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オーパーツは眠らない  作者: 兎和乃 ヲワン
第4章.未知との遭遇編
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35. 不変の理

 リゾーは彫刻刀を握り直した。本当にやるべき事はここからだ。約束を果たす!

 エモだった岩の首の部分を水の中から掬い上げる。顔は無くなり、ただの石くれになっている。しかし、大丈夫だ。彫刻刀で彫る事に失敗したものはないのだから。顔さえ彫り起こす事ができればとりあえず生きられる筈だ。

 リゾーはのっぺらぼうのエモに彫刻刀を突き立てる。後頭部に刺さったトゲが轟いた。


「エモ、君を死なせたりしない。君の形は僕が治すんだ」


 かき消えそうな意識を繋いで眼を開く。その眼は黄金に輝き、後頭部から流れる血も同じ色に光った。エモの顔に想いをぶつける。

 リゾーの意識に登ってきたのはエモとの思い出。ごく短い間ではあったがリゾーは確かにエモの事を想っていた。

 遺跡で初めてその姿を目にした時、リゾーは顔のないその石像を見て怒った。ジャンヌが死ななきゃならなかった原因だからだ。

 エモが初めて起きた時目が合ったその瞬間に我を忘れた。その何処までも純粋な黄色の瞳が痛みも怒りも全て持って行ってしまった。

 遺跡で怒りに任せて見張りを屠るエモを見た時は嬉しかった。シャインで人助けをしようとして喧嘩した時は悲しかった。言う事を聞いてくれずに山で濁流に呑まれそうになった時は怒った。ローツで一緒にオーパーツを倒した時は仲間になれたと思った。鍾乳洞で本音を話してくれた時は本当の


「相棒だ、と」


 思った。

 これからだっていうのに、こんな所で行かせるもんか。必ず元の形に……。

 リゾーの手が止まった。彫り進めていた口の所で彫刻刀が止まり、目玉が怪訝そうな目でリゾーを眺めた。

 元の形。つまり、元ルールを持った機械巨人。エモのルールは


 ルール3:製作者を保護。

 ルール2:自己を保存。


 そして、


 ルール1:プロトを保護。(拡大解釈)


 だ。

 しかし、プロトはもう居ない。ルール1は崩壊している。つまり、エモは存在出来ない。

 リゾーの乾いた喉が鳴った。血が足りないのか、頭痛までしてきた。意識が途切れ途切れになる。


「エモ……」


 どうすればいい。考えろ。エモは僕を信じてくれたんだぞ。約束したんだ。必ず元の形に戻すと約束した。

 リゾーは冷や汗が毛先から滴り落ちるまで考えた。

 しかしダメだ、何も思いつかない。プロトが居ない以上エモを彫り起こす事はできない。ならば、どうすればいい。命令を変えるのはダメだ。ルール1はプロトの保護でなくてはいけない。ルール1が変わってしまったら、それはもうエモではない。命令を変えずにエモを彫り起こす方法を何か考えなくては。何か。

 その時リゾーの頭に一つの疑問が浮び、それまでの焦燥が吹き飛んだ。

 ルールの崩壊っていつ決まるんだ?

 プロトが殺されたのがいつかは分からないが、コロナがオリジナルを探しに行くよりも前の話だろう。ここからヴィクトリエまでは全然遠い……。

 いや、違う! それよりもジャンヌだ。ジャンヌはヴィクトリエから逃げてきたと言っていた。そこに残された仲間のプロトを助けて欲しいという話だった。そして、コロナもジャンヌの名前を知っていた。プロトを殺したのはコロナだ。これはつまり、ジャンヌを逃すためにプロトが一人で戦った相手こそがコロナだったと言う事。

 でもこれが合ってるなら、プロトが死んだのはエモが彫られるずっと前って事になる。エモのルール1は彫られる前から崩壊していた?


「……」


 エモの口に突き立てた彫刻刀が震えている。否、震えているのはリゾーの左手だ。それどころか全身が痙攣している。鳥肌が立ち、色白な肌がさらに白くなって死体みたいになっていた。

 それを自覚した途端、リゾーの視界もぼやけてきた。

 リゾーは彫刻刀から手を離し、血塗れの左手を見つめた。

 コロナは言っていた。機械巨人はルール1が崩壊すると消滅してしまうと、エモ自身がルール1の崩壊を[自覚]したから消滅するのだと。

 なら、[自覚]しなかったらどうなる?

 エモはコロナがプロトを殺した事を知っている。だが、どうだろう。実は[プロトは殺されていない]というのは。すなわち、コロナは嘘を言っていた事にする。死に掛けたコロナが苦し紛れに実は殺していないと言った事にすれば問題ない。要はエモが知らなければいいのだ。

 リゾーは彫刻刀を握り直した。手の震えを握力で押さえつける。

 エモに嘘を吐く。そんな事をして本当にいいんだろうか。

 リゾーは胸の痛みに顔を歪ませ口の端から血を垂らしながらも彫り続けた。

 エモの口元が刻まれた。

 エモに嘘を吐く。そんな事をした事が今まであっただろうか。

 リゾーの服から絵本が落ちたが、リゾーは目もくれなかった。

 エモの鼻が刻まれた。

 エモに嘘を吐く。仮にうまくいったとしてその後はどうする。ヴィクトリエに着いたら、エモは真実を知ってしまう。そうしたらまたエモを失う事になってしまう。

 リゾーはまた手を止めた。強く噛み締めた歯の間から血が溢れ落ちる。


「約束したんだ……!」


 眼だけが彫られていない。エモの頬を撫でる。


「絶対に元の形に戻すって!」


 涙を零しながらリゾーは覚悟した。

 もう一度左手を動かしてエモの目元に突き立てる。彫刻刀のトゲが轟き、リゾーを睨んだ。


「エモ、ジャンヌの無念を晴らしてくれ」


 彫刻刀に応える様にリゾーは自分の血で溺れそうな喉を鳴らす。そしてついに、


「ヴィクトリエに居るプロトを救ってくれ」


 リゾーは嘘を吐いた。

 彫刻刀によってエモの眼が彫られていく。彫の深い顔に切れ長の眼が刻まれた。

 岩の様な色の顔に亀裂が入り、弾けた。その下からエモの黒い肌が現れる。それが頭全体に広がり、砕けて短くなった髪を元の白銀色に戻した。首だけのエモが出来上がった。

 彫刻刀のトゲがリゾーの頭から引き抜かれた。トゲは彫刻刀に仕舞われ、彫刻刀は満足そうに目を閉じた。リゾーは彫刻刀を乱暴に放った。彫刻刀は岩にぶつかって短い悲鳴を上げた。

 リゾーはエモの首を両手で抱きかかえた。エモの切れ長の眼は閉じられたままだ。エモが目を開けてくれない。

 やはり、命令が果たせない事である事をエモが知っている時点でダメなのか。嘘を吐くなんてそもそも出来ないのか。エモを救う事は出来ないのか?


「エモ、エモ! 頼む。生き返ってくれ! また一緒に旅をしよう」


 リゾーはエモの顔を胸に抱いて涙した。リゾーの身体から力が抜け、岩の地面に倒れた。もう指一本動かせない。意識も虚ろだ。リゾーは胸に抱いたエモを見つめながら最後に思った。

 君を元に戻す事が出来ないのなら、せめて君の隣で……。

 リゾーは諦める様に意識を手放した。



 鍾乳洞の奥地、丸く開けた場所、天井を細長いトゲの様な岩が覆っている。湖と岩の地面が半分づつその空間を占めている。湖には壁に大きく開いた穴から大量の水が流れ込んでいた。

 湖のすぐ近く、湖と岩の地面の境に少年が倒れている。少年は血塗れで顔面蒼白。死体と変わらない状態だが、まだ息をしていた。その胸に黒い女の首が抱かれていた。切れ長の眼は閉じられたままだ。

 突如、その顔が赤く光った。赤い鎖模様がいくつも浮かんでその首を縛り上げた。

 湖の水面が跳ねた。岩の地面に一個の石くれが転がった。湖の浅瀬から飛び出してきたのだ。

 湖の水面がまた跳ねた。今度は同時に三つの石くれが湖の浅瀬から飛び出して同じ所に落ちた。それに続く様に何度も水面が跳ね始めた。湖の浅瀬に沈んでいた石くれが陸に揚がっていく。そして、最後の一つが跳ねて地面に転がった。

 転がった石くれは一人でに動き出し互いを繋ぎ合わせて人の形を作った。それは裸の首無し肢体。

 首無し肢体は何かに引っ張られてズルリと濡れた地面を滑っていく。その先に居るのは倒れ伏した少年だ。少年が胸に抱いた黒い女の首から赤い鎖が伸びて首無し肢体を引っ張っていたのだ。赤い鎖が首無し肢体を女の首まで引っ張り終えるとその鎖は石くれで出来た肢体の中に沈んだ。

 首無し肢体と女の首はピッタリと繋がった。人になったそれの首から下が弾けた。中から黒い素肌が露わになり赤い鎖模様が首と同様に身体を縛り上げた。

 少年の腕の中で黒い女の切れ長の眼が開いた。その眼の中の濁った[灰色の瞳孔]が小さく収縮した。



 次回 36.  灰の瞳

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