37. 二十年
すみません! またまた遅れました!
灰色の瞳がリゾーを見ていた。白髪の大女がリゾーに迫る。
リゾーは後退りして、背後の人一人が隠れられる程太い木に背中をぶつけた。白髪の大女は辛そうに顔を歪めた。
坂の上から降り注ぐ幾本もの弓矢が辺りの土を跳ね飛ばしてそこに突き立った。
エモじゃない。エモじゃない! コイツはエモじゃない!! リゾーは口を戦慄かせた。その瞳以外の全てがエモと同じだった。しかし、その瞳こそが確実にエモではない事を物語っていた。弓矢から自分を庇っている白髪の大女、謎の機械巨人がリゾーを逃すまいと左肩を掴んでくる。
「誰なんだ君は……!?」
「リゾー、落ち着け。今はじっとしていろ!」
「嫌だ! 離してくれ」
リゾーは黒い手に掴まれた肩を振りほどこうともがいた。
「おい、ダメだ。死ぬ気か!?」
焦った機械巨人がリゾーを両手で押さえつけようとしたその時、一本の弓矢が機械巨人の赤い鎧の右肘に命中し鎧を形作る鎖の間に入り込んだ。関節部に入った所為か機械巨人の腕の動きが鈍り、リゾーはその手から脱する事が出来た。
リゾーは機械巨人の身体から這って抜け出すと脇目も振らずに背中を預けていた太い木の後ろへ走り出した。
「待てリゾー!」
リゾーは何も考えていなかった。降り注ぐ弓矢よりもエモではない機械巨人から逃げ出したかった。走り出したリゾーのを弓矢が追ってきた。足元にいくつも刺さり、リゾーは足を滑らせた。
「がっ」
リゾーは足を止めようと試みたが、急な坂は全力疾走していた者が途中で止まる事を許してはくれなかった。視界が何度も空と地面を交互に写して身体中をぶつけた。
「うわあああ」
一際大きな木の幹に腹をぶつけてようやくリゾーの身体は止まった。リゾーは腹の中身を吐き出した。ロクなものは出てこなかった。
リゾーにはもうどっちが空で地面なのか、坂の傾斜がどっちに向いているのかも分からない。
まだ目を回している。頭も混乱したままリゾーは大きな木の幹に手を付いて立ち上がろうとし崩れ落ちた。ゴロンと仰向けになる。
弓矢はもう降ってこなかった。かなり下まで転げ落ちたらしい。
リゾーは命を賭して自分を守ってくれた相棒の事を思い出した。必ず同じ形に治すと約束した筈だ。しかし、あれは何だ? 確かにエモに似ている。けれどあの瞳を見た瞬間エモではないと確信した。それは自分が製作者であるからなのか、それともあの遺跡で最初にエモと目を合わせた時印象のせいかは分からない。少なくともあの灰色の瞳からは睨みつけた者を威圧する強烈な意志を感じる事はできなかった。
登りつつある陽の光が葉の間から強烈に差し込む。リゾーは顔を両手で覆った。
「一体僕は何を……」
リゾーは嘆いた。
自分に迫る複数の足音を聞きながらリゾーは何もしなかった。彼らは急な斜面をものともせずにリゾーの所まで駆け上がってきた。どうやらエモではない機械巨人と一緒に坂を登っていた時から既に後をつけられていたらしい。
リゾーは首元に突きつけられた刃に抵抗する事なく、縄についた。
リゾーは頭に布を被されて両手を後ろで縛られ、持ち物全てを奪われた上で連れていかれた。具体的に何処をどう行ったのかは分からないが坂をかなり登った筈だ。これからあの遺跡みたく閉じ込められて死ぬまで過ごすのだろうか、それともあっさりと殺されるのだろうか。いずれにせよリゾーにはもうどうでもいい事だ。全ての約束を違えたのだから。リゾーもエモと同じく生きる意味などないのだ。
布を被ったままリゾーは空を仰ぐ。
最後に一つだけ気掛かりな事があった。あの機械巨人はどうなったのだろうか
リゾーは頭に被せられた布を剥ぎ取られた。急に日差しの元へ出たせいで目が眩む。
そこは奇妙な場所だった。急斜面に生えた何本もの大木の中程に木製の四角い家がくっ付いている。さらに大木同士が縄で繋がれており、その様はさながら木の上の村と言えた。
背中を棒で突かれて無理矢理前へと歩かされる。リゾーを突っついた連中は肌が浅黒く、葉や動物の皮か何かに身を包んだ男達だった。弓や槍を持っていて身体こそリゾーくらい小さいが力は強そうだった。リゾーに対しては終始無言を貫いていた。
大木には蔓の様に木製の階段が付いて、リゾーはそこを登った。家と家の間を繋ぐ縄の橋を渡って村の中央にある一際大きく見上げる程高い大木の前に連れてこられた。その大木だけ階段状に沢山の家がくっ付いていた。否、よく見ればそれは木の格子だ。木製の牢だった。
リゾーはやはりここに閉じ込められて死ぬまで実験だかなんだかをされ続けるのか、と他人事の様に納得していた。
リゾーは階段状の牢屋の二番目に高い場所に蹴り入れられた。顎に木のささくれが食い込んだが、起き上がる事さえしなかった。廊に入ったままのその姿勢で目を閉じた。いつもなら必死にこの牢屋からどうやって出ようとか、敵は何人居るかとか考えるのだが、リゾーにとってはもう全部どうでもいい事だ。どうせそうやって死に物狂いで脱した所でもう行く宛が無いのだから。ああ、今になってエモの気持ちが分かった。確かに目的が無くなってしまう事は恐ろしい。
あの遺跡から脱獄して外の世界を見た。一杯痛い思いもしたが全てが美しかった。何より、言う事を聞かないけれど何だかんだ言いながらいつも助けてくれる相棒とならどんな事でも耐えられた。しかし、もうエモは居ない。ならばここまでだろう。リゾーはそこで考える事を止めた。
「ちょいちょい」
一つ上の牢屋の女が声を掛けてきているが、返事をする気力もない。
「やい! そこの可愛い顔した少年や、アンタの事だよ。ちょっと聞きたい事あるんだけど」
しつこく話しかけてくる。しかし、リゾーは無視する。
「アンタが盗られたあれってさ、もしかして」
見張りか何かに聞かれてはまずいと思ったのかそこだけ小声でこう言った。
「モノホンのアルマかい?」
アルマ、確かコロナが言っていたオーパーツの正式な名前だったか。微睡んだリゾーの頭が僅かばかり働く。リゾーは薄目を開けて一つ上の牢屋を見た。
所々破けた茶色のツナギを着ている大人の女が木の格子の間に顔を挟んでリゾーの牢屋を覗いていた。女の肌は土よりは薄い褐色で、髪は柔らかい黄緑色で耳に掛からないくらい短かかった。小さなタレ目の真ん丸の黒い瞳がリゾーを見ていた。
「……だったら?」
「やや! そうなんだね。あれ何処から持ってきた訳?」
リゾーはすぐに答えるのを止めた。どうせもう関係のない事だし、アルマを知ってるって事はコロナの同類か何かだろう。何故捕まってるのかは知らないが。
「ああ、いやごめん。答えたくないならいいんだわ。それはそれで、でさ」
ツナギの女は木の格子の間でにやっと笑った。リゾーはそれを何の感慨も無く見ていた。
「あれがアルマならここから超安全に出られる方法あるんだけど、どう? 協力しない?」
リゾーはため息を吐いた。
「出てもしょうがない」
「は?」
ツナギの女の目が点になっている。
「生きる意味がない」
「えー、ちょ、ちょっとそういうのは後にしない? 取り敢えずここ出てから悩めばいいじゃない。今そんな事言ってる場合じゃないんだって。このままだと私たち生贄にされちゃうよ。死んじゃうんだよ!?」
焦った様子で木の格子から無理矢理こっちに飛び出てくるのではないかと思うほど顔を突っ込んで食い下がった。しかし、リゾーは死んじゃう事すらどうでもいいのだ。
「だぁー。もう! ほら相談乗ってあげるから話してみ! 私はルシオラ! ルシオラ・アラカヌム。二十年前からヴィクトリエに追われてる女よ! アンタは?」
木の格子の間に挟まれて歪んだ顔から苛立たしい名乗りが上げられた。
リゾーはこのルシオラとかいう女が食い下がる様子を見せないのでぶっきら棒に
「リゾー」
とだけ答えた。
次回 38. 再起




