18.鎖 その3
しまった! とリゾーは思った。エモの傷口を見ることを優先したのはまずかった。周囲の至るところで焦げた地面が銃弾によって跳ね、土が巻き上がる。このままでは穴だらけにされてしまう。
リゾーの首に激痛が走った。撃たれた!? と驚愕したが、違う。エモに首根っこを掴まれているようだった。一瞬触れるだけでも焼けそうなのに、エモは首を掴んだままリゾーを背中に乗せた。熱いどころの騒ぎじゃない。喉の奥から聞いたこともない悲鳴が漏れた。
リゾーの頬に銃弾が掠った。一瞬遅れて血が流れる。痛みは無いが、リゾーはぞっとした。熱いとか言っていられる状況ではないらしい。なるべく頭を出さないよう我慢してリゾーはエモと密着する。
エモが振り返って何か言った。まだ、耳が聞こえないので何を言ったのかは分からない。短い言葉だった。
突っ切るぞ、と言ったのだと悟った時にはもう既に加速していた。エモはあえて美術館の方には戻らず、数百メートル先の裏手に突っ込むつもりだ!
裏手には着々と増援が集まっており、それにつれて、弾幕は濃くなっていく。最も普通の銃弾ならばエモに効果は無い。リゾーもエモの背中に隠れているので、音だけの弾幕である。怖いのはやはり……
リゾーが火傷の痛みに耐えていると、周囲を飛び交っていた銃弾が形を潜めた。ハッとしてエモの右肩から様子を伺う。リゾー達は敵の表情が見えるくらい接近していた。だから、増援の軍人達が手に持っている銃の形までよく見えた。
その銃は単発式の短い、対オーパーツ用焼夷弾銃。
圧倒的衝撃がリゾーを襲う。脳まで揺さぶられ、目映い閃光に視界を奪われる。右足が急激に熱くなり、それが痛みに変わった。
「!!?」
目を開けると、右の太ももが大きく抉れ、傷口が焼けているのが見えた。
焼夷弾が掠った。まともに当たっていたら、足が無くなっていた! リゾーは全身に鳥肌が立つような寒気を感じた。
ただの一発で足が焼けてしまったというのに、増援の軍人達はお構いなく、全銃口をこちらに向けていた。気が付けば耳が聞こえるようになっていて、風を切る音まで聞こえていた。
「ヤバい!? 避けッ」
言い切るまもなく、衝撃が訪れた。風が吹き荒れる。視界が一瞬、揺れて、地面が遠ざかっていく。軍人達が一斉に発砲するが、リゾー達には当たらない。エモがギリギリのところで飛び上がったのだ。
「言われなくても避ける」
「た、確かに銃弾は避けられたが……こ、こんなに飛び上がっちゃって……」
勢いよく遠ざかっていた地面が速度を緩める。
「着地はどうするんだァーー!!!」
リゾーが叫ぶと同時に圧倒的スピードで地面が迫ってきた。グンッと上に向かって飛ばされそうになり、リゾーはエモの肩に掴まった。
地表の軍人達も慌てていた。背を向けて逃げ出す者や、腰を抜かしている者ばかりで、銃口を空に向けられない。上から降ってくる人間に単発式の銃を当てられる奴はいない。
地面が目の前に来た時、リゾーには何がされたのか理解できなかったが、体が回転した。そのまま、エモの両腕の中に収まった。
着地、地面を割る音がよく響いた。
リゾーに衝撃は無かった。エモが着地した時、腰を落とし、両腕でリゾーを支えることで落下の衝撃を半減させたのだ。
「…………しっ死ぬかと思った……いや、しかし助かった。ありがとうエモ」
「……必要なことだからな」
エモは素っ気なく言うと、またリゾーを背中に移動させた。
軍人達は皆逃げていったようだ。近くにいるのは気絶している者だけだった。
「右足」
「何か言った? エモ」
リゾーが聞くと、エモが顔だけ振り返った。
「痛くないのか?」
仏頂面だったが、リゾーにはその瞳が僅かに揺れているのが分かった。リゾーは自分の足を見ずに早く前に進むよう促した。
風を切り、白くボロい民家の間を縫うように走る。時折家と家の間から見える大通りには軍人達が集結していた。リゾー達を逃がす気は無いようだ。今度、空に飛び上がったら間違いなく対策されるだろう。
リゾーは言わなかったが、右足の感覚が無かった。そのおかげで痛みもないが、このまま放っておいたらヤバいだろう。リゾーは唾を飲んだ。
「君が貰ったこの地図によると、この先に壁がある……もう見えているか。かなり高いな。この国に入る時乗り越えたのとは段違いだ……行けるか?」
エモの背中で古びた地図を開きながら、リゾーが聞くと、エモは一瞬だけ振り返った。
「……」
五キロは走っただろうか、町並みは変わり、平たく大きな建物が増えてきた。この辺りは建物同士の隙間が大きくなっており、見つかる危険があるため、リゾーとしては本来、慎重に行きたいところであった。
当然だが、エモが慎重に走るはずもなかった。リゾーには右足の怪我に対する焦りもあったのでそれを咎めることはなく。ただ、見つからないでくれよ、と祈るばかりであった。
しかし、エモはリゾーの思惑とは全く逆の強行手段にでた。
「エモ!? 何を!? 何を考えてんだ! こっちは……!」
なんと、自分から表通りに出ていったのである。
「居たぞォォォ!!!」
気付かれた!
大通りで警戒していた軍人達が叫び、銃撃を始める。
「お前ら!! ただの銃弾じゃ効かねぇ! 分かってるなッ!! 支給された焼夷銃を使うんだ!!」
「分かっている! そして、もう既に狙っているぜ! それより早く応援をッ!」
応援を呼ぶ一人を除いた軍人達は既に焼夷銃を構えていた。真っ直ぐ走るエモにはさぞ当てやすいことだろう。
「すぐに戻るんだァーー! 隠れろォ!! 一発食らっただけで、足の感覚が無くなるぐらいヤバい銃なんだぞアレはァ!!」
大口を開けて焦り、叫ぶ。
「やはり、足の感覚が無かったのか……そして、またズレているぞリゾー……アレがヤバい物だからこそ、真っ直ぐ突っ切ることができるッ!!」
無表情に瞳だけをギラつかせたエモが前を見つめて言う。リゾーは心が底から寒くなっていくように感じた。
「何をバカな……撃たれるぞッ!!」
悲鳴めいた叫びを上げ、リゾーは涙目で振り返った。軍人達はこちらに小さい銃口を向けている。軍人達の指が引き金を絞った。
「待てええェェェ!!! 撃つな撃つんじゃなぁあい!」
腰に付けた小型の機械に話しかけていた軍人が声を上げた。耳を覆いたくなるような大声だった。
「何だ! もう少しでクソ野郎の脳天を吹っ飛ばせたのによ!!」
「射殺許可は出ているはずだぞ!!!」
引き金を引き損ねた軍人達が怒りだした。
「いや、違う! 射殺していいのは黒い女だけだ!! 子供は生け捕りにしろと上は言っているッ!」
言い終えると軍人はまた、手に持った小型の機械と話し始めた。沈黙する他の軍人達、一方で前進を続けるリゾー達、きっとエモ以外の誰もが混乱していた。
「これはどういう……?」
「……考えてみた」
少しもスピードを緩めずにエモが呟いた。リゾーは何のことやら分からなくてますます混乱した。
「誰にでも目的はあるはずだ……私はあの女の無念を晴らすため、貴様は英雄にならんがため……なら今私達を追ってきている奴らは……?」
冷静に自分に聞くようにエモは言った。不意に追い風が吹いた。
「……?」
「……さっき、貴様は捕らえられていたな。何故だと思う?」
「……えっ……インペスターは……確か、僕が[特別]だとか言っていたが…………ハッ!?」
リゾーは何か分かった気がした。
「そうだ。リゾー、貴様は[特別]なんだ。奴らの目的そのものだ。奴らは貴様を殺すことは絶対にできない。だから、あの広場で貴様の足が抉れた時、一瞬攻撃が止んだ。貴様を殺してしまったのかと、驚いてな……」
唖然、リゾーは予想外に良く観察していたエモに驚嘆していた。追い風も手伝って、いよいよ高い壁が近づいてきた。
「真っ直ぐでいいんだ。私達が奴らより前に出た時点で隠れる意味は無くなったッ!!! 貴様が背中にいる限り、奴らは攻撃できない!!!」
エモは低い声で強く宣言した。
「突っ切るぞッ!!!!」
駆けていくエモに対して軍人達は対オーパーツ用焼夷銃を向けたまま追いかけるだけで撃つことはない。
止まらんと撃つぞッ、とか警告するが、その度にリゾーが背中を移動して盾になるので怯んでしまう。
あまり、近づきすぎればエモの攻撃圏内に入ってしまうのでそれもできない。応援はまだ来ない……まだ来ない?
リゾーは奇妙に思った。さっきから仕切にあの小型の機械で呼んでいるのに何故来ない?
「お、おい……エモ」
「後ろに集中してろッ!」
「いや、それより前が……」
「攻撃されるッ!! 後ろを見ろと言っているんだ!!!」
エモは背中に振り向いて激昂した。
「前! 壁だよッ!!! 前を見るんだッ!」
リゾーの顔に汗が浮かぶ。エモが怪訝な顔をする。
「壁の前にッッ……!!!」
リゾーが指さした壁、エモがようやく前を向くと、そこには夕日が落ちた後の闇に隠れる巨大な建造物があった。
圧倒的質量を持つそれは空に届きそうな壁の中程に先端を預けており、横幅はそこいらに建つ民家の十数倍分はあった。
「美術館よりでかいぞ……!! 壁の一部になっているから気が付かなかったんだ……!!」
「何だ!?? これは……!?」
それは巨大な建築物にも関わらず、光が一つも灯っていなかった。エモは流石に怯んだようだったが、やはり真っ直ぐ進んだ。
「いや、何だろうと構わんッ……壁ごとぶち抜くだけだッッ!!!」
「待つんだエモ!! 警戒すべきだッ! 何かおかしい……!」
巨大建造物の近くに何処かで見たような白い囲いがあった。もう数秒でリゾー達は囲いの中に入ることになるだろう。
そこに至ってようやくリゾーは思い出した。そういえば、この国に入った時、エモが壁を乗り越えた。そして、降り立った……その場所は……!
「エモッ! ココは……ココはヤバい! 反対の壁が後衛ということは……! 横へ逃げるんだ。まさか、なんてことだ。この壁は……後ろの逆!」
この壁は……
「前衛だ! 前衛基地だッ!!!」
エモが囲いの中に足を踏み入れたと同時に建造物の真ん中に火が灯った。中心から両の外側に向かって順に火が灯っていく。
エモの顔から余裕が消える。リゾーはあっ、と口から音を漏らした。
突然、エモの左足が赤く弾けた。ガクッとよろけるエモ、火が灯った建造物の頂上に人影があった。
「ぐッ……!!」
「エモッ!?」
狙撃、リゾー達はその言葉を知らない。しかし、壁にくっついた建造物の頂上から狙ってきたそいつが何故足を狙ったのかは分かっていた。今度こそリゾーを避けて邪魔者のエモをしとめるためだ。
エモが膝を着くと、建造物の至るところから焼夷銃を構えた軍人達が涌いてきた。
「命中したぞォ! 今度こそ確実に、頭を吹っ飛ばすんだッ!!!」
「いや駄目だッ! 小僧に当たっちまう。頭は止せ!!」
軍人達が涌き終えると、その数は数百人にもなった。リゾー達の後ろからは律儀に追いかけてきた三人の軍人がいる。
前方に横に並んだ数百人、後方に三人、リゾーはもう庇いきれない。
「うおおおおおォォォ!!!」
唯一の仲間の背中でリゾーは絶叫した。
号令もなく、数え切れない銃声が何十秒も鳴り響いた。たちまち前衛基地正面入り口は焦土と化す。松明の炎に照らされた大地はなかなか晴れない煙と陽炎に覆われていた。
次回 突破




