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世界で二番目の魔法使い  作者: 歌節夜渡
序章:"外"へ
3/7

約束

 "外"


 俺たちにとってその言葉は特別な意味を持っていた。

 家の内と外、という意味ではもちろんない。"里"の外部全てを表す言葉でもなかった。

 

 里の南。竜の谷を越えた先にある世界。


 生まれてから一度も見たことがないその場所のことを、俺たちは"外"と呼んでいる。



                         ◇

「"外"って……竜の谷を越えて行くのかよ」


 俺たちは竜の谷に行ったことはない。だが、そこがどれだけ危険なところかは父さんたちから聞かされていた。

 昔、俺たちが生まれる前、父さんたちが里に(その頃は里なんてなかったが)やってくる途中、竜の谷を通った。

 その時百人近くいた父さんたちの仲間の内、生き残って里の立ち上げに加われたのはたったの十一人だったそうだ。

 里の周りの魔物も強力だが、竜の谷に棲んでる奴らはまた別格らしい。

 なかでも、谷の主である"竜"にはまったく歯が立たず、逃げ出すことしかできなかったと言っていた。


「うん。たぶん、わたしたちはもう父さんや小父さんより強い」

「…………」


 それは、うすうす気づいていた事だった。

 俺の父さんも、アンリの父さんも魔物と戦って死んだ。

 大人たちがいなくなって残された俺たちは、生き延びる為に必死に強くなった。

 父さんたちが残してくれた結界のおかげで"里"の中だけは安全だったから、来る日も来る日も二人で修業を重ね、里の外のものが必要になった時は、細心の注意を払って命がけで取りに出た。

 何度も死にかけた俺たちは、それでも奇跡的に生き残り、だんだんと強くなっていった。

 父さんたちが生きていたころのように定期的に里の外に出かけられるようになり、魔物とも正面きって戦えるようになった。

 今では、里の周りに出る魔物なら、ほとんど苦労せずに倒せるようになった。

 父さんたちを殺した魔物さえも。


「……でも、竜の谷の魔物に勝てるとは限らない。それに、竜だっている」

「わかってる。けど、それを言ったらいつまでたっても出られないじゃない」


 もう少し強くなってから、もう少し強くなってから、と先延ばしにしていたら、どんどん出るきっかけを失っていく。

 だから何かのきっかけがあったら、逃さず"外"へ出よう。

 アンリは半年ほど前からそう考えていたらしい。


「九千九百九十九勝がそのきっかけだっていうのか?」

「そ。あ、でも、別に『俺が勝っていれば可愛いアンリはずっと俺のそばにいてくれたのか。ああ、なんで負けてしまったんだろう』とか思わなくてもいいよ。万が一負けても出ていくつもりだったから」


 思ってねえよ!

……たぶん。


「ま、そういう訳だからさ。一人でさびしいと思うけど、泣いたりしたら駄目だよ?」


 アンリがおどけた調子でいう。

 たぶん俺がこれから言いだすことを予想していて、それを言わせない為にふざけて見せてるのだろう。

 だけど、俺は言わずにはいられなかった。


「俺もいく」


 正直、"外"へ出る覚悟なんてなかった。

 父さんの話を聞いて、漠然とした憧れは持っていたけれども「いつか大人になったら"外"に出てやる」という夢の、「いつか」が具体的にいつかかなんて考えたこともなかった。

 だから俺の言葉は、ただの便乗だ。アンリの覚悟に乗っからせて貰おうとしているに過ぎない。


「ダメ。フェルじゃ足手まといになるかもしれない」


 俺の勢い任せの言葉を、アンリはにべもなく否定する。


「……かも、だろ」


 弱々しく反論するが、そんなことを言っている時点でついて行く資格なんてないことは俺にもわかっていた。

 「かも」の話をするなら、アンリだって確実に"外"に行けるとは限らないのだ。

 あっという間に竜に襲われ、勝てずに死ぬかも(・・)しれない。

 その可能性を覚悟した上で、アンリは決意したのだ。

 薄弱な「かも」に縋っている俺とは違う。


 あるいは、アンリと一緒なら、俺が足手まといになったとしても"外"に出られるかもしれない。

 けれど、そんなことは出来なかった。 


 もし、そんな甘い気持ちでこいつに頼ってしまったら、きっと俺は一生アンリに勝てなくなってしまう。

 

 それだけは絶対にいやだった。


「……わかった。ついて行くのはやめる」

「……うん」


 アンリの返答が、心なしか残念そうなのは気のせいか?

 もしかしてこいつ、足手まといの俺を抱えて一緒に行くのもありだとか思ってたんだろうか?

 いや、それはないか。足手まというんぬんといいだしたのはアンリ自身なんだし。


 それよりも、俺はアンリに言っておかなきゃならないことがあった。


「けど、いつか俺も"外"にでる」

「……」

「"外"に出て、お前を見つけるから、そしたら俺と勝負しろ」


 アンリがどんな表情をしているか分からない。

 

「……そんなに一万敗したいの?フェルもモノ好きだねっ」


 だが、その言葉には確かに嬉しそうな響きがこもっていた。



 こうして俺たちは、一万回目の勝負を約束した。



   

                        ◇

「……ところでアンリさんや」

「なに、フェル?」

「いい加減、頭の上からおみ足をどかしてくれやしませんかねぇ……」

「うーん、この感触もしばらくお預けだと思うと未練が……」

「いいからさっさとどけっ!」




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