34. リゾー
遅くなりました! それでは34話をどうぞ。
リゾーの手の中で鎖だったものが赤い粉に変わっていた。湖なるものの底から反射してくる外の光は陽が大分傾いたのか、橙色に湖の浅瀬の低い位置を照らしている。橙色の光は膝を着くリゾーの手と赤い粉に水面の模様を映し出していた。
リゾーよりも水が深い場所に立つ灰色の少女が拍手をし始めた。直立している所為でもう顔は影になっている。
「お見事」
灰色の少女、コロナは初めて出会った時と同じ言葉を吐いた。
「ご立派な忠義だったねぇ? まさかここまで入れ込んでるとは……。命令の拡大解釈を行った所為でエモちゃん自身の意思に何かしらの変化があったという事かな。けどまあ、二度も拡大解釈されてエモちゃんも相当苦しかった筈だからねぇ? やっと楽になれたんじゃない? 感謝してよ?」
コロナは両手をヒラヒラさせて歌う様に嘲る。その様は悲しみに暮れていたリゾーの心を爆発させるのに十分過ぎた。
「……れ」
「ん? 何? 今何か言った?」
影に隠れた顔からリゾーへ鋭い視線が降り注ぐ。しかし、それに怯むリゾーではない。
「黙れ。と、言ったんだ。それにエモは壊れていない」
リゾーは吠えた。自分でも聞いたことのないドスの効いた声が出た。何本か肋骨が折れ口の中からはまだ血が出てくるが、リゾーは不思議と痛くなかった。むしろ、これまでに無いほど調子が良く血が滾っているのが分かった。全身の血が仇を討てと言っている。
「ああ、辛いのね。可哀想! でもダメダメダメ。現実と向き合わなくっちゃね? 落ち着いて、そこに沈んでる石くれをもう一度よく見てみて? それがエモちゃんよ。貴方の所為で壊れてグズグズの石くれになっちゃったエモちゃん」
「そうだ。だから、治す……」
「はぁ?」
コロナが心底分からないと言った表情をしている。当然だろう。
リゾー自身にも治す方法など分からないのだから。
「貴方……眼の色がこんなにハッキリ金色に……! この光の強さはまさか、直系!?」
コロナの驚愕の声が聞こえてくる。だがそんな事はどうでもいい。リゾーは左手に残った赤い粉を強く、強く握りしめた。そして、目の前に沈む瓦礫の中からある物を引き揚げて高らかに掲げた。
彫刻刀である。
「はぁ、それで? 私が投げた彫刻刀を拾い上げたからなんなの? その折れた彫刻刀で何をするっていうの?」
コロナはリゾーに侮蔑の眼を向けた。
確かに彫刻刀は途中で折れてしまっている。今は八本あるトゲが全て垂れ下がり、目玉は閉じている。見るからに死んでいる。
だが、リゾーはその八本のトゲを左手で纏めて掴み、自分の後頭部に突き刺した。
リゾーは頭に異物が入る感覚というのを初めて体感した。
頭から血の気が引いていく。急に身体を持ち上げられた様な浮遊感に襲われた。
「Ra!!?」
リゾーの意識は途絶えなかった。力の抜ける足を押さえつけて、曲がろうとする背を正す。それはひとえに意志の力。リゾーのエモを治すという思いが彼の頭を覚醒させていた。
後頭部から熱いものが首を伝い、背中を伝い、水面へと落ちていく。トゲの先が膨らんだ。
「こ、これは」
リゾーは首を伝っていく熱いものが吸い上げられて後頭部に集まっていくのを感じた。
人が水を飲む様な音を立ててトゲが熱いものの塊を彫刻刀へと移動させていく。
その塊が彫刻刀に届けられた時、湖に金色の光が溢れた。
彫刻刀の目玉がゆっくりと開いていく。八本のトゲが生気を取り戻し、暴れる。
「破壊した筈の彫刻刀が……!」
折れた刀身へ何処かから刃先が飛んできて、くっ付いた。
「治っていくのね!」
コロナが震える足で一歩下がった。
できた……! リゾーは彫刻刀を起こせた事に安堵した。
リゾーの血はシャインで干からびていた壺や絵のオーパーツをいくつも再起動させた。目玉が残っているオーパーツは全部そうだった。だから、折れた彫刻刀でもちょっと多目に血をやれば目を開けてくれると思ったのだ。
「あ、あり得ない! ま、まさか、それはシャイン遺跡最奥にある筈の! あいつらもう発掘してたなんて……!」
コロナが恐ろしいものを見るような目で彫刻刀を凝視している。
「でもそれなら破壊出来ない筈! さっき確かにぶち折ったのに! ……はっ!?」
鬱陶しい喚き声が一瞬止まり、コロナが震えだした。
「そういう事……! 破壊できないのではなく、どんなに破壊しても再生するから誰にも破壊できないって事……! マスター! こんなの聞いてない!」
コロナは怒りに震える頬を両手で覆って主に悪態を吐いた。
「つまりそれが、それこそが私の目的、私が産まれた意味! [不変を司る]黄金のアルマ、彫刻刀の [オリジナル]……!」
喜びと驚き混じりの怒気を放つコロナ。灰色の指がリゾーの持つ彫刻刀を差した。
折れた刀身にくっ付いた刃先が折れ目の端から徐々に一体化していく。直った場所に継ぎ目は無く、それどころか傷一つなかった。
湖に飛沫が上がった。コロナが一歩リゾーへと踏み出したのだ。
「RaRaRaRaRaRaRaRaRaRaRaRaRaRaRaRaRaRaRaRaRaRaRaRaRaRaRaRaRaRaRaaaaaaaa!!!」
人ではあり得ない程大きく口を開け、コロナは壊れた様に嗤い始めた。もはや少女らしさは無く、アルギラの機械巨人の名に相応しい恐怖の魔王であった。
ルシオラが嘲笑しているのはリゾーかエモか彼女のマスターとやらか、それとも彼女自身か。リゾーはただ仏頂面でそれが終わるのを見届けた。
「だからどうだっていうのね! むしろ好都合……! シャイン遺跡まで行く手間が省けたのね。私は貴方を殺して[オリジナル]を手に入れる。それをマスターの元へ持ち帰り、私は安らかな最期を迎える!!!」
一頻り嗤い終えた恐怖の魔王は少女に戻る事も無く、顔を歪めたままリゾーにドスドスと歩いて来た。あっという間に距離が縮まっていく。
リゾーは左手を挙げた。手に収まっているものは拳銃だ。
「Ra! もう一度試してみる? 湿気った弾で撃てるかどうか!?」
語気に余裕のない挑発に対して。
「Ra?」
リゾーは銃口を天井へと向けた。コロナの足が止まった。
右手も挙げる。つまり、今リゾーは両手を挙げている。
そして、顔を伏せて沈黙。
コロナの笑顔が無理なそれから嘲笑うそれへと変わっていく。ついに、腹を抱えて笑い始めた。
「RaRaRaRaRaRaRaRaRa」
辛抱堪らないと言った様子でその場で笑い転げている。
「何だ。彫刻刀がオリジナルだった事には焦ったけど、何する気かなと思ってたら結局、降参するわけね。内心ビビって損したのね!」
バシャバシャと湖の浅瀬でコロナが転がり回る。
「でもダメ。貴方はここで死ぬの。最期はエモちゃんと同じ場所に沈めて上げる!」
コロナは冷笑と共に立ち上がり、リゾーへと迫り来る。
金属音。
「ッ?」
コロナの足が止まる。リゾーが顔を挙げた。眉間に皺を寄せ、首筋に血管を浮き立たせている。
「降参なんて、誰がするか」
また金属音。
「この両手は」
さらに金属音。
「お前を」
リゾーは黄金に光る眼で復習対象を睨みつける。
「殺す為の、両手だ!」
最後にもう一度彫刻刀の折れ目を天井を向いた銃口に打ち付けた。銃身が震えて、湖中にその金属音がよく響いた。
「な、何なのね? 彫刻刀で今、何をしたのね!?」
「答える必要はない」
「ッ。いい気にならないでよね! 何が殺す為? 彫刻刀で銃を叩く事が? 笑わせないでよね!」
「この銃は」
彫刻刀から右手を離し、最後の一発を込めた拳銃を握り直す。天に祈りを捧げる様に両手で挟んだ。
「エモが届けてくれた。消滅する寸前に、まだ熱かった自分の身体に押し付けて、乾かしてくれたんだ!」
「ッ!?」
リゾーは仏頂面で驚愕する魔王コロナに銃口を向けた。
「くたばれ! コロナァー!!!」
驚愕し避けようとするコロナの胴の真ん中に銃口の向きをピタリと合わせて、仇を討つ為リゾーは引き金を引いた。
両腕が捥げそうな衝撃と共に馬鹿でかい銃声が鳴り響いた。
コロナもリゾーも動かない。逃げようとしていたコロナは目を見開き、大口を開けている。銃口から立つ煙が天井を撫でた。
グラリ。
コロナの身体が前のめりに倒れた。湖に出来た波がリゾーの膝を濡らし、両手から拳銃が落ちた。
揺れる水面の上で彫刻刀が浮いている。リゾーは後頭部から垂れるトゲを手繰り寄せて彫刻刀を掬い上げた。
リゾーは思った。エモを治さなくては。治さなくては。治さなくては。
「治さなくちゃ……」
エモだったものを掻き集めて岩の地面に持って行こうとした時、リゾーの背後で湖が弾けた。
水面を破って現れたのは灰色の身体だ。
リゾーは半身で振り返った。
「RaRaRaRaRa! 残念! 私の身体は! 純度九割のアルギラ。大抵の傷は即座に治るのね! そして、残り一割はアルギラの機械巨人の唯一の弱点たる高熱に強い鉱物になっている! 焼夷弾なんて口にでも撃たれない限り、最初っから効かなかったのね! 驚いた?」
「……」
「死ね!!」
嗤い、捲したてるコロナは狂喜の表情でリゾーに手刀を振り下ろした。
しかし、その手刀がリゾーに届く事はなかった。
「Ra? RaRa?」
コロナは震える眼を自分の[手]に向けた。そこにある筈のものが無かった。コロナの右手が無かった。
「RaRa!?」
リゾーに手刀が届かなかった理由は簡単だ。攻撃する前にコロナの手は無くなっていたのだから。
訳が分からず狼狽するコロナの顔を亀裂が走った。
「Raッ!? わ、私の手、手が、手が無いのね!??」
「手だけじゃない。自分の身体をよく見るんだな」
コロナは言った通りに顔を下げていった。そして、自分の身体の惨状を見てもう一度叫んだ。
コロナの身体、腹の真ん中と肩、左足が切り取った様に無くなっていた。全身に亀裂が走っており、コロナが驚き動く度にそれは広がっていった。
「な、何なのね。これは!? わ、私に何をしたのねー!?」
コロナは目を見開いた。コロナの身体からアルギラの欠片が散っていく。もう魔王の様な雰囲気は無い。
リゾーは左手の彫刻刀をコロナにかざした。
「拳銃が使えたのはエモのおかげだ。が、この彫刻刀はコロナ、お前自身の自業自得だ」
「私の所為!? 何が私の所為なのね!?」
「彫刻刀を折ったのはお前だ」
「だから、彫刻刀を折ったのがなんだって言うのねー!?」
「そして、この彫刻刀が実は[オリジナル]で、お前の身体が[オリジナル]で切れるという事を僕に教えたのもお前だ」
「ば、バカな。この傷は[オリジナル]によるものだと言うのね!? 有り得ない。彫刻刀には指一本だって触ってないのね! ……ハッ!?」
コロナは真相に気付いたようだ。
「ま、まさか……さっき銃口をオリジナルで打ち付けていたのは……」
「お前を倒す為の策だ」
そう、リゾーは彫刻刀で拳銃の銃口を四度打ち付けた。その意味は何度も打ち付ける事で折れ目から溢れた刃の欠片をに銃の中に落とす事だったのだ。目に見えない程小さい刃の欠片が銃の中で焼夷弾に押し出され、圧倒的な速さで飛んでいきコロナの身体をズタズタにしたのだ。
「ガッ、こんな、下らない手で。この私が」
「そして、打ち出した刃の欠片は今ちょうど」
リゾーの左手に握られた彫刻刀は折れ目が消え、ほとんど直っている。僅かに欠けた最後の欠損部分が光った。
「直る」
湖の底から壁から天井から、さっき打ち出した刃の欠片がリゾーの手元に戻ってきた。リゾー自身にも知覚出来ない速さで、コロナの全身をもう一度切り裂いた。
ビシッ。
コロナの瞳孔が小さく収縮し、その身体は足から順に全て砕け散った。湖へと落ちていくコロナの瞳がリゾーを睨み、それと分かたれた唇が動いた。
「お、もしろいの、ね」
その言葉を最後にコロナは湖の底へと沈んでいった。
次回. 35. 不変の理




