41. 忘れもの
今回はかなり短いです。
濁った灰色の瞳がリゾーを見ている。口を閉じ、立ち尽くす。
リゾーも同じだった。湖のほとりで陽の光を浴びながら一歩も動かない。
ボタボタと垂れていた水滴はそのうちリゾーと機械巨人の足元の水溜りになった。
「……」
リゾーは黙って見つめ続けた。けれど機械巨人は答えない。
居た堪れず空を見上げた。日差しが強い。水の匂いがリゾーの鼻を刺激した。
「私は」
機械巨人は口を開き、目を泳がせている。そして、リゾーの視線に気が付いて顔を伏せた。
「エモだ」
相棒の名を騙った。
「……エモ?」
リゾーは濡れた髪をかきあげて、小さく聞き返した。
「エモだって? 君がか? 僕を助ける為に何のためらいもなく戻ってこれる君がか?」
上ずった声が徐々に怒声に変わっていく。
「おかしいんだよ。ルール1を無視してここへ戻ってきたのなら、君は今鎖に拘束されている筈だ。それなのに君は全く平気……君のルール1は明らかに前と変化している!」
怒りが抑えられない。
機械巨人はハッとして顔を挙げた。
「ごめん……」
リゾーは荒い息を整えて一歩下がった。
「悪かった。ただ、僕は自分の失敗に向き合わなきゃいけないんだ。だから教えてほしい。君は本当は誰なんだ?」
「エモだ」
「誰なんだ?」
「……エモだ」
「本当の事を言ってくれよ」
リゾーの眼前にまで迫ってきた機械巨人は凄い剣幕でリゾーの肩を掴んだ。
「私はエモだと言っている!」
濁った灰色の瞳を睨み返すと、リゾーの視界が滲んだ。
「僕は、僕はエモを死なせたのか?」
リゾーは鼻を啜りながら涙声で言った。
「リゾー……」
機械巨人の眉間から皺が消え、リゾーの肩を掴む力が優しくなった。
「待て」
「待たない! こっちの立場はもう示した。次は君の番だ」
「違う。誰か居る」
「!?」
湖から少し離れた森、その内の一本の木陰から人が出てきた。そいつが一歩歩く度に何か重いものをいくつも引き摺っている様な音がリゾーの元に聞こえてきた。
陽の光に照らされてようやく見えてきた。
少女だ。驚いた事に両の手首が無かった。
何よりも身体が異様だった。色も質も違う岩をいくつも固めて鎖で縛っている様に見えた。
全身を縛る白い鎖が何箇所も切れて、身体から垂れ下がっている。それが音を立てているのだ。
「そ、そんなバカな。あり得ない! 確かに破壊した筈だ。何でお前がいるんだ!?」
リゾーの顔から血の気が引いた。涙が引っ込み、視界がクリアになる。機械巨人も険しい顔をしている。
ゴツゴツの岩と綺麗な宝石を中央で繋いだ顔、一対の紅い眼がリゾーを睨んだ。
「リゾーォォォ。よくも、よくも私をこんな目にィ!」
「コロナ!」
リゾーは混乱した。コロナが生きていたという衝撃に頭が付いていかない。何故、どうして? という疑問ばかりが浮かんで何をすればいいのかという事まで気が回らない。
リゾーが腰を抜かしている間、機械巨人は鎧の兜を被って拳を構えていた。対するコロナは白い鎖を引き摺ってノロノロと歩いてきていた。そして機械巨人の間合いに入るかというところで足を止めた。
コロナはリゾーの憔悴し切った顔を見て今にも崩れそうな顔を歪めた。
「Ra? 幽霊でも見たような顔しちゃってさぁ。死ぬ訳ないでしょ〜。貴方達みたいな旧世代の不良品如きに!」
少女らしい高い声でリゾー達を見下し、舌を見せるコロナ。機械巨人は一歩も動かない。
リゾーは混乱した頭で状況を分析し始めた。
まず、コロナは戦えるのか。大口を叩いてはいるがボロボロでとても戦える様な状態には見えない。逃げようと思えばリゾーでもなんとかなりそうだ。
次にコロナの身体はどうなっているのか。見たところバラバラの鉱物を鎖で縛っている様に見える。元の黒い身体は岩と宝石みたいな透明の石の隙間から見える程度しか残っていない様だ。
最後にコロナは何故生きているのか。リゾーはあの地の底の湖で壊した筈である。拳銃に残された最後の一発と彫刻刀を組み合わせた不意打ちで原型を留めずコロナはバラバラになった。リゾーはコロナの破片が湖に沈んでいくのも確認した。
しかし、コロナはエモと同じ機械巨人であった。機械巨人には破壊された箇所でも暫く経てば完全に復元できる能力がある。これはコロナ自身が言っていたしリゾーも焼夷弾で抉られたエモの身体が治ったのを見た。
まさかバラバラにしても復元できるのか?
リゾーはゴクリと唾を呑んだ。
コロナは確かエモよりも身体のナントカ鉱物が強いとか多いとか言っていた気がする。そのせいか? そのせいでエモよりもさらに復元する力が強いって事なのか?
だとしたら、コロナを壊す事など出来ない。バラバラにしても治るならもう逃げる以外他にない。戦う意味がない。
「リゾー。どうやらもう問答をしている暇も無い様だ。何者かは分からんが、今から私はコイツを壊す。その様で判断してくれ。それで駄目なら私はもうお前に付き纏わない」
機械巨人は兜を被ったまま半身でこともなげにそんな事を言った。
リゾーは呆け顔では? と聞き返してしまった。
「私がエモなのか。ただの機械巨人か」
恐らく相当の葛藤があったであろう。決意めいた声で前半は勢いよく後半は絞り出す様に言い放った。
機械巨人は右手を開いて前に構える。
「私を作ったお前が目で見て判断してくれ」
エモを名乗る機械巨人は己の覚悟を叫んだ。
次回 42. 赤き鎧




