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オーパーツは眠らない  作者: 兎和乃 ヲワン
第1章.遺跡脱獄編
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3.煌めく炎

 ジャンヌが自分の願いを口にした時、リゾーはより一層、絵本の英雄とジャンヌを重ねた。リゾーはジャンヌの友達など知らないが、ジャンヌの願いの重さは何となく察した。


「話してくれ。……何があったのか」


 気が付くとリゾーは聞いていた。

 ジャンヌはつらつらと今までリゾーが聞いた、どの声色とも違う上ずった声で話し始めた。


「……私はここよりもずっとずっと先の海辺にあるヴィクトリエという国で生まれた。母親はいなかったわ……女癖の悪い父親だけ……でね? 私、怒ると何故か目が金色になるの……その事で虐められて、いつもアイツとその女に殴られていた」


 褐色の右手がリゾーの白い服の裾をキュッと握った。


「ある日……アイツの暴力に耐えかねて反撃したの。……そしたら机の角に頭をぶつけて…………[死んでしまった]」


 死という言葉にリゾーが息を呑んだ。


「それを見ていたアイツの女が警察に通報して……私はすぐ逃げた。雨の中をやたらめったら走って、警察の検問を掻い潜って……親を殺してしまったけれど……あれこれ考えて警察から逃れるのは人生で一番楽しかったわ」


 ジャンヌは少し下を向きながら、薄ら笑いを浮かべている。

 リゾーの顔が強張った。


「走り疲れて、気が付くと森の中にいたわ。そこで……彼に出会った」


 ジャンヌは肩を震わせ、リゾーに表情が見えないくらい下を向いた。誰かに向かって謝っているようにも見えた。

 ロウソクの光によって橙色に照らされたレンガ作りの床に一滴、透明な雫がこぼれた。


「……君の……友達か」


 少し枯れた声で喉を震わせる。


「ええ。……彼の名はプロト。ヴィクトリエの山にある遺跡に住んでいた」


 ジャンヌの声が急に小さくなり、リゾーが掴んでいた右手が振るわれた。


「プロトは私をあの国から逃がしてくれた! 私を追ってきた警察と武装兵から!」


 ジャンヌは一気に顔を上げ、大口を開けて、甲高い叫びを上げた。

 今まで我慢していたであろう思いを、たくさんの涙と共に決壊させるジャンヌをリゾーは信用しつつあった。人と関わる事を知らないリゾーでも本当に隠し事を全て話そうとするその姿勢を疑う事は出来なかったのだ。

 叫び終わったジャンヌの瞳は揺れていた。その眼はリゾーに鋭い意志を感じさせた。


「私は絶対にここを出て、プロトを助けに行く!」


 叫び、宣言した後、息を荒くしたジャンヌは目の端から大粒の涙を零した。

 対照的にリゾーは涙を流さなかった。リゾーは口を僅かに開けて、冷や汗を搔いている。彼はただ圧倒されていた。自分には全く経験の無い外の世界の話と急激にジャンヌに憧れを抱き始めた自分自身に圧倒されていた。

 彼らが間に挟んでいるロウソクの火は悲しむ様に激しく揺れ、二人の表情を淡く照らした。


「……君の願いは……分かった…………しかし、やはり僕は君とは違う。君の様な覚悟なんて無い。やはりココから……出るなんて……」


 リゾーは自分に言い聞かせる様に小声で呟き、ジャンヌの鋭い目から視線を逸らした。


「……フゥ」


 ジャンヌは目元の涙を右手で拭い、一回深呼吸をした。


「……確かにアンタが外に出たい理由は興味本位ぐらいかも知れないし、アンタがどうしてもココに残るというのなら私は止めない……アンタの大事な絵本にも手を加えたりしない。……けどココに居たらアンタは死ぬわ」


 ジャンヌは真っ直ぐリゾーを見つめ、はっきりとした口調でそう言った。


「……ッ! だから死にはしないって!」


 リゾーは言い知れぬ不安と情けなさからきた誰に対するでもない怒りを声に出し

て、視線と共にそれをジャンヌへ向けた。


「同じなのよ! こんな所で人として扱われず……何の成長も無く……思い出も無く生きるのはッ!!」


 ジャンヌは赤く目を腫らしながらも唾を飛ばして叫んだ。


「昔の私と……同じなのよッ!!」


 両目をぎゅっと瞑ってジャンヌは心の限り叫喚した。

 ロウソクの火がそれに呼応する様に大きく揺れた。


「……ッ!」


 口を噤んで次の言葉を飲み込んだリゾーはジャンヌに威圧されていた。

 彼の冷や汗がロウソクの火に吸い込まれていった。


「……思い出……?」


 再び湧き上がって来た言い知れぬ不安を感じながらリゾーはそう呟いた。


「そうよ。……もう本音で話すわ。私達はココから出て……アンタはアンタの思い出を作るの! そして私は私の思い出そのもの……奪われたプロトとの時間を取り戻しに行く!」


 ジャンヌは胸に手を当て、もう一度だけ深呼吸してから力強い声でそう言った。


「…………思い出? ……なんて……考えた事無いよ…………良く分からない」


 リゾーは恐る恐るジャンヌに視線を合わせ、弱気な声を発した。


「けど」


 リゾーは両目を瞑った。

 彼は思い出という言葉の意味を考えている。初めて聞く言葉な訳では無い。仮面の男達は一応言葉を話せるようにと最低限の教育はしていたのだ。とにかく彼は思い出という言葉を単なる記憶の事ではないのだろうと考えた。


「僕にも多分……その思い出ってものはある」


 目を開き、彼は真っ直ぐジャンヌの目を見返した。


「……一体何があるって言うの?」


 ジャンヌは分からない、という表情をした。


「昨日、君と出会った事だ」

「……はっ?」


 リゾーの即答にジャンヌが表情を崩した。


「後、絵本だ。どっちかって言うとコッチの方が大事だが……」


 リゾーはベッドの方を見て、そう付け加えた。


「……何それ?」


 つられてベッドの方を見たジャンヌは口を開けてポカンとした表情をした。


「僕が産まれて初めて……自分からした行動はこの絵本をベッドの下に隠す事だった……これはきっと思い出と言うのだろうし……僕の全てだ」

「……ふーん」


 ジャンヌはそんな物、私には無かった、と小さな声で不満を漏らした。


「……? とにかく……君が思い出を取り戻しに行くと言うのなら……僕は作るよりもまず、君と絵本という思い出を守りたい」


 リゾーは自分の心を何か確かな物が満たすのを感じた。それが心地よかった。


「……へえ、言うじゃない……なら決まりね?」


 ジャンヌは口端を吊り上げて、猫の様な目をした。


「ああ」


 リゾーもまた口端を吊り上げた。


「……フフッ……外に出たらヴィクトリエに行く前に漫画を読ませてあげるわ」


 右手を差し出して牢屋に初めて来た時と同じ声のトーンでそう吹いた。


「……えっ? …………あ……ああ、絵本と何が違うのか楽しみだな!」


 やはり会話に慣れないリゾーはジャンヌの軽口に辛うじて返した。少し自信が付いたリゾーはジャンヌの右手を取って握手をした。その瞬間、彼の震えは止まった。


 ロウソクの火は穏やかに揺れている。しかし、それを支える燭台が無かった。牢屋の平面な壁の上の方、昨晩、ジャンヌが削ったあたりをロウソクの火がほんの僅かに照らしている。

 そこに大きな穴が開いていた。ジャンヌが言っていた抜け穴である。レンガを取り除いた先に空洞があったのだ。その穴は地下深くまである古代遺跡内の空気を循環する[通気口]だ。


「驚いたな……」

「でしょ? これが抜け穴の正体、通気口よ。レンガを削る時、壁を叩いて空洞があるかどうか確認したの。大正解だったわ」

「牢屋の隣がこんな風になっているなんてなぁ……この黒い線は何だ?」

「さあ? ロープかなんかじゃない?」


 ジャンヌとリゾーは細く小さい彼らの体でも擦ってしまうくらい狭い抜け穴を這っていた。

 辺りには黒く太いジャンヌいわくロープの様なものが何本もずっと前から奥まで続いている。

 抜け穴は奥に進むほど薄暗くなっていく。

 今、牢屋をチーフや他の人間が確認しに来たら、出口はあっという間に塞がれ、リゾーとジャンヌの脱獄は失敗するだろう。その後に見張りやチーフにどんな拷問をされるか分からない。この脱獄はやはり命がけの大博打であった。


「!? ……しー! 見て」


 ジャンヌは通気口内の坂になっている所を上り終えると声を上げた。

 リゾーは坂の中腹にいるので彼の視界にはジャンヌの尻しか映っていない。


「あそこに通気口の出口があるわ」

「……チーフが戻るまで、結構な時間があったんだ。牢屋から出口までの距離はかなり遠いんじゃないか」

「……ちんたらしてらんないわ。出口までの距離があるならなおさら早く進まなきゃ……チーフに脱獄がばれたら出口は間違いなく塞がれるわ。……そうなったら何もかもおしまいよ。危険でも階段を登って行かなきゃ」


 早口でそう告げたジャンヌは坂の先まで這って行ってしまった。

 リゾーはズボンに入れた絵本の位置を正してからそれに続いた。

 通気口の出口はあまりに狭かった。右手がやっと入るかというくらいの大きさしか無かった。さらに悪い事に、出口は階段の天井に付いていた。天上から階段までの距離は約5m。広い階段を壁についた無数のランプが照らしている。

 ジャンヌが燭台を取り出した。


「成る程、それで出口を削ってやれば、穴を広げられるという事か」

「急がないと……手伝って!」


 結局、リゾーは役に立たなかったが、出口は必要以上に広げる事が出来た。

 ジャンヌが出口から顔を出す。辺りを見回して見張りがいない事を確認すると天井から飛び降りた。


「痛っ……いいわ下りて来て」

「ジャンヌ! 危ない!」


 ジャンヌが階段に降り立って天上を見上げた時、階段を照らすランプが一瞬光り、そこから一直線に炎が噴射した。

 ジャンヌはそれを弓形になって躱した。ジャンヌの赤茶色の髪を炎が掠る。


「……ふぅ。……毛先が焼けてしまったわ」

「痛いっ……大丈夫か?」


 ジャンヌに続いて飛び降りたリゾーは足を抑えながら声を絞り出した。痛みから逃げる様に上を向くと、天井に太くて長い石で出来たロープみたいな物が張り巡らされているのが見えた。途中で交差したり、折れた様に曲がったりして延々と螺旋の天井に続いている。いつも視界の端に捉えていた光景だったが、あれが牢屋から出る抜け穴になるなんて知らなかった。

 リゾーは階段に目を向けた。多くの人間が行き交ったであろうそれは角がとれて丸くなり、滑りやすかった。


「まさか、罠があるなんて……やはり僕達の脱獄はばれているのか?」


 俯いてリゾーは怯えた。足の痛みを忘れるほど脱獄失敗が恐ろしかった。


「……」


 ジャンヌは真顔で全く掃除のされていない階段に耳を付けた。


「どうした? ……何をしているんだ?」

「……まだ誰も来る気配は無い。……この罠は対侵入者用か脱獄者用か……とにかく私達の脱獄がばれた訳じゃないわ」


 ジャンヌは耳に付いた黒い汚れもそのままに立ち上がった。


「……先を急ぎましょう」

「罠が一個とは限らない。これからは少し慎重にならないとな……」


 一息付いてリゾーは取り敢えず危機が遠ざかった事に安堵した。


「慎重? 一個とは限らない? ……だから何?」


 ジャンヌは突然階段を走り出した。天井が一瞬光り、炎が噴き出る。


「罠だろうと前に進む! それしかないのよ!」


 ジャンヌは斜めに飛び上がりながら、またも炎を躱した。この時、振り返ったジャンヌの腕は震えていた。

 リゾーはジャンヌの行動にとにかく狼狽させられていて、彼女の震えに全く気が付かなかった。


 壁に設置されたランプの炎は激しく燃え盛っている。肌を焼くじりじりとした暑さに汗が乾いてはまた新しい汗が肌を濡らす。

 リゾー達は時を知る術もなく登った。大きな螺旋状の階段を一周分程登った。しかし、出口らしき物はまだ見えない。彼らの予想と比べてこの遺跡はあまりに巨大過ぎた。


「……炎ばかりだな。熱いよ」


 汗を階段に落としたリゾーが乾いた喉を震わせた。


「…………」


 ジャンヌは虚ろな目をして答えない。ジャンヌは元々体力のないリゾーの代わりに先陣を切った。そして、ほぼ全ての罠を避け続けてきた。そんなことをしながら巨大過ぎる螺旋を一周も登れば限界が訪れるのは当たり前の事だった。


「……少し休もう。……そうじゃなきゃ……やっぱり戻って通気口の中を行こう」


 リゾーは額の汗を拭いながらそう枯れた声を出した。

 ジャンヌは壁に寄り掛かり、肩で息をしている。


「そうだ……それでいい」


 リゾーは呟き、階段に腰を下ろす。するとリゾーは尻に違和感を覚えた。


「何だ? ……」

「……これは!?」


 壁に寄り掛かっていたジャンヌの目が見開かれた。


「誰かが下りてくる! それも複数!」

「何だって!?」


 違和感の正体は足音による振動だ。


「あそこの扉に!」


 叫んだジャンヌの指先は螺旋階段の壁のランプとランプの間にある小さな扉だった。

 扉に駆け寄ると、足音が彼らにはっきりと聞こえる程大きくなってきた。

 扉の中はギリギリ子供二人分の隙間があった。リゾーが先に入り、そこへジャンヌが体を押し込んだ。狭い室内に汗の匂いとあらい呼吸音が満ちる。

 仮面をした二人の人間が無言で階段を下りてきた。その様をジャンヌとリゾーは扉の隙間から伺った。


「あの二人……壁のランプの……罠の所へ行くわ!」


 青い顔をしたジャンヌが口を手で押さえながら声を漏らす。


「罠が作動するぞ!」


 仮面の二人がランプの前に足を踏み出した。



 次回 虚空に散る願い 

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