10.芸術国家シャイン その2
「どうだお前等……」
そう言って適当な部下がこちらへ振り向く。突如リゾーの首に違和感。そして、次の瞬間には視界が反転していた。
リゾーの視界の上で、適当な部下はリゾー達が居ない事に焦ったのか、細い隙間に潜った。
しばらくして、隙間で四苦八苦する適当な部下を見ながらリゾーは仰向けの状態から起き上がり、反転していた視界を元に戻した。
「エモ……何をするんだ。急に屋根の上になんか登って」
細く尖った屋根に頭を下にして掴まった少年が言った。
「……リゾー……貴様こそ何をするつもりだったんだ」
急カーブを描く屋根に足を突き刺しているエモが言った。
「何をって……名所に行くんじゃ……」
そう言いかけたリゾーはエモの強烈な視線を感じて黙った。
「[ズレ]てるな」
「あっ、いや分かってるよ……ヴィクトリエまでプロトを助けに行くんだろ」
エモが眉間に皺を寄せると、リゾーは萎縮してしまった。
「ああそうだ! 分かっているならその通り行動しろ!!」
エモはリゾーの首根っこを掴み、彼に顔を近づけてそう言った。
「……しかし、そのためには……旅をしなくては行けないし、旅には色々準備が要るぞ」
顔を引きながらリゾーはそう言った。
「じゅ、準備?」
「必要だよ。だって旅だよ。何にもないとこを一日中歩くことだってあるかもしれないし、山を登ったり下ったり川を渡らなきゃならないかもしれない。そもそもヴィクトリエがどっちの方角にあるのかさえ分からないんだから」
「私はてっきり明日には着くつもりだったのに……」
「えぇ……」
「な、なんだよ……何が必要なんだ?」
「ええっと……確か絵本では、ランプ……金……とか。後は、後は……」
絵本を開きながら考えてみた。ランプと金だけではないことは確かだ。なかなか思い浮かばないのでチラリとエモの方を見てみると。
「わ、私には分からんぞ」
少し俯いて何か呟いていた。自分が見られていることに気が付くと驚いて顔を横に振った。妙に上ずった声だ。遺跡を脱出してから初めて見る反応だ。これは[恥ずかしがっている]と見ていいのだろうか。あの化け物じみた石像が恥ずかしがっている?
リゾーが思案していると、耐えきれなくなったのかエモが叫びだした。
「あー、そうだ! あの店で聞いてみよう!」
さっき見たBARという看板の店であった。
木製のドアを押し開けてリゾー達はほの暗い空間に入った。ココはBARという看板を掲げていた店だ。
店内には6人が座れるテーブルが脇に二つあり、奥に立っている紳士服の男の前にカウンター席が8個あった。
「……」
テーブル席の初老の男達は目と口を開けて呆けている。
「……お嬢さん。ココは子供の来る所じゃないですぜ。看板が見えませんでしたかい?」
紳士服の男がお嬢さんと呼んだのはエモだ。しかし、エモにはお嬢さんという言葉の意味が伝わっていないだろう。リゾーは嫌な予感がした。
リゾーが恐る恐る隣のエモに目を向けると、彼女はちょっと眉間に皺を寄せて眉をピクピクとさせていた。数秒後、彼女は鎖模様の黒い拳を振り上げた。
「やめよう。ココで騒ぐとあの部下に見つかるかも知れない」
リゾーはエモの腕を掴んだ。エモは視線だけリゾーにやって数秒涙目で睨んだ後拳を開いた。エモが暴走気味なのには理由がある。お嬢さんと言われたからではない。たぶんさっきエモが慌ててこの店を目指して飛び降り、盛大にこけたからだ。恥ずかしがっていたせい、ということにしておこう。
「僕らは尋ねたい事があって来たんだ……お金無いけど……」
最後の方だけ小声で言い、リゾーは旅行には何が必要だと思うか、と質問した。
「……その口振りだとこれからどっか旅すんのかい…………その歳で? ……まあ、立ち話もなんだ……座りな」
紳士服の男はそう言って奥のカウンターの席を顎で指した。緊張しているリゾーと眉間に皺を寄せたままのエモは店の奥へ歩いていく。
床は煤けた木で出来ており、エモが踏む毎に悲鳴を上げる。壁に飾ってある古い時計はリゾーがちらっと目を向けると、午後2時を指していた。
「……何処もこんな物なのかな」
店の奥、カウンター席のクッションが破れているのを見てリゾーは口を滑らせた。テーブル席の一人が顔を反らして笑った。
「……で、旅に何が要るかだっけ」
「あ……ああそうだ。どんな物が必要か」
リゾーはクッションの破れを見なかった事にして、座った。エモは破れに気付いた様子も無かった。
「そうだな……やっぱり地図は要るんじゃねーのかい」
紳士服の男は何かの筒をシェイクしながらそう言った。
「金も必要だろぉ!」
「……飯も要るな」
テーブル席の初老の男達が堰を切ったように喋り出した。
固まっていた店内の空気が動き出した。
BARの店でリゾー達が得られた情報をまとめると、飯、服、金、地図、テント、人脈、運、情報、力である。入手可能な物だけを頭に叩き込んだリゾーは御礼を言って店を出ようとした。すると
「待ちな」
紳士服の男は傷ついたカウンターにコップを二つ置いた。
「飲んでけ。卸代はいいから……」
リゾー達が見てみるとそれはミルクだった。ミルクならリゾーでも牢屋で飲んでいた。親しみを覚えてリゾーはそれを飲み干した。リゾーが横目で隣を見ると以外なことにエモも素直にミルクを飲んでいた。
「……ところで、そんな若い内から旅なんて……一体、何処に行くんだ?」
テーブル席の一人がさり気なくそう言った。リゾー達はミルクを一気飲みしてからこう答えた。
「「ヴィクトリエ」だ」
そう言った途端、店内の空気が変わった。さっきまでの談笑できるような暖かい空気ではなく、肌を突き刺すような冷たい空気に変わったとリゾーは感じた。怖いのでリゾーはエモの方に肩を寄せた。
「ヴィクトリエだぁ? ……何しに行くんだ! あそこは最低の屑しか住んじゃいない!」
「そうだ! 悪い事は言わねぇ……別の国にしとけ!」
「この国の宝を奪いやがったんだ!」
テーブル席の初老の男達は一斉に大声を上げ始めた。急変した男達にリゾーは更なる恐怖を覚えた。
「とっ……友達の友達を助けに行くんだ」
リゾーは委縮しつつもそう答えた。
「何だろうと行かない方がいいッ! 考え直せ!」
テーブル席の初老の男達がまた怒鳴り始めた時、店全体が揺れた。エモがカウンターにコップを叩きつけていた。もちろん、コップは割れた。
「行くぞリゾー」
エモはリゾーの首を引っ張ってまだ突き刺す様な空気が張っている店から出ていった。
「痛っ……いちいち首を掴むなよ! 痛いじゃないか!」
「フンッ! アイツらが余計なことを言うからだ!」
「僕は関係ないだろ……!」
エモはまた腕を組んでふんぞり返った。彼女の大きな胸が形を変えず、その硬さを示した。
リゾーはそれから目を反らしつつ顎に手を当てて考えた。どうやって金を手に入れるか。何を買うにも結局の所、金、金が要る。逆に金さえあればほぼ問題は解決だ。しかし、自分達は一文無しである。また故郷も無く、頼れる人もいない。リゾーは答えを出せなかった。
「おい……いつまでそうしているつもりだ。早く必要な物を集めるぞ。金と……地図? だったか?」
「でも、どうやって……?」
「それは……こうやってだ!」
エモはそう言うと、近くの別の何にも看板が無い店に入っていった。リゾーは既に嫌な予感がしていた。しばらくすると、細い男が出てきた。
「勘弁してくだせぇ~」
その男は数枚の金? と思しきコインを握りしめていた。
「寄越せ」
遅れて店から出てきたエモは無表情にそう言った。男の前にしゃがみ右手を出して無慈悲にもう一度同じ事を言った。
「寄越せ」
「辞めろおおおッ!エモッ!」
リゾーはエモの元まで走っていって、彼女の両肩を掴んで揺らした。
「君はッ! 何をッ! やっているんだ!」
「何って……金を……稼ごうと……!」
あり得ない凶行に出たエモは頭を揺らされながらそう答えた。
「稼いでないだろッ! 奪おうとしたじゃないかッ!」
「何を言っているんだ。金があればいいんだろ!」
「違う! 僕は君をそんな娘に彫った覚えは無いぞぉ。」
「フンッ! [ズレた]事を! ……今の私はヴィクトリエに行ってプロトを助けるためだけに存在している!」
エモは分からんのかッと付け加えてリゾーを付き返した。
「…………確かにそうだろうけど……英雄ならそんな事はしない」
リゾーはエモに目を合わす事が出来なかった。
「英雄なら……悪い事もせず、真っ直ぐに正義を貫くんだ」
リゾーは下を向いたまま声を小さくしつつそう言った。
「いい加減にしろ……貴様。あの女の無念を晴らす気が無いのか?」
エモはドスの利いた声でそう言った。リゾーは怖くて顔を上げられなくなった。
既に細い男は逃げ出していた。リゾーは横目でそれを確認して、ほっと息をついた。
エモはリゾーを連れて、金を恵んでもらおうと裏路地を回った。当然だが、金は一切貰えなかった。
「……ハァ……手に入ったのはこの古い地図だけか」
「やっぱり……奪った方が良かったんじゃないのか?」
「それはダメだ」
「……ハァ」
リゾー達は今、裏路地を出た先の広場にいる。ファミア美術館を背にして周りより位置が低い、噴水近くのベンチに二人で座っている。
「やっぱり稼ぐしかない。奪うのも貰うのもダメなんだ」
「稼ぐ方法なんか知らないぞ……何でもいいから早くしろ。もうこの地図だけで出発するぞ!」
エモがイライラで今にも爆発しそうな表情に成り始めた時、通りすがった人がベンチ脇のごみ箱に大きな紙を捨てて行った。
「おっ……?」
リゾーはまだ新しい白いごみ箱の中からその紙を取り出した。彼の灰色の目が灰色の紙を見る。
「何を無駄な事をしてるんだ……それは必要な物なのか?」
「これは……」
「おい! 答えろよ……必要なのか?」
リゾーは一人狂喜していた。エモが目の前で質問していてもリゾーの耳には入って来なかった。
「……おいッ!」
突如、リゾーの視界から灰色の紙が消えた。エモが紙に手を掛けて退けたのだ。
「私には文字なんて読めないだ。何が書いてあるんだよ」
「…………あの適当な部下がいただろ?」
「ああ」
「アイツ……言ってたよな? 芸術品が地下に眠っていた……って」
「ああ。それがどうした」
「地下に眠っていた……つまり、発掘されたって事だ。その芸術品達は……」
「だから! それが! どうしたって聞いてるんだッ!」
エモはリゾーの胸倉を掴み上げた。
「……この紙によると……その芸術品達は今もなお発掘され続けていて、その発掘作業に人手が足りないらしい。身分を問わず、発掘作業のアルバイトが出来るんだ! これしかない!」
「……つまり金が手に入って、必要な物を買えば……今度こそすぐに出発出来るんだな?」
「ああ! 勿論!」
「ならやるぞ! 今すぐに!」
「……」
「? ……何だ?」
「いや、そう言えばビジュツカンって何なんだろうって……」
「知らん。聞くな」
白く尖った先端が空まで伸びている。間近で見るファミア美術館は遠近感を狂わせる程の巨体を誇らしげに晒していた。
噴水前のベンチで働くことを決めた後、リゾー達は円形の階段を登り、美術館へと向かった。既に午後の発掘作業が始まっていたが、人数不足だからと途中参加を許された。今は前門を潜り、正面入り口前で二人一緒にファミア美術館を見上げていた。
「……デカいな」
エモが役場のない声で言う。
「……」
リゾーは尖ったてっぺんを片目で見上げたまま返した。空を見上げるという行為自体、牢屋暮らしだったリゾーには全く慣れないことである。巨大な建物を見上げるのも同じことだった。現実感の伴わないその光景は自然とリゾーを無口にさせた。
「いつまで見ているつもりだ。ただでさえ回りくどいことをしなきゃならないというのに……これ以上焦らすのは止めろ」
ぐい、と引っ張られ鬱憤たっぷりの言葉が降り注ぐ。リゾーは現実に引き戻された。
「首を引っ張るなって……言ってるだろ! 言われなくても行くさ」
ぼやきながら首を掴んでいる腕を叩く。そのままだと引きずられて行くはめになるのでリゾーは走って着いて行った。
エモが美術館の扉を押し退けるように開ける。長身な上、一切歩幅を合わせる気が無いエモに眉を潜ながら、リゾーもそれに続く。
美術館の一階は広い円形の場所だった。ロビーとかいうらしいその場所でリゾー達は発掘に必要な工具を受け取る。
エモが受付の人の話を遮ってさっさと行かせろ、と喚いている間、リゾーは暇だったので、辺りを見回していた。
「? ……何だアレ」
どんな物でも目新しいリゾーが一番に気になったのは美術館の一階から二階まで続く大きな坂だった。歯車がいくつも付いていて黒いロープみたいな物がその縁に掛かっている。
機械というやつか、とリゾーは辺りを付けた。リゾーの知識には偏りがある。隠し持った絵本によって店や銃の存在は知っていても、美術館や具体的な食べ物を知らない。だからリゾーの目に映ったそれはとっても奇怪なものに見えたし、何かの機械なんだろうと思うしか無かった。
「すみませ~ん。遅れましたぁ~」
手足が異様に細い男がロビーの奥から出てきた。無駄に長い両手いっぱいに壺やら、生き物? の人形やらを泥の付いたまま抱えていた。
「何だお前はッ! まだ午後の部は終わっていないぞ! 何故、発掘現場から戻って来た!」
機械に空いている四角い穴に近づこうとした両手いっぱいの男を受付の一人が止めた。声を張り上げて、かなり怒っている様子だ。
「いえ違うんです~午前の部の者なんです~」
「はぁ!? もう3時過ぎだぞ! 何やってたんだ……?」
受付が呆れたように言う。
「すみません量が多くて~」
両手いっぱいの男は申し訳なさそうに頭を下げる。
「ああ! もういいさっさと入れろ! 今度から気を付けてね!」
受付が四角い穴の前から退くと、両手いっぱいの男が言われた通り泥塗れの壺や欠片を穴に入れた。
ガコンッと音がして、壺と欠片は飲み込まれていった。あの壺や欠片は何処に行くのだろう?とリゾーは思った。
エモが落ち着いてから、リゾーは受付に聞いてみた。あの機械の坂は出土品を入れる収容口なのだとか。日に数百個も掘り出される出土品が全てあの収容口に入っていく訳だ。
受付が君らも作業が終わったら収容口に入れてね、と言った。その後、リゾー達は受付に案内された。
この場所は発掘現場、美術館の裏手に位置している。リゾーは今この場所にいた。彼は数人のアルバイトと共に正方形の領域を任されていた。隣のバイトが土に埋まった錆びた壺を掘り返していく。このエリアの発掘は比較的に価値が低い物しか出てこない。価値の高いとされる物はプロが任されるからだ。しかし、上手く掘り起こした分だけ給料が貰えるという仕組みになっているため、バイト連中は皆必死である。バイトの層は主に裏路地に住む住民などこの仕事を生業としているらしい手慣れた者が多い。そんな中慣れないリゾーは苦戦していた。
「クソッ……何も出ないじゃないか」
リゾーはそう言いながら、土を乱暴に削った。すると、スコップが何か硬い物に当たった。スコップを置いて、丁寧に素手で掘り返していく。未だに血で滲み、痛む左手も使って、掘り進めて行った。徐々にあらわになる硬い物体、それは靴であった。靴には装飾品なのかナイフのごとき鋭い突起が付いている。さらに掘り進めると突起が二本、三本と増えていく。リゾーは何かの武器かと当たりをつけていた。しかし、突起の根本へ到達するとリゾーはその認識を改めざるを得なかった。
掘り返したその先に、見覚えのある巨大な[目玉]がこちらを凝視していたからである。
次回 暴走 その1




