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オーパーツは眠らない  作者: 兎和乃 ヲワン
第5章.死の森編
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40.  再会

お久しぶりです。更新しました。


また毎週更新していくのでよろしくお願いします。

 リゾーはニヤリとほくそ笑んだ。

 彫刻刀に少しだけ血を吸わせた。彫刻刀の目玉は肥大化し、八つ足の虫の様な形になって周辺の女と男達を襲っている。

 この現象はシャインの発掘現場でリゾー自身が体感したものだ。あの時、発掘現場のアルマ達はリゾーが流した少量の血によって不完全に覚醒してしまい更なる血を求めて暴走していた。

 今回はその性質を利用させて貰った。尤もこの作戦を立てたのはルシオラだ。

 ルシオラはアルマについて詳しいようだった。どのくらいの血を与えれば暴走するのか、正常に稼働するのか、その境も熟知していると豪語していた。リゾーはわざと暴走させるという作戦を無茶苦茶だと思ったが代案もないので黙って従う事にしたのだ。

 唐突に現れた化け物を前に村人全員が逃げ惑い、倒れ伏す。

 静寂と共に巨大な虫と化した彫刻刀が振り返った。リゾーと目が合う。距離は人5、6人分離れているが目玉にはしっかりと血だらけのリゾーの姿が反射して見える。

  やばい……。リゾーは血の気が引き、顔が青ざめていくのが分かった。

  血が足りないアイツが一番求めてるのは当然旧人類の血だ。


「僕の血だ」


  可能な限り素早く立ち上がり、転けながら飛び退いた。

  虫と化した彫刻刀の鋭い脚がリゾーの股の間に突き刺さった。

 そして、反撃しようといつもの様に腰に手を回そうとして空振った。

 そして、今腰から抜こうとした物がぬっとリゾーの目の前にその目玉を寄せてきた。


「……も、元に戻ればいくらでも吸ってくれていいけど」

「……」


 リゾーは自分で何をやっているのか分からなくてなった。自分から暴走させておいてそいつに命乞いをしている。

 自分なら勝手に暴走させて命乞いをしてくる奴をどうするだろう? リゾーは許さない。誰でも許さないだろう。こんな筈じゃなかった。


「GAooooo!」


 耳をつんざく金属音と共に虫と化した彫刻刀は二本の脚を振り挙げた。

 リゾーへ向けて繰り出された脚は両肩を掠めて空を切った。大振りの攻撃ならリゾーでも何とか避けられた。しかし、掠めただけでリゾーはふっ飛ばされて湖に落ちてしまった。



 吐き出した空気が泡になって登っていくのを見てリゾーは自分が湖の中に居る事を実感した。

 湖の中はとても静かだった。湖の中から見ると思ったより水は透き通っていて遥か下の湖底まで見えた。リゾーとは反対側の岸に穴が開いていてそこ生き物が行き来している。

 この状況で感動している自分自身に怒りを覚えた。左手に力を込めてみたが、とても水を掻き分ける事が出来ない。湖に落ちる時背中を強打してしまい空気を吐き出してしまった。

 頭の中ではさっきどうすれば息を吸ったまま落ちていけたかという事ばかりがよぎる。しかし、答えは出ない。諦めたくはないが彫刻刀さえ無い今この美しい光景が最期の景色という事になる。

 その時リゾーが最初に感じたものは違和感だった。胸の奥から染みてくる様な、頭の奥から割って出てくる様な黒いものがリゾーの意識を侵食していく。

 何かが違う。違う。違う。変だ。おかしい。だって、だって、まだ黒いものが残っている。だから、


 ココデオワルハズガナイ。


 頭に氷水でも入れられた様に意識がはっきりしていく。手が、動く。

 胸の奥の黒い何かがリゾーに上を向かせた。そこに何かあると見る前から分かっていた。

 彫刻刀が湖面を覗き込んでいた。巨大な目でリゾーを探している。

 リゾーの左手は考えるまでもなく自分の口へと向かい、歯と肉の間に刺さっていた枝を引き抜いた。さっきまで殆ど動かさなかった腕は当たり前の様に動いた。苦しさも全くない。まるで水の中で呼吸をしているかの様だ。

 枝についた血が水に溶けて赤いもやとなって拡散していく。それをリゾーは岸に向かって放った。

 ゆらりと登っていた枝が力尽きて沈んでいく。彫刻刀がそれに気付いた様子はなかった。

 遠すぎる。

 水面が遠ざかっていく。リゾーは彫刻刀を睨んだ。

 リゾーは不思議だった。自分の心に微塵も焦りがない事に。しかし、安心とは程遠い心境であった。胸の奥に湧いた黒いものが刃となって内側から体を突き破ってくる様な気分だった。その痛みが焦りを塗り潰して相手を睨ませるのだ。

 しかし、結局は彫刻刀がなければどうにもならない。リゾーの背中はむなしくも水底の岩に着いた。


 マダダ!


 リゾーは目を見開いた。

 遥か頭上の水面が揺れた。筋骨隆々の大男が湖に落ちたようだ。

 リゾーには理解できなかった。だって彫刻刀は湖面を覗いていて他の人間は皆んな逃げた筈だ。ならあの大男は何処から落ちた?

 リゾーが呆然としている間、次々と仮面の男とオーパーツを持っていた女達が湖面に落ちて来た。否、陸の上から吹っ飛ばされて来た。

 湖面に叩き込まれた村人達がリゾーの視界を埋め尽していく。

 一体誰が……?

 湖を覗いていた彫刻刀が後ろを振り返って陸の方に消え、数秒後に何者かによって湖面に叩きつけられた。

 大量の水を吸って膨れ上がる彫刻刀。不意に水底に差し込む陽の光が遮られた。彫刻刀に追い討ちを掛けようと何者かが陸から跳躍したのだ。

 その何者かは膨れ上がった彫刻刀の真上に落ちてそれを爆ぜさせた。

 リゾーはガバッと起き上がった。

 村人達ごと彫刻刀を屠った者が湖面を割り、リゾーの元へ降りてくる。陽の光を背に銀色の短い髪が煌めく。

 両手を広げ、ピッタリと足を閉じている様が何かに似ていた。リゾーはそれが絵本の内容だと思い出した。絵本の中の英雄が最期の戦いの為、民と化け物の間に降り立つ姿にそっくりだったのだ。

 それは血の様に赤い滑らかな鎧を波立たせながらリゾーの前に降り立った。彫りの深い整った顔立ち。切れ長の目の中、黒に囲まれた灰色がリゾーを捉えた。

 彼女だ。リゾーが見捨てたエモのなり損ない。名も無き機械巨人。それがリゾーを助けに戻ってきた。戻ってきてしまったのだ。

 胸がざわつき、引きつる顔を抑える事も出来ず、リゾーはただその目を見返す事しかできなかった。ここが水中で無ければ泣き顔だとバレていたかもしれない。

 機械巨人が何か差し出した。彫刻刀だ。バツの悪そうな顔で持ち手をリゾーに向けた。

 リゾーは手を動かせなかった。息が苦しかったのではない。目の前の存在とどう関わればいいのか分からなかったのだ。その虚しさの置き場も分からず、リゾーは片足だけに体重を乗せて立ち尽くした。

 やがて機械巨人は彫刻刀を渡す事を諦めたのか、右手を引っ込めた。機械巨人は一瞬悲しげな顔をして、リゾーを見た。濁った様な灰色の瞳が何を思っているのか、リゾーには分からない。

 機械巨人はリゾーの元へ歩いてきた。それにすら反応出来ず、リゾーはそのまま体を抱えられた。



 陸に上がった。急に体が重くなったようにリゾーは感じた。機械巨人の背中から降りて、水を吸った服もそのままにリゾーは地面に手を付いた。体に入った水が口の奥から際限なく出てくる。嘔吐みたいに水を吐き続けた。水を吐き終わると途端に苦しくなり、空気を吸った。吸い続けた。

 呼吸が落ち着いて、髪と顔を拭う。リゾーは泥だらけになった。左手を見ると、自分で吐いた水で濡れた土が張り付いていた。

 リゾーは手に張り付いた土を握り潰しながら立ち上がった。陸の上には誰も居なかった。全て機械巨人がぶっ飛ばしたらしい。力は前と変わらない様だ。

 勢いよく振り返る。そこに立つ機械巨人と目を合わせる。機械巨人もリゾーを見ていた。これでようやく言葉を交わす事が出来る。

 リゾーは何とか気持ちを落ち着けて、よく言葉を吟味した後息を吸った。


「ありがとう」


 まずこれだ。ここまではいい。


「おかげで、助かった」


 そして、次は……。


「そして、ごめん」


 謝らなければ、ルシオラに言われるまで気付かなかった自分の過ちを。


「僕は勝手な理由で君を見捨てた。いや、君から逃げた。僕が間違ってた」


 認めなければ、自分が目を背けた事実を。


「リゾー、私は」


 機械巨人は歓喜の表情を浮かべて口を開く。


「どんな理由があったとしても僕は君を作った。僕には、君を導く責任がある」


 リゾートは機械巨人の言葉を遮って話し続ける。


「だから、答えを聞かせてくれ」


 汗か水か分からない雫が顎の先から落ちた。

 真っ直ぐ灰色の瞳と向き合い、今一度問う。


「君は、誰だ」


 機械巨人の切れ長の目が細められ、開かれていた口が閉じられる。

 黒色の頬に浮かぶ赤い鎖がズルリと動いた。



 次回 41.  忘れもの

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