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世界で二番目の魔法使い  作者: 歌節夜渡
第一章:ボン共和国編
7/7

酒場にて

 森を抜けてしばらく南に行くと、ゾーリンゲンの街に辿りついた。

 

 初めて訪れた"外"の街の印象は「猥雑」の一言だった。

 無計画に建てられたとしか思えない乱雑な街並みの間を、見たこともない数の人間が歩き回っている。

 人ごみの喧噪と言う奴は初めて体感したが、情報量が多すぎて酔いそうだ。

 父さんたちの話から想像していた「街」というものはもう少し文化的な場所だったのだが、イメージと実物とは大分違った。

 まあ、街というものは場所によってぜんぜん別物らしいので、このゾーリンゲンが特別騒がしい場所なのかもしれないが。

 印象的な街を楽しむのも旅の醍醐味の一つだと父さんは言っていたが、たしかにゾーリンゲンの街は中々面白かった。

 見るものすべてが珍しい。

 特に目を引くのは溢れんばかりに行き交う「人」そのものだ。服装一つとっても数え切れないくらいの種類の人がいる。年齢や性別も組みあわせると、それこそ無数と言っていいほどだ。武器を携えているのは戦士か、あるいは冒険者だろうか?獣の様な耳や尻尾があるやつは、亜人族だろう。話には聞いていたが、見るのは初めてだ。  


 道行く人々の会話を拾い聞いた内容から推察すると、どうやらゾーリンゲンはこのあたり――北部辺境域と呼ばれているらしい――で活動する冒険者の拠点になっているらしい。言われてみれば一癖も二癖もありそうな連中が多い。一方で、俺と同年代以下の子どもの姿はほとんど見かけなかった。

 そのせいか、俺に向かって奇異の目を向けてくる奴もいた。

 しかし、わざわざ声をかけてくるようなおせっかいな人間はいないようだ。


 通りの左右の家はいろんな品物を並べている。これが、噂に聞いた「店」という奴なのだろう。 

 武器や防具、食器や服といった"里"にもあったものから、なんに使うか分からないようなモノまである。色々興味は尽きないが、一番惹かれるのは、やや大きめの店から漂ってくる何とも言えないいい匂いだ。

 

「……なにはともあれ、まずは腹ごしらえからだな」


 ぐるるるる……と鳴った腹を押さえながら呟く。

 ゾーリンゲンまでの道中で狩った魔物を食べたがどうも腹に溜らなかった。それに、最近は切って焼くだけの料理とも言えない代物ばかりを食べてきたから、そろそろマトモな喰い物が欲しい。

 迷うことなく俺はその店へと入っていった。



                                   ◇

 思った通り、その店は食事をするところだった。

 丸テーブルがいくつかと、カウンターがある。カウンターの向こうでグラスを磨いている不機嫌そうな男が店長だろうか。

 テーブル席ではあまり人相のよろしくない奴らが大声でしゃべりながら飲み食いしていた。

 子どもの客は皆無だ。俺に気付いた客の中には珍しいモノを見るような目を向けてくる奴もいる。

 そいつらには構わずカウンター席へと向かう。テーブルは二人連れ以上の客向けみたいだし、店主に聞きたいこともあった。

 

「……金は持っているんだろうな」


 カウンターについた俺に、店主は開口一番そんな事を言ってきやがった。

 失礼なやつだ。

 まあ、お世辞にも金を持っていそうに見えないのは判る。"里"から着てきたマントと服はぼろぼろだし、野宿続きのせいで清潔とは言えない状態だ。

 そもそも、サダムネの爺さんに宝石を買って貰うまでは実際一文無しだったし、店主の見る目は確かとも言える。

 だから俺は店主の無礼を咎める事をせず、黙ってマントの隠しポケットから貨幣を一枚取り出した。

 それを見て、店主の表情が微かに緩む。 


「メロー小銀貨か。釣りはボンの金でしか出せんがいいか?メロー小銀貨一枚はボン銅貨二十二枚の割で扱ってる」


 とつぜん、店主が呪文を唱えた。

 

 いや、呪文じゃない。ええと、なんとなく意味は判るぞ。確かこのあたりでは何種類かの金が流通してるんだったな。たぶん、この店で普段使ってるのはボンの金で、釣りもボン貨しか用意していないのだろう。

 複数種類の金が絡むとその交換比率が問題になるって話は勉強した覚えがある。この店ではメロー小銀貨一枚をボン銅貨二十二枚として扱っているってことか。

 そのレートが適正かどうかは正直分からないが、騙されても勉強だと思って諦め切れる程度には懐は暖かい。

 というか、そんなことで揉めるよりもさっさと飯にありつきたい。


「構わない。とりあえず、腹にたまりそうなモノを出してくれ」

「あいよ。飲み物はどうする?」

「水でいい」


 他の客が飲んでいるのが大抵酒だということはなんとなくわかったが、酒にはあまりいい思い出が無い。

 "里"で作った酒を父さんが飲ましてくれたことがあるが、あまり美味いとは思えなかったし、妙にはしゃぎだしたアンリに絡まれて大変だった。あとで父さんが母さんに叱られていたのはちょっとおもしろかったけど。


 ほどなくして肉と野菜を炒めた料理と籠に入ったパンが出てきた。

 投げ出すように出されたフォークを受け取り早速口へと運ぶ。

 筋張った肉を三種類くらいの野菜と一緒に甘辛いソースで炒めたものだった。

 かなり濃い味付けだが美味い。というか、まっとうな料理を喰ったのが久々なのでどんな味でも文句はない。


「坊主、お前この街のモンじゃないよな?どっから来た?」


 夢中で飯を食う俺に店主が話しかけてきた。

 サダムネ爺さんといいこいつといい、"外"ではまずどこから来たか尋ねるのが礼儀なのか?


「北にある"里"だ。森と谷を抜けた先にある」

「北の森と、谷だと?」


 店主の眉根に皺が寄った。そうだ、と俺が答える前に背後からバカにするような笑い声が聞こえた。

 振り返ると、すぐ後ろのテーブル席で酒を飲んでいた三人組がにやにやとこちらを見ていた。軽装だが、武器を持っているところを見るとこいつらも冒険者なのだろう。

 そのうちの一人、小ずるそうな顔をした男が馬鹿にしたような口調で話しかけてきた。


「坊主、見栄を張りたいのは判るが、バレバレの嘘吐いちゃいけねぇよ。北の森って言ったら"ルリハコベの森"だろ?やたら強い魔物ばっかでベテラン冒険者でも難儀するっていう危険地帯だ。おまけに、その先の谷だと?"帰らずの谷"っつったらヤバい竜までいるって話の超難所。お前みたいなガキが抜けるどころか、ちょっと入りこんだだけで魔物に喰われちまうよ」

「おいおいジュド、そんな言い方したらかわいそうじゃねぇか。カッコつけたいお年頃なんだからよぉ」


 ジュド、と呼ばれた小ずるそうな男をとなりに座った別の男がたしなめるが、そいつの顔にも馬鹿にするような表情が浮かんでいた。

 周囲のテーブルにもこちらを見ている奴らが何人かいるが、そいつらもおおむね似たような表情だった。どうやら、俺が北から来たというのは嘘だというのが共通見解らしい。


「俺が谷と森を通って来たってのがそんなに信じられないのか?」

「おうよ。坊主がどっかの王族だって言われた方がまだ信じられるぜ」

 

 ジュドがひらひらと手を振りながら断言する。

 俺をからかっているようには見えないし、そんなことをする意味もないから本心なんだろうが、谷はともかく、あの森がそんな難所扱いされているというのは違和感がある。

 だって、あそこで会ったのは魔法弾を叩きこんだだけで粉々になるような雑魚魔物しかいなかったぞ。

 運よく強力な魔物に出会わず済んだのかもしれないが、あの程度の魔物が一匹で堂々と狩を出来る程度の環境であることは確かだ。"里"の周りなら、あれくらいの強さの魔物なら大きな群れを作るかこそこそと隠れて腐肉を漁るかしないと生きていけない。

 そんな温い森を抜けて来たと言っただけで、なんで嘘つき扱いされなきゃならないんだろう?

 そこまで考えて、俺はこんな扱いをされる理由に思い至った。

 

 そうか。俺が子どもだからか。

 この街に来てから、ほとんど子どもを見かけない。たまに見ても雑用や店番などばかりで、冒険者風の子どもはいなかった。"外"では子どもが戦うことはあまりないと聞いていたから、俺のような子どもが魔物のいる森を抜けて来たと言っても信憑性が薄いのだろう。

 それならそれでいい。

 別に、嘘を吐いてると思われても害はない。

 そんなことより、俺には聞きたいことがあるのだ。注目を集めたのは丁度いい。

 

「……まあ、信じられないっていうならそれでもいいさ。それよりおっさん、ここ一年位の間にこの街で俺くらいの年の女の子を見た事無いか?赤い髪で、アンリって名前で、たぶん片腕だ」


 アンリが俺と同じように谷から南へ進んだ可能性は高い。それならば、このゾーリンゲンに立ち寄った可能性は高い。

 すぐに立ち去ってしまったかもしれないが、子どもが目立つこの街だ。誰かの記憶の片隅に残っていてもおかしくない。


「赤毛の女……の子?いや、覚えはねぇな。俺らは五年前からこの街を拠点にしてるが片腕で赤毛のガキは見たことがねぇ。お前らはどうだ?」


 ジュドの返事は芳しくなかったが、周囲のテーブルの連中にまで声をかけてくれた。案外、気のいい奴なのかもしれない。

 ジュドに振られた周りの連中は、一斉にガヤガヤと話しだした。


「片腕ねぇ。大人にゃ珍しくもねぇが、子どもで片手ってのはあんまり見かけねぇな」「坊主、その娘っ子はお前さんのアレかい?その年で女のケツ追っかけてるようじゃ先が思いやられるぜ」「赤毛の女だったらビロウ横町の角でよく見かけねぇか?」「バカありゃこいつの三倍は年喰ってるし、第一オカマだ」「なんでオカマだって知ってんだよ?」「そりゃおめぇ……って、んなことどうでもでいいだろ」「この街は人の出入りが激しいからなぁ。人探しには向かないぜ」「その子、美人かい?発育はいいほうか?」「黙れロリコン」「女なのにアンリたあ変な名前だな」「そいつもお前みたいに北から来たってのかい?近頃のガキはすげえんだな」「よせよ、そうイジメてやるな」


 てんでバラバラに話す客たちの発言を全部聞きとるのは難しかったが、とりあえず有益な情報がなさそうだということはわかった。

 そう簡単に見つかる筈がないか、と諦めかけた俺に、ぼそり、と店主が口を開いた。


「グルペンの街に最近赤毛の治癒術師が住み着いたって話を聞いた。相当若いというか、ほとんど子ども見たいな年らしい。名前も確か、アンリ……なんとかって言ったような気がする」

「ほんとうか?」

「ああ。治癒魔術の腕は大したものだそうで、グルペンでは評判になってるってことだ」


 治癒魔術……確かにアンリの魔法の腕なら評判になってもおかしくはないが、なぜ治癒魔術だけなんだ?

 あいつは四大元素魔術も、それらの複合魔術も使える。一番得意だったのは火属性魔法で、支援や回復よりも攻撃役(アタッカー)を務める事を好んでいた。

 そんなアンリが、治癒術師として有名になっているというのはどうにもイメージにそぐわない。

 

「おいおい、そいつはアタリだぜ」

「赤毛のメスガキだろ?おまけにアンリっていうなら間違いねぇな」

「俺の勘が言ってるぜ、坊主の愛しの君はそいつだってな」

「よかったじゃねぇか、思い人が見つかって」

 

 俺の疑念をよそに、周囲はすっかり盛り上がっている。 

 ほっといたら、祝賀会でも始めそうな雰囲気だ。

 なんで初対面の俺のことでここまで盛り上がれるのかは判らないが、酒場と言う場所と酒がそうさせているのだろうということはなんとなくわかった。

 まあ、この空気を壊すのも悪いだろう。


「そうだな。他に手がかりもないし、そのグルペンって街に行ってみるか」

「そうか。見つかるといいな」

「で、そのグルペンって街にはどうやっていけばいいんだ?」

 

 俺の当然の質問に、店主はなぜか妙な表情を浮かべた。


「お前……いや、そういう設定だったな。あー、グルペンの街は西へ5リーグほどいったところだ。駅馬車の定期便は出ていない。整備された街道はないが、一応道は繋がっているから一日あればつく。他に聞きたいことは?」

「ない。あ、いや、そのグルペンって街に入るには旅券がいるのか?」

「ああ、あそこは領主が常駐してるちゃんとした街だからな」

 

 やっぱりか。


「それじゃ、冒険者になって旅券の代わりを手に入れないといけないな。冒険者組合ってどこにあるんだ?」

「店を出て左に進むと広場に出る。そこから街の中心に向かってノイエ通りっていう大きな通りがあるからそっちへ行け。しばらく進むと右手にあるでっかい建物が冒険者組合の事務所だ」

「わかった。いろいろ世話になったな」


 店主に礼を言って店を後にする。

 冒険者になって、その後はグルペンだ。



                         ◇

 フェリックスが去った後、酒場では彼を肴に酔漢たちが大笑いしていた。

 子どもらしい見栄、というには突拍子もなさすぎる彼の話は、酔っ払いたちにとって格好の話題だった。


「いやはやよりにもよって帰らずの谷を抜けて来たとはねぇ。近づく人間だってほとんどいねぇってのによ」

「まったくだ。たしか、例の革命戦争の時国を追われた王族の誰かだかが逃げ込んだんだったか?そいつらを追ってった革命軍の追跡部隊ともども帰ってこなかったって話だが」

「おうよ。俺が知る限りじゃ、最近あそこに向かったのはそいつらだけだな。精鋭揃いの近衛兵がついてたらしいが一人も戻らねぇ。そんなところをあんなガキが一人で抜けてきたなんて、冗談にしても限度があらあな」

「にしても色々と芸が細かかったじゃねえか。グルペンのことを知らないふりしたのなんて、俺ぁ感心したぜ」

「おっ、たしかに。北部辺境域で一番大きい街を知らないなんて、マジで未開の地から出て来た奴じゃないとあり得ないもんな」


 「ありえない嘘を吐いたガキ」について口々に話す客たちをよそに、店主は一人何か考え込んでいた。その様子に気づいた一人の客がいぶかしげな顔をした。


「おい、ニック。なんだ難しい顔してよ。あのガキがそんなに癇に障ったのか?」

「いや……。あのガキ、冒険者になって旅券の代わりを手に入れるとか言ってたが、いきなり四級にでもなるつもりなのかと思ってな」

「ああん?んなこと無理に決まってるだろ。どうせ、最後にもう一個見栄を張ってったんじゃねぇの?」

「それならそれでいいんだが……あのガキ、旅券を持たずにどうやってこの街に来たんだ?」


 いつの間にか店主の話に注目していた客たちが、一斉に怪訝そうな表情を浮かべる。


「おいおいニック。しょうひんをつまみ飲みでもしたのか?この街に入るには旅券なんていらないってことは常識だろ」

「んなことは判ってるよ。けどな、ゾーリンゲンに来れる範囲にある街は全部旅券がなきゃ出入りできない街だ。この街に入るのには旅券が要らなくても、ここに来る途中で絶対に旅券は必要になる筈だぜ?なのにあのガキは、旅券を持っていなかった。こりゃどういうことだ?」


 店主の言葉を理解した客たちの顔から、だんだんと酔いが引いていく。


「……街に立ち寄らずに来たのかもしれないだろ」

「魔物や野盗がうろうろしてる荒野を通ってか?」

「旅券無しで街に潜り込んだのかもしれない。裏稼業の奴と話をつければやって貰えるだろ」

「あんなガキが裏稼業の人間と取引?それこそヤバいガキじゃねぇか」


 あれだけ騒がしかった酒場に沈黙が降りた。

 あの少年が旅券を持っていなかったからといって、帰らずの谷を抜けてきたという言葉が即座に事実になるという訳でもない。

 いや、そもそも、旅券を持っていないという言葉自体が嘘なのかもしれない。

 常識的に考えれば、あんな子どもが、いや、子どもではなく歴戦の勇士であったとしてもたった一人で帰らずの谷を通り抜けるなんてことはあり得ない。

 だが、酔漢たちは、もしかしたら、という意識を拭い去ることが出来なかった。


   



 




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