7話 襲撃
次の日は朝からきっかりと目が覚め、2日も過ごした泉とも別れを告げて一方向に移動を再開した。
未だ混乱冷めぬ状況ではあるものの、このまま食事にありつけなければあるのは死だ。
疑問も何もかも押し込めて、今は道を探すことにした。
と言っても、そんな簡単に割り切れる筈もなく、周囲の警戒に集中することで気を無理やり逸らしている状態ではあるが。
止まれば恐らく心労で倒れてしまう。
自分のことを一番よく知っている自分だからこそ、俺は足早に先を急いだ。
高い木を見つければ登って小まめに方角を確認し、目的地まで迷わないよう配慮する。
泉近くの木から見渡した所、確かに道になっているような光景を見つける事が出来たのだ。
(あっちか...もう直ぐやな
...急ぐか
でないと、考えてまう)
今眼前の出来事に精一杯でなければ、いやでも思い出してしまう。
掌にこびりついた自らの血。
地面の草花に広がったその赤を。
フラッシュバックする前に、俺は走り出した。
早く道に出て、それからの事を考えれば暫くはこの事を忘れていられるだろう。
(もうちょい...もう直ぐ...!?)
視界が開け、日差しが目に差し込むと共に、ある筈の地面が足から消失する。
「うぉ...!?」
当然の如く俺自身は反応出来ないが、これまた当然のように体はそうではなかった。
顔から落ちかけた所を、即座に肩から受け身を取って前転。
傷は一切なかった。
振り返れば、段差というには少し大きい地面の高低差がある。
どうやら気が付かなかったようだ。
(これも貰った力の内...なんやろなぁ)
これももう幾度目かの事だ。
流石に分かる...これは、俺が元々持っていた素質のような物では無い。
それがまるで何度も経験した事であるかのように『反射』で出る行動の処理。
体は覚えてる、という言葉が当てはまるだろうが、もちろん俺の人生にそんな経験など皆無だ。
(随分ええもん貰ったな
自動ってのが大きいなぁこりゃ
『使う』って過程をすっ飛ばしてるから、俺でも安心やわ
やけど...)
手をグーパーグーパーと動かして感覚を感じる。
(俺の体...やんな...?)
まるで別人のような動きの体に、少しだけ不安が生じた。
だが、今はそんな事を問題にしている場合では無い。
「ハッ...アホが
自分で心配ごと増やしてどないすんねん...」
心配するのも、自虐するのもまず生き延びてからだ。
今は他にやる事がある。
そう自信に言い聞かせ、パンッ、と頬を叩き、気分を入れ替える。
「よし!」
やっと道を発見したのだ。
その内村も見つかるだろう。
もしくは人の往来があるかもしれない。
色々な意味で、今までよりはずっとましになる。
道には出た。
後は歩いていれば何処かには着くのだ。
イージーイージー、きっとなんとかなる。
一歩を踏みしめ、また俺は歩き始めた。
視界も、足取りもまだしっかりとしたものだ。
制限時間まではまだ時間があるのだろう。
それまでは、頑張ってやるさ。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
自分でも驚くほどポジティブシンキングになったかと思った手前、しかしずっと同じ風景の道を歩けば嫌でも気分は落ち込むものだ。
歩けど歩けど人影は見えず、されど日は沈む一方。
日の光さえも今、地平線の彼方へ失おうとしている。
やがて空が暗くなると同時、俺は道端の木に寄りかかり、腰を下ろした。
「はぁ...」
ため息を零す。
些か疲れた。
「誰も通らんかぁ...
予想圏内ではあるんやけど、キッツイなぁ」
独りごちる。
誰も聞かぬ言葉を呟くなど、人に見られれば少し奇妙に映るだろう。
普段俺はそういった行動を嫌っていた。
しかしどうにも追い詰められると話は違う。
人っ子一人見かけない。
何処まで歩けばいいかも分からない。
こんな状況では独り言の一つや二つ、出ても仕方あるまい。
腹が減った、喉が渇いた。
体が汚い、風呂に入りたい。
願望が浮いて出る。
食欲に次いで大きいのは衛生面だ。
トイレなど、そこらの葉っぱでケツを拭いているのだ。
病気をもらわないか割と切実な問題である。
もう3日目だ。
あの泉で水浴びは一様したのだが、どうにも現代のシャンプー&ボディソープが恋しい。
仮に生きて生活を安定させたとしても、それはもう手には入らないのだろうが。
「はぁ...」
またしてもため息が出る。
止めだ止め、これ以上考えても確実に良い結果にはならない。
寝転がる。
見てくれはしっかりと整備された道である為か、この道を歩いている最中に魔物の気配を感じたことは一切無い。
このまま寝て平気だろう。
明日も恐らく歩くのだ。
早めに寝るのが吉とみた。
(考えるな...考えるな...
やるべき事は分かってる...考えるな...)
半ば自己暗示的に念じ、やはり湧き出る雑念を掻き消す。
自らの腕を枕に、瞼を閉じる。
溜まった疲れもあり、意識を落とすのにもそれ程時間はかからなかった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
唐突に意識が浮上する。
目は閉じたままだが、硬い地面の感覚をしっかりと感じる。
だが瞼に光は感じない。
日が昇らぬうちに目覚めてしまったのだろう。
(眠りが浅いんは...まぁ、仕方ないか)
むしろ今まで快眠だったあたりが恐ろしい。
それ程までに疲弊していた、という事なのだろう。
3日目にして余裕が生まれたという事か。
確かに今日は歩くだけだった。
(言うほど余裕無いはずなんやけどなぁ...体力は余ってるって感じか)
意識の覚醒具合から見て、再度眠るのは当分先になりそうだった。
(夜やけど、距離伸ばすのも悪無いか...)
どうせ寝れないのなら、じっとしていてもしょうがない。
ここは森の中だとはいえきちんと開かれた道であるのだから、幾分かは安全だろう。
休まずの行軍と考えるよりも、夜道の散歩と考えればどうにも乙なものだ。
星でも見ながら歩くか。
...先程から感じるこのそわそわする感覚が消えさえすれば、の話だが。
(なーんか変なんよなぁ
気のせい...なわけないな
こっちに来てから気の所為なんてこと一回も無かったし)
強化され、此方の世界に来て一番の命綱となっている自身の感覚がこうも訴えている。
よもや無視するなどという選択肢が取れる筈もない。
早めに動いた方が良いだろうか?
それとも動かずに様子を見るべき...か!?
(っ!?避けっ!)
全身を使い、猫のように跳ねてその場から横へと飛び去る。
そのまま四肢で地面に着地し、即座に体制を立て直す。
相変わらず反射でやってのけている事だ。
(びびったぁマジで
こっちに来てからびっくりする事多過ぎ...)
ドクドクと早まる鼓動を感じながら、「それ」に視線を向ける。
先ほどまで俺の頭があった場所には、暗くても分かる何か大きな斧のような物が振り下ろされていた。
あのままそこに頭があれば、例え文字どうりの石頭であったとしても無事ではいられなかっただろう。
元より頑固などとは程遠い軟弱な我が頭であれば、ザクロ色の弾けたブドウになっていた事は想像に難くない。
(でっかい斧...ゴブリンにゃ持てんデカさって事は...)
「おいおいおい、起きちまったのかぁ?
そりゃぁ勘がいいってもんだが...今回ばかりは寝てた方が良かったかもなぁ」
雲が切れ、月明かりが辺りを照らす。
やはり、そこに立っていたのは予想どうりの人物で、今想定される状況の中ではトップクラスで会いたくは無かった存在だった。
「そのまま寝てれば、寝てる間に終わってたってのによ」
野盗...敵対する異世界の住民。
ある意味ファンタジーの鉄板であり、必ずや訪れる最初の関門が、悠然とそこに佇んでいた。
人気の無い道歩けばそりゃね。
仕方ないね。




