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オーパーツは眠らない  作者: 兎和乃 ヲワン
第3章.渓谷への旅路編
22/42

22.廃村 その2

 怪しい錆びついた壁、その向こう側から溢れ出る大量の汚水、既に何かヤバいことが起こっている。


「エモ! 無事か!?」


 リゾーは岩にしがみつくので精一杯だった。本当は今すぐにでもエモを助け出したいというのに。


「くううッ」


 エモは汚水に飲まれた瞬間、斜面に両足を突き刺し、足を固定していたようだ。しかし、圧倒的水量を前に押され始めている。


 際限なく噴き出る汚水に対してリゾー達は無力だった。


 汚水の噴出は勢いを増していき、急な斜面に立っていたエモはバランスを崩しつつあった。


「ぐっ……右足がッ……!! ぐうっ」


 エモの体は、ついに汚水の破壊的な水量に負け斜面を転がった。斜面に背をぶつけながら、落ちていくその先は……


「しまったッ!!! 退けェェ退くんだリゾーォォォオ!!!」


 ちょうどリゾーの居る岩の位置だった。


 リゾーの視界にはエモの必死の形相が映っていた。そして、リゾーの視界に映ったエモの眼にはリゾーの落ち着き払った表情と黄金に輝く瞳が映り込んでいた。


「いや、この位置でいい……! むしろ良くこの[岩のところへ]落ちてきてくれたッ!!!」


 いつもの情けない声とは違う腹から出た言葉は誰よりもリゾー自身を奮い立たせた。


 もはや滝となった汚水の流れは瞬時にエモとリゾーを飲み込んだ。岩には誰もいなくなる。


 岩自体を一体と数えないのならだが。

 何故、岩を一体と数えるのか? それはたった今彼が作られたからだ。

 苔の生えた灰色の岩から長く太い岩と同色の舌が伸びていた。舌が先っぽで捕らえているのはリゾーとエモだ!


「岩に蛙の顔を彫った! 飛びきりデカくて舌の長い奴をな……!」


 大声で言ったリゾーの左手を彫刻刀のトゲが元気に貫いていた。目玉が嬉しそうに機械音を上げる。


「リゾー……! まさか、あれだけの時間で彫刻を……!?」

「……どうやら、シャインで何百と彫ったおかげでだいぶ彫り慣れたみたいだ。十秒で間に合った。そして! この舌は岩の硬さと蛙の舌の弾力を持っている! どんなに勢いよく水が流れてきたとしても……ちぎれやしない!!! [思い出]が役に立ったなエモ!」


 エモと抱き合う形で岩の舌に巻かれたリゾーが言った。

 エモは驚いたようで間抜けに口を開けていた。


「しかし、どうする気だリゾー!! 水の勢いが増しているぞッ! この状況は一体いつ終わるんだッ!!?」

「……それに関しては問題無い。岩は水の流れの上に出ているから安全地帯だ。そこまで行ければいい……そしてそれは蛙がやってくれる……! 獲物を舌で捕らえた訳だからな……やることは一つだ」


 圧倒的勢いの汚水が顔に衝撃の痛みを残して落ちていく。その中でリゾー達はほんの少しだけ浮いた。


「さあッ……舌を引っ込めろォォォオ!!!」


 リゾーの叫びと共に、彼らは荒れ狂う激流の中で流れに逆らい、斜面を登り始めた。

 岩の舌は十メートルほど上にあり、歩くより遅い縮み方ではすぐにたどり着くことはできない。

 しかし、そう上手くはいかなかったッ!!


「おいリゾー、この……舌だが……大丈夫なんだろうな?」

「らしくないなエモ、不安か? 大丈夫さ! この舌は見ての通り頑丈だッ!! 舌が岩のところまで僕らを連れていくから……岩の上でこの流れが終わるのは待てばいい!!」

「行けるのか……? この舌で?」


 毒々しい黄色はまた揺れている。エモは以外と小心者なのだろうか、とリゾーは思った。


「何がそんなに心配なんだ?」


 若干、笑いながらリゾーがそう問うと、エモは岩の舌に触れた。


「だってこの舌……さっきからボロボロ崩れていってるじゃないか!?」

「……え?」


 エモの手から岩の舌の残骸が落ちる。リゾーが上を見上げると、十メートルある岩の舌は至る所にひびが入っていた。


 リゾーはまさかと思った。シャインでカラカラに干からびて消滅したオーパーツ達が頭を過った。

 チガ、チガという野太い女性めいた声が聞こえてくる。岩に彫られた蛙の顔が言っているようだった。


「まさか……血なのか……? この彫刻刀や他のオーパーツと同じように……やはり彫られた顔も血で動いていたのか!? そうだとして……今この激流の中にいるということはつまり……彫刻する時、染み込んだ僕の血が洗い流されているッ……ということか!!?」


 リゾーは恐怖した。汗なのか汚水なのか分からない液体がリゾーの頬を流れていった。


「どういうことだ!? リゾー、このままでは舌がちぎれるッ! 早く登らなくてはッ!!」


 エモも焦っているようだ。当然だ。汚水の流れが先ほどついに近くの小さい岩を押し流して行ったのだ。岩の舌がちぎれれば山を下るだけでは済まない。

 舌の拘束が緩まる。エモがリゾーを抱え、片手で岩の舌に捕まった。


「くっ、こうなったら自力で……!!」


 エモが岩の舌を無理矢理引っ張り登ろうとする……しかし、何故か。リゾー達は登るどころか岩の舌ごと下ってしまった。


「うわあああ! ダメだ! 引っ張ろうとすると蛙の岩自体が傾いて、逆に下がってしまう。これ以上引っ張ったら岩が抜けてしまうッ!!」


 斜面に対して真っ直ぐに生えていた三角形の岩は天辺がリゾー達に見える程傾いていた。岩に彫られた蛙の顔は崩れ始めている。岩の舌もすぐにちぎれてしまうだろう。リゾーは絶望し、エモに抱きついた。


「ちっ……仕方ないな。一体どれだけ高いのか……まだ、見えないが……しかし、やるしかない……!」


 エモは少し震えた声でそう言うと、リゾーを背中にやり、岩の舌を握り直した。


「エモ? 何を……?」

「しっかり捕まっていろ! やるしかないんだ!」

「何を考えているんだ……ハッ……まさか、飛ぶ気か!?」


 エモは答えない。


「無理だエモ! ココから壁まで十メートル以上ある! それに今君は右足が使えない……! 届くはずが無い!! 汚水の激流に飲まれて終わりだッ!!!」

「……このままじっとしていても終わりだ」


 エモは突然小さい声を出した。


「リゾー、私だって不安なんだ。私は絶対にヴィクトリエに行かなくてはならないのに……まだこんなところで死ぬ訳に行かないのに……確実にこの状況を切り抜ける方法が無い。あの壁に届くのか……届いたとして掴まる場所があるのか……確実に切り抜けるにはあの壁の上に乗らなくてはならない。高さが分からない壁の上に……だ」


 岩の舌に入ったヒビは舌を一周しそうだ。


「……エモ」

「それでもやるしかないんだ。無理だって……言うのなら他に方法を言って見ろ! 何かあるかッ!」


 リゾーは答えられなかった。頭の中も空白だった。


「無理なんて……言わないでくれリゾー……できるって言ってくれ……君の言う通りだと……! 君ならできるッと言ってくれッ!! 頼むッ!」


 エモの言葉には希望らしいものは無かった。所詮、追い詰めらた末のヤケでしかない。リゾーの心にも絶望しか無かった。もうリゾーの目は黄金色ではない。


「…………できる」


 小さく口の中でリゾーが言った。


「……絶対できるッ!! エモ……君は立派だ。こんな状況でも諦めない! 例え、無謀な策だとしても……僕は君の意志に賭けるッ!!」


 絶望を振り切るためリゾーは言い切った。一瞬驚いたような顔をしてからエモは大きく頷いた。


「……やるぞッ!」


 その一言で命懸けの行動が開始された。まず、エモは右手に持っていた岩の舌を限界まで引いた。蛙の岩が抜け、岩の舌が支点を失って力なくよれる。


 呆気にとられるリゾーだったが、エモはそんなことお構いなしに岩の舌を左足で蹴っていた。岩の舌が抜ける瞬間を狙っていたようだ。一メートル弱、宙に浮くが……


「ダメだ! やはり届かないッ! 激流に飲み込まれる!!」


 すぐに汚水の激流へと落下を始めた。壁までは十メートル、全く飛距離が足りず、やはり無駄だったのだとリゾーが諦めかけた時

 引っこ抜けた蛙の岩がリゾー達のちょうど真下に落ちてきた。


「……岩の舌は岩の硬さと舌の弾力を兼ね備えている……」


 妙に落ち着いたエモの声だった。

 エモの左足が蛙の岩を踏む。

 グニャッ


「つまり、蛙の岩自体も蛙の弾力ぐらいは持っているはずだ!」

 エモの左足が蛙の岩の中まで沈み、岩は形を変え、元に戻る!!!

「私はッ弾き……飛ぶ!!!」


 蛙の岩は遙か後方に落ちていき、逆にエモは前方へと飛翔する。

 風を切る爽快感がリゾーの絶望を吹き飛ばした。まだ晴れてはいない地上の雲の中、汚水の激流を十数メートル下にして滑空する。


「届けぇぇぇええええええ!!!」


 エモは叫び、大の字でまだ見えぬ壁に手を伸ばした。その黄色の瞳に迷いは無い。

 数瞬の後、灰色の瞳に映ったのは……眼前に広がる錆びた壁であった。


「うわあああああ!!!」


 リゾーの絶叫と共に衝撃が訪れ、次に落下が


「届いたぞ……ギリギリだったがな」


 始まらなかった。エモの黒く先が細い右手が壁の頂上に手を掛けていた。無謀とも思えた策は成功した。十メートルの距離と十五メートル以上の高さを越えた大ジャンプであった。


 難なく壁に左手を掛け、エモは壁の上に登った。そのまま二人で座り込む。お互いに肩を寄せ合った。


「リゾー……」

「うん。エモ……」

「「助かったぁ~」」


 リゾーは合わせる気もなかったが、自然と二人同時にそう漏らしていた。二人の下へ風が新鮮な山の空気をもたらした。さっきまで鼻孔を支配していた汚水の刺激臭はどこへやら、汚水の激流が立てる轟音も遠くに聞こえる。居心地が良かったのでリゾー達はしばらくそうしていた。


「おい。エモ、地上の雲が晴れていくぞ……」


 すると、リゾーが後ろ、壁の向こう側を指さした。いきなり支えを失ったエモは倒れるかと思われたが、持ち前の反応で逆に立ち上がった。


「……これは?? 何だ?」


 リゾーの傍らに立つエモが壁の向こう側を覗いて口を開いた。


 リゾー達が見た光景はスケールの大きいものであった。円弧のような形をした壁の向こう側、リゾーの知識で表現するのであればそれは巨大な水溜まりとしか言いようが無かった。深緑色の汚水が一キロは先の森まで続いている。汚水の水溜まりは今、壁に開いた大穴へ向かって流れていた。


「人が作ったものだよな? オーパーツでは無いようだし……何のために水を溜めて……? いや、むしろ水を溜めておくためにある場所……なのか? 僕は名前を知らないが……」

「待て!? どういうことだ!!? 私達は村を探しに山を登ったはずだろッ! ココは村じゃなかったのか? ココが水を溜めておく場所だというのなら……村は一体何処だッ!」


 首を左右に振って周囲を見渡すエモ、どれだけ見渡そうと巨大な水溜まりがあるだけだ。


「…………そういうことか……ハァ…………村はココだよエモ」

「言っている意味が分からない。分かるようにしろッッ!」


 エモが自分の首を折りそうな勢いでリゾーに振り向いた。リゾーは忙しい奴だな、と思いながら呆れてこう答えた。


「……分かるようにしろって……まあ、言い方が悪かったか……村はココだった、ということだよ」


 エモは眉を潜め、肩をいからせている。リゾーの要領を得ない言い方が気に食わないらしい。


「心配しなくとも、すぐに分かるようになるさ」


 リゾーは最後にそう呟くように言うと後は黙っておくことにした。言葉で説明するより見た方が理解できるだろうと思ったからだ。


 リゾーが村の在処に気が付いたのは壁の向こう側から岸の水位を確認した時だった。壁にはくっきりと汚水と同じ深緑に変色したところとそうでない場所が分かれて見えた。ついさっきまで汚水は壁の変色した部分まであった。水位が減ったのはもちろんエモが壁に大穴を開けてしまったことに依るものだが、重要なことはこのまま汚水が減り続けたらどうなるか、ということである。


「あ……あれはッ!?」


 リゾーの肩を前後に振っていたエモが何かに気が付いたようだった。目を回しながらようやく解放された、とリゾーも壁の向こう側を見た。

 左右に揺れる視界の中でも汚水の下から出てきたそれは視認できた。


「木……か?」

「いや……」


 広い水溜まりの中央にそれは生えていた。一本の木……ではない。明らかな人工物、腐っていて触ったらきっと崩れるだろう。

 汚水が壁の大穴から流れ出るにつれて、水位がさらに減り、木製の人工物も次々に生えていく。


「村は……水の底にあった」


 リゾーがそう言った頃にはもう汚水は流れきっていて、汚水の下にあった全てが見えていた。


「これは……家か!? 何でッ……水の下に……えっ?」


 木製の人工物は建物だった。それもエモの言葉通り小さい家屋でほとんどが半壊している。


「古い地図なんか使うものじゃないね。村はとっくに終わっていたんだ」

「どういうことだ? 終わっていたって……」

「……理由はもちろん知らないけど、とにかくこの小さな村は必要でなくなったんだ。それよりもココに水を溜めて置きたくなったってことじゃないか?  そして、古い地図……これが書かれた時よりずっと後にこの水を溜めておく場所が作られた。僕らはココを村だと勘違いして、ココに溜め込まれていた水をぶちまけたという訳だ」


 リゾーが疲れた顔で皮肉ると、エモはやっと理解できたのか恐る恐る、といったかんじにこう呟いた。


「…………じゃあ私達は……そうとも知らずにこんな間抜けな……」

「……知っていればこんなことしなくて済んだんだけど……」

「おい……なら、貴様の怪我と私の足は?」

「治せないよ……ココには何も無いし……ついでに言うとスゴく目立ったから何処かにいる追っ手に位置もバレた……すぐに移動しないと」


 エモの目が点になった。両手が握りしめられ震えている。あっこれヤバいな、とリゾーが思った時には遅かった。


「ふッッッッざッけるなァァァアアア!!!!!」


 体が吹っ飛ぶ程の砲哮でリゾーの耳はしばらく聞こえなくなった。



 ヴィクトリエまで残り約二百八十六キロ!!



 次回 石球 その1

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