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オーパーツは眠らない  作者: 兎和乃 ヲワン
第1章.遺跡脱獄編
1/42

1.見張りの大男

 約三m四方の牢屋、埃のせいか空気は淀んでいる。牢屋の隅には机が設置されていて、その上にロウソクがあった。

 ロウソクは牢屋を照らしてはいない。この空間を照らすのはドアの小窓から入る木漏れ日の様な光だけだ。


 牢屋の奥に狭そうに置かれたベッドがある。

 ドアの小窓から木製の仮面をした大男が牢屋の中を覗き込んだ。ベッドの主が寝ているであろう事を確認したのかドアの向こう側にいた大男は階段を下りて行った。

 大男が去った後、布団の端がほんの数センチ持ちあがった。ベッドと布団の隙間から細く白い腕が出てきて、ベッドの下から何かの本を取り出した。

 ベッドの主――リゾ――はこの遺跡以外の場所を知らない。物心付く前から牢屋暮らしをしている。この遺跡にいる仮面を被った人達が何者なのか自分は何故ここにいるのかなどリゾーは疑問に思った事さえない。幼い頃は仮面の人達に言葉を教わったものだが、それだって事務的なもので機械に教わるようなものだった。


 そんな彼にも楽しみがある。さっき取り出した本ーー名も無き英雄の絵本ーーだ。仮面の人達がいつも持ってくる難しい本(動物がたくさん載っている)の中に何故かこの絵本が紛れていたのだ。彼はそれをベッドの下に隠し毎晩こっそり読んだ。

 絵本の中の英雄は強く、真っ直ぐで、彼にとって目指すべき理想の様な存在となった。そして絵本の中の英雄が住んでいた外の世界に興奮した。

 彼は英雄を通じ、生まれて初めて牢屋の外に興味を持ったのである。


 昨晩と違いロウソクの火はしっかりと燃えている。今この牢屋にはリゾーと向かい合っている少女が居た。


「アンタ……名前は?」


 鉄製のドアの近くに立つ褐色の肌をした少女が長い沈黙を破った。彼女はリゾーと同程度の身長で、耳の後ろの赤茶色の髪が肩まで伸びている。


「……」


 鉄製のベッドに座っている色白の細い少年、リゾーは俯いて何も答えない。というよりは答えることが出来ない。彼にとっては産まれて初めて会う女性であるからだ。


「ねえ……名前は?」


 少女の童顔がリゾーの目の前に迫ってきていた。


「くッ……貴様何者だ」


 リゾーはつい絵本の英雄の台詞で答えてしまった。ただ一つ英雄と違ったのは声が震えていたことだ。


「……あー、そうね。私から名乗らなくちゃね。私はジャンヌ……アンタは?」


 ジャンヌと名乗った少女はため息を付き、彼から大股で二歩ほど距離を置くと、勢いよく床に座った。

 埃が舞う。


「……リゾーだ……何故ココにいるんだよ」


 顔のあたりに来た埃を右手で払いながらリゾーは答えた。


「何故って私閉じ込められたのよ。ドアの前に立っている見張りが見えないの?」


 ドアの覗き穴から仮面を被った大男が鋭い目を光らせていた。


「……あいつは食事係だぞ。何もしてこない」

「食事係が何で牢屋を覗いてんのよ」


 ここでジャンヌは再びリゾーに息がかかるくらい顔を近づけた。

 リゾーは天敵にであった動物のような俊敏さで顔を後ろへ引いた。彼は不快な奴だと思った。


「私は…………ここから出たいのよ」

「……何だって?」


 リゾーは灰色の目を大きく開いた。若干息苦しさを覚えるくらい牢屋の空気が張りつめた。

 ロウソクの火がリゾーの心を表す様に揺れる。

 彼らがいる遺跡には仮面の人達が大勢いる。その数はここで暮らしてきたリゾーでさえ知らない。その上、遺跡はとても巨大で詳しい構造はおろか、その全体像も彼は理解していない。

 牢屋で生まれ育ったリゾーには遺跡という世界が既に果てしなく巨大過ぎる。その上、ここの人達は遺跡に埋まっている[何かおかしなもの]を発掘しているらしいのだ。リゾーには教えて貰えないので不気味でしかたない。外に興味があるとはいえ、この巨大な遺跡から出るという発想自体がリゾーにはあまりに飛び抜けて聞こえた。


「……そんな事をしようとしたら……っておい! 何してる!?」


 ジャンヌがしたり顔をしてベッドの下に手を突っ込んだ。何か探っている。

 驚愕したリゾーは止めさせようと両手で邪魔をした。しかし、運動などした事のないリゾーはジャンヌを止められなかった。自分の力の無さにしょぼくれている内に、一番大事なものを取り出されてしまった。


「……やっぱりあった。ベッドの上からどこうとしないから何かあると思ってたのよね」


 ジャンヌが取り出したのはリゾーにとって唯一の楽しみである絵本だった。


「取り出すんじゃない! 見張りにばれたらどうする気だ!?」

「あら……彼は食事係じゃなかったの?」


 ジャンヌは右手で口を覆ってプッと噴き出した。


「ッ……いいから隠せよ」


 会話に慣れていないせいかすぐにボロを出したリゾーは顔を背けた。彼の視界の端でジャンヌが手に付いた埃を払う。


「隠すわ……お願いを聞いてくれたらね……」


 リゾーは獲物を見つけた猫の様な視線を感じた。女の子って怖いんだな。


「さっきも言ったけど……私ここから出たいの。死ぬほど出たいわ……ほんと」


 さっきよりもさらに鋭い視線がリゾーに突き刺さる。

 ちょうど、ジャンヌの体に隠れているせいか“食事係”に絵本は見つかっていない様子だ。彼は思った。すぐに絵本をしまわなければいつ見つかるとも知れない。目の前の少女は彼にとって未知の脅威だったが、絵本を守るためには従うほかなかった。


「分かった……分かったよ。いいから返せ……大事な物なんだ」


 リゾーは顔に冷や汗を浮かべて焦った。

 目の前で不躾な少女が涼しい顔の笑みを浮かべている。リゾーは自分が相当不利になっていた事に今更気が付いた。

 ジャンヌはまだ埃が立っている内に絵本を読み終えると絵本をリゾーに投げて返した。

 不意を突かれたリゾーは絵本を落としそうになりながらそれを捕まえ、傷が付いていないかと表紙から、各ページの角まで確認した。


「急に投げるんじゃない! 大事な物だって言っただろ!」


 そう言いながら、リスが餌を隠すように絵本を枕の下にしまった。


「私にとってはつまらない物よ。そんなの外に行けばもっと良いのがたくさんあるわ」

「君は外から来たんだよな? 外にはいっぱいあるのか?」

「え? ええ。いっぱいあるわ。外に出ればいくらでも……」


 身振り手振りでジェスチャーをしていたジャンヌは説得を諦めたのか動きを止め両手を握り拳にして振り上げた。

 その意味不明さにリゾーは呆れ、目を細めて口をへの字にした。


「……とにかく君の言う事は聞くから二度と僕の本に触れるんじゃない。いいな」

「はいはい」


 ジャンヌは無関心にそう言うとリゾーの隣に埃が舞うほど勢いよく座った。リゾーの暗い金髪が埃を被った。


「今アンタが知っている事を全て教えて……ここから出るために必要な情報よ」


 手で口元を隠し、目を細めてジャンヌは見張りに聞こえない様に小声でそう言った。

 くっつくほど近かったのでリゾーはジャンヌから少し離れた。


「……ハァ……えーと、まずここに住んでいる人の数はよく分からない。たくさんいる。それと、外への行き方も分からない。というか実験室の場所しか知らない」

「実験室?」


 ジャンヌは眉を潜めた。


「チーフが言っていた。あそこは実験室だってね。行き方は……」

「待って、チーフって誰?」


 ジャンヌは少し首を傾げ、右手をリゾーの口の前に出して彼の言葉を遮った。


「実験室に行く時にいつも付いてくる人だ……そう呼ばれているのを聞いたことがある」

「いつも……その実験とやらに関係しているのは間違いないわね……実験室には何があるの?」


 リゾーは顎に手を当ててしばらく悩んだ後話し始めた。


「薬品がたくさんと手術台が一台、後は注射とかだな」


 そういえば何とか刀が発掘されたとか実験室で仮面の男が騒いでいたな、とリゾーは思い出した。


「まるで病院ね……薬は病気を治す物じゃないでしょうけど」


 苦虫を噛み潰すような顔になったジャンヌを見て、リゾーはさらに身を引いた。


「……今更だが、君は外から来たんだろう? 外への行き方も分かるんじゃないのか?」


 リゾーが敵意の籠った目でジャンヌを睨む。


「知っていたら聞かないわ! この牢屋の前にくるまで気絶させられていたのよ!!」


 疑われた事で気を悪くしたのかジャンヌは膨れ面になった。


「……いや……知らなかった……ごめん」


 リゾーはジャンヌの鋭い視線から逃げる様に顔を俯けた。狭い牢屋に沈黙が満ちる。

 もう埃は舞っていない。


「…………別に怒ってないわ……あっ……そうだ。まだ聞きたい事が」


 ジャンヌが言いかけた時、ロウソクの火が震えドアが軋む音を立てながら開いた。


「消灯時間だ」


 ドアの前に立っていた見張りが入ってきた。見張りはドアを通るのに頭を下げる必要があるほどの巨体の持ち主だ。

 この見張りは入ってくるなり見せつけるかのようにロウソクの火を右手の親指と人差し指の間で揉み消すとすぐに出て行った。

 見張りがドアを閉めると牢屋の照明はドアの小窓から漏れる僅かな光だけになる。


「……話はまた明日にしよう」


 そう言ってリゾーは硬い生地でできた布団に潜ろうとした。思うように進めない。服を引っ張られていることに気が付いた。


「ジャンヌ?」


 リゾーは服越しに感じる情けない震えに振り向いた。触られていることが不安ですぐにでも引き離したかったが、何故かそれができなかった。

 薄暗いのでジャンヌの表情は見えない。が、リゾーにはジャンヌが怯えていることはなんとなく分かった。


「……暗闇が怖いのか?」

「違う!」


 ジャンヌは服を手放し、リゾーを押し退けて布団を引っ被った。

 リゾーはしばらく呆けた後、床で寝る訳に行かないので自分も狭い布団に恐る恐る侵入した。

 ドアの前にいた見張りが階段を下りて行く足音がした。


 しばらくして、リゾーが夢の世界へ旅立とうかという時、彼はある[おかしな事]に気が付いた。牢屋のベッドは子供二人が入るには少し狭いので布団の取り合いになってもおかしくない。しかし、今布団は彼を完全に覆っている。つまり目の前にいるはずのジャンヌにはほとんど布団が掛かっていないという事だ。これが[おかしな事]だった。

 牢屋に自分以外の誰かがいること自体不安で堪らないのに、同じベッドで寝ている相手のことが気にならないはずはない。

 リゾーは扉と反対側の布団の端を持ち上げる。

 すぐ目の前にレンガの壁が映っただけだった。


「……ジャンヌ?」


 布団を剥いで小声で姿の見えぬ少女の名前を呼ぶ。返答は無い。あるのは静寂と闇だけだ。

 リゾーは眩暈がした。あの無駄に勢いよく座る少女はどこへ消えてしまったのか。何故自分がこんな事で悩まなければならないのか。


 諦めて布団を被った時、リゾーは聞き慣れない音に気が付いた。何か硬い物で石を引っかくような音だ。それが断続的に壁の上の方から聞こえてくる。

 恐る恐る壁の上の方を見上げた。暗色のレンガで出来た壁は起きたばかりで暗闇に慣れていないリゾーには不気味に見えた。


 リゾーの顔に何か砂粒の様な物が落ちてきた。それが目に入り彼は声を上げそうになるが、両手で口を抑えて声を噛み殺す。彼は知っていたからだ。

 見張りが戻って来る事を

 リゾーがまだ幼い頃、牢屋で絵本の英雄の決めポーズの練習をしようとした事があった。見張りが去った後、十分に時間がたってから彼はベッドから立ち上がりポーズを決めた。

 そして、英雄の台詞を少し控えめに叫んだ時、階段を巨体が駆け上がる轟音が牢屋を震わせた。リゾーがベッドに戻る間もなく牢屋のドアを押し開けて見張りが入ってきた。

 なんと、見張りは押し入った速度を緩めずそのままリゾーを突き飛ばした。

 リゾーは壁に激しく叩きつけられ左腕を折ってしまった。騒ぎになったためすぐに治療されたが、彼は消えないトラウマを負うハメになった。


 リゾーは目の痛みに耐えた後、暗闇に慣れてきた目で壁の上を見た。__彼はまた声を上げそうになった。__砂が目に入ったからでなく、全裸で壁に掴まっているジャンヌを見つけたからだ。


「ジャンヌ! 戻れ! 何をしているかは知らないが、ここで夜中に行動するのは危険なんだ!」


 小声で、されど必死の声でリゾーはジャンヌに危険を伝えようとした。

 まるで聞こえていないという風にジャンヌは壁の上で何かを続けている。

 リゾーがもう一度もう少し大きな声を出そうとした時、彼女は振り向いた。

 リゾーが暗闇に慣れても壁の上にいる彼女の表情までは見えない。彼女は右手で壁に掴まり、ロウソクの台を持った左手の人指し指を自分の口の前に持ってきた。

 声を出したくないのは彼女も同じらしかった。リゾーもジェスチャーでベッドに戻る様ジャンヌに促す。しかし、またも壁の上の少女は彼に背を向けて何かを始めてしまった。


 リゾーは頭を抱えた。いったいこの少女は何をしているのか、何故裸なのか彼には理解できなかった。かつて見張りに折られた左腕が痛み出し、その部分を手で抑える。

 リゾーは恐れた。もし今ドアを開けて見張りが入ってきたら壁の上の少女も自分と同じ目にあうかも知れない。リゾーは考えた。絵本の英雄ならどうするだろうか、と。ジャンヌがしている事はリゾーには分からない。でも、リゾーはジャンヌが知らない危険を知っている。だからリゾーは……強行手段に出る事にした。


「ジャンヌ……聞こえているだろう? 今から君を引き摺り下ろすからな」


 決意してからのリゾーの行動は早かった。まず万一見張りが走ってきてもすぐベッドに戻れる様に片足はベッドに入れておく。そして両手で壁を掴む。ジャンヌの足までの距離は30cm程。まだ届かない。そこでリゾーはジャンヌが脱いだ白い服を左手で掴み、それをジャンヌの足に向かって投げた。ギリギリで足に服が引っ掛かった。手元の所まで下りてきた服の裾の片方を右手で掴み、両手で思い切り引っ張った。当然ジャンヌはバランスを崩す。リゾーは非力な自分でも服を引っ掛けられた事に安堵した。


「これで……えっ!?」


 なんと、ジャンヌは落ちなかった。右手だけで壁を掴んだまま離さない。所詮、非力は非力だった。

 リゾーが冷汗を搔いていると、定期的に地面を打つ音がドアの向こうから聞こえてきた。誰かが、恐らくは見張りが階段を上って来てしまった。


「ジャンヌ聞こえないのか? 奴が来たんだ……奴は君に酷い事をするぞ。僕にもだ……なぁ頼む……やめてくれ……こんな……無謀で無意味な事は……!」


 リゾーの擦れた断末魔のような声がジャンヌに届いたのか。ジャンヌは壁の上の作業を辞めた。

 そして、足だけで蹴る様にリゾーをベッドまで押し戻した。


「!?」


 リゾーが驚きの表情をした時……ドアの向こうの音が止んだ。

 ドアの小窓から見張りの大男が顔を覗き込ませていた。



 次回 抜け穴

 初めまして! 兎和乃ヲワンと申します。初投稿で何かと至らない部分もあると思いますが、よろしくお願いします。

 さて、本題に入らせていただきます。この「オパーツは眠らない」は毎週日曜に更新する予定です。変更する場合は報告します。書き溜めがあるのでしばらくは大丈夫ですが

 もう一つ、文字数はなるべく5000~8000の間になるようにしています。ちょっと多いですかね(笑)

 こんなところです。後書きと言いつつ本編のことには一切触れていませんね。なんか、すいません。

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