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オーパーツは眠らない  作者: 兎和乃 ヲワン
第1章.遺跡脱獄編
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7.殲滅

「なんて事だ……完成してしまうなんて……マズイぞ……絶対にヤバイぞ……! あの彫刻刀に彫られた者は絶対に諦めない。破壊されるまで戦い続ける絶対の破壊兵器……! アレは、アレはワシの物になる筈だったのに……」


 かなり後方からチーフの意味不明な嘆きが聞こえてくる。


「予想外だったんだぁ……実験室でまさか……たかが小僧が顔を…………たかが柔い木の板で活動できるほどの顔を殺傷力を持った状態で完成させるなんて!」


 嗚咽を漏らしているであろうチーフが石像で埋まった床に膝を着く音が響いた。


「……! まさか、この小僧が……!?」


 チーフは1人でブツブツと何か言っている。


「今の内だ! ……ぶち殺せ!! 全員で掛かれば防げまい!!」


 リゾーの少し後ろで背の高い仮面の男の声がする。後から来た数名がオウッと声をあげてそれに答えた。

 石像だった者はリゾーの後ろに毒々しい黄色の眼を滑らせた。直後、リゾーの視界が大きく反転し、彼は浮遊感を覚えた。

 リゾーは石像の後方に落下した。石像だった者に乱暴に投げられたのだ。


「……ッ!」


 痛みに顔を歪めながらリゾーが前を向くと、右腕を上に挙げた石像の後ろ姿が居た。

 長く白い髪が綺麗に纏まり、その間から妖しく黒い光を返す項を覗かせている。肩の部分には鎧が無く、肩の赤い鎖模様がリゾーにはっきり見えた。振り上げたままの右腕にも赤い鎖模様がある。

 石像が右足で一歩を踏み出す。人間が地面を踏むときの音ではなかった。


「”ルール3”」


 石像が何か言った。


「ってぇ!」


 石像の前方に集まった十数名の男達の一人_低い声の仮面の男_が大きな掛け声を上げると、いくつも銃声が鳴った。リゾーは目を瞑った。

 

「……た、倒れない? ……どういう事だ?」

「バカな! 確かに当たったはずだぞ!」


 仮面の男達に動揺が走る。石像は撃たれる前と同じ格好で仁王立ちしていた。リゾーは直感した。こいつは、この石像は強い。


「お……おい。アレまさか……?」


 低い声の仮面の男が石像の足下を指さす。

 リゾーが目を向けると、そこにはちょうど男達が撃った銃弾と同じだけひしゃげた弾が落ちていた。


「コ……コイツ! まさか……まさか、[弾いた]のか?」


 低い声の仮面の男が怯える様に声を震わせた。


「どいつだ? その、ジャンヌ? の仇は」


 放心していたリゾーが静かな声に顔を上げた。低く響き渡る声。その声からは怒りとかそういった類のものは伺えない。むしろそういうもの以前の、何か自分にも覚えのある感情のような気がする。でもリゾーには適当な言葉が見つからなかった。

 驚くべきは怒りなど欠片も籠っていない声がその場の全員を黙らせたことだ。


「コ……コイツだ! 俺じゃねぇ!」


 背のが高く、低い声の男は口を忙しなく動かした。


「違う俺じゃねぇ! 止めを刺したのはお前じゃねぇか」


 背の低い高い声の男は他の男を指差しながら怒鳴った。

 仮面の男達はたじろぎ、早口で問答を始めた。何だと、とかそもそも殺してねぇ、ちょっとは生きていたとか言っている。


「…………」


 石像が足元のバラバラになった石像の腕だの足だののパーツを踏み潰した。すぐに、仮面の男達は問答を止め一歩下がる。石像は両手を握って開いた。片足づつ伸ばして引っ込めた。


「おい、どれだ?」


 石像は静かに振り返り、リゾーに顔を半分だけ見せた。

 表情はなかった。縦に細い黄色の瞳からも何も感じ取れない。分かるのはこちらを見ているということ。それでもリゾーには分かった。こいつは僕の言うことを聞く。


「…………全員だ」


 リゾーは乾いた喉を震わせた。


「……”ルール1”」


 石像は前に向き直った。

 悲鳴を上げて腰を抜かす仮面の男達。石像は躊躇なく歩き出す。


「ひッ……」

「来るな……来るなぁ!」


 恐怖に我を見失ったのか遠くの男達は無謀にも石像に向かっていった。


「うわぁああああ!!」


 背の低い高い声のその男が銃を構えたまま突撃した。


「質問はもう一つある」


 石像は間近で放たれた銃弾を石像の額が弾く。怯みもしない。そして左手の尖った指先で無造作にその男を引っかいた。

 男の側頭部は紙の様に引き裂かれた。血飛沫が石像を体の鎖と同じ色に染め上げ、男は声も立てず倒れた。


「貴様ら何故殺したんだ?」


 石像はただ訊いた。


「ああああああ!」


 長身の細い男は怒号を上げて、銃を棍棒の様に振るって殴りかかった。

 銃は石像の首に直撃したが、無惨に割れたのは銃の方であった。


「ヒッ……!」


 石像は目も向けずに床に落ちていく銃の部品から引き金を掴み出し、男の首に突き刺した。


「ぐぎッ……かッ!」


 首が90度横に曲がった男は苦しそうな顔をして、数秒後、昇天した。


「お……ワアアアアア!」


 背の高い低い声の男は仮面の顎の部分から二筋の涙を流しながら、銃を石像の口に突っ込んだ。


「死ねよおおおお!」


 男は絶叫したが、その銃口は火を噴く前に凶悪な犬歯に一瞬で噛み砕かれた。

 音がして数秒後、銃の残骸がリゾーの近くまで飛んできた。


「返答は? ……」


 銃の先端をよく咀嚼してから飲み込むと、石像は変わらない声色で何も無かったかなように問うた。


「ハフッ……へッ……ハァッ……ハァッ」


 石像は数秒後、先の尖った足を背の高い男の胸に”刺した”。男は血を吐き出し痙攣している。石像はその足を太った男目掛けて振り抜いた。

 男達はその見た目にそぐわないスピードで消える様に飛ばされた。


「目的は、なんだったのだ?」


 石像は首を傾げた。石像の左手の指先から血の一滴一滴が垂れる。血が床に着く度に粘ついた音がする。

 その音がする度、仮面の男達は竦み上がり、リゾーは戦慄した。

 石像がさらに近づき、仮面の男達が背を向けようとした時、それまでただ歩いていた石像は目にも留まらぬ速さで走り出した。石像は風を切り、男達の間を突風と共に走り抜けた。


「……フンッ」


 石像は両手に付いた血を振り払った。

 次の瞬間、男達の腹に4本の赤い切れ目が浮かび、頭や肩、腹があり得ない程深く凹んだ。


「「「「「「「「ぐぎッ!!!」」」」」」」」


 断末魔と共に男達は弾け、飛び散った。


「……最後か」


 石像は腰を抜かしたままのチーフを追い詰めてそう言った。

 次に石像がチーフに向かって言の葉を発した時、リゾーは石像の声に込められた感情を思い出した。


「殺した理由は?」


 そう、当たり前のことだ。当たり前のことではあるが、それは両手を血に染めながら沸き上がるような感情ではない。それはリゾーにとって机の上で本を開きながら思うことである。それなのに、石像は両手を血に染め上げながらきっと思っている。怒りも悲しみもなくただ純粋に”不思議だなぁ”と思っている。

 幼いリゾーが本に書いてある言葉の意味を何度もチーフに聞いたように、石像は無邪気に尋ねた。

 チーフは縋る様に石像の足に抱きついた。


「……すまないぃ! ワシも止めようとしたんだ。殺したのはワシじゃないんだ。まさか死んでたとは思わなんだぁ。か、考えたもみろワシにあの小娘を殺して何の得がある……勘弁してくれぇこの通りだ」


 石像はゆっくりと屈んでチーフに目を合わせた。


「……何を……[ズレた]事を言っているんだ?」


 石像の声色が変わった。


「ルール1.命令は遂行されなければならない。命令はお前達が殺した少女の無念を晴らすこと」

「……ヒッ……ヒィ!!」


 チーフは背中を石像に背を向けて逃げ出した。

 石像はずっと右手を強く握った。左足を真っ直ぐ頭より高く上げ、右腕を頭の下に持ってくる。

 その体勢から、ゆっくりと体重を移動させて左足を下ろしていく。右足が足元の破片にネジの様にめり込んでいく。

 左足を床に着けると胸を張り、全ての勢いを右肩に移動させた。


「AAAAAAAaaaaaa!」


 石像はおよそ人間のそれとは思えない機械音の雄叫びを上げ、右肘を前に繰り出した。

 チーフの前にあった石像の残骸が弾け飛び、チーフの左胸が赤く染まった。まるで虫でも潰しているように石像は瞬く間に仇を討ってしまった。


「……フン」

「まだだッ! 前を見るんだあああ!!」


 リゾーは遥か先にある発掘現場の扉が光を返したのを見ていた。

 石像が顔を上げると、巨大な斧の刃が石像の顔面を捕えた。


 リゾーの牢獄人生では聞いたことのない、耳が取れそうなほど大きい重低音だった。綺麗な放物線を描いて、リゾーの後ろまで石像がふっ飛ばされた。

 半ば放心しながらリゾーは石像の方を見た。石像は腕や足などの破片の海に全身を突っ込んだまま動かない。


「……ぐじゅッ! ……くッうッううぅうぅう! お前ぇチーフをよくもぉおおぉお! もうヤクが手にはいらねぇじゃねぇか!! ……ふざけんなよぉおぉ!」


 斧を投げた者は錯乱した様子でひしゃげた扉の向こうからその巨体を覗かせていた。


「そんな…………こんな時に!」


 リゾーは最悪のタイミングでやって来たそいつに呻いた。


「……見張り!」



 次回 朝日と共に

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