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オーパーツは眠らない  作者: 兎和乃 ヲワン
第2章.シャイン騒乱編
12/42

12.暴走 その2

「コイツを倒すんだ!!」


 リゾーが叫ぶ。

 ドアを吹き飛ばした異形の目玉は機械音の奇声を上げて自身に染み渡ったリゾーの血の一部を一点に集めた。

 集められた一点、目玉の一つが真っ赤に充血し、限界まで膨れて破裂した。


「うッ!!」


 リゾーはそれを両手で防ぐ。辺りが血で染まった。


「何を……目潰しかッ!」


 彼は歯ぎしりをして、そう吐いた。しかし、すぐにハッとして


「…………いやッ! これはッ!! 違うッ!! そうだ………この場所は美術館の中じゃないかッ!!!」


 そう叫んだ。彼の視界に映ったのは数々の血に塗れた出土品。直後、出土品達が震えだした。

 機械音と共にグロテスクな目玉とトゲが生える。


「クソッ! ……エモは何処で何をやっているんだ!!」


 悪態をついた次の瞬間、彼の周りの目玉達が一斉に彼に飛びかかった。


「うおおおおお!!」


 リゾーは雄叫びを上げてなだれ込むように、壁画とは反対側のドアに押し入った。

 ドアを閉める間もなく小さい目玉が侵入してくる。その小さい目玉は金属製の靴に生えており、他の目玉よりも軽いせいか断然、素早かった。

 

 踵に硬い感触を感じてリゾーは一瞬だけ後ろに視線をやった。ムカつくほど小綺麗な数メートル上まで続く階段が映った。


「ぐっ」


 小さい目玉が鋭いトゲをリゾーの頭目がけて伸ばす。リゾーはそれを彫刻刀で防ごうとして……弾かれた。


「しまった! 彫刻刀がッ!」


 回転しながらリゾーの後ろに流線系を描く彫刻刀。一回跳ねた後、階段の上へ乗った。


「……くっ!」


 リゾーは自分の非力さを恨みながら素早い目玉の攻撃を受けた。鋭い痛みが彼を襲う。頭を庇った右手が貫かれていた。涙が出るほど痛いが、それどころではない。

 そのままトゲが伸び、彼の額をも貫通しようとしていたのだ。


「うああッ!」


 痛みのせいでリゾーはバランスを崩していたため、本当に偶然、トゲを避けることができた。頬を掠めたトゲが頬の血を乾いた紙が水を吸うように吸収した。


「くっ……このッ!」


 リゾーは激痛走る右手でトゲを掴み、その先にいる小さな目玉に鈍い蹴りを入れた。

 悲鳴めいた高い音がリゾーの耳を震わせた。小さい目玉は乱暴に捕まれたトゲを引き抜いてドアの隙間から逃げ出した。


 僅かに開いたドアから小さい目玉と入れ替わりで無数の目玉が入って来てしまう。

 階段の壁際に落ちた彫刻刀を拾いリゾーは少しでも血を出さない様、右手で腹の傷を抑えた。


「やはりこのままでは……!」


 リゾーは両脇がガラス張りになっている円形に曲がった廊下を駆けた。

 脇腹からの出血は止まらない。リゾーは口中に広がってきた鉄の味を飲み込んだ。

 リゾーは振り返りつつ、思った。このままでは…………殺される、と。


 リゾーの後ろに迫り来る目玉達はさっきまでただの出土品だった。円形の廊下の内側、そのガラス窓に装飾された壷や壁画と元は同じ物だった。

 無論、出土品に対する思い入れなどリゾーには欠片も無かった。それでも、醜く目玉を生やし、人を襲う出土品を見るとリゾーは胸が痛んだ。


「クッ逃げてばかりではしょうがないというのに……! コイツらを倒すには……どうしたらいいんだ!」


 リゾーは胸の痛みから目を逸らして目玉を倒すということに執着した。目玉を倒した後、自分の腹や手足をどう治療するのか、エモとどうやって合流するのか、という考えは既に無かった。


 リゾーの血が口の端から頬を斜めに伝って、後ろに迫る腕輪型の目玉に当たった。

 血の一滴触れた瞬間、どういうことか、目玉は一瞬動きを止めた。


「……!!」


 それを見た途端、リゾーの顔が驚愕に染まる。リゾーの脳裏には遺跡で黒い配線を掴んだ時と同じ閃光がよぎった。これだ!!

 リゾーは可能な限り速度を上げた。

 目玉達がそれに追従する。小さい物が一歩前に出て、そのスピードについて来られない大きな物がその数十センチメートル後を追う。


 半円形の廊下の突き当たり、先にたどり着いたのはリゾーだった。

 突き当たりの壁には重厚なドアがあった。リゾーはその脇にあるファミア美術館の見取り図を睨んだ。


「現在地……はッ!」


 リゾーは灰の目を剥いた。数メートル先の見取り図に驚愕したのだ。

 ファミア美術館の構造は単純だった。先の細くなった塔型の外観通り円形の回廊が中を走り、塔の真ん中は吹き抜けになっている。発掘現場とは一階から直線の階段で繋がっていた。


 ただし、あちこちに厳重なドアで施錠された部屋があった。

 美術館なる場所には貴重な出土品が沢山ある。だから厳重に施錠されている部屋がある事も不思議ではない。


 目の前に迫ったドアがちょっとやそっとでは開かないだろうことはリゾーにはすぐに理解できた。

 鋼鉄のドアを前にリゾーは足を止める他無かった。

 リゾーが顔だけ振り返ると、小さい目玉が鋭いトゲを放ってきた。


「う……うおおおおお!!」


 必殺のトゲがリゾーの体に届く前ッ!

 彼はッ左手の彫刻刀で[自分の脇腹]を抉ったッ!!


 直後、ファミア美術館の前にあった噴水のごとく脇腹から血が噴き出す。瞬間、意識が遠退きリゾーは片膝を着いた。体が傾く。

 リゾーは倒れる勢いを利用して体全体で振り返った。


 当然、脇腹から噴き出した血は迫り来る小さな目玉達に浴びせられる。

 かん高い機械音を上げて一瞬だけ小さい目玉達が止まる。そして、すぐ後ろを追ってきていた大きい目玉達と正面からぶつかった。


 リゾーの狙いは目潰しだった。目玉達はトゲで血を吸う。しかし、眼球に直接血を浴びせるとすぐには吸収出来ない。このことはさっき彼自身が小さい目玉の瞳に血を飛ばした時に気付いていた。


 近づいてくる地面を右手で突き返し、なんとか倒れないよう立ち上がる。脇腹に刺さった彫刻刀と傷口の隙間からとめどなく血が流れていた。

 リゾーは死に至る眠気を感じながら純白の床を這うように走った。

 右足は痙攣し、ほとんど動かない。左手は彫刻刀ごと傷口を抑えている。リゾーはほぼ左足と穴の開いた右手だけで独走した。


 完全に混乱している目玉達の間を縫って進む。

 衝突で破損した大きい目玉を下敷きにし、狂乱する小さい目玉を避けてようやく目玉集団を抜けた。

 半円形の廊下を歩くより遅い早さで必死に這う。リゾーの顔面は蒼白になり、疲れによる物ではない嫌な汗が頬を伝って床を濡らした。早く行かなければッ!


 半円を二等分する位置まで来た時、ソイツがリゾーの前に姿を表した。


「壁画……!」


 絶望の声を挙げたリゾーの瞳に天井まで届く巨大な複眼の塊と化した壁画が映った。その姿には元が壁画であった事を示す物は無い。


 天井の小さなランプが壁画の頭に削り取られて床に落ち、粉々に割れた。

 落下音の後、壁画の複眼に沢山の憔悴しきったリゾーが映った。壁画の体から人の腕を模したトゲが伸びる。


「わああぁ!」


 リゾーは体を捻って、半円廊下の内側、綺麗に装飾されたガラス張りの壁に向けて這った。

 ガラスに施された壷や靴の装飾が巨大な影に隠れる。腕の形をした影が壁に向かって振り降ろされた。

 圧倒的衝撃音、リゾーは砕けたガラス片と共に一階へ叩き落とされた。ガラス片は床に当たると四散して光を反射する細かな粒になった。


 リゾーのダメージは深刻だった。腹に刺さっていた彫刻刀は落下の衝撃で抜け落ち、強打された左足は動きそうにも無かった。栓を失った脇腹の傷口は赤黒い血を吐き出し始めた。


 血の色が黒いのは何故だろう、とリゾーはぼんやり考えた。

 リゾーは苦労してようやく二階の廊下を見上げた。多色の綺麗なガラスが二階の廊下を覆う形で円形を描いていた。今はその中央が大きく裂け、完璧な円に大穴を開けてしまっている。


 大穴から無数の複眼がリゾーを睨んだ。目と同じ数はあろう腕形のトゲがガラスの端を掴む。

 右上からの破砕音、またガラスが砕けた。一階に壁画が降りてきた。


 もう逃げられない。リゾーはそう思った。


「……」


 壁画は下敷きになった自身の目玉を剥ぎ捨てて歩き出した。二階で混乱していた目玉達も各々ガラスを破って降りてくる。数秒の後にリゾーは串刺しになるだろう。


 だが、リゾーは諦めない。無策の悪足掻きをするためではない。目的の場所が目と鼻の先にあったのだ。その場所は……

 リゾーは背後にあった出土品収容口―発掘アルバイトが金と交換に出土品を入れる場所―に動く片足を突っ込んだ。


「入って来い! ……決着を付けてやるッ!」


 リゾーは全身を狭い収容口に押し込み、顔だけ出して目玉と壁画を挑発した。

 人が走る早さで小さい目玉達が一直線に収容口へ向かう。

 目玉達が迫る! リゾーは沸き上がる恐怖に奥歯を噛んで耐えた。まだだ、もう少し引きつけてから……


 短い剣の様な出土品が収容口の二メートル先にまで接近してきた。今だッ!と、リゾーは半分口に出しながら最後の策を決行した。


 収容口内の本来出土品を乗せる引っ掛かりに肩を押し付け、全体重を掛ける。すると、坂になって二階へと伸びている収容口が大量の煙を吐き出した。

 目玉が煙に視界を奪われている間に収容口はその機能を発揮した。


 円周に頑丈そうなロープを張った鉄の輪が収容口に取り付けられている。その鉄の円が回転を始めた。数瞬遅れてリゾーの居る引っ掛かりが重い物同士をぶつける音を立てて奥へとせり上がった。間一髪のところで短剣の一撃が外れた。


 リゾーは出土品の代わりに引っ掛かりへ乗って収容口の坂を登っていく。

 収容口の入り口から光が差し込んでいる。 入り口に影が指す。あの短剣の様な出土品、小さい目玉がこちらを覗いた。体を丸めているリゾーと目を合わせると、途端にさっきと同じスピードで侵入してきた。


 狭い空間にも関わらず、短剣はその矛先をリゾーに向けて余裕そうに突っ込んでくる。リゾーは体力的にも体勢的にも戦うことは不可能だった。


 短剣に付いた目玉がリゾーを睨んだ。目しか無いのだから表情などあるはずも無いのだが、リゾーには勝ち誇っているように見えた。最も、勝ち誇っているのはリゾーも同じだったが。


 引っ掛かりをすり抜け、ついにリゾーの目前まで短剣は到着した。そのままリゾーの頭を突き刺…………さなかった。


 目玉のトゲと短剣の刃先がリゾーの灰の瞳から数センチメートルという所で止まっていた。


 収容口にはファミア美術館が閉館している間中、発掘現場から出土品が持ち込まれる。その数は一日当たり約百個、リゾーが噴水の前で拾った紙に書かれていたことだ。

 それほど世話しなくこの収容口は稼動しており、なおかつ収容口に入れられた物は研究室へ直送だ。坂を登る間、誰の手にも触れない。

 これはあることがこの坂の途中で行われるという意味だった。


「どうした……気分でも悪くなったか?」


 リゾーは荒い息を吐き、不遜に笑った。

 リゾーのまさに目前で止まったトゲは小刻みに震えながらみるみる内に膨らんでいく。短剣に生えた目玉も同じだった。苦しみのかん高い奇声を上げてはちきれんばかりに眼球を膨らませる。


「……何が起きているのか……分からないだろうな……」


 そう言ってリゾーは口に入ってきた冷たい水を血と一緒に吐き出した。

 実は、リゾーが坂の中程に到達した時、収容口内で至る所から気付かないほどの量の水が吹き出し始めていた。

 収容口内の狭い壁には無数の小さい穴があり、そこから水が噴き出るのだ。

 その水を血と同じ様に吸い続けた目玉はたちまちに膨らんでしまったという訳だ。


「……収容口の坂は出土品を直接……研究室まで運ぶ……その間、人の手は全く入らない…………その上、収容口には日に百個もッ……土の付いたまま出土品が入れられるんだ。研究室の人間がその土を全部、毎日洗い流す……? そんなことは不可能だッ! ならば、この仰々しい機械の坂がその役割を持っているはずなん

だ!」


 大量出血と興奮で真っ赤にブレたリゾーの視界で目玉が瞳孔をかっぴらいた。


「…………この坂はお前達! 出土品を洗浄するためにあるッ!!」


 リゾーは肺の空気を絞り出して叫んだ。

 最大限まで膨れ上がった目玉は自身を捩じり、水を絞り出した。


「水を出したかッ! しかし、吸った血も一緒に出ているぞッ!!」


 お前らが動くのには血が要るだろう、とリゾーが口の中で付け加えた。


 人間でいうと大事な血管に当たると思われる太い筋を全身に走らせて血走った目をした目玉がトゲを伸ばす。リゾーはそれを彫刻刀で防ぐ。

 ガキンッという金属音がして彫刻刀は弾かれ、機械の坂を滑り降りて行った。目玉のトゲとリゾーの間にはもはや何も無かった。


「……」


 しばしの沈黙が訪れた。機械の坂が引っ掛かりに乗った物を運ぶ音だけがリゾーの耳を叩いた。

 リゾーの額に浮き出た汗が頬を伝って顎まで行き、そして……消えた。


「決まったな……」


 リゾーが緊張の空気を破って呟いた。

 水が湧き出ていた無数の穴は何事も無かった様に深い闇を見せている。水に濡れたはずの壁や床には水滴一つ無くなった。

 リゾーの手に小さな幾つもの感触があった。

 風だ。機械の坂は収容口から研究室まで直通で坂を登る間に出土品は洗浄される。という事は……


「当然、乾かさなくちゃいけないな」


 リゾーは乾いた喉を震わせた。ふぅ、と長い息を吐いて目玉がカラカラに干乾び

ていく様を見届けた。


 ふとリゾーが収容口の入り口の方に目を向けると、無理やり入って来た目玉達が水を吸って詰まっているのが見えた。あまりに見事に詰まっていたのでプッと噴き出してしまう。笑ったせいで口の中が裂け、リゾーは無言になった。


 実質、二十秒もしない内に機械の坂は終わった。リゾーにしてみれば数分、大げさに言えば一時間にも感じる戦闘だったが。


 真っ白なマットに放り出されるリゾー、柔らかな弾力を感じて彼は思考を現実に戻した。辺りを見回す。


 壁に白い光を放つ、それ程眩しくない照明がある。部屋は長方形で横に長く縦に短い。天井は高かった。収容口の出口、リゾーが倒れている場所は部屋の長い横側、右端に位置していた。一番遠くの壁に堅牢強固なドアがあった。


「ココが見取り図にあった研究室……あのドアは通路にあった行き止まりか」


 リゾーは急に脱力してマットに突っ伏した。限界だった。発掘現場からココまでの闘いは命が賭かっていたし、何よりエモが隣にいなかった。遺跡を脱出してから一日と経っていないのにエモが居る事が当たり前のような気がしていたのだ。


 体と精神の疲れがリゾーを無意識の底へ誘おうとしていた時、轟音が鳴った。少し遅れて一階の方で途轍もなく大きな物が落ちる音がした。

 体を上下に揺さぶる衝撃にリゾーは覚醒させられ、引っ張られる様に後ろを振り返った。


 巨大な複眼。それが収容口の出口だった場所から覗いていた。忘れていた訳では無い。リゾーはまさか一階から二階まで続く大きな鉄の塊を元は石で出来ていた複眼の壁画が薙ぎ払えるなんて予想していなかっただけである。


 リゾーが声を上げる間もなく、壁画は束にした腕の集合体をポッカリ開いた研究室の穴に叩き込んだ。

 リゾーはもうダメだ、と思い、ギュッと灰の目を瞑った。


 ……二度目の衝撃がリゾーを襲う事は無かった。恐る恐る目を開けると……


「全く、何をしているんだ貴様……」


 目の前に肩幅より若干狭く足を開き悠然と立つ人影があった。白銀の長い後ろ髪と鮮やかな黒い肌を魅せながら勇ましさを感じさせるその人影は……


「エモッ!!」


 リゾーは喜びの声を上げた。


「探したぞリゾー……」


 エモは白銀の髪を揺らして振り返り、犬歯を見せ付けた。


 次回 オーパーツ


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