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 『フォーク』は『ケーキ』の前に立つと、『食べたい』という念で頭が一杯になる。

 人間社会で育ててきた自制心やモラルによって実行する『フォーク』は多くも無いが少なくも無い。法体系が整った事により『ケーキ』が保護される現代でも、甘味目当ての『フォーク』が起こす誘拐監禁殺人事件は後を絶たない。

 だから、『ケーキ』は『フォーク』に近づくのをやめてほしい。これが聡規の持論だ、が......生きるためにはそうも言っていられない。


 チョコレートの匂いがふっと、鼻を掠めた気がして聡規は喉を鳴らしてしまった。続いて少し強めのノック音と、脳天気な声がする。

「はろーサトちゃーん、生きてる?」

 聡規が籠城している安アパートの一室。そこのインターホンを鳴らさずにチョコレートが侵入して来る。

「う......たにざき......さっさと失せろ......」

 飢える『フォーク』の本能を噛み殺すように、聡規は口を押さえて唸る。

 きつい言葉を歓迎するように目を細め、チョコレート......もとい奇特な友人、谷崎 潤が目の前に現れた。

「今回も出来上がってるねぇサトちゃん、きちんと食べてる?」

 そう言いながら谷崎は聡規の脇を通って家に入る。甘い『匂い』に聡規は思わず身を固くした。

 『ケーキ』のくせに『フォーク』にちょっかいを出す恐れを知らない『ケーキ』━━それが谷崎。因みに男。

 彼は聡規が『フォーク』になっても、関わって来るのをやめずストーカー並の粘着を見せ、もう全て面倒になった聡規に接近を許された唯一の『ケーキ』であり相棒、彼と対になる欲を持つ幼なじみである。

「くって、る......」

「嘘つけ。生ごみ量産しないでよ」

 谷崎はごみ箱の中を覗きながら断定した。恐らく一昨日捨ててしまった一食を見つけたのだろう。しかし昨日は三食食べた。嘘はついていない。

 『フォーク』となってから食欲が薄れ、食事するのがだるくなってきた。『フォーク』の中には食事をやめて、点滴で必要な栄養を得ている人もいると聞く。味の無い食事はただひたすらに億劫だ。

 谷崎が持ってきた荷物を見ながら、聡規はぼやく。

「なんで『フォーク』は最初から『フォーク』じゃないんだろうな」

 『フォーク』は一般的に後天的に発生する。

 『それ以外』の中に生きていた『潜在フォーク』が、人生の途中で料理に対する味覚と嗅覚を奪われ、『ケーキ』の放つ『匂い』に悩まされ、味の記憶に苛まれる『フォーク』に成り下がるのだ。

 『フォーク』の料理に対する味覚が、復活したという話はない。

 味の記憶に悩まされるくらいなら、最初から味覚がなければよかった。『フォーク』となってから何回繰り返したか分からない繰り言。

 結構本気の悩みだが、谷崎はふざけた口調でろくでもない返事を返す。

「きっといつか逢う運命の『ケーキ』に、味を細かく描写できるためだよ!」

「運命の『ケーキ』ってなんなんだよ...... 」

「それはねぇ!」

 喜々として語り出す谷崎を聡規は制す。言われなくても覚えている。

 それは、谷崎が語るおとぎ話。

 『フォーク』はいつか、自分を好いて全て許してくれる運命の『ケーキ』と出会って、幸せになれる。

 ━━いくら美味しい『ケーキ』でも、ちょっと我慢して生かしておけば、いつまでもつまみ食い出来るじゃないか!━━

 そう主張するこの馬鹿は知らないから言えるのだ、と聡規は思う。しかし奴のおとぎ話に、ちょっとだけ慰められているのは誰にも言わない秘密だった。

 台所から帰ってきたチョコレート、いや間違えた谷崎は、ちゃんと待っていた聡規を確認すると、持ってきていた荷物を開けた。

 中にあるのはこの三日で食べるべきノルマの料理のタッパーと、 『おやつ』。

 早く渡せ、俺の生き甲斐。

 聡規は思わず目で谷崎に迫る。

 頭に血が上り心拍数が急上昇して、ぎらぎらと目が光っている気がする。早く渡してくれ、いや渡せ、いやよこせ、いつまでも取っているんじゃねえ、奪うぞ。

 獣のような状態になっている聡規を谷崎はずいぶん長いこと面白そうに眺め ━━

「一食以外はちゃんと食べていたようだしね、どうぞ召し上がれ」

 とうとう谷崎が言うが早いが、聡規は荷物の中から『おやつ』を引ったくった。

 はやる心を押さえつつ、聡規は慎重に『おやつ』の横に大きなマグカップを用意する。

 『おやつ』は丈夫なプラスチックの、透明な密封出来る袋に入っていた。中身を零さないように袋を開けてマグカップに慎重に注ぎ込む。零したら自分はそれをなめ取るのだろうが、聡規の精神衛生上そんな事は避けるべき。

 今日の『おやつ』は液体なのに、ずっと前に食べたイチゴのショートケーキの味がした。ふわふわなスポンジの口当たりまでする。しばらく飲み進めるとココアの味が出てきた。インスタントココア、その下にある溶け残りの粉が好きだった事を聡規は思い出す。

「今日のはねぇ、四人からのプレゼントだよ! しかもみんな型が違うんだ、凝固したのがタピオカみたいだったでしょ?」

 聡規の様子を見て、谷崎はドヤ顔になってネタをばらす。ああ、だから一袋に色んな味があるのかと納得すると同時に、こういう余計な事がなければもっといい奴なのにこいつは......と聡規は少し冷めた気がした。

「ごちそうさまでした」

 『おやつ』の後はちゃんと挨拶しないといけない。それは谷崎と聡規二人の間の共通認識だ。

 両手を合わせて頭も下げる聡規を見て、谷崎は微笑ましそうに言った。

「お粗末様。美味しかった? 今日の|『おやつ』(『ケーキ』の血)」

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