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オーパーツは眠らない  作者: 兎和乃 ヲワン
第4章.未知との遭遇編
32/42

32.  エモ その1

 砕けた岩の欠片が水溜まりに落ちて沈んでいく。

 水溜まりの底から来る光がリゾーの頬を撫でた。目に溜まった液体が光を反射する。それが零れ落ちていくのも止められず、立ち尽くしていた。

 呆然としているのはエモも同じで水溜まりの浅瀬に膝を着き、手を震わせている。エモはコロナの目の前で、リゾーはそのずっと後ろに居た。

 二人の視線の先でコロナが妖しく嗤う。


「貴方達って本当面白いのね」

「誰……だと?」


 エモの喉が動いた。


「ズレた事を言うな! 誰を、壊しただと……!」


 黒い唇から巨大な犬歯が剥き出しになる。エモの顔を這う鎖がゆっくりと動き始めた。


「いや、まさかだよね。 [プロト]の名前を知っているのは私と私のマスターと、後ヴィクトリエ領から逃げ延びたジャンヌとかいう女だけ。つまり、貴方達は、RaRaRaそういう事なのね。それで、ジャンヌって女は何処いったの? シャインに居る? それともローツから列車で北の国にまで逃げ遂せた?」


 ジャンヌの名前まで出た。もう確実だ。一人ならともかく二人の名前が一致してしまった。同じ名前の他人て事はない。リゾー達が遺跡で救い出す事を誓ったジャンヌの友人プロトの事だ。リゾーは目の前が真っ暗になった。もう、何も考えたくない。プロトがエモやコロナと同じアルギラの機械巨人だった事の驚愕も、コロナとプロトが戦いコロナが無傷でここにいる事の意味も考えたくない。


「き、さまが……!」


 エモが上ずった声を上げた。肩を震わせながら立ち上がる。


「貴様がプロトを、殺したのかぁあ!!!」


 切れ長の眼から涙が溢れ、頬を伝いエモのスピードに置いていかれた髪と一緒に後ろへ流れていった。


「RaRaRa激昂すれば勝てるとでもッ」


 コロナはエモが繰り出した拳を軽くいなし、


「思ってるのね!」


 飛び込んできた顔面に膝蹴りを合わせた。


「がっ」


 勢いを殺されたエモが姿勢を崩す。

 コロナは後ろに倒れ行くエモの髪を掴み乱暴に引っ張った。


「ところでエモちゃん、何故まだ生きているの?」


 引き寄せたエモの耳にコロナは不可思議な問いを投げた。

 何故、生きているのか? どういう意味だ?


「貴方のルール1は命令の遂行。その表情と状況から察するにそれは逃げ延びたジャンヌの保護ではない。ジャンヌの保護を目的としているのなら連れ歩いていないのはおかしいし、怒りという感情と一致しない。次にプロトの復讐だけどこれもない。プロトの復讐のために怒りを抱くのはジャンヌの筈だし、ジャンヌならプロトが死んだ事くらい勘付いている筈。貴方の製作者はジャンヌじゃなくてリゾー君。となるとリゾー君が抱く怒りという事になるね。その怒りというのは多分ジャンヌの死じゃない? ああ、そう。ヴィクトリエに行くのは復讐の為じゃなくて、プロトを助けるためだったんだ? つまり、正しくはルール1:ヴィクトリエにて囚われたプロトを保護せよ」

「ち、がう。私は、ジャンヌの無念を、晴らす。必ず、果たす!」

「……ああ、そう、そういう事。やっと繋がったね! おかしいと思ったの。保護と怒りっていうのがどうしても分からなかったから。でも、無茶な事するわ! 貴方命令を実行出来ない所かとっくに破綻してたんじゃない」


 コロナの顔に一瞬驚愕の色が混じり、嘲笑に変わった。


「嘘はいけないと思うの。だって貴方もう無念晴らしたでしょ? ジャンヌを殺した連中、多分だけど旧人類の血族目当てのオーパーツの事も碌に分かってないシャインのアホ共。散々ぶっ殺したでしょ?」


 何故そんな事まで知っている。何でシャインから来たって分かるんだ?! リゾーは驚きのあまり声も出なかった。あの事は誰も知らない筈なのに! いや、あの口振りは察したという事なのか。たったこれだけの会話で何もかも察したという事なのか。


「あんな、物ではまだ……! ジャンヌの無念を晴らす為にはプロト、を」

「うん、それって誰が言ったの?」

「な、に……?」


 憎しみで犬歯を剥いていたエモが呆けた声を出した。


「貴方自身から出た言葉じゃないよねぇ。既に実行した命令を無理矢理引き延ばす権限は私達にはない。その権限を持ってるのは……」


 コロナがゆっくりと右腕を上げ、リゾーを指差した。それに遅れてエモがリゾーに顔を向ける。縦に細い真黄色の瞳の瞳孔が細く絞られた。


「リゾー君。貴方がやった筈。[命令の拡大解釈]。アルギラの機械巨人の延命措置。一度決めたルールは決して変更できないけど解釈の変更は一応可能なのね」

「命令の、拡大解釈だと。何だそれは。どういう意味だ」

「どうってそのままの意味。一度実行させた命令を難癖付けて無理くり広げるの」


 リゾーはエモの始まりの言葉を思い出した。

 ……そのプロトという奴を助ければ彼女の無念は晴れるんだな?

 あの時僕は、なんと言った……?


「それをしていなかったらどう、なっていた?」


 リゾーは恐る恐る聞いていた。


「ん? 当然、壊れるね。役目を終えたアルギラの機械巨人は自我を維持できない。身体だけを残して顔が消えるの。安らかにね」


 コロナはキョトンとして答えた。

 崩れ行く発掘現場の中央でうな垂れていたエモを激励したあの時、エモは目的が無くなって意気消沈していたと思っていたが、それどころではない。壊れようとしていたのだ。


「確かに拡大解釈を続ければアルギラの機械巨人はいつまでも動く。鎖が保てば、だけどね」


 コロナはエモの顔をリゾーに向けた。リゾーが呆然とそれを見ていると顔に罅が入った。しかも鎖模様が動いている。何もルール違反を犯してはいないはずなのに。


「驚いた? エモちゃんは今命令の達成条件を失い、それを自覚した。もうプロトを助ける事は出来ないからね。これから一時間の内に消滅する」


 な!?


「そんな!? エモ! ま、待ってくれよ! クソッ、エモ聞くんだ! そいつの言った事は全部デタラメだ。一緒にヴィクトリエに行こう!」


 勿論デタラメじゃない事は感付いている。


「もう遅いの。全て貴方がいけないの」

「僕が……だと?」


 こ、こいつエモをこんなにしておいて今更何を……!


「何、その表情? 貴方何か勘違いしてるんじゃない。貴方が命令の拡大解釈なんてしなければエモちゃんは安らかに最期を迎える事が出来たのに。今エモちゃんが苦しんでいるのは完全、貴方のせいよ? 例え私に出会わなくともヴィクトリエに着くずっと手前で同じ結末を迎えた筈」

「デタラメ言うな! エモはお前に会うまでずっと元気だった! シャインでだってルールを後回しにしてまで僕を……」

「守ってくれた? それが一番エモちゃんを苦しめてるんだけどね。ルールを犯す度にアルギラの機械巨人に課されるペナルティが鎖の拘束だけだと思った? それはちょっと甘いんじゃない? ルールと鎖は製作者自身を守るための安全装置。拘束されて熱くなる程度じゃ製作者自身が危険だもの。ルール違反の真のペナルティはもっと目に見えない所にある。それを今から見える様にしてあげる」


 エモの髪がコロナの手から離れた。抵抗も無く水溜りに顔を伏す。エモはうつ伏せになったまま動かない。

 真のペナルティって何だ?! エモは何故動かない?


「ルール1は崩壊した。けど、ルール2と3は消滅までの間生きているの。これがどういう意味か分かる?」

「……ハッ!?」


 リゾーがコロナの意図を理解した時には既に遅かった。水溜りに伏すエモの背中に灰色の細い足が振り下ろされた。

 何かが割れる音がした。


「ルール2:自己の保存。ルール1は自己に責任が無くとも守れなかったり、少しでも背いたりするだけで拘束されるけど、ルール2以降は守る意思を示せれば拘束されない。だから、ただ手を挙げて頭を庇おうとするだけでいいの。けど、貴方はもうそんな意思も」


 コロナは倒れ伏したエモの腹と水溜りの底の間に食べ物にナイフを通す様に足を差し入れて、蹴り上げた。エモの重い身体がボールみたいに跳ねた。


「ないのね!」


 残像を残すコロナの回し蹴りがエモの首を捉えた。水辺に投げた石ころの如くリゾーの元へ飛んできた。


「ぐわあ」


 リゾーはエモに巻き込まれて倒れた。

 身体が熱い。口が鉄の味で満たされる。


「か、身体が動かない」


 起き上がろうとすると腹に何か刺さったような痛みが走る。


「おっと、肋骨を折っちゃったかな。ごめんね」

「がふっ」


 口を開くと真っ赤な血が溢れた。

 コロナがゆっくりと歩いてくる。

 リゾーは辛うじて動く首を曲げて側に倒れたエモを見た。何か詰まった様に不快な動きを続ける鎖の色がエモの黒い肌と同化しつつある。もはや表情は無く、瞳孔は開ききっている。ただ伏して死を待つ病人のようだ。


「もうお終いね。でも安心して? 簡単には殺さない」


 エモの眼前まで来たコロナは不意に表情を消した。その眼には、まるで人を殺す為だけに作られた人形だとでも言わんばかりに何の感慨も浮かんではいなかった。


「貴方の私達に対する態度、気に食わないの。本当は貴方を嬲りたいけど、その身体じゃすぐに死んでしまうでしょうから」


 コロナは片手でエモの首を掴み上げる。顔の罅が進んでいく。


「エモちゃんを嬲る事にしたの」


 表情の無い人形は妖しく嗤う少女に戻った。


「さあさあ、無垢なリゾー君。このままじゃエモちゃん嬲り殺されちゃうよ? これを防ぐためにはもう一度アレをやらなくちゃね?」

「ッ!」

「何? そんな事出来ない? それは可笑しいね? だってもうやったんでしょ? 役目を終えたエモちゃんを無理くり叩き起こして自分を守らせたんでしょう?」


 違う! リゾーは口を動かしたが、出てきたのはやはり血の塊だけだった。

 コロナの言った事が真実ならエモにあの言葉を言えば遺跡で起きた事をもう一度起こせる。しかしコロナは今エモを惨殺しようとしている。そのコロナがやれと言う事が勝利に繋がる筈がない。何か隠している。間違いなく真のペナルティとやらがそれだ。


「ぃ……ゃ」

「ふーん、そう」


 突如コロナの手刀がエモの左腕に刺さった。大人のそれより太い腕の半分まで手刀が割り込み、亀裂を走らせた。だと言うのにエモは表情もなく虚空を見つめている。


「ゃ…め」


 ダメだ。このままではエモが殺されてしまう。無駄死にだ。アレをやらないと。でもアレをやったらエモはどうなる!?


「それじゃ、終わりね」


 コロナは吐き捨てる様に言った。コロナの左手がエモの左腕に刺さったままだ。コロナはそれを抜こうとして四苦八苦している。


「なかなか抜けないのね」


 その時、エモの顔が見えた。コロナが縦に横に引っ張るのでガクガクと揺れている。リゾーにはそれが、まるでエモが抵抗している様に見えた。出血のせいで目が霞んでいたのか、エモの縦に細い毒々しい黄色の瞳がリゾーに訴えていると思った。命令しろ、と。


「ぐぶっ……エ、モ、そいつ……が仇……だ」


 言った。言ってしまったのだ。

色を失っていく赤い鎖模様が止まった。



次回. 33.  エモ その2

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