17.鎖 その2
「だから……生き残ろう!」
リゾーが涙を零しながら言う。
「何を訳の分からないことを……言ってんだッッ!!! てめぇは、今ココで死ぬんだよッッ!!!」
出血で顔を青くしたインペスターがリゾーに向けていた拳銃をエモに向け直して発砲した。
インペスターはさらに顔を青くした。
拳銃から放たれた焼夷弾がエモの右手に握り止められていた。手は真っ赤に赤熱する。だが、それでも、否、むしろ熱に呼応するかのようにエモの瞳に力が宿る。
「いや死ぬのは貴様だ。今私が決めた絶対だッ!!!」
エモの体を束縛していた鎖が擦れるスピードを増していく、体を削るようなその動きは既に常人の目には見えない。異常な熱によってかエモの周りは空気が揺らいでいた。
「な、なんかヤバいぞッ」
「うわあああ」
部下達が急いで銃に弾を装填する。
「まさか……これはッ伝説のッッ!」
インペスターが後ずさる。
「覚悟はいいな! 行くぞッッッ!!」
響きわたる声と共にエモは全てを粉砕し、焼き焦がす一歩を踏み出した。
エモの進撃はリゾーが想像していたよりも遅かった。目にも止まらぬスピードで全員を刈るのかと思えば、歩くような速度で迫ってくる。いや、歩くというより、地面に足を叩きつけていると言った方が正確だろうか。とにかくエモは鎖の束縛を振り切ったということだ。
「撃てッ! 撃てぇ!!」
「わああああ」
なおも熱量を上げるエモに部下達が恐らく最後の焼夷弾をぶち込んだ。今度は防ぐこともできず、全身にそれらを浴びた。
何かが熱で溶ける音がする。
「こ……コイツッ!」
「焼夷弾を溶かしやがったッ!!?」
「なんてことだ! 信じられねぇ! さっきまで焼夷弾一発で腹の内側まで焼け溶けていたのに……今は逆ッ! [焼夷弾を溶かすほど]熱く燃えていやがるぅ!!!」
部下達が動揺している間もエモは地面を焦がし、歩き続ける。焼夷弾が溶けても、エモの体は溶けていなかった。
エモの進撃は止まらない。
焼夷弾を使いきった部下達は皆、肩に掛けていた長銃を握った。
「ヒィイ」
「くそおおお」
部下達はやはりというか、効くはずもない普通の銃弾を撃ち始めた。もはやまともな思考などないのだろう。
次々に降りかかる銃弾が火花を散らして弾かれ、溶ける。エモが長く、白い息を吐いた。
そしてエモが長銃の一つを掴んだ。瞬く間に柔らかく変形し、ちぎれる。それが部下の足の上に落ちた。
「ぁあああああああ!!!」
骨まで焼けたか。その部下は気を失い、前のめりに倒れ込む。
悲鳴は無かった。ただ、無くなった。
「くっ……おい! 貴様ら! 何をしているッ! 撤退するぞッッ援護しろ!逃げるなぁ!」
部下の一人が悲惨な最期を遂げたことで、部下達の戦意が失われたようだ。部下達は転びながら地を這うように美術館へ続くドアへ逃げていった。
数百人が一度に作業できるほど広大な発掘現場、そこに残された人間はインペスターと彼に捕まったリゾーだけだった。無論、地面を焦がし、空気を歪めるエモを除いて、だが
リゾーは小刻みの振動を感じた。インペスターが震えている。あれほど自分は[特別]だと言っていたのに、今はその時の余裕と高圧的態度はなりを潜め、ただ恐怖しているようだった。
インペスターは部下達が逃げ去った後の美術館のドアを呆けた目で見つめている。
「……」
エモがインペスターの目の前に立った。インペスターは尻餅を付いた。
「ひっ……く、来るなぁ! それ以上動くなぁ!! 動いたらコイツを殺すぞッ! 脅しじゃねぇ!」
エモは動かない。
「……よし! ハァ……そのままだ……ハァ……そのまま……ハァ……ゆっ……くり後ろ……に」
エモは動いていない。
「な……なんだ……息……くるし……」
インペスターが膝を付いた。エモが呼吸をする度に出る白い蒸気が辺りに靄を作っていた。
肌を焼くような熱が鼻を覆う手にまで感じられた。エモが近づいてきた時点でなんかヤバいと思ったリゾーは息を止めていたので蒸気を吸わずに済んだ。
エモが右手を開き、爪を立てるように指を折る。力を込めているようだ。
「ま……待てッ! ……殺すなッ……拳を下げろッ……ハァッ……取引しようじゃないか。僕とお前ならこの国を……いや、世界を取れるッ!!! 何だってできるぞ……お前の目的とやらも確実に達成できるッ!! 絶対だ!!!」
「…………」
「うッ……まて、ならッ支配するのはお前でいいッ僕が面倒な政治やなんかも全て引き受けよう!! こっこれでどうだ……?」
「…………」
「ひッ……分かった! 何もかもやるッ! なんでもするッ! だから命だけはぁ……!!」
「知るか」
「うわああああああ」
圧倒的スピードを持ってエモの右手が下から斜め上に振り上げられた。
エモの前から退避していなかったらリゾーもドロドロの肉塊になっていただろう。リゾーがエモの正気を疑うほど躊躇なくエモは美術館ごとインペスターを切り裂いた。
「エ……エモ?」
エモは所々赤く燃えている地面に膝を付いて、停止した。体の色が除々に白に近い赤から元の光沢ある黒へと戻っていく。
一体何が起きたのか、リゾーはココ数日で何度も味合わされた不可解な出来事に頭を悩ませる。ただ、もうエモの体は戻ってきているので考えるべきことは他にあるはずなのだが
「大丈夫か!? 体が……あんなに熱くなって…………返事をしてくれ!」
熱が下がり始めたとはいえ、エモはとても触っていい状態ではない。本当は近づくことさえ危ないのだが、リゾーは触れないようにしかし、遠ざかる訳でもなく絶妙な距離から声を掛け続けるしかなかった。
やがて、エモの体は元々の光沢を完全に取り戻した。
「エモ……返事を「うるさいぞ」!」
エモがなんとか立ち上がって、その顔を見せた。出会って一日と経っていないが、いつも通りの仏頂面だった。リゾーは心底安心した。
「……」
沈黙が訪れた。まだ地面がくすぶっている。
言う言葉が見つからなかった。リゾーとエモが喧嘩をしたのはついさっきのことである。が、リゾーはあれから色々と考えさせられたところがあった。エモも同じなのかも知れない。
「……すまない」
先に沈黙を破ったのはリゾーだった。
「…………私は……謝らない……今でも間違ったことを言ったとは思っていない……貴様を助けたのは、あの女のことを教えてもらうためだ……」
顔を伏せて、躊躇い気味にエモが言う。リゾーがありがとう、と返すとエモは罰が悪そうに頭を掻いた。
「……リゾー、私はあの女の無念を晴らすことだけを目的としている」
エモは何故か貴様、ではなくリゾーと呼んだ。
発掘現場に一陣の風が吹いた。空気が変わり、リゾーが息を飲む。
「だから、貴様も英雄になることを目的に生きればいい……ヴィクトリエには行かなくてもいい……だが、もう一度頼む! あの女、ジャンヌのことを聞かせてくれ!! [ズレた]話だと私でも思うがッそれでもッお願いだッ!!!」
縋るようにエモが叫ぶ。真剣な眼差しで、じっとリゾーを見つめた。
リゾーはエモが何か、変化を始めたのだと察した。
「聞かせてくれるなら何でもするッ!!! 場合に寄っては人助けだってしてもいいッ! だから頼む!」
「お、落ち着いてよ……ジャンヌのことなら後でいくらでも話してやるさ。でもその前に一ついいかい……」
「……?」
エモが首を傾げる。あどけない仕草のせいか、エモ本来の冷たい雰囲気が無くなり、美人というより女の子だった。
「僕もヴィクトリエに行く」
リゾーは自信を持って言った。
「……貴様は英雄とかいう奴になりたいのではなかったのか……目的が違うのに何でヴィクトリエまで行く? 何のためだ! 遊びに行くんじゃないんだぞ!」
エモが眉間に皺を寄せて言う。怖い表情だが、リゾーは何故か安心した。
「ジャンヌが言ったんだ……思い出を作れってさ……」
ゆっくりと自分に語り掛けるようにリゾーは言った。すっかり太陽が沈み、星が瞬く空を見上げる。エモもつられて空を仰いだ。
「……思い出? とは何だ。あの女がそう言ったのか……どうすれば作れるんだ?」
「それは、僕もはっきりとは言えない……人によって意味が違うんだろう。僕は君やジャンヌとの出会いと、ずっと前に枕の下に絵本を隠したことを同じ思い出だと思ってるしね……」
空を見上げたままリゾーは思いを馳せる。ふと視線を落として、エモの方を見ると相変わらずしかめっ面だった。納得していないらしい。
「意味が分からん」
「僕もあんまり分かってないや……でもたぶん、僕とエモの二人で旅をすれば分かる……気がする」
人を説得するのは人生で二回目だな、とリゾーは思った。苦笑いをしていると、エモが大きな犬歯を剥いた。リゾーは耳を塞いだ。
「ふざけるな! [気がする]だけじゃ何にもならないじゃないか!」
エモがリゾーに食い下がった。凄い剣幕だ。リゾーは視線だけで殺されるんじゃないかとひやひやした。
「…………僕は産まれてからずっと牢屋暮らしだった」
一息ため息を付いてから、やや顔を引いてリゾーは言いたくはなかったことを言うことにした。
「狭い牢屋で……退屈でさ……ある朝、起きてからずっと蝋燭の火を眺めていたはずなのに気が付くと燃え尽きてて見張りが寝ろって言うんだ……あそこには何も無かったんだ。絵本がなかったらどうなってたか…………それが、つい昨日脱出を決めてから……なんか時間が濃くなったんだ! それが凄い嬉しかった」
分かっていたことだが、ジャンヌが死んだ時のことを思い出して……泣いた。
「……」
「エモ、ココは外なんだ。牢屋じゃないッ! 色んなものに満ち溢れている!!きっと濃い時間を過ごせる。それは思い出になるんじゃないかな…………」
リゾーは言う。言いたくなくても恥ずかしくても、理想と現実の圧倒的差異に目眩がしても言う。きっとそれが唯一、エモや巻き込んでしまった人達に対する贖罪になると信じて
「なにより……ジャンヌは一緒に遺跡を脱出しようとした仲間だ。君にだけ任せる訳に行かないよ」
言葉は強気だったが。リゾーの鼻は引くついていた。
「分かった。分かったから泣くな……さっきから私達泣いてばかりだ」
「ううッでも僕はやっぱり、ココで死んだ人達に申し訳もない」
「ああ! 申し訳ないとかよく分からんが、ほら……ヴィクトリエに行くんだろ! 泣いていたってどうにもならないだろ」
そう言ってエモはリゾーに右手を近づける。
「待って……おい! 触るなってッ!?」
地面はまだくすぶっている。ということは……
「き、君はまだ! あっ」
「あっ」
エモの体温は焦げるぐらい熱いままだということだ。
「ぎぃぃいやああああああああ!」
顔には触れさせまいと出した左手がエモの手に触れた。皮膚の奥まで突き抜ける熱の痛みにすぐ手を引っ込めた。
「……すまん。大丈夫か」
「大丈夫……じゃないけど! おいッ触ろうとするな! 殺す気か!?」
「あっ……そうか……すまん」
「いや……もう大丈夫だ……痛いけど」
心配そうに覗き込もうとするエモから十分距離を取ってリゾーはそっと左手の小指から右手を離す。赤く腫れている。
「ううっ……また怪我が増えたじゃないか」
昔、リゾーは興味本位で蝋燭の火に触れてしまったことがあったが、それよりは軽傷だった。
リゾーは振り返って、エモを睨む。エモはばつが悪そうにしていた。
「気を付けてくれよ……」
ため息を吐きながらリゾーは小さく言った。
とりあえずエモに触れることはできないので、近づいて観察することにした。
「絶対触るなよ……じっとしているんだ」
「あ、ああ」
エモの懐にまで顔を近づけて、足先から短い白髪の毛先まで鎖の模様が分かるほど観察する。やはりというか、リゾーは眼球に熱を感じた。金属が焦げた匂いも鼻をつつく。
濡れたような光を放つ起伏に富んだ体をじっくり眺める。
「おい……何なんだ。さっさとココを出ないと……」
「動くなって!」
リゾーは短い言葉でエモの動きを牽制した。
リゾーがこんなことをしているのはエモのお腹を確認するためだった。発掘現場で小尉であるインペスターを倒した以上、もうこの国にとってリゾー達は銃殺すべき敵である。まだこのことに気づかれていない今がこの国を脱するチャンスだ。しかしだからこそ脱する前にやるべきことは確認である。
リゾーはエモのお腹をよく見て驚愕した。何度も目をしばたかせるハメになった。
「傷が……無い」
エモのお腹には確かに焼夷弾が二発は直撃したはずだった。その他、腕や足など数カ所には命中していた。その部位が熱によって溶け落ちるのをリゾーはしっかり見ていた。
熱で溶けたものが逆に自分から発熱して元の形に戻った?そんなことがあり得るのだろうか
「……?」
当の本人は首を傾げている。覚えていないということなのか……リゾーは顎に手を当てて思考に耽る。これは放っておいていいことなのか? それとも今、原因を見つけた方がいいのか?
そのままリゾーの思考は続き、エモの表情が疑問から苛立ちへと変わっていく。そして、エモが大きく口を開きかけた時、甲高い金属音が鳴った。
「……!?」
結構近距離で聞かされたリゾーは耳鳴りが止まなかった。超高音による痛みに耳を押さえる。音のした方、エモを見ると何やら後ろを振り向いて叫んでいるようだった。全く聞こえない。
発掘現場裏手の出口付近で幾つもの長銃が硝煙を上げていた。
次回 鎖 その3




