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(......ここまで来ればもういいよね)

 谷崎は辺りを見回しながら考えた。

 男を置いていくのは簡単だった。

 相手の死角をついて走り出せばもう終わり。

 正直、食い下がる局長を説得できたにしてはあっさりしすぎだ、と谷崎が不満に思った程だ。

 しかし、そこからが谷崎にとって想定外の事だった。

 男は気配がほとんどなかった。

 『フォーク』にとって『ケーキ』を追うのは簡単だという。

 『ケーキ』はそこにいるだけで、呼気に含まれる気体となった唾液やいつも目から分泌されて蒸発している涙、汗やら何やら全てから『フォーク』が飢える『食べ物』の匂いがするという。

 だから『フォーク』と『ケーキ』の追いかけっこは『フォーク』が有利だ。『ケーキ』は『フォーク』の気配を探り、周りを利用し、直感も信じて立ち回らなければ渡り合えない。

 谷崎はその成長過程で磨いた、他人の気配や感情を探る直感を活用して『フォーク』に近づいていた。後輩のあの子には無神経に見えているかも知れないが、『フォーク』に食われそうになる恐怖は谷崎もよく知っている。

(......母さんに食われそうになった子供って僕くらいだろうね......)

 父親がいなけりゃきっと母親も潤少年を食べちゃったに違いないのだ。二人が仲良くて本当によかった。


 考えながら歩いていると、谷崎は自分が裏通りに深入りしている事に気づいた。

 ちょっと試したいことがあって我慢できない『フォーク』に会いたいと思っていたが、ちょっとここまでは行き過ぎだ。

 谷崎はクルリと勢いよく方向転換して、表通りに帰ろうとして━━

「わーお」

 後ろに五、六人程 の『フォーク』 が集まっているのに気づく。


「ねぇ君達、ここに入った僕が悪かった。荷物全部あげるから、僕に逃げ出す時間くれない?」

「......駄目だ」

 相手の口調に、谷崎は事態の重さを感じとる。

 よく見れば、相手は妙に統率が取れている。計画的に『ケーキ』を殺して食べる『ケーキ狩り』だろうか。武器を持っていないのは、事を起こす前に銃刀法違反でしょっ引かれるのを防ぐためか。『ケーキ』を襲う時の『フォーク』の筋力は大幅に向上するって聞いたことがある。女の子を犯す時の男のように。

 『ケーキ』を食べたくて犯罪を故意に犯す『フォーク』は、残念ながらまだ存在する。「ショーケース」としては『フォーク』への差別のはっきりとした原因になる彼らは、憎むべき存在だ。

 しかし谷崎はそんなに嫌悪を感じない。『ケーキ狩り』もそこらの犯罪者と変わらない。わざわざピックアップするのが分からない。

(そもそも、殺人鬼にぶつかって殺されるのと、地震に遭って死ぬのと、どう違うんだろ......)

 谷崎が関係ないような事を考える間に、相手達はじりじりと谷崎との間隔を狭めている。襲い掛かろうとしないのは計画か、それとも抜け駆けを許さない同調圧力か。

 谷崎は、震える手で荷物の中身を取りだし封を切った。

(あーもう......ぶっつけ本番ダメ絶対。でも、『ショーケース』の子にはできなかった......やるしかないか)

 ここで死んだら、あいつらに食われる。そんなの嫌だ。

 そう思うだけで、谷崎の目の前が赤くなった。

(あんな奴らに食われるような僕じゃない!)

 僕を食い尽くして良いのはこの世に一人の彼だけだ、『ショーケース』の商品として提供して良いのは一番手軽な血液だけだ、そのほかの部位はたとえ髪でも食わせるものか!

 心を決めると震えも止まった。『ケーキ狩り』に向かいニッコリと笑う。

 捕食者に好意を向ける行動に虚を突かれた隙に、谷崎は相手の方へ突進した。

 手を伸ばして来る相手の一人の顔に、谷崎は荷物の中身を振りかけた。

「!!」

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