同じ失敗を繰り返すことも......ある?
「──今日も凛々しくぅ美しくぅ~、できる女は違うのよ~♪」
坂町高校校舎の三階、女子更衣室から陽気に弾んだ歌声が聞こえてきます。
廊下を歩く生徒たちも多くが微笑ましそうに更衣室の扉へ視線を送っては通り過ぎて行きます。
その歌声の主は、そう、体育の授業を終えて機嫌のいい鞠奈でありました。
「鞠奈ちゃん、次は物理でしょ?
翔がノートと筆箱用意しておいてくれてるからそんなに急がなくて平気だよ?」
「あ、琴美ちゃん頼んでおいてくれたの? ありがと~。」
「あー、うん。(頼んでないけどやってるに決まってるよ。)」
翔くんが用意してくれるんならノートを間違えることもないなー。などと言って先程の曲の鼻歌を歌いながら着替える鞠奈に女子多数が翔に同情の念を送ったのでした。
◇◆◇◆◇◆◇◆
「あっ! 翔くーん!」
更衣室から教室へ向かう廊下で、翔の姿を見つけるやいなや名前を呼びながら駆け寄る鞠奈は、はたから見ればまるで翔の彼女のようです。
顔に笑顔をひろげた鞠奈にそんなつもりは微塵もありませんが、体育着を入れた袋を片手で持つのではなく両手でぬいぐるみを抱きしめるが如く抱いているところは演出でした。
翔は幾つかの疑うような視線を感じつつも努めて気にしないように......
(俺はまだ彼氏になってねーし! 僻んでんじゃねーよ! 虚しくなんだよ......。)
......はあまりできていませんが、鞠奈には気取らせないようにしようと取り繕って返事を返すのでした。
......気の毒な翔くんです。
「熊ちゃんの教科書とか、物理一式用意してやったよ。」
「うん、琴美ちゃんから聞いたよー。ありがとね!」
「は? ......あ、どういたしまして。(あいつ勝手に自分の手柄にしやがった!)」
まだ時間には若干の余裕がありますが物理室までは階も異なり、距離もあるのでちょっとしたハプニングで遅刻、とならないように教科書諸々を受け取って早めに移動を開始します。
「それじゃあ琴美ちゃん翔くん、行ってきまーす。」
「「行ってらっしゃい。」鞠奈ちゃん前見て歩いてってね。」
「はー──わぁっ!」
「うわっ! 危な! 前見ろよ。」
「ごごごめんなさいっ!」
後ろを向きながら手を振っていると琴美に注意されてしまったので返事を返して前を向いた矢先、ちょうど階段を降りてきていた男子生徒とぶつかりそうになりました。
避けようとして急な方向転換をした鞠奈は勿論滑って転んでしまいました。
敢えて両手で教科書などを抱えていましたが、さすがにこの時は片手を離して床に手をつきました。
相手の男子生徒はまだ挨拶を一度した程度の関わりしか持てていない一年生なので、彼は鞠奈のことを覚えてはいないようです。
もしくは鞠奈が自分のことを覚えていないと思っているか。
「あ、えーと......。」
彼は相手が二年生だと気づいたからか、鞠奈だときづいたからか少し対応に戸惑っています。
「鞠奈ちゃん!」
「熊ちゃん!」
「「大丈夫(か)!?」」
琴美と翔が転けた鞠奈の元まで走り寄って来てくれました。
「大丈夫だよー。まり、体は柔らかいからほとんど怪我しないしね。」
刃物で切ったりは別ですが。
翔は鞠奈の言葉にほっと胸をなでおろしましたが、琴美はまだ心配している様子のままです。
「ちゃんと立って体動かして確かめて。鞠奈ちゃんは怪我してても気がついてないときがあるんだから。」
鞠奈は半ば無理やりに琴美に荷物を奪われてしまいました。
「もー、琴美ちゃんは過保護なんだからー。」
そう言いつつも言われた通りに立ち上がってぴょんぴょんと跳ねたり手首を回して怪我をしていないことを確かめます。
「嫁には心配し過ぎるくらいでちょうどいいの。」
「「は? 嫁?」」
時間がおしているのでスルーしておきましょう。翔には琴美が後で説明することでしょう。
一年生の男子生徒には今後仲を深めるつもりだったので、次に会ったときにでも説明することとして一時保留です。
「むーぅ、それなら仕方ない。それじゃあまりは時間ギリギリだからもう行くね!
じゃーねー。」
「「行ってらっしゃい。」」
もう一度琴美と翔から行ってらっしゃいを言ってもらってから一年生の男子生徒に顔を向けます。
「水永くん、ごめんね! 授業始まっちゃうから急いだ方がいいよっ!」
「......へ?」
「じゃね!」
手を振りましたが彼は驚いて固まったまま振り返してはくれませんでした。
しかし鞠奈は気にせずそのまま階段を降りて行きました。
「水永くん? だよね。授業始まっちゃうよ?」
「あ、はい! すみません!」
わけも分からないままに謝って水永は走り去ったのでした。
残ったのは琴美と翔の二人だけです。
「あいつ熊ちゃんに覚えられてると思ってなかったんだろうな。」
「そうだね。鞠奈ちゃんが一度も話しかけてないわけないし、一回でも話してて忘れてるとか鞠奈ちゃんに限ってあり得ないもんね。」
「寧ろ熊ちゃんが覚えてることの方が凄いんだよな。」
「全校生徒覚えてるとかない、......よね?」
「いや、言われても「納得できるな(よね)。」」
意外と鞠奈は超人認定されているようです。
因みに琴美は生物選択で場所は隣の教室の選択3A。
翔は世界史選択で場所は教室のまま。
二人の移動時間はないに等しいのでした。
◇◆◇◆◇◆◇◆
三時間目の終了を知らせるチャイムがなってから暫くして、2年6組の教室に物理の授業を受けてきた生徒8人が戻ってきました。
「お帰りー鞠奈ちゃん。」
「ただいまー琴美ちゃん。」
「お疲れー熊ちゃん。」
「ありがとー翔くん。」
「おっかえりー! マリリン!」
「たっだいまー! 七虎ちゃん!」
鞠奈は相変わらず多くの生徒に声をかけられる人気ぶりを発揮しています。
後ろの席の実砂と先生が来るまでお喋りしていようと鞠奈はそのまま自分の席まで戻って──
──いこうとして、朝同様、琴美の机にかけてあるバックに足を引っかけて転んでしまいました。
ぽふっ。
訂正。今回は朝と違って実砂が鞠奈を受け止めてくれました。
「やるんじゃないかと思ったわ。」
「わー、実砂ぽんだ! ありがとう。イケメンだねぇ。」
「いや、女だから。メン違うわ。」
実砂の胸に飛び込むような形になったままの勢いで鞠奈はなんともなしに実砂にギューっと抱きついて、実砂は慣れた様子で鞠奈の頭をポンポンと叩くのでした。
流石11年来の付き合いです。鞠奈のドジるタイミングもいくつかは予想がつき、楽な扱い方も心得ているようです。
実砂のイケメン対応を見て自分があの位置にいたら、と思った男子が多数、旦那が二人、いたのですが鞠奈は気づいていません。
実砂は察しているようですが。というより、七割がたその為にやっているようです。
そこへ担任目黒先生が前の扉を開けて入って来ました。
鞠奈と実砂を見ると一瞬驚いてから、呆れています。
「熊野と中森、そんくらいで離れとけ。」
「はい。」
「あ、はーい。実砂ぽん、ありがとねー。」
「どういたしまして。」
鞠奈たちもクラスメイトも自分の席に座ると目黒先生が四時間目のHRを始めるのでした。




