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第3話 8月23日(水・4)。兄と姉の戯れ。

 郡宮駅は、やたらデカくて近未来的な駅舎と、なまら大きくて超おしゃれなショッピングモールが完全に融合している、正に『交通と商業の要衝』と呼ぶべき造りの駅だ。駅前近辺や車でもうちょい行った所なんかには多種多様な店も遊び場もあるけれど、普段の俺が思いつくような用事であれば大抵はこの駅ビルの中で済ませることができる。


 だからってわけでもないけど、俺が睦子を連れてやって来たのは、俺らがいつも利用している駅ビル内フードコートだ。結構高めの階層に位置してる上、通路側も駅前側も全面ガラス張りだから、綺麗な夜景は無理でもそこそこ開放感ある景色が楽しめる。それに、お高いフレンチは食べられないけど、屋台みたいな店舗群でアイスや鯛焼きやラーメンなんかの摘まみを逐次買い足しながらだらだらダベったりなんかはできちゃいます。事実、広々とした空間にずら~っと敷き詰められたソファー席の幾つかでは、俺の考えを先取りしたようなママ友集団(?)や百合カップル(?)なんかが景色や甘味やおしゃべりを楽しんでいらっしゃるご様子。


「お前、どっち?」


 未だ右腕にぶら下がったままの睦子へ、『席取り係かおやつ調達係、好きな方を選ぶがよい』という意味の問いを何の気なしに放ってみる。そしたら睦子は、まるでつねるみたいに俺の服をぎゅむりと握りながら、じっとりした眼で睨め付けて来なすった。


「『デートしようぜ!』なーんてカッコ良くキメてたくせして、結局ここなの? ……なんかもっと、こう、特別っぽい場所にエスコートしてくれたりとかは……、……………………ああうん、ごめんねカズちん、これはお姉ちゃんがちょっと高望みしすぎだったわぁ、うん……。あたし、らーめん、好きだよ?」


うっちゃしい(うるせぇ)わ、お兄ちゃんに気遣うような優しい笑みを向けるなマジやめて。……俺も考えないでもなかったけど、まだ他の飯屋なんて営業前なんだし、しゃーねぇだろ?」


「………………しゃーねぇで、デートプラン、妥協しちゃうんだ……」


 睦子は笑顔をわざと呆れの色へと変えながら、けれど同時にその裏で盛大にしょんぼりとしていた。そんな彼女の心の動きが手に取るようにわかってしまって、俺は『しまった』と己に舌打ちしながら、繋がれている手にきゅっと力を込めて誠意と感情を送り込む。


「悪ぃ。しゃーねぇなんて言ったのは、ほんとごめん。……妥協も確かにしたけど、無理にお高い店に連れてくよりは慣れてる場所の方がいいかと、思って……。……………いや、折角のデートなんだから、こんな日和った考え方はやっぱダメだったよな。ほんと、ごめん」


「………………むー。……そんな本気で謝られたら、あたし、誤魔化したりとか、できないじゃん……」


 睦子はその言葉通り、自分や俺を欺くための薄っぺらい笑みを脱ぎ捨てて、眉も肩も素直にしょんぼりと落としてしまった。無理に気持ちを取り繕われるのも心が痛むけど、こんな睦子を見せられるのも胸がちくちくしてひどく苦しい。


 苦しいというこの気持ちの、その根っこにあるモノも、俺はもう誤魔化すことはしない。



「俺は……、睦子が、好きだ」



「………………………………………………ふぉおおおおっ!?」


 素っ頓狂な悲鳴を上げて離れようとする睦子を、俺は半ば抱き締めるようにして強引に引き留めた。


「待て待て逃げんな、別にいきなり愛の告白したわけじゃねぇ。お前さっきラーメン好きだって言ってたよな? 今のは、そういうノリの『好き』だ。猫好き、犬好き、ブラコン、シスコン、そういう感じの、とにかくラブじゃなくてライクな『好き』。だからちっとも慌てる必要なんかなし。おーけー?」


「……………………。相手が、ねことか、しすたーとかでも、時にはラブな『好き』が生まれ――」


「るかもしれねぇけどそれめっちゃ特殊な事例だから今は脇に置いとけ、な? 」


「………………あ、は、はい。……うん」


 一応はこくこくと頷いてくれた睦子だったが、どうもまだ魂消たまんまで正気が戻って来ていない様子だ。これ以上ショックを与えるのはまずそうなので、言葉を選びながらどうにか気持ちを伝えていくことにする。


「俺は、睦子が……、いたく、お気に入りなのだ。すごく、すごく、お気に入りなのだ。なんかもう、お前に嫌われたら俺はきっと泣きすぎて衰弱死すんじゃねぇのって本気で危惧しちゃうレベルで、とってもと~っても、お前のことが好――お気に入りなのだ」


「………………今、好きって――」


「でだな? 俺がお前のことすげー気に入ってんだってことを、何より初めに、ちゃんとわかっておいて欲しいんだ。……………俺、お前の言う通り、女の子相手に場数踏んだりとかしてないから、たぶんこれからも色々失敗すると思う。お前に何度も呆れられたり、また……悲しい想いをさせたりすることも、あると思う」


 でも。だけど。けれど。


 という、本当に言いたかった続きの言葉が紡がれたのは、俺の口からではなく。


「――『それでも、貴女への(ラァヴ)だけは本物だから、どうか大目に見てやってください』……ってこと?」


「……………………なーんでお気に入りという婉曲的な表現からネイティブな発音の愛へと劇的にクラスチェンジしてんの? ……………え、なにそのきょとんとした愛らしいお顔。お前ほんと俺の言ったことちゃんと聞いてた?」


「う、うん。ちゃんと聞いてたら、こうとしか聞こえなかった……けど、これあたしが間違ってる……?」


 睦子は自分の耳や脳をいまいち信じ切れないらしく、己の出した結論にうーんと首を捻る。今ならばこやつの辿り着いた答えに無理くりいちゃもんつけて白を黒にすることは可能だろうけど、俺は敢えてそれをせず、うぬうぬ唸ってる睦子を引っ付けたままてきとーな席へと移動した。


「ほら、座ってろ。いつまでコアラやってんだ。なんか食い物飲み物買ってくるから、しばらく休んでてくれ。…………あとあれな、もし変な男とか近付いて来たら、すぐに大声で叫ぶんだぞ? 恥ずかしいとか思って躊躇すんなよ、『和馬に言われたからそうした』って言えばいいから。んじゃ、行ってくらぁ」


 無理矢理座らせた睦子に言うだけ言って、俺は店の方へと踏み出――せない。


 見れば、睦子は俺の言ったことを理解してるのかしてないかわからない顔しながら、俺の手をしっかりと握りしめて繋ぎ止めている。軽くふりふり揺らしてるみるも、全く放してくれる気配無し。


「……なんだ、リクエストでもあるのか? 遠慮しないで、和馬お兄ちゃんに教えてみ?」


「……え? え、ううん、べつに――あっ。なるべく、甘い物以外がいい……かも?」


「………………えっ、今正に甘味をめいっぱい買ってきたろうかと思ってたとこなんすけど……。なぜに甘い物NG?」


 よもやダイエット中というわけでもあるまい、昨日だって俺の作ってやった昼飯を腹一杯堪能してたし。大体、こいつ既に細っこいからこれ以上痩せたら見てて不安になっちゃうレベルだし。でも女の子って際限なく減量したがる天性のボクサーみたいな側面を持ってるらしいからなんとも言えん。


 睦子も、何故か俺の疑問への回答を口にすることなく、気まずげに目を伏せてもじもじしてる。ダイエット中なのを告白することを恥ずかしがっている……というよりは、どこか後ろめたさのようなものを抱え込んでしまっている様子だ。


 ふむ。事情はよくわからんが、睦子にこんな顔させたくないっていう自分の気持ちだけはよくわかるので、ここはお姫様に微笑んでもらうことを最優先に考えよう。


「わかった、甘い物以外な。んじゃま、今度こそ行って……………………、おい、もう行くんだってばよ」


「あっ、と、う、うんっ! ごめんね、わがまま言っちゃって……。…………あとね、その……」


「その? ……どの?」


「…………………と、とにかく、行こっ?」


 勢いを付けてぴょんこと立ち上がった睦子は、一目でそれとわかる愛想笑いと空元気を振りまきながら、俺の手をぐいぐいと引っ張って歩き出す。


 今日はほとんどずっと手繋いでんなぁ、なんて今更なことを思いながら、俺はひとまず睦子のド下手な演技に乗っかってあげることにした。



 ◆◇◆◇◆



 睦子は、その女性らしい華やかで(たお)やかで愛らしい見た目に反して、食いもんならラーメンだろうが丼物だろうがわりと何でもイケるクチだ。一応言っとくと、これ大食いって意味ではなく、普通の女の子が敬遠しそうな物でもフツーに食えるっていう意味な。食う量自体は、精々他の女子より気持ち多め程度なんじゃなかろうか? 他の女子なんて緋叉音くらいしか知らないからわからんけど。


 ともあれ。そんな、何でも食えるけど大して量は食えない睦子ちゃんが、何かを誤魔化すようにハイテンションを維持したままでフードコート内の店を軽く一周し、どころかテーブルと店の間をピストン輸送しながら二度三度と周回してきたその結果が、俺と睦子の目の前にずらりと並んでおりました。


「……………………………………」


 向かい合う俺と睦子に挟まれている、四人がけのテーブル。その上を埋め尽くしているのは、祭り囃子の響く境内でも練り歩いてきたのですかと言いたくなるような、焼き鳥・イカ焼き・たこ焼き・焼きそば・お好み焼き・鮎の塩焼きなんかの各種しょっぱい系縛り焼き焼き軍団が全種『三』人前ずつであった。あとついでに醤油ラーメンも有るでよ、これは流石に二人分だけだけど。


 香ばしく焦げた醤油の匂いに食欲を掻き立てられて――というのとは別の意味で、俺はごくりとのどを鳴らした。対面の席で引きつった笑みを浮かべてる睦子を、じろりと見やって言葉を放る。


「しょっぱくね?」


「……まだ食べてないでしょ。食わず嫌いは、お姉ちゃんが『めっ!』しちゃうぞっ?」


「言い直す。見てるだけで既にしょっぱくね? あと見てるだけでお腹いっぱいじゃね? お前どんだけ買ってんの? お残しは、お兄ちゃんが『滅ッ!』しちゃうぞ?」


「………………のこ、す、つもりは、ちっともないけど、ね? ……あの、ね、あたし、実は今日、あんまり量食べられないんだぁー、なーんちゃって……。あ、あは、あはっ、あはははははははははははごめんカズちん後でいっぱいちゅーしてあげるからどうか許してほしいぴょん……」


 衝撃のカミングアウトに思わず小言を言いかけた俺だったが、すかさず提示されたお詫びのブツに目が眩んで口に全力チャックした。いっぱいちゅー。むつみこお姉ちゃんが、いっぱいちゅーしてくれる。すごい。なにそれすごい、欲しい、すごい欲しい。棚ぼたラッキーゲットだぜひゃっほい!


 という本気はさておいて。折角買い物で気晴らししたってのに、睦子がまーたしょんぼりしちゃってる。懐がすっかり寂しくなっちまった分、せめて睦子の笑顔見て胸をほっこりさせたいとこだ。


「……ま、お前の好きなようにさせてた俺も共犯みたいなもんだしな。それに金も多少出してもらったことだし、今回は大目に見てやろう。でもお詫びは忘れんなよ、絶対だぞ、必ずだぞ、これフリじゃないからそこんとこわかってるよな?」


「………………いっぱい、ちゅー? ………………ほっぺ? それとも、カズちんちん?」


「……………………………………………………………………。ほっ、ぺ」


 俺は血の涙を流したくなるほどに惜しむ気持ちを噛み殺しながら、歯の間からどうにか回答を零した。今のは睦子なりにいつもの調子を取り戻そうとした結果の軽口なのだと、そう理解してはいるのに、睦子お姉ちゃんの罪悪感につけ込んで無理矢理フ○ラさせまくるというイメージ映像があまりにも甘美すぎて、どちくしょう、なぜ俺は素直に『カズちんちん』って答えなかったんだ……ッ!


「…………………………ちらり」


 やり直しは有りかな? なんて淡い期待を胸に、ちょこっとしなを作りながら睦子へちらりと上目遣い。


 俺の愛くるしいアイコンタクトをしかと受け取ってくれた睦子は、何故か突如「ふずっ」と奇妙な悲鳴を上げながらお胸をぎゅっと押さえてテーブルへ突っ伏した。華奢な肩をぷるぷる震わせ、見えないとこではおみ足をばたばたと振り回したりもしてて、どうやらものすんごい必死に爆笑を堪えていらっしゃる様子です。何がそんなにツボに入ったんだかなんて追求することは、完全に自傷行為とイコールなので、俺訊けない、聞きたくないぴょん。


 今し方生まれたばかりの黒歴史についてはノータッチを決め込むことにして、俺は無意味に熱くなってきた顔に不機嫌ヅラを貼り付け、盛大に溜め息を吐きながら大股開きでどっかりと座り直した。テーブル備え付けの箸を二膳手に取り、一方は自らの口へ咥えて片手でぱきりと割り、もう一方は雑なサイドポニーをさらに乱そうとぶるぶるしまくっておられる女の頭へぺしぺし。


「おら、冷めないうちにとっとと食っちまおうぜ。最悪、レンジで温めてくるか持ち帰りすりゃいいけど、やっぱこういうのは出来たてが一番美味いからな。とりあえず、ラーメンだけは優先的に食いきるようにして…………………………、おい、お前ちゃんと聞いてる?」


「きっ、き、きっ、聞いてぷふーっくっくっひゅっひゅ」


 ようやっと顔を上げた睦子は、俺のぺしぺし攻撃を片手でやんわりと退けながら、目尻の涙を拭きつつ、ひたすら笑う笑う。しょんぼりがどっか行ったのは良かったけれど、お前ちょっと笑いすぎ。割り箸鼻に突っ込んで地獄見せたろか。やんねぇけど、だって俺こいつのお鼻もお顔も好きだし。まああくまで顔の作りが好みなだけであって、睦子お姉ちゃん自体はもうだいっきらいなんだけどな! まあ大嘘だけど。


「…………………………はぁ」


 何もかもを諦めて嘆息を漏らすと、睦子につられたみたいに自然と口の端が笑みの形へ釣り上がるのを感じた。自分がなんでそんな表情をしているのかなんてどっかにうっちゃって、睦子の手にしっかりと箸を持たせてやり、ひとまず自分の食事へと取りかかる。


 やがて爆笑の波をやり過ごした睦子は、けれどその後も屈託無くにっこにっこと笑いながら、ラーメンをずるずるやってる俺を意味も無く眺めてきた。

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