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オーパーツは眠らない  作者: 兎和乃 ヲワン
第2章.シャイン騒乱編
14/42

14. 血統

 リゾーが手に取った[オーパーツ研究成果]に書かれていた内容は衝撃的なものだった。まず、研究員達は名目上失われた歴史を調査するために出土品を研究していたらしい。(極秘ということだろう)そして、研究の真の目的は出土品、オーパーツに隠された未知の内部機構を解明することだったのだ。

 つまり、ココの研究員達は出土品が目玉の怪物だと知っていてのんきにも美術館なんかに飾っていたということだ。


「……まさか……それじゃあオーパーツって……!」


 リゾーはカラカラに乾ききって消滅した小さな目玉付きの短剣を思い出した。あれが、というよりあれもオーパーツなのだろう。壁画も血を浴びずに飾ってある他の展示品も全て……


 左手の乾いた血が剥げて落ちた。

 何故、どうして彼らは出土品に得体の知れない何かがあると知っていて美術館に展示しているのだろうか。リゾーからすれば謎の内部機構などは明らかな[罠]であり、なんとしてでも避けるべきものだというのに


「……何故」


 気づかぬ内に思考の海を泳いでいたリゾーは貧血による寒気で岸に打ち上げられた。


「ぐッ……クソッこんなことをしている場合じゃないッ!! 何をやっているんだ僕はッ」


 頭を振って意識をはっきりさせる。考えるのだ。エモは関係無い。僕の問題なのだから、とリゾーは自分に言い聞かせた。


 不意に研究室の端からゆっくりとした重低音が響いた。


「!!」


 急なことにリゾーは手に持っていた[オーパーツ研究成果]を握りしめて背中に隠してしまった。


「無事かねッ!!」


 研究室の端、大きな正円の厳重なドアが開かれていた。ドアの向こう側にある鮮やかに装飾されたガラス窓から傾いた日の光がリゾーのいるところまで差し込んだ。


 気取ったような声を上げた男はドアのすぐ外いた。

 陽光に照らされ、まるでそれ自体が発光しているかのような真っ赤な髪、それを額の前で横一文字に切り揃えている。端正な顔に不自然なほど高い鼻を持ち、目は黒く大きい。しかし、つぶらと表現するにはその視線はあまりにも高圧的だった。


 ドアの外にいた赤髪の男は育ちの良さそうな歩きで研究室に入ってきた。リゾーが僅かに後ずさる。


「まさかまだ……美術館に残っている者がいたとは……発掘現場の騒ぎは知っているだろう? 早く外へ避難したまえ……ん?」


 赤髪の男は研究室の中程で足を止め、右手を自分の頬に添えると首をほぼ直角に傾げた。グキッといやな音が聞こえた気がしてリゾーは口の端を歪めた。


「君……ひょっとして……酷い怪我をしているんじゃないか……?」


 その言葉にリゾーは、あ……ああとしか答えられなかった。当然といえば当然である。リゾーにとって見れば目の前の赤髪の男は急に現れた不審人物である。つまり、罠だ。この男には警戒しなくてはならない。

 しばしの沈黙……


「それならそうと言ってくれたまえ! ……私は医者ではないが、救急道具くらい持ってきている」

「ちょ……ちょっと待てッ!! あなたは誰だッ! 何をしに何処から来たッ!!」


 リゾーはわき腹が痛むのもお構いなしにそう叫んだ。

 叫びの間も赤髪の男は歩みを止めない。呆気からんとした表情でこう言った。


「自己紹介は応急処置と同時並行だ。利口な人間は時間を有効活用するものだからな」


 応急処置はすぐに行われた。赤髪の男は宣言通り、激痛伴うその処置をしながら重要そうな話をした。


 男の名はサー・インペスター。シャイン国前線基地所属の少尉だと言う。配属されたのは去年の春で普段は基礎訓練と後衛基地の部下への指示をしているらしい。


 発掘現場での騒動を受けた後、すぐに前衛基地総力を上げて鎮圧に向かったそうだ。

 既に発掘現場の避難はほぼ完了しており、やることが無くなったインペスターが美術館内部に逃げ遅れた人がいないかと探しに来たということだった。


「言っておくが暇な訳ではないぞ」


 リゾーのわき腹を硬い包帯できつく締めながらインペスターはそう言った。


「さあ! 応急処置は終わりだ……避難しようッ!」


 最後の痛みにグッと堪えてからリゾーは言うべき、言わねばらなぬことをはっきと口から放った。


「インペスターさん……本当に治療してくれたのは有り難く思う……だけど僕はこのまま引き下がる訳にはいかないんだ。そんなことをしたら、僕は自分が……この先、生きていくことを許せなくなってしまうッ!!」

「……」


 インペスターは答えない。ただ高圧的な視線をリゾーの瞳へ送り続けている。


「君が何を言っているのか分からない……まさかとは思うが、発掘現場での死亡事故は君の仕業か……?」


 ややあってインペスターが答えた。その口調は心底呆れたという風で最後の方は冗談めいていた。


 胸の奥に傷のせいではない痛みが走ったのに下を向かずにいられたのはリゾーが成長した証か、はたまたエモとの喧嘩で意固地になっていたせいだろうか……とにかく彼はふてぶてしい態度のインペスターを強く見返していた。


「僕がやった訳じゃない……けど確かに間違いなく僕のせいなんだ。僕のせいで人が死んだんだッ!!」

「む? ……君の言いたいことは分からないが、どうしたいのかね?」


 インペスターが怪訝な顔をして聞いた。

 リゾーは胸の中で膨れる不安を押さえつけて自分の逃げ道を断つようにこう言った。


「僕が……あの目玉の怪物達を倒す……」


 リゾーはとりあえず動くようになった体をよろよろと起こした。インペスターはじっとその様子を見ていたようだった。


「先ほども言ったが……発掘現場にいた従業員はほぼ全員避難した……いや、もうし終わっているかも知れない……君が原因で起こった事件だとしても、もうあの場所で死人が出ることは無い」


 ここで一度、インペスターは言葉を切ってリゾーに顔を近づけた。インペスターの瞳には優しい……否、遙か高みから見下ろすような色が宿っていた。


「それでも発掘現場に行きたいというのかね?」


 リゾーは有無を言わず、即座に頷いた。


「ダメだ…………が、君は特別だ」

「……特別?」


 意表を突かれて聞き返したリゾーに、インペスターが変わらぬ表情と視線でこう言った。


「君の目は……選ばれし有能な人間のみが持ち得る[輝く意志]を含んでいるということだよ」


 インペスターが何を言いたいのかリゾーにはよく理解できなかった。しかし何故か、[輝く意志]という言葉だけがリゾーの頭の中で何回も反芻されていた。


 リゾーは褒められることに慣れていなかったのだ。


「さあ! そうと決まれば……発掘現場へ向かうとしようッ!!」


 インペスターの肩を借りて研究室のドアから廊下に出た。足取りは遅く、半円型の廊下、その左側に飾られた出土品の説明文を読む暇がある程だった。


 既に目玉達と戦った時にまき散らした血で出土品を覆うガラスケースは汚れていた。目に痛い光景、特にリゾーにしてみれば自分の血だ。普通は吐きたくなるような景色である。それでも、リゾーが気がかりだったのは自分が行く前に発掘現場の戦闘が終わってしまわないか、ということだけだった。


 廊下の右側を覆うカラフルに装飾されたガラス窓が真横から差し込む陽光で美しく輝いている。


「ところで……君は何故、研究室なんかにいたんだい?」


 静寂を破ってインペスターが問う。

 さて、リゾーは返答に困った。リゾーは世間を知らない。知っていることは全て読まされた本、隠れて読んだ絵本と牢屋の中のことだけだ。

 そんな彼でも……否、実験動物にされていたリゾーだからこそ研究室が勝手に入って良い場所でないことは誰よりもよく知っていた。


 無論のこと、リゾーが研究室に侵入したのは自分から入ったとはいえ不可抗力である。しかし、人によっては故意ととるかも知れない。目の前の男もそうかも知れない。ここで話を拗らせて発掘現場に行けなくなるのは御免だった。


 何より……先ほど、とっさに腰の絵本に突っ込んでしまった[オーパーツ研究成果]のことを悟られてしまう不安があった。だから研究室にいたのは本当に偶然であることにしたかった。


「……じ……実は……あの、発掘現場から逃げる時にあの目玉の怪物達が付いてきたからッ……それで無我夢中に逃げ回っていたら……偶然ッ! あそこへ……!」

「ほぅ……ではその全身の傷はその時に?」


 インペスターが興味深そうに聞いた。

 リゾーは慌てて頷き、途中まで逃げていたけど全部僕が倒した、と付け加えた。

 半円型の廊下にできた巨大な穴の向こうにエモが倒した巨大な壁画の残骸が見えていた。リゾーは見えないフリをした。


「では、君は一人で、その目玉の怪物達を倒したということかい?」


 一人で、の部分だけインペスターは妙に強調した。

 またリゾーが頷く。


「それは心強いな……やはり君も僕と同じ特別な人間ということなのだろう」


 一人で納得したインペスターは話を止めた。

[オーパーツ研究成果]を悟られずに済んだリゾーは気づかれないように息を吐いた。


「ところで君は銃を扱えるかね?」

「えっ……?」

「これから戦うのだから……いや勿論怪我をしている君を最前線に出したりはしない。しかし、危険なことに変わりはない……銃が要るだろう」


 銃、と言われてもリゾーはそんなものに触れたことは無い。実際に見たのだって遺跡を脱出する時が初めてだ。つまり、昨夜のことである。扱える訳が無かった。


「使ったことない……けど」


 リゾーは、でも僕には武器があるから、と小さい声で付け加えた。


「どんな?」


 インペスターが食い入るように聞いてきた。


「……それは……その……さっき落とした……から、あの収容口のとこ探さないと」


 彫刻刀とは言えず、リゾーが言い淀む。後衛基地のバルカスも言った通り、彫刻刀は芸術を産み出すもの、武器ではない。リゾーだってそれぐらい分かっていた。


 沈黙のまま廊下が終わった。小さな目玉から逃げるために駆け上がった階段をゆっくり降りていく。


「…………話を変えよう。君、一人だと言ったが本当は仲間がいるのではないか?」


 階段を降りきったと同時にインペスターがまた尋ねた。

 リゾーは心臓が止まったかと思った。まさかエモとの喧嘩を見られていたのか?


「ああ、特別な僕にこれ以上隠し事はしないでくれたまえよ……さすがにちょっとキレそうだ」


 インペスターの顔は変わりない様子だったが、最後の方の声は低く震えていた。


 静寂に満ち、乾いた血とガラス片、目玉の残骸が散らばった美術館の一階に不穏な空気が流れ始めた。


 リゾーは床にめり込んだ機械の坂を視界の端に収めながらインペスターの目を見た。

 見覚えのある目だった。その目は牢屋で見張りがいつもリゾーを覗いていたあの目と同じ感情を携えていた。


「な……何を言って」

「なあ……彼女は一体何者なんだ?」


 リゾーの言葉を遮ってインペスターが聞いた。彼女という言い方はエモを知っているということか。

 確実にヤバイ、とリゾーは思った。


「さっき一緒にいた奴のことだよ……あのバカデカい目玉を一瞬で倒しちまった巨乳の彼女……」


 インペスターの口調と声はもう完全にさっきと違うものになっていた。元の紳士的な態度も一変してリゾーを乱暴に突き飛ばした。

リゾーは機械の坂に背中をぶつけ、脇腹から出血する。体の中でブチッという嫌な音がするのをリゾーは聞いた。


 リゾーが階段上にいるインペスターを見上げる。インペスターの口端が吊られたように歪んだ。


「名前はなんて言うんだ? なんで肌が真っ黒なんだ? どんなオーパーツを使ったんだ? ……彼女は」

「オーパーツ!?」


 リゾーは狼狽してから、しまった! と思った。


「やはり知っているのか……研究室の実験結果を盗み読んだのか、それともこの国へ来る前から既に知っていたのか…………ん、どうなんだ?」


 豹変したインペスターからリゾーは逃げ出した。しかし、怪我のせいで、よろける。まともに歩けない。


「おいおいおい…………逃げなくたっていいじゃないか……僕はただ質問しているだけなのに……失礼な奴だなッ!!」


 リゾーの後頭部に尖った金属で殴られたような激痛が走った。インペスターが足下の金属片を蹴ったのだ。あまりの痛みにリゾーは転けてしまった。

 それでもリゾーは這って逃げた。逃げなければ殺される。


「クッ……騙した……な」


 苦し紛れにリゾーが喚く。


「騙す? 僕が君を? ……そんなことをするくらいならとっくに殺しているさ……僕は君を治療してやったんだぞ……?」


 何かないかとリゾーは辺りを見渡す。目と鼻の先に発掘現場へ続く一本の階段があった。入り口は壁画に破壊され、大きく開いている。リゾーはそこへ必死に這う。


「なあ、何も取って食おうって訳じゃないんだぜ? ……さっきも言ったが、君と僕は特別な人間なんだ。そうでなきゃ助けたりしない」


 インペスターがゆっくりと一歩一歩、まるでリゾーに聞かせるように歩みを進めた。リゾーにはその音が、毎晩耳に入った牢屋に響く恐ろしい足音に聞こえた。


「…………答えろオラァッ!!」


 インペスターが大声で叫んだ。突然というよりは我慢の限界だ、といった感じだった。そして、インペスターの動きはゆっくりな歩みから、全身をフルに使った、ある種下品な全力疾走へ。リゾーの目掛けて走り出した。

 そしてついに、階段へ続く入り口、ドアのあったその場所でそこへ入るよりも前にリゾーはわき腹を蹴られた。


 階段を転がっていく。階段の下まではいかず、途中の壁に肩がぶつかってリゾーはなんとか止まった。


「いッつ……」


 激痛の中、上の方で足音が止まった。インペスターが入り口に立っているのだろう。


「おっとすまない……君があんまり僕を無視するもんだから。許してくれ」


 おどけてそう言うとインペスターはコッコッと小刻みいいリズムで降りてくる。リゾーがもう後少し動ければ、発掘現場まで逃げられた。


「うん? ……おいおいまだ発掘現場へなんか行こうとしてるのか? さっき言ったろう? ……もうとっくにオーパーツ共は始末したって……あれ? 言ってなかったかぁ?」

「くあ……ぐっ……それでも行かないと……お前みたいなクズに構ってる暇なんかないんだ。人を騙すような……僕の問題なんだ! お前もエモも、この状況も……関係ないッ!!」

「だから騙してないって……君を治療してやったのは死んで欲しくないからさ……今はまだ……ね」


 インペスターのもったえぶった言い方も、リゾーには遙か遠くから聞こえてくるようだった。わき腹の痛みは応急処置の前よりも激しく深い部分からきていた。

 エモはもう国を出た頃だろうか……きっとヴィクトリエまで真っ直ぐズレることなく進んでいくのだろう。あれだけ発掘現場で人を救うなんて言っていたのに、気が付けば戦うことを目的にして……結局、騙されて殺される。英雄みたいになれるなんて思ったのが間違いだった、とリゾーは思った。


「オーパーツが起動するところを見たろう? ……もう分かってると思うが、あれは血で起きてくる……それも普通の人間の血じゃダメだ。[特別]な人間の血でなきゃあな」


 インペスターの声がだんだんとリゾーに近くなる。そして、インペスターは衝撃の事実を口にした。


「そう[特別]ッ! ……これが重要だ! 君の血は[特別]なんだッ!! そしてッ! この俺もッ!! 旧人類の血を受け継いでいるッ!!!」



 次回 彫刻

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