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オーパーツは眠らない  作者: 兎和乃 ヲワン
第2章.シャイン騒乱編
15/42

15.彫刻

「そう[特別]ッ! ……これが重要だ! 君の血は[特別]なんだッ!! そしてッ! この俺もッ!! 旧人類の血を受け継いでいるッ!!!」


 旧人類、つい昨日に遺跡の実験室で聞いた言葉だった。確かチーフが言っていた。


 目を瞑り、綺麗な川の向こう側へ行こうとしていたリゾーの頭が急速に現実に引き戻された。実験室での拷問が目に浮かんだ。


「……ジャンヌ」


「実は偶然ッ! 俺も前衛基地の地下でオーパーツを起動させちまってな……このままだと俺がモルモットになっちまうんだ……特別なるこの俺がだッ!!」


 リゾーの呟きはインペスターの語りにかき消された。


「そんなことあっていいはずがなぁいッ!! ……フゥ……そこで……君が現れた」


 驚喜の大声で語っていたインペスターが息をお付いて口調を元の胡散臭いものに戻した。


「モルモットは二人もいらない。二人共実験で使い潰すくらいなら、片方を実戦に使った方がメリットになる。つまり、君が身代わりにさえなってくれれば僕はモルモットではなく、戦場の英雄になれるという訳だ! ……だから、君がここで死んではならない……僕の身代わりになってもらうには、生きている君が必要だ。おとなしく、僕に……捕まってくれ」


 腰から短い銃を取り出したインペスターがそう言い放った。


 自分は旧人類の末裔、それ故に生まれついてから遺跡へ幽閉され、実験され続けてきた。ジャンヌもそうだったのかも知れない。旧人類の末裔などでさえ無ければジャンヌがあんなところで死なずに済んだ。リゾーはもっと違う人生を歩んだ。全ては血のせいであった。


「違うッ!!!」


 否、リゾーは血のせいだという自分の思考をねじ伏せた。ジャンヌや、発掘現場に居た人達の死を他人事にしてはいけない。

 すべては己のせいである。エモを怒らせたのもそうだ。自分の責任だ。しかし、自分には助けなければいけない人がいる。だから……


「お前を倒して……エモに追い付くッ!」


 リゾーは拘りを捨てた。英雄と同じ行動をしていれば自分も英雄に慣れるはずだという淡い期待を捨てた。唯一の仲間に謝るために


「……?」

「何か武器になるものは……!」

「まだ自分立場が分かってないのか? こんな奴が栄誉ある旧人類の血を継いでいると思うと……吐き気がするよ。やはり真に[特別]でいいのはこの僕だけなのだな」


 その時、リゾーの視界の端にあるものが映った。光の少ない発掘現場へ続く階段の最後、錆びた鉄ドアの前で銀光を返すそれはまさにリゾーが今想像し、欲したものだった。


 彫刻刀! その刃が床に刺さっていた。


 何故ココに、と考える暇は無い。すぐさまリゾーは頼りない細腕を彫刻刀へ伸ばした。

 インペスターが気付いた様子は無かった。恐らくインペスターはリゾーが必死に伸ばした左手を発掘現場へ逃げようとしていると勘違いしているのだろう。しかし、着実にインペスターは絶対的死神として迫ってきていた。


 数段ずり落ちながら、頭から床に刺さった唯一の武器に手を伸ばす。右手で階段を掴んだ。

 リゾーは鉄ドア方向を頭にして倒れている。その状態から目一杯左肩を前にやって、肘を真っ直ぐにする。左手の中指が彫刻刀の目玉にようやく触れた。


 彫刻刀の目玉は閉じられており、トゲも乾燥しているようだった。中指に触れられてから1秒足らずで錆びた機械音と共に乾ききった目が開いた。

 一瞬、階段上方から迫るインペスターの方に目玉の瞳が行ったかと思うと驚くべき早さでリゾーの顔を捉えた。発掘現場で暴れた出土品と同じく瞳を絞ると、ギシギシと音を立ててトゲを動かした。

 木の枝のごとくささくれたトゲが左手の肉を引き裂いた。


「ぐおおおおッ!!!」


 ココ一日経験し続けた慣れてきた皮膚貫通の痛みとやった!! という思いからリゾーは叫びを上げた。


「てめぇぇぇッ!! 何してやがんだあああぁぁ!!」


 耳を覆いたくなる銃声と着弾音、しかし、銃弾はリゾーを貫いていない。銃弾はリゾーの頭のすぐ横に当たった。金色の薬夾が一つ階段を転がって彫刻刀に当たった。


「オーパーツだなッ!! その刃物はッ!! ……貴様やはり……既にオーパーツの力を利用していたなッ! この僕よりも先にィィ!!!」


 一筋の煙を吐く銃口をリゾーに向けてインペスターが叫んだ。ぐぐぐと歯軋りまでしている。


 リゾーは彫刻刀のトゲに左手を貫かれたまま身動きが取れなくなった。


 インペスターの持つ銃は完全にリゾーを捉えており、露出した六角形部分の穴に弾がそれぞれ一発ずつ計五発入っているのが見えた。一つの穴は空だった。


「妙な気を起こすなよ……次は耳を飛ばすからな」


 血走った目と銃口をリゾーに向けたままインペスターがジリジリと近づいてきた。後、十段も降りない内にリゾーのところへ到達してしまうだろう。


 インペスターのブーツがゆっくりと階段を叩く。


 薄暗いこの場所において足下を見なかったことがインペスターの敗因だった。

 インペスターのブーツが階段を踏み外した。正確には滑った。リゾーの傷口が漏らした鮮血の上を。


「うおおッ⁉︎」


 さっきまで得意げに語っていた旧人類の血が文字通りインペスターの足下を掬った。

 そのまま都合良くドアに頭をぶつけて気絶……という訳には行かない。慎重に降りていたことも手伝って、なんとか片足で踏みとどまろうとしているようだ。

 しかし、リゾーにはこの一瞬だけで十分だったッ!!


 左手を貫いているトゲを引っ掴んで床に刺さった彫刻刀を引き抜くッ! そのまま彫刻刀を握り込みッ目的の場所へ……突き立てる……!


「ぬ⁉︎ まずい!」


 インペスターは両腕で体を守る。しかし、リゾーが突き立てたのはインペスターの方向ではなかった!


「な……! 何ィィイ?!!」


 リゾーが突き立てたその場所は


「じ……自分のわき腹だとォォオオオ!?」


 リゾーは銀光返す木目のような刃を持つそれを、さっき開いたばかりの傷口に深々と突き刺していた。応急処置のガーゼを突き破り、間違いなく内蔵にまで達したことだろう。

 真っ赤な血液が噴き出し、刃の近くから急激に赤い波紋が滲み広まった。


 リゾーの目の端に滴が浮かんだ。痛くてたまらない。今すぐにでも気絶してしまいたい。

 だが、まだだ。まだ[足りない]……!

 リゾーは歯を食い縛り、彫刻刀の柄を持ち直してさらにわき腹を抉った。


 何かがぶち切れる不快な音、傷口が一瞬冷えた?かと思うと圧倒的な熱と共に、雷鳴じみた激痛がリゾーの全身を駆け巡った。


「ッ……ッッ……!」


 自らの内蔵を破壊するという凶行、その恐怖と痛みの中でリゾーは発掘現場にて惨殺された人達とジャンヌのことを思った。


 もしも、発掘現場でバイトをしようなどと言わなければ発掘を生業とする貧しい人々が死ぬことは無かっただろう。

 もしも、牢屋からの脱獄を止めていればジャンヌが死ぬことは無かっただろう。

  きっと、[もしも]通りだったらリゾーがこんなに苦しむことも無かっただろう。英雄と自分の差から意固地になることも無かっただろう。


 傷口をさらにもう一捻り、リゾーは思った。[もしも]という言葉をエモが聞いたら、きっと眉間に皺を寄せてこう聞き返すはずだ。「もしもって……この先、必要なものか?」

 現実に[もしも]は無く、有るのは罪と目的だけ、贖罪や人助けは自分を納得させるための道具でしかなかった。だからリゾーに必要なものは[理想へ向かう誓い]と[目的へ至る意志]


 リゾーは死の罰を受け入れた。


「な……なな……何を……か……かん……考えてんだ?? ……し、死ぬぞお前……!」


 リゾーの視界で赤く、六つに分裂したインペスターが激しく狼狽していた。


 さらに、最後の力を振り絞ってわき腹へ彫刻刀を突き立てる。蛇口を捻ったように鮮血が流れ出た。もはや痛みも無い。

 視界のインペスターは余計に数を増やしていき、やがて周りの背景と一体になって真っ白く消えた。



 インペスターには理解不能過ぎる出来事だった。自分の身代わりとなる旧人類の末裔をドアの付近まで追いつめたと思ったら、急にオーパーツの短剣で自分のわき腹を抉りだしたのだ。


 自殺というものは基本的に楽な方法で行われる。首吊りにせよ、服毒にせよ、何が楽かという違いはあるものの、この法則に漏れるのはそれだけ強い理由が必要だ。


 しかし、目の前の旧人類の血を引く少年、リゾーとか言ったか? がやったのは割腹自殺、追いつめられた末の自決としてはあまりに苦し過ぎるものだ。相当の意志力が無ければ絶対にできない。それほどまで敵に利用されたくなかったのか……あるいは


 贖罪だろうか? 舌を噛んで死ぬこともできたのに腹を抉ったのは…………まぁ、何にせよ死んだ人間を身代わりには使えない。


「……クソめッ……この意志の強さは旧人類の血統ゆえか……!」


 インペスターは苦虫を噛み潰したような顔をしながら、リボルバーをホルスターに納めた。一応、リゾーの脈を取ろうと、死体を跨いで短剣を握っている左手を持ち上げた。


「んっ? ……これは……短剣じゃなくて[彫刻刀]?? …………ハッ!?」


 わき腹から突き出ていた彫刻刀が何かに押し出されるように傷口から抜けた。奇妙なことに一切の出血がなく、代わりにゴフッと蒸気が吹き出た。何かが変だ。


「これは……? い……一体……」


 インペスターの表情は言いしれぬ不安で包まれていた。短剣でなく彫刻刀、この事実が意味することは……?


「……ハッ! まさかッマズ「ゴフゥ……」!?」


 インペスターの言葉は再び吐かれた白い蒸気に阻まれた。


 迫られるように階段に倒れているリゾーの死体を見る。床に散らばった赤いはずの血が僅かに金色の光を発していた。どういうことだ?

 突然、インペスターは死体の腕に捕まれた。


「ぐおッ貴様、生きて……!」


 少年の力とは思えない強さでリゾー? がインペスターの胴を拘束している。骨の軋む音さえ聞こえてくるようだった。


 タリナイ


「!?」


 辛うじて女性と分かるくぐもった声が聞こえてきた。


 タリナイゾ……タリナイ


 血の気の失せたリゾーの唇は動いていない。目も閉じられている。

 またゴブゥ、と下からゲップじみた音がした。

 恐る恐るインぺスターが下を見る。


 わき腹の傷口から細い鋭利な骨が生えていた。骨は傷口の上下端から外界に向かって伸び、中央で雑に噛み合っている。

 傷口が猛獣のごとき牙を生やしていたのだ。


「ヒィッ!?」

「ニクガ、タリナイッ!!」


 牙が動いてそう喋った。傷口の上に二つ、血涙を流す小さな双眼があった。


「まさか……コイツは、あの彫刻刀の能力……! 自殺なんかじゃなくて、じ……自分の傷口にコイツを彫るためにッ……」


 イカレてる……! そう言っている間にも、傷口が猛獣のごとき牙を剥いた。傷の中身が見える。中は空洞だ。コイツは今からそれを埋めると言っているんだ。

 インペスターはあまりのことに息ができなかった。


「離せッ離せェ! 嫌だこんなところでッ!!」


 必死に抵抗するが、リゾーの謎の怪力に拘束されて全く振り解くことができない。牙が近づくにつれてインペスターの抵抗も激しくなる。がそれも無駄だった。


「ヒッ、ヒィィィ⁉︎」


 そしてついに、牙がインペスターのわき腹を突いた。

 グチャリ


「ああああああああ!!!」


 鮮血が吹き出る。鋭い痛みが終わらぬ内に次々と細く硬い牙がインペスターを貫いていく。無数の牙が刺さり、骨を砕いて、さらに深く沈んでいく。


「グギャパッッ!!」


 全身を襲う痛みが死の一文字を連想させる。


「あああああ死にたくなイイイィィィィッ何故ッ! 誰より[特別]なこの僕がアアァッ!!」


 リゾーの傷口が嬉々としてインペスターの肉を噛み千切った。


「ギャアアアア!!!」


 インペスターがリゾーを両手で押し退けようともがく。八方に広がる自分の血で顔まで真っ赤になる。涙も止まらない。牙の進行も止まらない。


「ガアアァ! 止めろォッ僕を殺すなんてッ人類の損失だぞッッ!!! これからオーパーツを使ってッグガッ!! ……僕はこの国の英雄になるんだぞッそんな未来の偉人を……あっ……殺していいのかぁ」


 わき腹を噛みちぎっても傷口は満足しない。小さな目の瞳孔を開き、噛み千切っては飲み込むを繰り返す。

 また骨が砕けた。


「アアアアアァァァッッッ!!!」


 インペスターは血と一緒に叫びを発した。

 インペスターの絶叫は、やがて小さくなり……発掘現場へ続く階段は静かになった。



 次回 鎖 その1

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