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オーパーツは眠らない  作者: 兎和乃 ヲワン
第1章.遺跡脱獄編
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5.怒りの眼

 見張りがドアの前に立つ。そして、右手に持っていた巨大な斧を床に落とした。


「……」


 見張りは昨夜拷問した娘が死んでいる事を悟ると、ゆっくりとドアを開け、斧を拾った。床に横たわる娘を見て、見張りはチーフから受けた命令を思い出した。

 小僧共を始末しろ

 たったそれだけの命令だった。_小僧共_が用済みになったからなのか昨夜の逃亡が原因なのかは見張りには分からなかった。しかし、彼にとっては気分の良くなる例のアレさえあればどうでもいい事だ。


「コイツ等のせいで怒られたんだからな……ぶっ殺せるのはスカッとするぜ」


 見張りは鼻息混じりにそう言いった。彼は抜き足差し足でベッドに近づいていき、斧を両手に持ち変える。


「死ねぇい!」


 大きく振りかぶられた斧は圧倒的慣性を伴ってベッドの中央に振り下ろされた。地を揺るがす轟音が鳴り響き、鉄製のベッドが二つ折りにされた。斧の刃は床に進みドアの近くまで亀裂を走らせた。しかし


「……!」


 ベッドと一緒に二つ折りにされたはずの小僧はいなかった。


「……に……逃げやがったぁ!アイツ!!ぶっ殺してやる!……くそう。こんな事チーフにバレたら殺される!見つけださねぇと」


 突き刺さった斧を無理矢理引き抜いた見張りは急いでドアから出ていった。


 無惨に破壊されたベッドの端から細い腕が這い出る。さらに、血塗れの頭が飛び出す。

 血塗れの少年、リゾーはベッドの下に隠れていたが、見張りがベッドを真っ二つにした時は端に居た。真っ二つにはならずに済んだものの、ベッドに頭を挟まれて怪我をしてしまった。


「ハァッ……ハァッ! ……何とか……抜け出たぞ。早くここを出なくては!!」


 リゾーは頭から滝のごとく流れる血を気にしながら地鶏足で牢屋を去った。

 リゾーが牢屋を出てから数分後、彼は困っていた。仇を討つと誓ったものの、そのための武器が無い。それだけでなく階段を昇ろうとすれば即座に脱獄者専用の罠、ランプが作動してしまう。何より見張りは階段を登っていったんだから上には行けない。あの巨大な見張りを倒すにはどうしても武器が必要だった。それも自分と見張りの体格差を覆すほどの決定的な武器。理想は絵本に出てきたアレだ。


「このままでは見つかる。何とか通気口に行かなくては」


 リゾーは壁に血塗れの体を預けた。

 彼が通った後の壁に血の跡が描かれていく。


「……通気口……通気口……!」


 リゾーは荒い息と揺れる視線を階段の四方に向けた。彼の黄金色の瞳に映ったのは均等に並んだランプと無限に続くかと思わせる先の見えない螺旋階段だけだった。


「このままだとやばいぞ……実験室まで堂々と階段を降りていったら捕まるに決まっている! 抜け穴はもう使えない! 思い出せ! 通気口には何があった! どうすれば行けるんだ!」


 リゾーは揺らぐ意識に抗う様に声を荒げた。


「通気口にあったもの……あったも……の……くっ、意識が……」


 彼のふらつく足が階段を踏み外した。


「!」


 虚しく宙を舞う片足、それに応じて体が落ちていく。頭は階段の上を向いた。

 リゾーは空中で仰向けになりながら、今まさに巨大な斧を振り下ろさんとしている見張りを階段の上に見つけた。

 ランプの炎が揺らめく一瞬の間、リゾーと見張りは互いに視線を交わした。目を見開いたリゾーと仮面の隙間からリゾーを鋭く睨みつけた見張り。

 次の瞬間に轟音が鳴った。


「ゴホッゴホッ……!」


 砕け散った階段の破片がリゾーの暗い金髪と白い肌に降り懸かっていた。

 見張りは思い切り巨大な斧を振った反動のせいか動かない。見張りが振った斧は階段に深々と突き刺さっている。

 それでも刃こぼれ一つ見せない斧は相当の代物だろう。


「……避けやがったなぁ! てめぇ……マジに最悪な害虫だぜ! 次で確実にぶっ殺してやる!!」


 見張りの怒号と共に見張りの太い両腕にやはり太い静脈が浮き上がる。突き刺さった斧が階段から今にも離れようとしていた。


「うわあああぁぉおおお!」

 リゾーは思った。ヤバイ!! 殺される! 逃げなくては!!! リゾーは転がる様に駆け下りた。階段を血で汚し、転げ落ちて顔を血で汚し、追って来ている見張りから逃げ続けた。


 一分もしない内に彼の体力は限界を迎えた。リゾーにはもう走る余力が無くなっていた。リゾーが何とか階段の上に目を向けると、見張りが歩いて降りて来るのが見えた。見張りは階段に飛び散ったリゾーの血を避け、ゆっくりと降りて来た。


「……もう終わりだなぁ」


 見張りは斧を右肩に担ぎ、顔を若干上に挙げて高笑いをした。

 階段中に良く響く重低音の嘲笑はリゾーの心を真っ暗な暗雲で覆う。さらに、彼の心に追い打ちをかける様にランプの炎が消え、階段の下から数人の仮面の男が登ってきた。


「……むっ……貴様は投獄されていた小僧! 既に始末されているはず! これはどういう事だ。見張り!」


 数人の内の一人が代表してそう質問し、他の仮面の男もそうだと同意した。男達の注目が見張りに集まった。

 見張りは斧を担いだまま小刻みに震えた。


「…………ぅぅうるせぇぇぇえええ!! 今、ぶっ殺すとこなんだよ!!!」

「だからそれ自体がおかしいのだ。既に終わっていなければならない事を何故に今やっているのだと聞いている」

「黙れ!」


 見張りは斧を一振り壁に叩き込んだ。

 階段が揺れる。仮面の男達は少したじろいだ。その事を見張りが笑い、それに仮面の男達が抗議する。

 問題のリゾーそっちのけでそんな問答が始まった。上から下から挟まれてリゾーにとっては絶望的な状況だった。が、これはチャンスじゃないか? 震える体と心に鞭を打ち、壁に付いた小さな箱へ飛び込んだ。即座に鍵を掛ける。

 小さな箱の中は狭かった。彼の目の前の壁、その上の方に大きなレバーがあった。


「ここは……罠のスイッチの場所。バカか僕は……逃げられないじゃ……ないか……」


 リゾーは掠れた声で呟いた。扉を叩く激しい音が彼の耳に届く。罠のスイッチがある扉は子供二人でいっぱいになる狭い空間だ。鍵は掛けられるが、当然逃げ場など無かった。

 扉の向こうで見張りの声が聞こえた。

 俺が扉ごと奴をぶち殺す。

 リゾーはあの巨大な斧がこの扉ごと自分を裂く様を想像して項垂れた。


「チャンスだと……思ったのに、こんな……! ……外へ行くどころか……仇を取るどころか……何もできなかった!」


 リゾーは絶望し、スイッチとそこから伸びる黒いロープに抱きついた。

 その黒いロープを握った瞬間。黒いロープが暗い天井の方まで伸びているのを見た時、彼の頭はようやく働き始めた。

 通気口は階段沿いに続いていた。脱獄者用の罠は螺旋階段全体にある。罠のスイッチは小さな箱の中にある。この小さな箱は沢山ある。そして、通気口に何があったか。


黒いロープを引っ張ってみる。どうやら壁の内側の上に向かって伸びているようだった。

 これらが意味する事をリゾーは確信した。通気口にあったものはこの黒いロープだ! 黒いロープはスイッチからランプの罠に指示を送っているのだ。だからこの黒いロープは罠のある螺旋階段の全てに行き渡っているはずだ! そして、黒いロープの通っている場所が通気口なんだ!!

 限界だったはずのリゾーの体に力が漲ってきた。絶望の中に希望を見出したことを全身の筋肉が理解したのだ。

 見張りの斧がこの場所ごと彼を切り裂いてしまう前に行動しなければならない。最後の力を振り絞ってロープを登る。


「うぉぉおおおお!!!」

「死ねぇい!!!」


 絶叫が重なった。


 リゾーと見張りの叫びの後、金属光沢を放つ巨大な刃が小さな箱にめり込んでいった。それにつれて扉が内側に変形し、内部の空間を押し潰していく。

空気が割れるような重低音。見張り以外の仮面の男達は耳を塞いだ。


「よし! ぶっ殺してやったぜ……ハァッ……ハァッ……!」

「おい……スイッチを破壊するなんて! これからどうやって上に登ればいいんだ! ……クソッ!」


 見張り達がそれぞれ声を上げる。

 血が飛び散っていない。

 見張りは彼らの中で最初に動きを止めた。


「血が付いてねぇ……まさかッ!」


 急いで斧を引き抜いた見張りは肉厚の眼球を剥いた。

 大きく歪んだドアの隙間から火花を散らす黒いロープと折れて、床に落ちたレバーが顔を覗かせていた。


「何処へ行ったんだ!! ……逃げ場なんかねぇはずだろうが!!」

「……」


 見張りが狼狽している間、仮面の男達は見張りから少し距離を取って、小声で何か話し合っていた。しばらくすると、仮面の男の内の一人が階段を降りていった。


 見張り達が騒いでいる小さい箱から伸びるロープの先、通気口の中にリゾーは居た。黒いロープは確かに通気口に繋がっていたのだ。


「……ハァッ……間に……合った……」


 リゾーは小声で息も絶え絶えに言った。無理な動きをしたせいで両腕が震えている。


「危なかった…………フゥ……暗くてよく見えないが……確かに通気口だ」


いったい何処まで続いているんだろうか

 リゾーが考えていると、通気口の下から見張り達の声がした。チーフに知らせるとか、出口を塞げとか、そういう内容がリゾーの耳に届いた。


「……元々、出口に向かう気は無い。僕はジャンヌの仇を討つ。奴らはそんな事思いもしない。だからまだ勝てる。この認識の差が決定的なチャンスを運んでくるはず」


 リゾーの黄金色の双眼が暗い通気口から見張りを睨みつけた。

 しばらく後、彼は見張りに見つからない様、音を殺して通気口を這っていった。


 ガラス付きの収納棚、手術台、机、何も映していない白黒モニター、おびただしい量の血で汚れた白い床、壁にも血飛沫が付いている。ここは実験室。この部屋にいるのはチーフただ一人だ。チーフが戸棚に鍵を差し込む。彼は一度鍵を回す方向を間違えた後、焦った様子で戸棚を開いた。


「まさかあの小僧が逃げ出すとは……どうやって……牢屋の壁は鋼鉄で補強したというのに……とにかく出口は塞いだが、念のため彫刻刀と血液サンプル、[作られた顔]も回収しておかなければ……万が一という事もあるからな」


 チーフの大粒の汗が床の血と混ざって、広がった。

 物音がした。


「誰だッ!!」


 チーフが振り返る。背後は何も変わらない汚れた壁と換気扇しか無かった。


「気のせいか……」


 チーフはため息をついて、戸棚に手を掛けた。チーフの手が虚しく中をかいた。


「なッ!」


 チーフは戸棚の端から端まで中の物を落として必死に何かを探す。


「彫刻刀が無いぃいいぃ!!」


 チーフの汗が大量に床へ落ちていった。


 チーフが床に膝を付いた時、手術台の影から様子を伺う者がいた。換気扇から進入したリゾーだ。その左手には件の彫刻刀が握られている。彼は生唾を飲みこんだ。ゆっくりと忍び足でチーフの背後に近づく。彫刻刀のトゲが左手をチクリと刺す。リゾーは痛みを無視して右手で押さえつける。

 チーフの首めがけて振り下ろさんという時、実験室のドアが開いた。


「チーフ!! 聞きましたか例の小僧が……えッ? ……ハッ!」


 入ってきたのは長身な仮面の男、リゾーを見て腰を抜かしている様だ。

 リゾーも同じ様に驚愕した。


「な……何?!」


 マズイ、とリゾーは焦った。しかし、パニックにならずその場の誰より先に冷静になれたのは、ジャンヌの目の輝きを思い出したからだった。頭の隅でジャンヌが言った。チャンスよ!! その言葉に導かれるように、リゾーは彫刻刀を持ち替えて長身の男に突進した。


「うおおおおお!」


 麻薬栽培室でチーフに突っ込んだ時とは違う、意表を突いた強行策だった。


「うわああ」


 狙い通り、長身の男がリゾーを避ける。リゾーはそのまま勢いを殺さず、実験室から飛び出した。


「何してる捕まえろ!! すぐに追ええええぇえええ!!! 何があっても[現場]にだけは行かせるなぁあああ!!!」


 実験室から聞こえた怒号がリゾーの耳に届いた。

 リゾーは全力で階段を駆け下りた。

 彼は実験室より下の場所に行った事が無い。彼にとっては未知の領域だ。でも、とにかく走るしかなかった。すぐ後ろを長身の男が追ってきているのだから。


「待てぇ!」


 長身の男の叫びがリゾーの背後で響いた。

 彼の頬を汗が斜めに滑っていく。

 実験室を出てから螺旋階段にはある傾向があった。脱獄者用の罠であるランプが一切見られないのである。スイッチがあった扉も無い。

 長身の男とリゾーの距離が縮まる。胸が苦しい。階段を打つ足音が遠く聞こえる。


「ソイツは例の小僧だぁあああ! ぶっ殺せぇえ!」


 後ろを走る長身の男が叫んだ。リゾーの走る薄暗闇の先に仮面が複数。息が詰まる。だが、やるしかない。

 階段の下にいる数人の男が振り向いた。長身の男に比べ彼らの体は背と腹がくっ付きそうなくらい細かった。

 行ける。リゾーは目元に来た汗を右手で拭って、細い男の股の間に潜り込んだ。

 細い男は短い悲鳴を上げ、内股になった。


「どけぇ!」


 長身の男はそのままの勢いで細い男を突き飛ばした。

 壁に打ちつけられた細い男は気を失った。

 長身の男はなおもリゾーを追い続ける。

 長身の男のパワフルさに対して、リゾーの体力はとっくに限界だ。頭の傷と牢屋から通気口までの逃走、そして、実験室からここまでの逃走。追い詰められ、いつも以上の力を発揮している彼といえども殺されるのは時間の問題だ。にも関わらず、リゾーは心の空を覆った暗雲を吹き飛ばす轟風の予感を感じていた。


 リゾーは思い出す。チーフの言葉を。

 [いいから彫るんだよぉ! どうせ何を彫ろうとしても同じもんになるんだからぁ!!]

 [念のため彫刻刀と血液サンプル、作られた顔も回収しておかなければ……]

 [現場にだけは行かせるなぁあああ!!!]


 リゾーは初めて考える。ジャンヌは何故連れてこられたのか。自分は何故この遺跡に囚われていたのか


「この先に……!」


 リゾーはぐっと歯を食いしばった。


「何なんだアイツは! この先は[現場]しか無いぞ!」

「いいから殺せ!」

「……近いな……はぁッはぁッ…………あれか!」


 リゾーはとうとう螺旋階段の終わりまで到達した。階段の下に踊り場が見える。大人10人が並んで歩ける螺旋階段の終わりにしては小さめの扉が土の壁に付いていた。あそこに入れば、チーフを怯えさせるほどの何かがある!

リゾーは笑った。しかし、ジャンヌと一緒に浮かべた笑顔ではない。もっと腹の底から叫ぶような、今まで押し殺してきた屈辱を晴らすような、きっと邪悪な笑みだった。

脱獄なんて出来なくていい。仇を討った先で即座に殺されたとしても構わない。ただ、やられっぱなしじゃ終われない!

 リゾーは階段を駆け下りる。その扉に手を伸ばす。その時、暗闇から細い棒が現れた。

視線を下げると、扉の前に二人の男が膝を降ろし、長い鉄の棒をリゾーに向けて構えていた。

 鉄の棒には見覚えがあった。先ほど牢屋から脱出した時真っ先に思い浮かべた武器だ。どんな体格差を物ともせずリゾーのような小僧でも扱える。距離さえあればどんな抵抗も意味を成さない。鉄の棒の先に付いた穴から飛び出る鉛が先に相手を仕留めるから。


「……銃!」



 次回 目覚め

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