第3話 8月23日(水・2)。成長。
連日活躍しまくってる愛機を本日もまたカッ飛ばし、勢いそのままに駐輪スペースへ突っ込む俺。軽くドリフトを決めて良い感じの位置に停車して、手早く車輪をロックし、息を整える暇すら惜しんで小走りに駅舎へと向かった。
稲見町唯一の駅の名は、そのままずばり稲見駅。
この駅は、すぐ目の前にはそこそこ交通量の有る国道が走り、それを挟んだ向こう側には『二毛作』を含めた商店群が立ち並ぶという、この町における交通と商業の要衝と呼ぶべきポイントに存在している。存在しているのみならず自らもその大役を担う一員であるだけあって、駅舎は多少古めかしくはあるもののやたらデカくて、併設されてる駐輪スペースや駅前ロータリーなんか無駄にだだっ広い。田舎にしてはかなり豪華……というより、田舎だからこそ土地を贅沢に使えるんだろう。ちなみに、国道から線路を挟んで反対側なんかは、土地を贅沢に使ったのではなく土地そのものが稲穂なのですと言わんばかりの圧倒的田園風景が地平の彼方まで覆い尽くしております。田舎まじパネェ。
なんてことを考えてる間に、駅舎の入り口へと到着。肩で息をしながら、自動ドアに感知されない位置から首を伸ばして、建物内をぐるりと見回してみる。
「………………あいつは、まだ、か……?」
いつもの睦子ならば、俺より先に着いた時は改札前のソファーでだらけてるはずだが、今そこにいるのはおっちゃんや婆ちゃん達が数名のみ。見晴らしの良いロータリー側を見渡すも、こちらはタクシーの運ちゃん達が客待ちがてら煙草吸ったり雑談したりしてるだけ。
スマホを取り出して現時刻を確認してみると、ディスプレイには08:56の文字。次の電車まであと六分しかない。これを逃すとその次の電車は一時間半後で、さらにその後は昼を挟むから二時間くらい間が開いてしまう。
……睦子のことは、いつまででも待ち続けるつもりではある。それに買い物だって、それほど急ぎってわけでもない。だから、別にそこまで焦る必要は無い……はず、ではあるけれど。
早く、あいつに会いたい。
…………………ていうかそもそも、あいつ本当に来てくれんのかな……? 俺、ほんとに『ばいばい』されちゃったわけじゃないよね? ね、睦子?
「…………………睦子……」
「うん、なぁに?」
振り向けば、ヤツがいた。それも、驚くほど近くに。
折角落ち着いてきた心臓をびっくんと飛び跳ねさせて、声にならない悲鳴を上げながらその場から飛び退く俺。そのオーバーリアクションが予想外だったのか、睦子はきょとーんとしちゃった顔で俺を見つめる。
先に硬直が解けたのは、睦子の方だった。やつは幽霊みたいに垂らしてた手をぷらぷら振って水気を飛ばしながら、性犯罪者を見るような胡乱極まる目つきを向けてくる。
「……………え、あんたもしかして、全然気付いてなかったの? じゃあ、なんで名前呼んだん? ……まさか、睦子お姉ちゃんのことがあまりに愛おしすぎて、幻覚とか見えて来ちゃった系? べっつに怒りはしないけどさぁ、せめて、せめて下着くらいは、履かせてあげませんか……?」
「なんで俺の見た幻が全裸なこと前提なんだよ、勝手に失礼な決めつけしてドン引きすんな。……つか、お前マジで睦子だな。なんかもう、マジ睦子って感じ」
「なにそれ。意味わかんない」
睦子は不満そうにコメントすると、少し呆れたようにふっと笑った。その微笑みの中に一瞬だけ垣間見えた優しげな色合いは、きっと幻覚なんかではないだろう。
手が濡れてる所から見て、どうやら睦子は駅舎横のトイレに行ってたらしい。……いや、トイレに行ったのではなく、もしかしたら、ガラにも無くお色直しでもしてたのだろうか?
「………………………な、なに? あんま、そんな、こっち見んな、ばか。……ほんっと、今日のあんた、全然意味わかんない……」
俺の熱い視線に灼かれた睦子は、ちょっと顔を赤くしながら前髪をちょいちょい整えたり、身体を隠すように小さく身じろぎした。ばか発言に反論しようと試みた俺は、しかし半開きの口から意味有る言葉を紡ぐことが出来ず、ただただ睦子の恥じらいを網膜に焼き付け続ける。
恥じらう、睦子。ただ俺に見られてるってだけでここまで恥じらうような、そんなお淑やかな睦子なんて、それこそ俺の幻覚だ。ならばこのリアル睦子は、何かしら俺に見られると恥ずかしいと思うような要素を内包している、少し特別な睦子なのではなかろうか?
例えば、服装。
比較的過ごしやすい気候であるためか、それとも日焼け防止用なのか、今日の睦子は編み目が大きめの白いカーディガンをゆったりと着こなしている。へそあたりまで外されたボタンの内側は、胸どころか下着のラインまでぴっちりと浮き上がりそうな黒いキャミソール。えろい。今すぐ胸元から手突っ込んでまさぐってやりたい。いややらねぇけど、うん。
下半身は、どっかで見たようなデザインの――つーかこいつの高校の制服だったプリーツスカートに、これまた見覚えのある黒のハイソックス、そして真新しいスニーカーという出で立ちだ。制服というだけで既に可愛いのに、露出したなめらかな太股とお膝がとっても美味しそうで、見てるだけでヨダレが零れそうである。いや零さねぇけど、うん、うん。
あとなんでか知らんけど、こいつ折角可愛い格好してるくせして、腰に無骨なベルトをX字に巻いてて超ミスマッチ。ミスマッチがむしろ可愛い。まるで拳銃を吊るすのにでも使いそうなそのベルトは、ファッションとしてもイカしてるけど、どうやら腰のポーチを吊るための実用的な品であるらしい。
……なんかこのポーチも見覚え有るなと思ったら、これ俺が昔くれてやったお下がりだわ。お下がりっつか、放浪時代を共にしたせいでぼろっぼろになっちゃった、ぶっちゃけゴミ同然の代物――だったはずなのだが、ぱっと見で目立った損傷は無いって程度には修繕が施されとる。……もしかして、よく似た別の品だったりする?
「……………な、なにさ、ほんと、ばか、ばーか、ばか、くそ、もう、ほんと、見んなくそ……」
俺の視線が注がれている先に気付いてか、睦子はまるで生おっぱいでも隠すように両手でポーチをガードし、泣き出しそうな真っ赤な顔で俺をぎろりと睨み付けてくる。その鋭い眼光は高校生時代の睦子を彷彿とさせ、あの頃と同じく雑なサイドポニーでまとめられた髪も相俟って、一瞬まるで本当にあの頃の睦子と向き合っているような錯覚を覚えた。
なんでこいつ、こんな懐かしいもんを色々引っ張り出して来たんだろ? ……いやまぁ、久方ぶりに甚兵衛や作務衣じゃない真っ当な若者っぽい服着て来た俺が言えたこっちゃねぇけど。でも俺のは純粋なおしゃれだけど、こいつのはどう考えても『それ以外』の意図があるよな?
…………………………深読みとか、してみるべき? でも、なんか浅かろうが深かろうが、こいつが俺に対して何かしら無言のアピールを仕掛けてきてるという推測は揺るがない気が……、………………?
「げ、やべっ」
うっかり聞き逃しそうになったけど、ホームの方から列車到着の放送が響いてきてる。これ逃すと、次はええと、何分後だっけ?
「やべぇってなに。あんたの脳味噌が? え、今更気付いたの? それはほんとやばいわぁ、うん」
俺とは違って本気で聞き逃したらしい睦子は、照れ隠しゆえか殊更に怪訝そうな顔をしながら小馬鹿にしたように鼻を鳴らす。
俺は思わず言い返そうとしたものの、ツッコミをぐっと堪えて、睦子に一歩詰め寄った。
怯んだように身を引く睦子の、カーディガンから覗く小さな手。それを俺は悪漢のごとく強引に握りしめてそのまま睦子を引っ張って無理矢理歩き出す。
「―――――――――っ、か、かっ、か、かかかかかずっ、かずっ、かずかず、かずっ!?」
「おう、余がカズカズである。いいから黙って付いてこい、電車来てんだ電車。文句は後にしろ。でも痛かったりコケそうになったりしたらすぐ言えよ?」
「…………………………………………あ、う、うん、うん、えっと、痛くない、だいじょぶ、だいじょぶです、ほんとあたしだいじょぶ、うん……」
すっかり大人しくなった睦子は、何度も何度も意味無く頷きながら、俺に握られた――というより掴まれた手に力を込めて、きゅっと握り返してきた。それを確認して俺は逆に力を緩め、けれど決して放さぬまま改札へと向かう。
この手に感じる微かな水気は、決して緊張の手汗なんかじゃねぇんだぜと、俺は意味の無い言い訳を誰にともなく胸中で呟き続けた。
◆◇◆◇◆
ぎりぎりで電車に駆け込んだ俺と睦子は、閉まるドアの音を聞きながら軽く呼吸を整え、辺りをちょろっと見回した。
ボックス席やトイレなんかの無駄にスペースを食う設備が詰まってる、常時二両だけで編成されている車両。一見しただけで、都会の『極限まで無駄を切り詰めて輸送量を底上げする』みたいな列車とはコンセプトからしてまるで違うことがわかる。それもそのはず、だってここの路線は通勤ラッシュ時くらいしかまともに『座席が』埋まることすらないのだから。今だって、せいぜい十人にも見たない乗客達がまばらにぽつぽつ座ってるだけだ。ちなみにこの電車な、先頭車両の一番前のドアしか開かないんだぜ? しかもドア開閉は手動だから、満員の時に開閉ボタンの所に立つことになった人は、エレベーターガールの如くドアを開け閉めをする係に任命されるというローカルルールが存在します。このルールを知らずにずーっとドア開けっ放しのままぼけっと突っ立ってると、他の乗客達にものすんごい勢いで睨まれるからご注意ね、夏や冬なんかは特に。
「……ほら、こっち」
「……………………うん」
徐々に動き出す列車の中、俺は転倒しないように気を付けながら、四人がけのボックス席へと移動した。素直についてきてくれる睦子が雛鳥みたいで可愛いなぁなんて幸せを噛みしめるも、幸福な時間はほんの十数秒で終了。
「お前、どこ座るよ?」
なんでわざわざこんなことを訊ねたかというと、それはね、俺と睦子の手が今もまだ繋がれたままだからだよ。このままだと隣り同士で座るしか選択肢は無いと思うんだ。というかその選択肢を選びたいし選んでほしいから、二人が向き合って座る席ではなく四人用のボックス席へと誘導しました。
そんな俺の思惑を知ってか知らずか、睦子はすぐには答えずに、目の前の席を見て、後ろの席を見て、ついでに他の席やトイレの方なんかも見る。そして最後に俺と繋がれた手を見て、なんかめっちゃ悔しそうに口をぐっと引き結んだ。いや引き結ぶなよ、俺の問いに答えろよ。
「……………………まったく、しゃーねぇな」
俺は軽く微笑みながら溜息をつき、シートへゆっくりと腰を下ろした。睦子の手は、もちろん繋いだまま。必然的に、睦子が躊躇いながらも嬉しそうに腰を下ろした先は、俺のすぐ隣だ。
「………………ひひっ♪」
俺の隣に座れただけで、この上なくゴキゲンなにやにや笑いを見せる睦子。俺は呆れのような溜め息を吐きながらてきとーに足を組み、拘束されていない方の腕で窓枠に頬杖を突きながら、速度を上げてゆく景色を――ではなく、窓に映る自分のだらしない笑みを眺めた。
まったく、ほんと、しゃーねえな。
「…………………………………………」
揺りかごのように優しく揺れる列車の中。かたん、かたんと、小さな軽い音が規則的に響く。効き過ぎな空調と、熱すぎな睦子の手、熱すぎな俺の顔。睦子の笑顔を直接見るのが気恥ずかしくて、なんとか窓の反射で見ようとするも、眼に映るのは相変わらず俺のぶさいくな笑みだけだ。相変わらずっつーか、俺どんどん蕩けてきてね? 顔もだけど、なんてーの、こう、心がさ。
「…………ふぁああぁぁぁぁぁぁぁああぁぁぁぁぁぁあ――っと、悪い」
気が緩みすぎて思わず大欠伸が漏れてしまい、俺は慌てて謝りながら睦子の方へ振り返った。
しあわせそうに蕩けていた睦子は、はっと正気を取り戻して俺の目を真っ正面から凝視し、見開いた目を逸らさぬまま首をぶんぶんと横に振る。
……何をそんな必死こいて否定してるのかはわからんけど、どうやらデート中に大欠伸かましてる失礼なクソ野郎というレッテルは貼られずに済んだようなので一安心。俺の安堵を感じ取ってか、睦子もほっと胸撫で下ろしてゆったりと背もたれに体重を預け直す。
「……………………………………」
なんとなく、お互いの顔ではなく微妙に肩や胸あたりを見ながら、俺達はしばし思考する。睦子がぼんやり顔の裏で何考えてるかはわかんないけど、俺が考えてるのは『これってデートでええんやろか?』ってこと。でもこれ、口に出して確認した瞬間に俺の望まぬ方向の答えが返ってきちゃう気するから、ちょっと別の話題でも振ろうか。
「睦子は……」
「…………うん?」
「……………………いや。今日は、付き合ってくれてありがとな」
睦子の今日の服装――特に、制服のスカートや、俺があげたウェストポーチについて――の意図について訊ねようかと思ったけど、ひとまず当たり障りの無い無難な所から入っていくことにした。
の、だが。睦子はちょっと不満そうに唇を尖らせると、繋いだ手を俺の太股へぽんと乗っけてきて、空いたスペースを埋めるようにお尻をスライドさせてきた。
軽く触れ合う、肩と肩。なんとなく、睦子の肩は手よりもやわらかで、あたたかくて、華奢で、艶めかしい。
――ああ。こいつ、女なんだな。何を今更って話だけど、なんか改めてそんなことを思った。
「……やべぇな、これ。…………なんつーか、睦子ヤベェ」
「……またそれなの? あんたほんと、語彙少ないよね。………なんて残念なのかしら……」
「残念な頭で悪かったなちくしょう。俺だってもっと良い頭に生まれたかった――わけではないな、よくよく考えてみると」
「なぁに、その方向転換? 残念頭な上に優柔不断とか、ほんっと、いつまで経っても和馬はだめだめなままだよね」
「でも、俺がもしもっと頭が良くて賢いヤツだったら、きっと俺は――」
――きっと俺は、今もまだ、あの窮屈な街にいて。この町へ流れ着くことも、この町で出逢った人々に出逢うことも、お前にだって出逢うことも無く、ただただ灰や塵みたいなくそったれの人生を消化し続けていた。
なんて、口に出すことはしなかったけど。でも、睦子の何とも言えないビミョーな表情を見る限り、俺の心はばっちり見透かされてしまったらしい。付き合いが長いってのは、こういう時にはちょい不便だな。
「………………まあ、あれだな。俺はなんだかんだで、今の俺とか、今の生活が気に入ってるってこった。あんま深く考えないでくれ」
「………………………………そっ、か。……うん、わかった」
睦子は、らしくない愛想笑いを浮かべると、視線を俺の顔から自らのふとももへと下ろしていった。なんとなく彼女の目線を追っていた俺は、えろす漂う生足と、そしてどこか懐かしさを覚えるプリーツスカートをぼんやりと眺める
今はもう役目を終えたはずのそれ。……睦子がどんなつもりでこれを引っ張り出してきたのかは、俺にはわからない。
けれど。
「……でも、な?」
俺の言葉をすんなりと受け容れてくれた睦子に、優柔不断でだめだめな俺は、こんな言葉を伝えずにはいられなかった。
「ガキだ、妹だと思ってたお前が、こんなりっぱなお姉さんに育つ様を、ずっと側で見続けてきたからさ。……やっぱ俺も、ちょっとは『成長』しなくちゃいけねぇよなって、極最近思い始めてるとこだ」
「…………………………あんた、町、出てっ、ちゃう、の?」
「なぜにそうなるのか」
深刻を通り越してこの世の破滅でも嘆いてそうな顔で見上げてきた睦子は、「だって……」と嗚咽を堪えながらぼそぼそと呟く。
「……あんた、親頼れなくて、住むとこにすら不自由してて、着る物すらろくに無くて、食べることすらままならなくて、お金だってろくに持ってない、ろくでなしの高卒フリーターじゃん……」
「いつの話してんだよ……。いや、確かに高卒フリーターという不名誉な肩書きは現在進行形ではあるから否定できねぇんだけど、今は住むとこも着る物も食べることもお金も、お前を含めた皆様方のご厚意のおかげで一応どうにかなってるからな? つか、なんでいきなりこんな話?」
「だって、あんたが『成長』とか、言うから……。………………町出て、実家戻って、親と和解して、真っ当に就職活動して、がんばって働いて、そのうち……、………………気立ての良い、お嫁さん、とか、もらっちゃっ、て……。………………………こどっ、こど、も…………………、……………………う、うぇ、う、うっ、ふ、くっ」
「立派に成長した俺の姿を勝手に想像した挙げ句に勝手に泣かないでくださいます? あとどうせなら嫁のイメージ映像は見知らぬお嬢さんじゃなくて雛木睦子で想像しておくれ。……つーかさ、お前の考えてくれた未来絵図のも確かにわかりやすく『成長』ってのを体現してるとは思うけど、実家戻るルートは流石に勘弁願いたいわ、考えただけで嘔吐しそう」
なにせ、実家を家出同然で飛び出してきた身である上、事の発端は親の持ちだして来た『勘当』にあるわけで。今更戻れる家も頼れる親もあるとは思ってないし、もし億が一とか兆が一で戻れるとしても、絶対に戻りたくなんかない。
だから俺は、睦子の手をぐいっと引き寄せて、すんなりと倒れ込んできたきょとん顔の彼女を抱き留めながらはっきりと告げた。
「今のとこ、町を出る気はさらさら無ぇよ。……まぁ、さすがに『この地に骨を埋めるぜ!』ってとこまではまだ言い切れないけど、少なくとも、お前が嫁入りするくらいまでは居座るつもりだ」
「………………………………あたしが、嫁入りって、誰のとこ?」
「………………………………お前の大好きな、彼氏達のとこ――は、無理だろうから……」
俺のとこ。
なんて言えねぇよおぉおおぉおぉぉぉぉ…………、だって俺高卒フリーターだもんよぉぉぉぉぉおおぉぉ………………、町のみんなの助けがなけりゃ真っ当に衣食住どうにかすることすらできなかった&今も尚できないっつーとんでもねー甲斐性無しだもんよおぉぉぉおぉおおおああぁあああああぁぁぁぁああぁぁぁ…………………………。
「ねえ、嫁入り、だれのとこ? ねえねえ、嫁入り、だれのとこっ?」
きらきらした瞳で見つめてきながら襟首掴んで揺らしてくる睦子から、俺はそろ~っと視線を逸らし、曖昧に「ああ、うん、どこだろね、うん」と回答を濁すことしかできなかった。
でも、俺が胸中でどんな答えを呟いていたのかなんて、睦子にはわかりきっていたようで。恋に恋する童女のようにひたむきで無垢なキラキラは、その後数十分にわたって俺の穢れた魂を灼き焦がし続けましたとさ。
ほんと、付き合いが長いって、こういう時にちょい不便……。




