9999敗目
「彼女」との九千九百九十九回目の決闘は、これまでの九千九百九十八回と同じく、一方的な展開だった。
視界を覆い尽くす程大量の"炎弾"が俺へと迫る。
ごていねいに"直射""曲射""誘導"の三種全部がてんこ盛りだ。
白く発光するほど灼熱した炎の塊がさまざまな軌道で俺を目指して飛んでくる。
「くっ」
後方に向かって飛びしさる。
これで曲射の着弾点からはほぼ外れることができた。放物線を描いて飛んできた炎の球が、一瞬前まで俺がいた場所に着弾し地面を抉る。
誘導の効果が乗せられた炎弾は軌道変更して俺をおって来るが
、慣性がついているのでその全てが俺へと届く訳ではない。
大半は曲がり切れずに地面や他の炎弾にぶつかり消えるだろう。
軌道修正が間に合いそうな弾にだけ風火混成魔法"爆炎"を叩きこみ爆風で炎をかき消す。
これで残るは直射の弾のみ。
だが、10発以上残っているそれは、もうすでに目の前だ。
「だあああああああ」
恐怖を吹き飛ばすため絶叫しながら地面に手をつき魔力を放出する。
魔力に込めた命令に従って目の前の地面が盛り上がり、土の壁が造られた。
どどどどどどどどどど、という弾着音。
即席の防壁が激しく揺れ、ぱらぱらと土くれがこぼれる。分厚い土壁ごしにも熱が伝わってきた。
なんとか防ぎきった。
いや、違う。
爆発音が、一発分足りないことに俺は気づいていた。
「そこだ!」
とっさに魔力を練り、真上に向かって"水弾"を放つ。
土壁を迂回してきた炎弾とぶつかり、激しく爆発した。
飛沫と熱風を腕を掲げて防ぐ。発生した水蒸気の熱が肌に痛い。
だが、炎弾の直撃を喰らっていたらこんなものでは済まなかっただろう。
「直射に見せかけた誘導弾を混ぜてやがったな。相変わらず性格が悪い」
それにしても、弾幕の中のたった一発、それも、誘導効果に魔力を割いた炎弾が、とっさに撃ったとはいえ単発の水弾でようやく相殺できるほどの威力とは。
相変わらず恐ろしい強さの魔力だ。
そんな風に、のんきに感嘆していたのは、猛攻をしのぎ切ったという油断のせいだ。
「うお!?」
突然足元の地面から棘状の岩が生えてきたのを、真上に飛ぶことでしか回避できなかった。
(くそ、魔力が作用する気配はなかったぞ!?)
魔法が発動すれば、周囲に魔力の残滓が撒き散らされる。
訓練を詰めば、その残滓を感知して一定範囲で発動した魔法を察知できるのだが、今の攻撃は地面が盛り上がるまで気づけなかった。
恐らく魔力を地中を迂回させ、俺の感知範囲外の深度で土魔法を遠隔発動させたのだろう。
誘導炎弾で注意が上に向き、地下深くにまでは感覚を向けていないことも見抜かれていたに違いない。
(つっても普通そんなところまで意識しねえよ!)
規格外の魔力がなければそんな場所で魔法を発動させても地上の俺に攻撃することなど不可能だ。
いや、彼女に言わせれば「わたしの魔力量は知ってるんだからそういうのも想定しないとだめじゃない」ということなのだろうが。
ジャンプした俺の足をかすめた岩棘に肝を冷やす間もなく、目の前で赤銅色の髪がひるがえる。
(やばい!)
脊髄反射よりも早く、常時発動している近接戦闘魔法が俺の体に防御姿勢をとらせる。
しかし、赤毛の影が放った魔力のこもった打ち下ろしの右は、防御をものともせず交差させた腕をへし折りながら俺を吹き飛ばした。
びゅうびゅうと耳元で風音が響く。
このスピードで地面に叩きつけられることを予感し恐怖するが、幸いと言うか、さすがに配慮してくれたのか、俺が叩きこまれたのは湖の水面だった。
全身を水で強打し、骨がバラバラになりそうな痛みを感じるが、地面に落ちていたら比喩ではすまなかっただろう。
(あー、今のは死ぬかと思った。っていうか、さっきの場所からこの湖まで100メートルはあったはずだぞ。どんだけ飛ばされたんだよ、俺……)
ゆっくりと沈んで行きながら敗北をかみしめる。
ありがたいことに、と言うべきなのか自分でも微妙だが、着水の衝撃で呼吸が止まっているので肺に水が入ってくる心配はない。
ただ、この湖には結構凶悪な魔物がいたはずである。
というか、殺気に溢れた気配が近づいてくるのは気のせいだろうか?
(おいおいおい。勘弁してくれ。たしかに今の俺は蒸し焼き風味だし小骨も折れてて食べやすいけど、あいにく予約済みだから勝手に手を出したらこわいお姉さんに怒られるぞ)
頭の中で魔物に警告するが、もちろん届くはずもない。
濁った水を通してだんだん魔物の姿が浮かび上がってくる。短い手足が生えた巨大な魚だ。大きく開いた口には凶悪な牙が無数に生えている。
戦うか逃げるかしたいところだが、ぼろぼろの体が言うことをきかない。そういえばさっきから息をしていないので、視界が暗くなってきた。
(あ、ヤバ……)
死を覚悟した瞬間。魔物が縦に二つに割れた。
俺の右腕を誰かが掴んだとおもったら、ものすごい勢いで水面へと引きずり出される。
そのまま放り投げられ、岸へと叩きつけられた。
「ぐえ」
うつぶせで落ちたせいで腹を打ち変な声がでたが、おかげで肺が刺激され呼吸が復活した。
これは狙ってやったのか、それとも単なる偶然の結果なのか考えている俺の横に、二枚に卸された魔物が降ってきた。
続いて、ざ、という足音と共に降り立ったのは赤銅色の髪の少女。
無様に横たわる俺の傍らに立ち、腰に手をあてて胸を張っている。
ようやく身長が追い付いたと思ったのに、相変わらず俺は見降ろされる立場だ。
「これでわたしの九千九百九十九勝ね!」
俺の唯一の幼馴染にして最大のライバル、アンリ・オリオールはそう言いながら大輪の花ような笑顔を俺へと向けた。