一
「ほう、あなた方が噂のあの」
父親が驚いたように声をあげた。
「ええ、二年前に抑制剤のCMに出演た、『フォーク』と『ケーキ』の夫婦です」
「科学の進歩の恩恵を受けて、ぼくも彼女に食べ物じゃなくて人間だって思えてもらえて結婚できて、子供まで産んでもらえたんです。抑制剤さまさまです」
幸せそうに笑う隣家の夫婦を、親父は眩しそうに見ていたことを覚えている。
しかしそれは外面でしかなくって。
暗い家の中に入ると、親父は俺に言った。
「......まぁ、あの二人がどこまで続くか分からんがな」
ずいぶん怖い雰囲気を纏った親父に、俺はとても怯えていた。
「いいか、聡規。『フォーク』のあの女に気を許すな。『フォーク』はどうせ『ケーキ』を見つけたらどう食うか、それしか考えていない人食いなんだから」
まるでさっきの親父と違う人間みたいだ、いやきっと親父は人前と家の中とでは違う人間なんだ、違いない。
だから、その子供である俺の中にもきっと、優しい外面と恐い内面があるんだ。
そう分かっていたから、高校三年生の終わり頃、味覚を失い『フォーク』と判定を食らっても、あまりショックは受けなかった。
この世の人間は『ケーキ』と『フォーク』と『それ以外』で分類される。
少数の『フォーク』と『ケーキ』、大多数を占める『それ以外』。
『フォーク』も『ケーキ』も『それ以外』も外見にはほぼ差異はない。差異があるのは内面だ。
『フォーク』は料理に味や匂いを見いだせない。
『フォーク』が味を、匂いを感じられるのはこの世で唯一『ケーキ』だけ。
『ケーキ』に分類される人間の、生命維持に使われるモノだけが『フォーク』の精神飢餓を癒せるのだ。
......『それ以外』にとって見れば、「同属殺し」「同属喰らい」を犯す危険を孕むモノ、『ケーキ』にとっては天敵になる隣人。古来『フォーク』は差別されたり偏見に晒されたりしていた。
現代では『ケーキ』の『匂い』を薄れさせたり、『フォーク』の『味覚』『嗅覚』を消す薬の開発がされており、『フォーク』に対する差別は少なくなっている━━が。