





 私が探していたものは、なんだったっけ。そんなことすらももう覚えていないのだ。











 なにかを求めて漆黒の中を歩き続ける。











 ただ、闇が終わりなく続く。







 そんな世界だ。





 「燈明さん。問い2番の問題文を読んでください」





 

太陽のあたたかな光が、あたしを優しく包み込む。


どこからか運ばれてきたまだ早い夏の匂いは、遠くでうっすら聴こえる蝉の声と混ざり合って、まぶしい夏色のメロディを奏でる。



その音はだんだん大きくなり、気づけば心地いい夏の音はフェードアウトしてその代わりに女性の声の独唱になっていた。




「燈明さん!!」




その瞬間あたしは現実へと引き戻された。クラスメイトのくすくす笑いと、教壇に仁王立ちになっている先生の表情でようやくあたしはフランス語の授業中に居眠りしていたということに気が付いた。




「…えっ?あっ、はいっ!」


反射的に返事が飛び出す。もう遅いとわかりつつも寝起きの鈍い思考をフル回転させてこの状況を打破できるような言い訳をさがす。



「174ページよ!」


後ろの席から仲良しのマリーが囁いてくれた。ああなんて優しき友!なんて言ってる場合じゃない。教室中の視線があたしにグサグサ突き刺さる。やめてみないでー。



「ねぇミラ、174ページのどこ?今なんの問題やってたの?ミラってば―――って」




隣の席の幼馴染、ミラに助けを求めようとしたらそのミラは机の上に積み上げられた教科書を枕にして寝ていた。あんたもかいっ!



仕方なく無駄に分厚いフランス語の教科書をぱらぱらと急いでめくる。恥ずかしさと焦りで指先が乾燥してページを上手くめくれない。やばいやばいと心の中で半泣きになりながら、やっとそれらしき問題を見つけた。




「答えは解りますか?」



「え、えっと…『Où est ma chatteウ・エ・マ・シャット?』でしょうか」



ふーんと息をはいて先生が板書に向き直った。「正解です」



思わずほっと安心する。あぁまさかあたしが授業中当てられるなんて…!授業中当てられないことに全力を捧げるあたしなのに、きょうはちょっと連日の疲れが出てしまったみたいだ。かといって大好きな刑事ドラマ『鬼刑事(オニデカ)24時』をリアルタイムで観ないという選択肢はない。



少しずつ戻ってきた意識を窓の外に向けながら、あたしは今が何時間目かを思い出していた。今は―――そう、夏休み前の眠たい三時間目だ。校舎のはずれの講堂で、運よく窓際の席になったので初夏の日差しについうとうとしてしまったのだった。



「ん?」



なんか今頭に浮かんだ。いやよぎったというべきかな。捕まえようと手をひろげたけど、すかっと空気だけを掴んでしまったような、そんな感じだ。



「…まぁ、いいか」


脳内検索くんに調べてもらったけどなにも出てこなかった。そんなときは気にしないのが一番だ。それよらお腹が空いているらしく、脳内には考えてもいないのに自動的に焼きそばパンのイメージが展開される。今それを思い出しちゃったら我慢できなくなるよ…!今日はお昼のチャイムより速く購買へと走らなければならなくなりそうだ。


再び遠退き始めた先生の流暢なフランス語をなんとなく聞きながら、あたしは隣のミラをちらっと振り返る。ミラは相変わらず寝ていた。もう才能のレベルだ。



「ミラ、そろそろ起きないと先生に怒られるよ」


お前に言われたくないわと言われるかと思ったけど、ミラは頭の半分しか起きてないみたいな顔でよだれをふいた。半開きの大きな瞳がぱちぱちとまばたきする。



「…おー、からん。おはよー」



まだ寝ぼけているミラにページを教えると、あたしはまだ二文しか書いてない自分のノートを見つめて三秒ほど停止し、そしてノートを閉じた。あとでマリーに補習をお願いしよう。



やる気がどこからも湧いて来ず、ただなんとなく講堂の大きなステンドグラスに反射する日の光がきらきら色とりどりに輝いているのを眺めていると、



「ね、ちょっと二人とも!」


後ろからマリーに背中をつつかれた。


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