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オーパーツは眠らない  作者: 兎和乃 ヲワン
第2章.シャイン騒乱編
13/42

13. オーパーツ

 雄叫びが辺りのガラスやら鉄やらに反響してリゾーの鼓膜を振るわせた。目玉の化け物と化した壁画の金属的な絶叫が重なる。

 衝撃音、捻じ切られた壁画の腕が一階の床を穿った。


 エモは変わらずリゾーの目の前で不遜に仁王立ちしている。

 機械音の奇声、腕をちぎられた壁画が最後の反撃に出た。無数のトゲを編み込んで一本の槍を作る。


 リゾーの目が見開かれた。しかし、必死に叫ぼうとする程、喉が掠れて上手く声が出せない。エモは気づいているはずだが、一歩も動かず一言も発さない。

 壁画の槍が突き出された時、ようやくエモは動いた。残像さえ見えるスピードで腰をおとし、すんでの所で槍を避ける。右手で髪を掠めていく槍の中央を捕まえた。リゾーに見えたのはココまでだった。


 空気が追い付かないスピードで放たれた左手の突きを受けて槍があらぬ方向へ折れ、リゾーの遙か頭上、研究室の天井に刺さる。エモの攻撃はスピードを増し、壁画は空気の奔流に呑まれた。


 壁画の複眼が次々と潰れ、弾ける。壁画がよろめいたところで、エモは攻撃を止めた。空気の奔流も止んで、一瞬静かになる。

 エモは息を吐き両腕を交差させて、たっぷり数秒溜めてから鋭利な双爪による斬撃を繰り出した。


 壁画の体は切れ目の入ったところからズレ落ちていった。


「無事か……」


 エモが後ろに顔を戻して言った。その表情に感情らしきものは見えない。が、リゾーの全身をジロジロと見回してから白い細眉を潜めた。


「少し遅れた様だな……」


 そう言って顔を前に戻し、一言何かを呟いた様だったが、リゾーには聞き取れなかった。


「いや、そんな事は……」


 口ではそう言いつつもリゾーの内心は、やっと来てくれたか、という思いで一杯だった。正直、さっきまでエモがいない事に不安と謎の怒りを感じていたので、リゾーはその事を悟られまいと顔を背けた。


「今まで何処に……」

「……ああ何だか知らんが、美術館の入り口で別の仕事をやってくれと言われてな……」

「別の仕事……?」

「ああ、砂が入った袋を[とらっく]とかいうのに乗せる仕事だ」

「と、とらっく……?」


 リゾーは何となく嫌な予感がして息を飲んだ。


「私達が居たあの山に捨てるための仕事だっていうから一つずつぶん投げてやったぞ」


 エモは得意そうに胸を張った。何て目立つ事を……

 続けてエモは、間違えて[とらっく]も投げてしまってな、と付け加えた。リゾーは目を丸くした。


「えっ……その……とらっくって、なんだか知らないけど、荷物を運ぶものだよな……?」


 裏返ったリゾーの声にああ、とエモが答えた。


「投げた……?」


 エモが軽く頷く。


「片づけるのが大変だったぞ」


 もちろん、リゾーは[とらっく]なるものを見た事は無い。それでも、重くて少なくともエモより大きくてそれなりに貴重だろうものをエモがぶん投げて壊してしまった事は分かった。


「それで、私に仕事をしろって言った奴が……名前は忘れた……とにかくそいつが[べんしょう]とか言い出したんだ。[べんしょう]はいいから金を寄越せと言ってやった」

「君なあ……」


 居ても立っても居られなくなってリゾーはエモを叱ろうとした。が、体が動かない。リゾーは自分が瀕死だった事をすっかり忘れていた。わき腹に激痛が走り、リゾーの脳内がスパークする。


「お、おいッ。大丈夫かッ⁉︎」


 風の早さで駆け寄ってきたエモがリゾーを抱き起こした。

 リゾーの視界はグラついている。エモの顔が三つに見えてリゾーは頭を左右に振った。


「大丈夫じゃないのかッ!!!」


 エモの叫びが美術館中に木霊した。


 真っ白い天井、陽光とも違う無機質な光が眩しくてリゾーは目を覚ました。どうやら気絶していたようだった。

 目の前のエモが未だに焦っていたので気絶していたのはごくごく短い時間らしい。


「大丈夫だよエモ……まだちょっと動けないけど」


 リゾーがそう言うと、エモはため息を吐いて真顔に戻った。


「なんだ……脅かすな。だが、治療は必要だろう。あのばる何とかって奴に頼むか……」


 エモがリゾーを持ち上げた。ちょっとした浮遊感と揺らされた傷口の痛みにリゾーは短く呻いた。


「うっ……ちょっと待ってくれ。外に居た目玉の怪物達は……見なかったか」


 息苦しさと吐き気を我慢してリゾーは聞かねばならない事を聞いた。


「さっさとこの国を出るぞ。出発するために必要な物はどうするか」


 若干沈黙した後、独り言のようにエモがそう言った。会話になっていない。


「待ってって……エモッ!」


 リゾーの言葉に肩眉をピクリとさせてエモは目を反らした。話す気が無いようだ。しかし、リゾーは譲る訳にはいかなかった。


「エモ……聞いてくれ。美術館の外に今、君が倒したのと同じ奴がうようよしてるはずなんだ……奴らを止めないとこの国の人達が危ないッ! 助けに行かなきゃッ!!」


 リゾーは目を瞑りできる限りの声で訴えた。その声は彼自身掠れて聞こえた。

 返答が無い。


 リゾーはゆっくりと目を開けてみた。エモがこっちを睨んでいた。眉間に皺を寄せて、今にもその凶悪な犬歯を剥いて襲いかかってきそうだ。

 リゾーは身が竦んだ。


「ルール:1命令を遂行。国の人間を助けろだと……私は貴様を助けに来たんだぞ……赤の他人を助けに来たのではない」


 静かに一言一言をリゾーの心に刻みつけるかのように言う。その目には憤怒が籠もり、声には侮蔑が宿っていた。

 リゾーは素直に怖いと思った。申し訳ないような気持ちにもなった。だから、つい下を向いてエモの威圧から逃げた。結局ルールってなんなんだ?


「ご……ごめん」


 綺麗な床にエモとリゾーの影が映っている。姿勢は変わらず、エモがリゾーを抱き抱える形だ。二人の影だけを見れば、仲の良い男女のような印象を受けることだろう。実際には一言話すことさえ勇気の要る仲であるが。


「エモ、僕のせいなんだッ! 僕のせいで無関係な人が死んでしまった。あの発掘現場で出土品に血を触れさせてしまったからッ! 迂闊だった。これ以上放っておいたらまた無関係な人達が死んでしまうッ!! そんなことになったら僕はもう……!」


 消え入りそうな声でリゾーはそう訴えた。しかし、リゾーの乾いた灰の瞳に映ったエモの顔は冷ややかなものだった。


「ズレていやがるな。ズレ過ぎて吐き気がするぞ……貴様がその無関係の人間達を助けるのは何のためだ?」

「何のため……って」


 リゾーの呼吸が僅かな間、止まった。それを見たからか、エモが一瞬顔を伏せて……すぐに上げた。


「まあそんなことはどうでもいい……そんなことよりも、私達はこの国を出てヴィクトリエに行くためにココで金を稼いでいたはずだ……結局手に入らなかったが。ヴィクトリエに行くという目的がどうして人助けにすり替わっているッ!!」


 エモの言葉はどれもこれもリゾーには納得できない、したくないものだった。そして、ついに決定的な言葉が放たれた。


「いいか、はっきり言っておく! 私達の目的はルール1の通り、あの女の無念を晴らすこと……何の足しにもならない無駄な人助けなんて……止めろ!!」


 心臓の一際大きな鼓動がリゾーの耳を打った。他の音は聞こえない。ただリゾーは全身を焼く怒りの炎を感じていた。左拳を傷口が開くまで強く握った。

 人助け、リゾーが憧れる英雄なら一人ででもやっただろう。しかし、ココに英雄はいなかった。


「何だよそれッ……ヴィクトリエに行くことしか頭に無いのかよ!」

「当たり前だ」


 即答されてリゾーは自分でも驚くほど腹が立った。


「ッ……遺跡で僕を助けてくれたじゃないか!! 君だって無駄な人助けしてるじゃないかよ!!!」

「それは貴様がルール3:に製作者の保護を設定したからだ」

「じゃあ、ルール3が僕を守る事じゃなかったらどうしたんだよ……」


 エモの縦に細い黄色の瞳が少し揺れた。


「助けなかった」


 エモの両手に力が入ってくる。リゾーは死ぬほど痛かったが、やはり痛みよりも怒りが勝った。


「信じていたのにッ! ジャンヌのために戦ってくれた英雄だと思っていたのにッ!!!」

「変な妄想を押し付けるな! 私は英雄とかいう訳のわからないものじゃない! 信じてくれと頼んだ覚えもないッ!!!」


 彼らは互いに我を忘れて激昂した。心に無視できない蟠りがあるのを分かっていてもリゾーは自分を止められなかった。

 エモはリゾーを睨みつけたままリゾーを床に落とした。そして、床を踏みつけるように一歩だけ下がってこう宣言した。


「もう結構だ。ルール1:命令を遂行。私はあの女の無念さえ晴らせればそれでいい。やりたきゃ一人でやれ」

「ああ、そうするよ! 僕には……やらなきゃいけないことがいっぱいあるんだッ! 一個だけじゃないんだ。君とは違うッ!!!」


 僕一人でもできる、とリゾーは思い、睨んだ。エモの睨みにも同じ意味が込められているだろう。ヴィクトリエには一人で行く気なのだ。


「じゃあな、製作者」


 大きく開いた研究室の穴から飛び出して一階に着地、エモはもう振り向くことも無く美術館の正面入り口の方へ駆けていった。

 金属を何度もぶつけるような足音が遠ざかっていく。普段なら観光客と研究員でごった返しているだろうファミア美術館に完全な静寂が訪れた。

 静けさというものはリゾーにとって馴染みぶかいものだ。遺跡の牢屋は監視している見張りが時折、肩を回すこと以外大した動きがなかったし、だから音もなかったからだ。

 そして、その馴染み深い静けさがリゾーに冷静さを取り戻させた。


「…………ぁ……」


 無音の美術館内を見て、一部冷静さを取り戻したリゾーは後悔せざるを得なかった。こんな体で何ができるというのか。もし言い訳をするのなら、あの牢屋を出てからずっと冷静さを欠いていたんだ、とリゾーは言うだろう。

 リゾーは腰に刺しておいた絵本が妙に重く感じた。絵本の位置を正してからリゾーは白いマットの上を這った。一階に降りる手段を探す。

 四方の白い大きな壁が天井からの光を返している。出口らしきものは無かった。


「うぅ……隠し通路とか無いのか……通気口とかはッ……無いのかッッ!」


 無音に耐えられずリゾーが叫んだ。答えは無い。


「クソッ…………こうなったら意地でもやってやる!」


 心を撫でる不安を抑えつけて、壁を支えに立ち上がる。収容口のあった出口から一階がよく見えた。瀕死のまま飛び下りられる高さではない。

 リゾーが立ち上がり、収容口から目を反らした時、偶然にも彼の視界に机が映った。 研究室に来てずっと倒れていたせいか今まで気付かなかったものがそこにあった。正確には装飾された机の上……そこにあったものは


「何だ……あれ……?」


 壁伝いに歩いて行き机の上のそれを手に取る。


「オーパーツ研究成果?」


 出口に関することではないとすぐに分かったが、何故かそれが重要なものである気がした。特にオーパーツという単語から目が離せない。この研究室に毎日届くのは数百もの出土品、そして、この本の名前は[オーパーツ研究成果]……この美術館はなんなんだ? どうしてあんな物が埋まっていたんだ?

 まるで 誘惑されるようにリゾーはその本を開いた。


 次回 血統

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