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第1話 8月20日(日・3)。食事が満たすもの。

 折角なので、この家の間取りについてさらっと説明しておこう。


 まず、六畳一間の和室が横に三つ、襖を隔ててぽんぽんぽんと並んでいる。それをL字にぐるりと回り込むようにして廊下が延びており、先程まで俺と緋叉音がわちゃわちゃやってた縁側はL字の下辺に当たる。ちなみに、和室と廊下の間の仕切りは襖ではなく障子で、縁側と庭の間はガラス戸だ。あとは、L字の左下の角が玄関で、左上の端がトイレと風呂、んでいっちゃん左側の和室の奥には台所という配置。平屋なので二階は無し。

 ついでに戸外についても解説しておくと、玄関に向かって右側がガレージ、手前側が庭、左側が空白地帯で、家屋の裏手側にはちょっとした畑。それら全ての周囲を森が囲み、その森の一部は遙か彼方の山と一繋ぎになっております。以上、説明終わり。


 まあ、細かい配置についてはあんまり重要でもない。とりあえずは、『部屋の配置の都合上、家の中においては何をするにも何処に行くにも左端の和室が要所になっている』ってのだけ押さえておいてくれ。便宜上、以降はこの一室を居間と呼ぶことにするのでよろしく。


 そしてその居間に、現在、俺と緋叉音の姿は有りました。


「――あいよっ、たーんと召し上がれぇーい。へいへーい、追加でもう一丁ー。うぇいウェーイ、まだまだいっちゃうよー」


 バイト中より多分に気の抜けた調子でそんな台詞を吐きながら、布団を纏わぬもの悲しいこたつの上を、我が力作達で鮮やかに彩っていく俺。召し上がれーって言ってるのに、緋叉音は先に食べ始めることなく、お手々を太股の上で握って行儀良く正座したまま、忙しなく動く俺&際限なく湧き出してくる夕餉を忙しなく見回している。


 ぽかんと口開けて目を白黒させてる未成熟な美女、という絵面がちょっと面白くて、俺は二人分のご飯と豚汁と肉じゃがの他にも、当初出す予定には無かったタッパー入りのたくあんや、知人が試作した失敗作キムチ、手早く作ったカットフルーツ盛り合わせ、あとマヨネーズや焼き肉のたれやサラダ油なんかもどんどんこたつの上に並べていった。何してんだ俺。


 こたつの一角がボトル入りの調味料類に占拠された頃、俺は忙しなく台所と居間を行き来することをようやくやめて、仁王立ちしながらこたつと緋叉音を見下ろした。


 俺の双眸に映るのは、混沌渦巻く食卓と、俺を見上げ来る無垢な瞳。


 緋叉音嬢、ひたすらに無垢なお目々のままで、『どうしたの?』みたいにちょこんと小首を傾げて見せてくる。どうやら彼女、俺の奇行にも眼前に広がるケイオスにも、驚きはすれど不審なものは一切感じていらっしゃらない様子です。当然、ツッコミだって頂くことは叶わず。


 この子、もうちょっと人を疑うってことを覚えた方がいいんじゃなかろうか。いや、ツッコミ欲しさにこんなこと言い出してるわけじゃなくてだな? だってあれやん、この子ってば赤の他人の家でぐーすかぴーしてたり、言葉巧みに唆されて野郎の家に連れ込まれたり、のみならずその野郎の手料理を食わされようとしてたりするわけやん? これ、俺がその気になったら余裕で不埒なあれそれに及ぶことができると思うんやけど、これ流石に警戒心低すぎやなぁい?


 ……でも緋叉音って、完全ノーガードってわけでもないんだよな。警戒心は感じられずとも、過剰気味の遠慮みたいな態度は度々見せてるから。だがしかし、本当に遠慮しがちな子であるならそもそも現在の状況は成立してないし、それに俺の渡したタオルケットを未だに羽織ってることにも説明がつかないし……、あとこいつ、時々やけに馴れ馴れしい瞬間があったりもするし……。


 ……………………この子の距離感が、どうもいまいちわからんぞ……?


「――カズマ、さん?」


 ガラにも無く思考の海にどっぷりと溺れていたら、聞き慣れない透き通った声が、耳慣れないビミョーな距離感の呼び方で我が名を口ずさんだ。ファーストネームに『さん』付けって、なにそれ貞淑な若奥様みたいで萌える。


 そんな不純な想いを宿す下郎に凝視されて、緋叉音は若干怯えたような様子でタオルケットの胸元をきゅっと掻き合わせた。


 瞳と髪を不安げに揺らして、太股をしきりにもじもじと摺り合わせて、身を縮めるようにしながらも、緋叉音は再度俺を見上げてゆっくりと口を開く。


「……カズマ、『くん』?」


「……………………いや、別に呼び方に不満があって返事しなかったわけではなくてだな? つーか、なんで俺の名前知ってんだ?」


「…………さっき、電話で……。あ、私は、雛木(ひなき) 緋叉音と申します。……よろしくお願――っ、じゃなくて。………………よろしく、ね?」


 下手くそな愛想笑いを浮かべながら、及び腰な上目遣いを向けてくる緋叉音。彼女のそのぎこちない仕草は、媚びているようでありながら、同時に遠慮しているようでもあって、いよいよもって本格的にこの子の距離感がわからない。


 ――わからない、けど。改めての自己紹介と共に『よろしくね?』って言われたら、考え事なんかより先にやるべきことがあるって、それは俺でもわかります。


「おう、よろしくな。俺は荒鷲(あらわし) 和馬だ。和馬さんでも和馬くんでも、好きに呼んでくれや」


 俺はにっかりと笑いながら、緋叉音の頭を無遠慮にぽふぽふと叩いた。叩くのみならず、軽く掴んでくわんくわんと揺らしてみる。


 突如として襲いかかってきたセクハラに全身をびきりと硬直させた緋叉音は、けれど俺の手を振り払うことはせず、起き上がりこぼしの如くあっちへこっちへ振り回され、振り回され続け、もっと振り回され続け……一向に抗議の声を上げる気配無し。俺の目をしっかりと捉えたままの双眸にも、セクハラ野郎を咎めるような意図は一切見受けられず、ただただ雛鳥のように無垢なきらめきが灯るのみである。


「………………………………」


 なんとなく幼気な童女にイタズラしてるような罪悪感に駆られた俺は、緋叉音の身体をまっすぐに戻してあげてから、無言で彼女の頭をそっと解放した。


 何食わぬ顔で、緋叉音の対面の席へ回り込み、粛々と腰を下ろす俺。その一連の動きを目線で追いかけ続けていた緋叉音は、しばらくぼーっとしてたけど、やがて『ここからは食事の時間かな?』と勝手に判断してくれたようで。彼女は羽織っていたタオルケットをふわりと脱ぎ去ると、それを手早く畳んで横に置き、少し畏まった様子で改めて俺へと――こたつの上の夕食達へと向き直った。


 緋叉音の興味は既にセクハラ野郎には無く、ほかほかご飯と豚汁と肉じゃがとその他諸々にご執心の様子。ご執心とはいっても、食欲よりも好奇心の勝っているような風情ではあるが、ともあれ、彼女が『あの号令』を心待ちにしているのは間違いなさそうだ。


 ……じゃあ、まあ、うん。彼女に言いたいことも聞きたいこともいっぱい有る気がするけど、何はさておき、まずは俺が言うべきで彼女が聞きたがってるこの言葉から、楽しい会食を始めましょう。



『――いただきます』



 ここまで、度々俺の意図を読み違えていた緋叉音。けれど、俺が殊更ゆっくりと実演してみせたこのありふれたポーズと台詞には、合掌と唱和と笑顔を以て当意即妙に応えてくれた。



◆◇◆◇◆



 食事ってのは、睡眠や性交と並んで、生き物の本性が現れる時間だと俺は思う。その持論を以て雛木 緋叉音の人間性を読み解くならば、彼女は『ヒトとしての感性と常識を有しながら、本能に抗う術を持たない、難儀な子』といったところか。


 そんなことをぼんやりと考えつつ、俺は豚汁をずずずと啜りながら対面の少女へと目をやった。


「――がつがつ、はぐっ、がつ、あぐあぐ、がぶっ! むしゃむしゃむしゃむしゃ、ずずずずずっ、ぷはっ、がつがつがつはぐむしゃがぶがつがつ、ずずずずえほえほっ!? えほっ! けほっ…………。…………………………がうがうわうわうわうはぐはぐはぐはぐはぐ――」

 

 尻尾ぶんぶん振り回しながらお食事中の狼みたいな擬音の群れが、清楚な身なりの美人の口から絶え間なく飛び出している。彼女は二杯目のごはんを右手にがっちりと保持して放さぬポーズを決して崩さぬまま、左手に装備した箸を駆使してで肉じゃがや漬け物をがぶがぶむしゃむしゃ、箸を放さぬまま豚汁のお椀を持ち上げて汁と一緒に具を流し込んでずずずがぶむしゃけほけほ。白いブラウスの襟にあわや汁を跳ねさせかけたり、臙脂色のベストやおそらくスカートの方にもちょこっとご飯粒をくっつけたりしながら、俺など足元にも及ばぬ肉食獣っぷりで一心不乱に飯をかっ込んでいらっしゃる。


 が。唐突にはっと我に返った緋叉音は、口の中のものをごっきゅんと飲み込むと、あははと愛想笑いと冷や汗を浮かべながら、箸先で摘まんでいたラス一のたくあんをおそるおそる差し出して来た。


「……カズマくんは、たくあん、好き?」


 などと俺に対してコミュニケーションを図ってきておきながら、見るからに彼女の心は色とりどりの料理達に奪われたままで、『カズマくんの事なんてほっぽって、もっともっとがつがつむしゃむしゃやりたいよぅ!』という涙混じりの叫びが聞こえてくるかのようである。


 食事を始めてから都合七度目となる、BAD確定なコミュニケーション。俺は呆れ混じりの笑みが零れるのを感じながら、豚汁を啜ることをやめぬまま箸でしっしっと空を払って『いいから食え食え』とてきとーにジェスチャーして見せた。


 すげなくあしらわれた緋叉音は、ちょっとしょんぼりしながら、たくあんをぽりぽりと囓る。それを嚥下し終えると、少し元気が戻って来た様子でキムチをむしゃりむしゃりやり始め、ご飯をはぐはぐかっ込んで、そっからはもう俺のことを忘れ去ってのばくばくむしゃむしゃあぐあぐはぐはぐエンドレスフィーバー。


 女性らしからぬこの豪快な食べっぷりは、マナーにうるさい人ならば顔を顰めちゃうレベルだろう。マナーに寛容な人物であっても、放置プレイされながらがつがつがつがつやられればあまり良い気はしないと思う。そのあたりは緋叉音本人もわかってはいるのか、彼女は時折先程のように本能を無理矢理ねじ伏せて、必死こいて『仲良くしたい』アピールを――否、『きらわないで』アピールを健気に繰り出してきたりする。


 ……この子が時折見せる過剰な遠慮の、その原因の一端は、飯食ってただけで誰かに嫌われちゃったとかいうせつねー過去から来てたりするのかね?


「……………………」


 不意に浮かび始めた良からぬ想像をシャットアウトし、俺は役目を終えた箸と空のお椀をこたつへことりと置いて一息突いた。ふぅ、お腹いっぱい、満足まんぞく。俺の夕食、これにて終了。ちなみに緋叉音は、ペースはだいぶ落ちてきてはいるものの、まだまだがつがつやってるなう。


 なんとなく手持ち無沙汰になってしまった俺は、食器をどけた所に頬杖突き、ぼんやりと緋叉音を眺めて暇つぶしに突入。


「………………え、えっと……、かず、ま、くん?」


 腰を据えて真っ正面から見つめられれば、さしもの緋叉音も気にせずにはいられなかったらしい。俺はうっかり食事の手を止めさせてしまったことを申し訳なく思いながら、戸惑う彼女を安心させるように微笑んで見せて、ついでにひらひらと軽薄に手を振った。


「悪い、気にせず続けてくれ」


「………………きっ、気になる、よ……。…………わりと、すごく」


「気にすんなっちゅーに。俺はただ、美味そうにメシ食ってるヤツを眺めるのが好きなだけだ。他意は無い」


 言い訳のような口ぶりになってしまったが、これは紛れもない俺の本心だ。かつて餓死寸前みたいな状態で放浪してたり、現在大衆食堂でバイトしてたりなんかの都合上、俺は食事ってもんにちょっとばかし思い入れがある。


 でもそんな裏事情を知らない緋叉音は、俺の言葉を素直に受け容れることができずに戸惑うばかりなり。仕方無いので、俺は食事の最中ずっと抱いていた想いをちょろりとお漏らししてあげることにした。


「それにさ。俺の作ったメシをそんだけ美味そうにがっついてもらえりゃ、素直に嬉しいっつーかさ。……普段ウチに来てメシ食ってく連中って、俺謹製の手料理を酒の引き立て役みたいな扱いしやがるからなぁ……」


 別にそれを悪いとは言わないし、食事の楽しみ方なんてのは人それぞれだ。けどやっぱ、作った人間としてはよ、酒より何より俺の料理をきちんと味わって貰いたいじゃん?


 そんな願いを、目の前の少女は、俺の願った以上の形で叶えてくれている。その事実の前には、マナーがどうたら会話がどうたらいうのは些細すぎる問題だ。


「だから、あんま俺に気ぃ遣わねぇで、好きなだけおあがりよ。……ああ、ただし腹壊さない範囲でな?」


 なんか自分が小っ恥ずかしいことを考えたり言ったりしてる気がしてきたので、最後に無理矢理オチを付け加えて締めくくった。


 俺の話は終わったけど、緋叉音は未だに動かない。彼女はぼけっとした顔で箸を咥えて、じーっと俺を見つめてる。なんだろ、この目。嫌な感じはしないけど、意図の全く読めないつぶらな瞳が、その網膜に伊達男の精悍極まる顔貌を焼き付け続けている。ごめん今ちょっと無駄に見栄張った。


「……どうしたよ? ……あ、ご飯もう一回おかわりするか?」


 見れば、緋叉音の右手に納められている茶碗は既に空っぽになっているようだった。催促されてるのかと思い、俺は軽く腰を浮かせて手を差し出す。


 しかし、緋叉音はふるふると首を横に振る。その上で彼女は、箸を丁寧にこたつへ置くと、両手でしっかりと茶碗を持って俺の掌へとそっと乗せてきた。



「……ごちそーさまでした。……………あのね、久しぶりに、ご飯がすごく美味しかったよ。……ありがとね?」



 そんなどこまでもストレートで剥き出しな言葉と共に、蕩けたようなふんわりとした微笑みを向けられてしまっては、あらゆる疑問がどうでもよくなってしまうのも仕方の無いことだと思う。


 俺は余計な問答をすることなく素直にお椀も言葉も笑顔も丸ごと受け取って、これまた素直にニヤけ面を晒しながら「お粗末さま」と返事した。

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