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オーパーツは眠らない  作者: 兎和乃 ヲワン
第4章.未知との遭遇編
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28.谷底の……

 細長い部屋。よく見ると逆さまだ。長椅子の付いた木製の天井、壁に一定の短い間隔で開けられた四角い窓と変形して開きそうもない逆さのドア、床には取り外された照明の跡。そして、床に置かれた不恰好な棚に鉄製の不気味なガラクタ、乱雑に放り投げられた衣類。ひっくり返った誰かの列車がひっくり返ったまま部屋として使われている。


 その奇妙な部屋の一番奥、穴だらけの布団の中でリゾーは混乱していた。


 ここは何処だ? なんで逆さまなんだ? 確かローツという国で線路に寄生するオーパーツに襲われて……エモと一緒に確かに倒して……。それから、何かがぶつかってきて……!


「エモ……エモ! 何処だ!」


 リゾーは姿が見えない相棒の名前を呼んだ。すぐに返事が返ってきた。しかし、


「……起きたか」


 その声は聞いたことのない低くしわがれた声だった。声の主を見てみると、細長い空間の端、ドア付近のガラクタから紫色の長い髪をした男が顔を覗かせていた。見たところ男は歳をとっているようで顔には深いしわが刻まれている。垂れ目で掘りの深い顔をしていて、何本も釘を咥えている。


「敵か!?」

「ああ?」

「……誰?」

「…………」


 リゾーは困惑した。見知らぬところで目を覚ましたと思えば、相棒は行方不明で代わりに見知らぬおっさんがいるのだ。しかも、こちらを睨んだままで会話が成り立たないときた。本当にお手上げだ。しかし、自分の左手や体に包帯が巻いてあるので敵ではないはずだ。エモにはこんなことできないだろうな、とリゾーは思った。


「誰……だ?」


 もう一度聞いてみると、睨む視線はそのままにアルバート・ローバー、とだけ名乗った。


 一応、名乗り返したリゾーはまず、エモのことを尋ねた。自分の他に誰かいなかったかと。

 すると、ローバーは無言でひっくり返った空間の逆さまドアを開けた。外には、


「エモ!」


 元気に鉄くずを貪るエモがいた。相棒が無事だったのは嬉しいことだが、鉄くずなど食って大丈夫なのか。あ、でも確か遺跡やシャインでも斧やら銃やらを噛み砕いていたな。あれは食事だったのか! とリゾーは妙に納得した。

 安心し、じっとエモを見つめるリゾーの頬が緩んだ。

 待てよ……? と思ったリゾーは目を凝らしてエモの手元を見た。鉄くずはよく見ると見覚えがある。錆びた細長い物、それは線路の残骸であった。そこら中に同じ残骸と石ころが散乱していた。


「ここは、ローツの建物か? いや、ローツはほぼ全壊の状態のはず、建物なんて一つも……」

「……」


 ローバーは答えない。じっとリゾーを睨んでいる。リゾーは居心地が悪かったので目を反らした。

 ここが何処かくらい教えてくれてもいいだろう、と思ってリゾーはもう一度口を開こうとしたが。


「谷底だよ」


 黙った。谷底だって? リゾーはもう一度ドアの方に目を向けた。そういえば薄暗い、頭を下げてドアの上の方を覗いてみると何処までも続いていそうな壁と二つの壁に挟まれたオレンジ色の空が窮屈そうにしていた。


「動くな」


 視界が遮られた。ローバーはドアの前に立ったのだ。リゾーは滅多に見れない景色が遮られたので不愉快だった。

 ローバーが座っていた時は分からなかった長身がさらに鋭くなった目つきと合わせて威圧感を生んでいる。なで肩で、筋骨隆々、顔から分かる歳とミスマッチな肉体の持ち主だ。唯一、杖を付いていることがローバーの老いを感じさせた。


「あんたが介抱してくれたのか……?」

「口の訊き方も分からんのか……。まぁ、いい。礼はいらん。どうしても言いたきゃアイツに言え。落っこちる時にお前を庇ったんだからな……。まあ、大丈夫そうだがな……」


 エモがそんなことを……、遠回りができない奴だし、口は悪いけどやっぱりいい奴なんだな。後でちゃんとお礼を言っとこう。


「急に話すようになったのは……?」

「何のことだ? ……ああ、ぎこちなかったか。悪いな。なんせ、人と話すなんて二十年ぶりだからな」

「なんだって?」


 に、二十年!? 僕が生まれる六年も前から!?


「た、谷底で?」

「ああ」

「……二十年?」

「しつこい奴だな……」


 対した反応もなく肯定するので、それがローバーにとってなんでもないことなのかと思われたが、リゾーがよく見つめてみると皺に囲まれたその両目には悲しみ、諦めといった感情が宿っていた。


 言おうとした言葉がリゾーの喉を下っていく。視線を外すと、ドアの向こうのエモが見えた。まだ、鉄くずを喰らっているようだ。その表情は相変わらずの仏頂面だ。

 リゾーは意を決して聞くことにした。


「ローバー」

「ああ?」

「……あんたが谷底なんかに住んでいるのは、ひょっとして呪いの鉄橋で何者かに襲われ、谷へ落ちたというシャインの軍人だから……?」


 部屋の空気が緊張した。ドアの外にいるエモが鉄くずを喰らう手を止めて、こちらを睨んだ。


「呪いの鉄橋か……そんな風に呼ばれているんだな」


 ローバーは情けない、と悲しげに吐き捨て、目を閉じ、

 やがて顔を伏せたまま口を開いた。


「お前の言う通り、俺はヴィクトリエに送り込まれるはずだった、シャイン軍の者だ。あの夜のことは知っているか?」

「ああ、鉄橋を渡ろうとした途端、何かに襲われたって」

「何か? 何かだと! 何かじゃない!俺達は線路そのものに襲われたんだ!」


悲しげな表情を一変させ、ローバーは激昂した。鼻息荒くさらに捲したてる。


「あの夜、俺達はヴィクトリエ直通の、食糧と燃料と芸術品強盗の証拠書類をたんまり積んだ列車に乗っていた。俺の列車に乗ってたのは十数人てとこだったな。皆んな殺気立ってた。高価な出土品を盗まれたことよりも、盗まれて、そのまま逃げられたことで軍の威信が揺らいでしまうことが問題だった。顔に泥を塗られたってことだ! 必ず捕まえて銃殺刑にしてやるって皆んなが思ってた。

だが、あろうことか! 俺達の列車はヴィクトリエに着くどころか鉄橋さえ越えることはできなかった!」


 リゾーはローツで聞いた話を思い出す。呪いの鉄橋の悪夢の夜のことを。


「鉄橋の半ばで急に列車が止まった。何かを轢いてしまったんだ。外に出て列車下の線路を見てみると血溜りがあった。最初は野犬でも轢いたんだと思った。でも違った。血溜りの中にガラスの破片があった。列車が轢いたのは血入りの瓶だったんだ」


 なんだって? 呪いの鉄橋の噂ではそんな話は聞いていない。リゾーは胸の刺し傷を見た。包帯が巻かれているが、触れるとまだ痛む。

 ローツで僕とエモが戦ったオーパーツは線路に寄生していた。鉄橋の呪いたる目玉は僕の、旧人類とやらの血によって覚醒した。つまり、呪いの鉄橋が最初にシャインの軍人達を襲った時、そこには旧人類の血族がいたことになる。血入り瓶は、まさか。


「何で、血入りの瓶なんかが線路の上にって思うだろ? いや、[誰が]? って疑問の方が先か? どっちにしろ、強盗犯の野郎に嵌められたと気が付いた時にはもう遅かった。蝶が花の蜜を吸うように、鉄橋にできた血溜りが線路に染み込んでいった。そこから奴が……目玉の野郎が生えて、俺と目が合った。次の瞬間、線路が破裂して意思を持ったように襲い掛かってきたんだ。俺は抵抗もできなかった。線路に突き飛ばされて、食糧庫に叩き込まれ、足の骨を折られた。仲間の助けを求める声と銃声が聞こえたが、一つずつ消えていった。やがて、銃声が止むと、仲間のうめき声以外聞こえなくなった。皆んなまだ生きてたんだよ……。俺が意を決して敵を倒そうと身を乗り出した時だった。鉄橋の両端が弾けた。目玉の奴は鉄橋ごと俺達を落としやがった。

 目が覚めると、薄暗い列車の中にいた。ちょうど今と同じくらいの明るさだ。列車ごと地獄へ来ちまったのかと思ったよ。でも生きてた。食糧庫の柔らかい保存食がクッションになって助かったんだ……俺だけが。俺だけが死に損なったんだ」


 そこまで言い終えるとローバーは泣き出してしまった。逆さの列車内に気まずい空気が流れた。


「で、でも、安心してくれよ! その目玉の奴は僕達が既に倒したんだ!」


 空気に耐えかねたリゾーは上ずった声でそう言うしかなかった。が、顔を伏せたローバーが反応しなかったので、リゾーも黙った。


「……そうか、倒してくれたのか」

「あ、ああそうさ! この目で確かに奴が消えるのを見た」

「そうか! それはすごいな!」


 アハハハハハッとお互い狂ったように笑う。ローバーは目から涙を零しながら壊れたように笑っていた。


「アハハ…………ところで、お前。どうやってあの目玉を倒したんだ? シャイン軍三百余名でも傷一つ付けられなかったのに」

「ああ、それなら。この彫刻刀……で……あれ?」


 リゾーは自慢の彫刻刀を見せてやろうと腰から引き抜こうとした。しかし、布団の中で探す手は何も掴まない。両手で弄るが彫刻刀が見つからない。あるのは大事な絵本だけだ。なんで、あれ?

 あまりに見つからないので布団をひっくり返そうかと思案していると、リゾーの目の前筋骨隆々な両足が立ちはだかった。


「彫刻刀ってのは、もしかしてこの……[目玉]のことか?」

「……!?」

 

 驚愕! リゾーの目の前に立つローバーが彫刻刀を持っていた。それも、血を与えていないはずなのに目玉が覚醒した状態で!


「か、返してくれ!!」

「動くなァ!!!」


 鼻っ面に硬く冷たい銃口を押し付けられた。いつの間にかローバーが握っていた拳銃だ。撃鉄が下りている。

 リゾーはひっ、と情けない声をあげてしまった。ローバーの指が引き金を引き絞るだけでリゾーの頭に風穴が空く。リゾーの心に冷たい鉛が流し込まれたようだった。


「さっき、お前を介抱している時、床に落ちたお前の血でコイツが現れた。これは、あの線路と同じ目玉だな?」


 銃口をゴリッとさらに押し付けられる。


「お前は、あのくそったれの強盗犯と同じなのか!?」


 彫刻刀の目玉よりも鋭い眼がリゾーを睨む。リゾーの頬を冷めた汗がしたたり落ちていく。リゾーは冷たい鉛に沈んでいく心の中で叫んだ。

 違うッ!!!

 リゾーは意志を込めた眼でローバーの眼を見返した。


「僕にはッ! 助けなくてはならない人がいる!! 会ったこともないが、死んだ友達に必ず助け出すと誓った。その彫刻刀は誓いを果たすことに必要なものだ! 僕はその強盗犯とは違う!」

「…………偶然とはいえ、線路の怪物を倒してくれたことには感謝している……。だが、逆に俺はもう空を見上げて鉄橋の端を睨みつけることさえできなくなった。

 この目玉や、あの線路が何なのか俺は知らない。だが、コイツはきっとこの先、俺のような人間を何人も作り出すぞ! コイツを使い続けることはそこの人の形をした化け物といることは必ず誰かを苦しめ、壊していく。その時お前達は恨まれる。今のように銃口を向けられることだってあるだろう。それでも行くのか!?」


 ローバーは悲しげな目でリゾーを睨んでいる。リゾーは一瞬たりとも目を反らすことなく


「行くよ」


 ときっぱり答えた。

 互いに睨みあう。先に目を離したのはローバーだった。ローバーは鼻を鳴らし、拳銃を下げた。ローバーの背後にエモが立っていたのだ。首筋にエモの爪がかかっている。撃ったら殺す、顔に書いてあった。

 ローバーは床に置いてあった大きな袋をリゾーに投げ渡した。


「ろ過した雨水と食用の虫、最低限の医療器具が入ってる。持っていけ」

「いいのか。あんたは僕が憎いんだろ?」

「俺には人を恨む資格なんかない……さっさと出ていけ。向こうに鍾乳洞がある。ひょっとしたら外まで続いてるかもな」


 そう言うとローバーは逆さの列車から出て行ってしまった。

 エモが怪我が少ない右腕を引っ掴んで、無理やりリゾーを肩に乗せた。

 

 逆さの列車を出て、ローバーに二人でお礼を言うと、エモは鍾乳洞があるという方向へ歩き出す。


「リゾー」


 ローバーが呼んだ。リゾーだけが振り返ると何かを投げ渡された。右手で掴んでみると、それはさっき銃口を向けられた拳銃だった。


「シャインでは、失敗の許されない任務に行く者に装備とは別に一発だけ銃弾を込めてそれを渡す。何に使うか、お前に分かるか?」


 リゾーはなんとなく察しがついたが、黙って拳銃を腰に差した。

 そして、エモの背中を飛び降りた。


「僕を治療してくれたってことはあんた悪いひとじゃないんだろ? なんで、なんであんたは帰ろうとしない!? こんな暗くて、何もない牢獄みたいな場所に二十年もずっとどうして出ようとしない! ここには貴方を拘束する鉄格子も巡回する見張りもないのに!!」


 振り向きもせずローバーは答える。


「戻る場所がねぇのさ。たった一発の銃弾で全て終わりにできるのに、そうすべきなのに引き金を引けねぇ臆病者にはな」


リゾーはもう何も言えなかった。仕方なく、前を向くと構わず歩き続けていたエモが振り向きもせずに口を開いた。


「私なら這ってでもヴィクトリエに行く」


 ローバーは答えなかった。

 ため息を吐いたリゾーは再びエモの背中に乗った。



リゾー達が向かった鍾乳洞の奥、暗く湿った洞窟を歩く者が一人。薄く笑みを浮かべた。



 次回 29.拘束せよ!

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