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第1話 8月20日(日・5)。彼女のファーストコンタクト。

 結論から言うと、俺のまとめは細部に多少の誤差はあれど、八割方が的中していた。ちなみに外れてしまった二割の大部分は、緋叉音の俺に対する距離感に関する部分だ。つまり一番肝心要の部分が大ハズレ。とんだ迷探偵である。


 フルーツを摘まみながらの答え合わせが終了して。なんとなく縁側へ場所を移した俺と緋叉音は、間に微妙な距離を挟んだ状態で並んで腰掛けて、軒の向こうに広がる遠い星空を仰ぎ見ていた。


 膝下を床の縁から垂らす緋叉音は、背後の照明や空からの淡い明かりを受けて輝く生足をぶ~らぶ~らと揺らしながら、苛立ちと呆れが綯い交ぜになった声音で聞こえよがしに呟く。


「普通、相手が従兄だからってだけで、無条件に警戒心ゼロになったりなんか、しないと思うのです……」


「はい、ごめんなさい」


 胡座でどっかりと座したまま、俺は遙かなる星々に向かって厳かに頭を下げた。


 しかし、ここ十数分程で何度も下げられた軽い頭には最早価値など無いらしい。緋叉音は溜飲を下げた様子もなく、ぷんすかしたまま星を睨んで言い募る。


「べつに、本当にそういう理由が無かったのかって言われると、そういうわけじゃないよ? でも、少なからず、僅かばかりでも、ほんの小指の先の爪の先っちょほどでも、血縁がどうとかじゃなくてカズマくん個人に対して信用とか信頼みたいなあれっぽいそれを抱いてたのを、全部『従兄だから』の一言で片付けられちゃうと、ちょっと、それは、すっごく腹が立ちます」


 つまるところ、彼女のお怒りの理由は、そういうことだった。


 緋叉音は確かに、俺のことを従兄だと思い込んではいたらしい。けれど、彼女が俺に対して警戒心を抱いかなかったのも、仲良くしようと頑張ってくれたのも、俺が従兄だからなどという不可抗力みたいな理由からではなく、きちんと俺個人の行動を見てくれた上でのことだったのだ。ちなみに、具体的にはどのへんを見ててくれたのかという疑問については、既にこの上なく明確な返答を頂いている。



『――だって、自分の家に勝手に上がり込んで爆睡してる無礼な女に、怒ったりしないで、イタズラだってしないで、起こしすらしないで、タオルケットかけてそのまま寝かせておくような人だよ? しかもそのすぐ側で、自分まで一緒になって居眠りしちゃってるし。これちょっと意味わかんないです。………………意味わかんないけど、でも、なんてゆーか……、……………………すごく、すっごく、嬉しかったって、それは、とってもよくわかるの』



 恋する乙女みたいな甘くせつない微笑みで、ほのかに膨らむ胸にそっと手を当てながら、そんな言の葉を紡いだ美しき少女、その名は雛木 緋叉音。彼女が『すごく嬉しかった』と感じたたいせつなものを『従兄だから』の一言で一蹴しようとした俺が、頭から価値が失せるまでへこへこ謝りまくったのは仕方の無いことだと思う。


 露と消え去ったあの胸を打つ微笑みを幻視しながら、俺は傍らの少女にちろりと目を向けた。


「――――――――――――」


 そうして俺の瞳に映ったのは、俺が幻視した恋する乙女ではなく、俺が予想したぷんすか女の子でもなく。



 夜風に靡く濡れ羽色の髪を押さえることすら忘れて、原初の闇に煌々と浮かび上がる数多の星屑に見入っている――魅入られている。そんな、一種神懸かった風情の女がただそこに在った。



 本当に綺麗な娘だな、と素直に思う。けれど、今この瞬間の彼女が纏っている綺麗さは、何かが……、何がかはわかないけど、はっきりと『駄目』だ。


「……………………はぁ」


 思わず息を飲んで見つめる俺とは対照的に、女は気怠げな溜め息を吐き、長い睫毛に縁取られた目を伏せた。どうやら長々と上を向いていたせいで首が疲れたらしく、女から少女へと回帰した雛木緋叉音は、やたら年季の入った所作で首筋や肩をもみもみ揉みほぐし始める。


 ふと、彼女の目が何の気無しに俺の方を向き、きょとんと丸くなった。


「………………カズマ、くん? その顔、なに?」


「……いや、別に。ただ、なんかお前、肩の揉み方がおっさん臭ぇなって」


「お、おっさん、く、くさ……っ!?」


 愕然と反芻している緋叉音から顔を逸らして、俺は空の星ではなく庭の雑草や小石を眺めながら、自然な態度を心がけつつ新たな話題を振った。


「緋叉音は……、今更だけど、俺の呼び方って『カズマくん』で固定なのか?」


 他に話すべきことなんていくらでもあるだろうに、出て来たのはそんなどうでもいい台詞だった。なんだろう、自然にしようって思ってるのに、自分の中に居心地の悪い不自然な何かが居座ってしまっている。


 俺自身でさえ掴み切れていない気持ちに、ほぼ初対面な緋叉音が気付くわけもなく。彼女は多分に愕然を引きずったままの力無い微笑みと共に、何の疑念も感じていない様子で素直に会話に応じてきた。


「カズマくんは、私のこと、呼び捨てで固定なの? ……初対面の女の人を、ファーストネームで呼び捨てする系の人なのですか? おらおらですか? それとも…………、あ、もしかして、イケメン気取りでタラシ志望なの? そんなおっさん臭い甚兵衛着てるくせして?」


「ところで緋叉音、お前今日書き置き残して勝手にどこほっつき歩ってやがったんだ? 悪い子には雛木一家に代わってこのカズマくんが鉄拳くれてやんぞゴルァ!」


「先におっさん臭いって言ったのカズマくんじゃん!? 自分が言われた時ばっか怒るのずるいと思いますっ! ………………でっ、でもね、あのね、なっ、殴るなら、で、できるだけ、弱めでっ、すっごい弱めよわめで、お願いね……?」


 鋼鉄の拳に怖れを成して速攻で頭をガードした緋叉音が、構えを崩さないままで頭頂部をおっかなびっくり差し出してくる。怖いなら素直に逃げるなり、『カズマくんに殴られる謂われなんか無い!』って突っぱねるなりすりゃいいのに、なーんで自ら獅子に喰われに来るかね、この兎。


 あまりに毒気が抜かれすぎちゃったので、俺は握った拳をゆっくりと開くと、ちょうど良い位置に差し出されてる頭を良い子良い子と撫でてやった。


「悪い子、悪い子。……わるいこ、わるいこ……」


「……………………か、かず、ま、くん? …………えっと、これ、どっちかっていうと、『いいこいいこ』――あ、ごめん、今のなし、やだ、殴られるより撫でられたい……」


 俺の手が一瞬だけ止まった理由を曲解したらしく、緋叉音はツッコミを即座に撤回してすっかり大人しくなった。


 ほんと良い子だなぁ、こいつ……。性格良くて、見た目良くて、頭の撫で心地もすっごく良い。撫でるのみならず、戯れでちょっと手櫛を通してみたりもしてるんだけど、緋叉音は俯いたままくすぐったそうに身じろぎするだけで、全く逃げる気配なし。むしろちょっと擦り寄ってきてるらしく、俺と彼女の間に存在していた微妙な空間が少しずつ狭まってきている。


 タラシ志望どころか、逆にうっかり誑し込まれかけている俺がいる気がしてならない。



「――あのね。ちょっと、探しに、行ってたの。……行ってたっていうか、『来た』、かもですけど」



 唐突に。緋叉音がそんな意味深な台詞を呟いたものだから、俺は今度こそ手の動きを止めてしまった。


 緋叉音は俺の手の下からきょとんとした瞳を向けてきて、ちょっと考え込むような仕草を見せる。彼女につられるようにして俺もちょいと脳味噌を回転させ始めてみたら、それほど間を置かずして、今し方の意味深な台詞の意味について思い至った。


「『緋叉音が今日どこに行ってたのか』、っていう話でいいんだよな?」


「あ、うん、そう! そうです、そう!」


 緋叉音はぱぁっと笑顔を花開かせながら、とっても嬉しそうに小さくぱちんと拍手した。そんな無邪気な喜びようを見せられた俺まで嬉しくなっちゃって、止まっていた『いいこいいこ』を再開して彼女の頭を緩やかに揺らす。


 しばし、にこにこしながら揺らされ続けていた緋叉音は、しかし突然ハッと我に返って俺の手をぺしりとはたき落とす。


「ちがうでしょ、カズマくんっ! 鉄拳、てっけん、ばっちこーいだよ! 書き置き残して勝手にふらっと出て来ちゃった悪い子に、雛木一家代理のカズマくんが鉄拳制裁だよっ!」


「あ、ああ、そっか、そうだったな、悪い悪い。………いやでも、正直俺、殴るよりもっと撫でていたいんだがよ……」


「……………………わ、私、も――いやいやだめだめダメなのです! そうやって有耶無耶のなぁなぁで済ませちゃうのは、たぶん、きっと、ダメなのですっ! ………………だめ、だよね?」


「どうだろうなぁ……。俺の気分的にはちっとも駄目じゃねぇけど、敢えて言うなら、お前が何を『探しに』行ってたかによるんじゃね? それがなんか重大なもんだったら、まぁ、情状酌量の余地ありだと思う」


 はたき落とされた手を意味無くぷらぷらと揺らしながら、あんまり考えないで回答する俺。言ってから、視線の行き先を己が手ではなく緋叉音へと移して反応を窺ってみると、なんか一瞬ぎょっとしちゃうほどに真剣な双眸に迎え撃たれた。


「…………な、なんだよ。俺、変なこと言ったか?」


「………………ううん、べつに」


 緋叉音はふっと目を伏せて、ふるふると首を横に振る。そしてすぐさま気を取り直すように「よし!」と掛け声を発した彼女は、笑みの浮かぶ顔を上げ、スカートをふわりと広げながら腰を上げ、やけに軽快な足取りで玄関の方へと歩いて行った。


 彼女の行動の意味も心の機微も察することができず、揺れる黒髪と髪飾りを見送ることしかできない俺。あの羽ってなんていう鳥のやつなのかなーとか益体の無いことを考えている間に、用事を終えたらしき緋叉音が幾分落ち着いたような雰囲気でこちらへと戻って来た。


 落ち着いたような――、或いは、少し、落ち込んでいるような。そんな何とも言えない微笑みを携えた彼女が胸元に抱えているのは、四角くて平べったいショルダーバッグだった。


「へっへー。かっこいいでしょ、これ」


 俺の視線をどう受け取ったのか、緋叉音はちょっぴり元気を取り戻した様子で誇らしげにバッグを見せつけてくる。俺は自分でもよくわからぬ思いのままに表情を緩めて、「かっけぇな」と答えた。


 かなり渋めのデザインと色合いを持つそのショルダーバッグは、本来であれば緋叉音の美少女然とした容姿とは完全にミスマッチではある。けれど、それが逆に双方の魅力を引き立たせ合う形になっていて、まるで幼女と大剣の組み合わせのようなえもいわれぬ格好良さと愛らしさが醸し出されていた。


 帰ってきてあれを見つけた時は半信半疑だったけど、丁寧に揃えて置かれていたローファーと同じく、やはり緋叉音の私物だったか。下手に弄らなくてよかった。


「……で、そのバッグがどうかしたのか?」


「あ、そだった。見せたいのは、これじゃなくて……、あの、えっと、でも見せるって言っても、全然見るものなんてない状態ですので、大変きょーしゅくなのですが……」


 緋叉音はばつが悪そうにごにょごにょと呟きながら、胡座な俺のすぐ眼の前へとちょこちょこ歩み寄ってきて、スカートを丁寧に折りながらしゃがみ込む。胸元に抱き締めたバッグの留め具を熟れた手付きでパチンと外し、緋叉音は中身をごそごそ漁って「よっ」とお目当てのブツを引き抜いた。


「はい、どーぞ。つまらないものですが」


 そんな冗談っぽい台詞と、薄い笑みで、ぺろんと差し出されてきたそれは――


「……スケッチブック?」


「あれ、わかるんだ? カズマくん、こういうのあんまり興味なさそうなのに。……あ。あれですねー、筆より斧とか鉈の方が似合いそうだよね、カズマくんって!」


「馬鹿にしとんのかゴルァ」


「しっ、してない、してないですっ!? いっつジョークっ! いいからほらっ、私のじょーじょーしゃくりょーのためにどうぞお納め下さいっ!」


 懇願とスケッチブックを無理矢理押しつけてきた緋叉音は、俺がきちんと受け取るより先にシュバッと身を引き、飼い主のお叱りを怖がる犬のように頭をガードしながら蹲った。


 俺は鼻白んだような思いで緋叉音を一瞥し、手の中に残ったスケッチブックに目を落とす。


 わかるも何も、興味が有るとか無いとか以前に、表紙に思いっきり『Sketch book』って書いてあんぞ……。緋叉音の慧眼通りに芸術にはとんと疎い俺であっても、さすがにこれはスケッチブック以外の何物にも見えません。当然、不慣れなジョークで誤魔化さなきゃいけない何某かに見えるということもなし。少なくとも、表面上は。


 黒とオレンジで大胆且つスタイリッシュに構成された表紙を、どれどれと捲り、まずは一枚目を拝見。ほうほう、なるほどなるほど。二枚目はどうかな。ふむふむ、うむうむ。三枚目、四枚目、ぺらり、ぺらり、ほうふむなるうむ、ほうふむなるうむ。


 一通り目を通し終えた俺は、ブックをぱたんと閉じて感想を述べる。


「……で、これはあれか? 馬鹿には見えない服の親戚みたいな、すんごい魔法の品なのか? はたまた、レモン果汁を用いた古典的なあぶり出し?」


「……カズマくん、絶対わかってて言ってるよね……。あーあーはいはいそーですよ、スケッチしたくて荷ほどきそっちのけでふらふら出て来たくせして、全然筆乗んなくて一枚もまともに書けませんでしたよーだっ! 情状酌量なんてもうどうでもいいもん! 殴りたいなら殴りなよっ! ヘイヘイ、へなちょこ鉄拳、ばっちこーいっ!」


 斧と鉈が似合う男の意趣返しがなんか変な風に曲解されて、予想の斜め上な感じでブチ切れられちゃった。ブチ切れというよりヤケクソで自暴自棄な感じの緋叉音だけど、両手のみならずバッグまでをも頭上へ構えて防御してるあたり、彼女はまだ理性を残しているっぽい。


 ならば、拳では無く言葉で語ることは十分に可能であろう。そう判断した俺は、へなちょこ鉄拳に想いを馳せて涙目でぷるぷる震えてる緋叉音に、そっとスケッチブックを差し出しながら沙汰を下した。


「無罪放免だ」


「……………………………………………………へぅ?」


「『へぅ?』じゃなしに。だから、此度の一件については不問に処すって言ってんだ。……ただし、次からはもうちょっと周りに心配かけないように配慮した行動を求ム。荷ほどきそっちのけでふらふら~ってことは、本来居るはずの所からいつの間にか勝手にいなくなってたってことだろ?」


「………………あ、うん。そう、かな? ……うん、そう、です」


「引っ越してきたばっかの子がそんなんなっちゃったら、いくら書き置きが有ったって心配するだろ。……まあ、睦子ん所の両親はわりとアバウトな性格してるから、あんまり大事にはならなかったみたいだけど……。睦子が『失踪』なんて不穏な言葉使うのも、これじゃ無理ないぞ?」


「……………………………ごっ、めん、なさい」


「……………………………まあ、うん。……おう」


 バッグに押し潰されそうな程に悄気返っちゃった緋叉音を見て、俺も重苦しい気持ちに押し潰されそうになりながら意味も無く頷く。それ以降、両者の動きは完全に停止し、俺の手から離れることが出来なかったスケッチブックが行き場を失って遭難中。


 ……失敗したなぁ……。こんな、説教みたいな――というより説教その物な話、するんじゃなかったな。緋叉音だって悪いことをしたっていう自覚はちゃんとあったんだから、今更わざわざほじくり返す必要なかっただろ。細かいことなんか全部有耶無耶のなぁなぁにして、大人しくずっと撫で撫でしてりゃよかった、ちくしょう。


「……………………………………」


 後悔は、先に立つことなく。零れた水も、盆に返ることはない。


 一時は、本物の兄妹のように語り合うことも、触れあうこともできていたはずの俺と彼女は、けれど今はこうして語るべき言葉を失い、視線でさえも触れあえない。


 それはまるで、本当に赤の他人のようで。事実、俺と彼女は、赤の他人でしかなかった。



 こうして、俺と緋叉音は、本来在るべき立ち位置へと無事に戻ることとなり。それを見計らったかのように、聞き覚えのある電子音が響き渡った。

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