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オーパーツは眠らない  作者: 兎和乃 ヲワン
第3章.渓谷への旅路編
27/42

27.崩落

 一キロ四方の空間、木や鉄で出来た平べったい建物が無惨に潰れている。数え切れないほどの円状の破壊痕と硬い地面に走る裂け目は、まるで戦争後の廃墟のようだ。現実感を伴わない惨状だが、それよりもこの光景を幻想的にさせているのは、この国の誇りたる線路が捻じ曲がり、浮き上がり区画を覆う圧倒的スケールの球体を形造っていることだった。


 区画を覆う線路の球体の天辺に大きな穴があった。雲を出た太陽が真下にいる二人の人間を照らす。一人は長身の真っ黒な女性、もう一人は小柄な少年で足元に真っ赤な水たまりがあった。


 近くの捻じ曲がった線路から鋼鉄のトゲが伸び、少年の胸を突いていた。



 何故、バカな……。いきなり刺されている……! リゾーは胸の奥から川のように流れ出る血液を見ながら、混乱していた。それはエモも同じようで黄色の眼を見開いてリゾーを見ている。

 確かにエモは敵本体から直接伸びてきたトゲを握っていたのに、エモがトゲを離してしまう瞬間を見ていないのに、いつの間にか刺されて、今にも血を吸われそうになっている。


「シャアアアアア!!!」


 エモの雄叫びが地を揺るがす。光沢のある文字通り黒い右手が鋼鉄のトゲを今度こそ掴んだ。が、しかし


 リゾーは見た。そして、エモは手を離してしまった訳ではなかったのを理解した。

 敵本体から伸びた太いトゲがエモの手と一体化し、すり抜けるのを目撃した。まるで手から水が零れ落ちるように何の抵抗もなくその黒い手は空振った。


「……!!?」


 エモは空振った自分の手を見て困惑しているようだ。リゾーだって目を見開いてあんぐりと口を開けた。理解不能。見間違いか?

 リゾー達が困惑の中にあっても、敵はまとも考える暇を与えてはくれない。鋼鉄のトゲが急激に膨らんで、リゾーの血液を胸から直接吸い始めた。


「うッッ!」


 彫刻刀に吸われるのとは段違いの吸血、完全にリゾーを喰うつもりだ。しかし、リゾーとて無抵抗に喰われる気はない。雄叫びを上げ、彫刻刀を胸に刺さったトゲへと叩きつける。


「ッ……これもすり抜ける……!」


仕方がない! リゾーは覚悟を決め、トゲをすり抜けた彫刻刀をそのまま自分の胸へ滑らせた。傷口に刃が触れる寸前でピタッと止める。すると、彫刻刀の目玉がギョロリと動き、リゾーの胸に刺さったトゲを見つけると金属音の怒声を上げた。


 リゾーが考えたことは単純で、彫刻刀などのオーパーツ達を動物の一種と捉えることにしたということだ。動物は皆、餌を取るため生き残るために必死になる。オーパーツにとって餌を取ることは血を吸うことだが、今この国で旧人類の血が流れているのはリゾーだけだ。彫刻刀からすればリゾーは唯一の餌ということになる。それが今、別のオーパーツに喰われようとしている……。


 つまり、彫刻刀の動物性にかけて必死になってもらおうと考えたのだ。


 餌の危機に彫刻刀は目をキッと細めて怒りを表した。その瞳はまるで人間のようだ。彫刻刀が勝手に動き出し、リゾーの胸を切り裂いた。リゾーの目が見開かれる。


「おい!? 何してるんだ!!?」


 エモが狼狽する。エモからすれば自分で自分の胸を刺したように見えるだろう。実際、リゾーもちょっとばかり驚いた。


しかし、これでいい。


「僕を後ろへ引っ張れ! トゲを抜いてくれ!! トゲに触れられないのなら僕をッ!!」

「あ、ああ!!」


 動揺したままエモが僕を雑に引っ掴んで一気に後ろへ引き抜く。太いトゲが傷口をさらに切り裂き、胸に痛みが走る。


 苦悶の表情を浮かべながら、線路の奥へと消えていく目玉を確認した。


「ぐっ、早く奴を止めなくては……」

「……私一人でやる。お前は自分のことを心配しろ」


 私一人でやる……つまり、リゾーは必要ない。言われなくともそんなこと分かっていた。

 エモは岩を粉砕したり、何人にも見えるくらい早く動くこともできる。銃弾では傷つかないし、体もデカい。比べて自分はただの人間だ。銃弾一発で死ぬ命、岩を砕く力もない。

 遺跡を脱獄してから……いや脱獄する時だってリゾーが足を引っ張った。


「ま、待ってくれ。僕だって何か!」

「もういい。余計な人間は全員逃げて行った。お前は十分よくやった」

「十分じゃないだろ! まだ奴の秘密だって何も分かってないじゃないか!」


 チッ、と一つ舌打ちをしてエモは顔を歪ませた。

 目玉から生えたあのトゲは何故かエモの手をすり抜けた。普通のオーパーツとは違うのだ、あの目玉は。


 リゾーは胸を抑えていた右手を見て考える。新鮮な血液が指の間から斜めに滴り落ちる様を見て思考する。そうだ。ふて腐れている場合じゃない。戦闘で役に立たないのはこの際仕方ない。あのオーパーツの謎をエモが突っ走っている間に解き明かすのだ。今エモが向かっているのは鉄橋の方向。目玉の位置は分からないが、まだ仕掛けて来ないのが逆に不気味だ。エモのスピードには敵わないと判断したか。とにかく、次止まった時は確実に仕掛けて来る。


「エモ、一応聞くけど逃げる気は?」

「ない!!」

「……僕もだ」


 どうやら鉄橋に着くまでに謎を解かなければいけないらしい。あと十秒くらいか?


 

 硬い地面を削りながら鉄橋の端ギリギリのところでエモは止まった。鉄より硬い足裏で削った砂が風に運ばれて谷の向こう岸まで広がっていく。

 エモが構えた。金属同士の軋むような歯ぎしりをさせて前方の線路を警戒している。エモの背に乗ったリゾーもまた緊張し、喉を鳴らした。

 無音。静寂。観光区画に動くものはない。建物が潰れ、置物だった石球に誰かが下敷きにされ、列車を運んでいた線路が捻じ曲がり空中で絡み合っていても観光区画は静かだった。


 何故仕掛けて来ないのか。疑問と共にリゾー達の緊張が高まっていき、不安と恐怖が最高潮に達した時、突如として遠くの線路が動いた。


「「!!!?」」


 驚き、遠くの線路に視線を奪われる。その瞬間を狙ったように足元の錆びついた線路が襲ってきた。

 しかし、リゾーを絡めとるよりも前にその線路は千切れ飛んだ。目玉の陽動はエモには通じなかったのだ。


「よし!」

「いや……まだだ! 目玉がいない」


 リゾーは千切れ飛んだ線路ごと目玉が谷底へ落っこちたことを期待したが、遠くの線路が次々に動き出したことで自分の認識の甘さを思い知らされた。そして、目玉がまだ生きているという認識さえ甘すぎたことを思い知らされることになる。


 観光区画を覆う線路の枠が一つ外れた。鉄橋と反対方向の一つだった。


「何だ……?」


 もう一つ、今度はリゾー達から見て左側の線路が外れる。次は右側、その次は最初と同じ。順番に一つづつ線路の枠が外れていき、観光区画を覆っていた線路の球が崩れ始めた。


「何を……する気なんだ? 奴は」


 線路の球が崩れるにつれて、地面で蠢いていた線路達と外れた線路が合流し、地を這う蛇のように一斉に行進を始めた。リゾー達の居る鉄橋に向かって。


「奴め……! 構えろ!」

「こ、これって、まさか、まさか……線路全体で僕らを[押し潰す]気なのか奴はァーー!!」


 リゾーは震える手で一応、彫刻刀を握りしめた。こんな物が役に立つのか? エモは右拳を前に出して構えた。巨大な蛇の大群と化した線路達は進路上のあらゆる建物や石球をも飲み込み、迫りくる。建物に隠れていた人々も当然線路の下敷きだろう。


 線路の進むスピードはかなりのものだが、そのあまりの巨大さ故にゆっくりに見える。しかし、何処にも逃げ場は無い。

 巨大な線路がゆっくりと迫って、近づくほどにその大きさを実感させられる。それにつれてリゾーの震えは大きくなっていく。地を這いずる重低音お大きくなっていき……。

 

 ついに、蛇の体がエモの間合いに入った。

 

 先端が尖った線路が素早くエモの胸を貫こうと襲い来る。同時に左右から線路が大きく弧を描いて挟み撃ちを狙う。

 エモの右拳が槍のように尖った線路を弾く。左右からの線路は姿勢を落とすことで躱した。されど、これだけでは線路の猛攻は止まらない。姿勢を崩したエモめがけて幾つもの線路が矢のごとく降り注ぐ。


 姿勢を落とした勢いを殺さず線路の矢が一番少ないところへ滑り込むエモ。両腕で四本もの線路の矢を捌き、二本がエモの腹と顔を打ち、一本がリゾーの頬を掠めた。


 エモが呻き声を上げ、それを自分で掻き消すように吠えた。回し蹴りで周りの線路を一掃し、そのまま地面を蹴る。エモは強大な線路の蛇へと突っ込んだ。

 もはやリゾーの恐怖は麻痺していた。否、そうしなければ気をやっていただろう。エモと同じく雄叫びを上げて彫刻刀を掲げた。


 地面スレスレの高さを高速の線路が左右から薙ぎ払うように通過する。エモはステップだけでそれを躱し、前方からの槍と空からの矢を両腕と凶悪な歯を使って弾き通した。敵陣を突き進むエモは順調に見えたが、増え続ける線路の猛攻に段々とステップを乱されていく。そして、線路の薙ぎ払い攻撃がついにエモの右足を捉えた。


「ぐッ!?」


 たまらず地面を殴り上空へ逃げる。エモの顔にしまった!? という焦りが浮かんでいた。


 上空に逃げ場は無い。襲ってきた無数の線路の槍を全て弾いた。たった一本を除いて。いや、線路の槍は確かに弾いたのだ。ただその中に一本のトゲが紛れていた。その一本がエモの体をすり抜けて、背中方から大量の血を噴き出させた。


 トゲの主上空の線路からちょこんと生えた目玉が楽しそうに笑った。


「何笑ってるんだ? 言っとくけどこの血は僕のじゃないぞ」


 エモの背中から顔を出したリゾーが目玉を小ばかにするように言った。そして、エモをすり抜けたトゲから彫刻刀を引き抜いた。目玉が生やしたトゲから血が噴き出た。

 噴き出た血は全部目玉のものだったのだ。


 目玉は機械音の悲鳴を上げてトゲを引っ込めようとするが、それより先にエモが両手で目玉の要る線路の両端を切り落とした。これでもう線路の中を伝って逃げることはできない。次の一撃で終わりだ!


 エモが左の掌を振り上げる。目玉はまた笑っている。


「エモの攻撃が利かないからひとまず安心……なんて思ってないよな?」

「ダメだなあの目は……そう思ってる目だ」

「救えないね」

「ああ、まったくだ」


 リゾーが背中で立ち上がり、エモと同じ角度に左手を掲げる。その手には彫刻刀が握られていた。目玉が困惑した目で奇声を上げた。


 左手で蠢くトゲを見ながらリゾーは一瞬、思い返していた。

 鉄橋に向かってエモが走っている最中のことである。あの時、目玉の謎が理解できなかったリゾーは逆にあの目玉をすり抜けない、確実に攻撃できる物を考えていた。何ならあの目玉はすり抜けないか。色々と考えをめぐらせてみたが、もう左手に答えを持っていた。さっきこの彫刻刀は目玉のトゲを攻撃できたじゃないか!? しかし、ただの人間でしかも手負いのリゾーには目玉を捉えることは不可能。リゾーの血を吸っていなければ彫刻刀も奴をすり抜けてしまうかもしれない。

 そこで、リゾーは閃いた。自分一人でダメならば、二人で一緒に振るえばいい。エモと二人で彫刻刀を振るんだ!!


 彫刻刀から生えたトゲでエモと自分の左手をきつく縛った。これでいける! 


「「二人で一緒に、切り裂く!!!」」


 リゾーとエモは雄叫びを上げ、残像さえ見える速度で左腕を振り下ろした。彫刻刀が完全に目玉を捉え、一瞬遅れて、線路から目玉だけが切り離された。


「やった!!!」

「フン」


 リゾー達は喜び、敵を撃破したことで緊張が解れた。しかし、何かが転がる音がする。

 

 司令塔を失い、崩れゆく線路の蛇。それでもなお、血を吐き出し、消滅していく目玉の瞳は確かに笑っていた。


「?」


 崩壊する蛇の体を伝って、リゾー達の更に上から迫るものがあった。リゾー達を丸い影が覆う。エモ達が上を見上げた。目前に[石球]が映った。


「!!??」


 圧倒的衝撃にリゾーは意識を失った。



次回 28.谷底の……

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