人気者な鞠奈の移動教室は賑やかです。
「まあ大丈夫でしょうけど、何かあれば私に協力を仰ぎなさい。」
「うん、ありがと実砂ぽん。」
先生の連絡がおわり、ホームルームも終わったので自習の時間、となりました。
一部の宿題を終えられていない生徒だけがそれを実行している中、実砂がこう申し出てきてくれました。
やはり持つべきものは親友です。
「今日の間にふたご座転校生くんの存在を周知させて、後は明日に噂によからぬ方向性の尾ひれがついてたら修正。
こんだけやっとけばまず問題は起こらないでしょ。」
「そうね、頑張りなさい。」
「まっかせなさい。」
拳を作って胸をたたく鞠奈は意気込み十分です。
これから二日間の予定を立て終わると、鞠奈は「鞠奈ちゃーん」と言ってやって来た琴美と談笑しながら一時間目の準備にうつりました。
「鞠奈ちゃん、数学の宿題にされてた問題って終わってる?」
「うん、終わってるよ。
家でやったからケアレスミスはないはず。」
琴美の顔が鞠奈を窺うようなものになります。
「じゃあちょっと見せてくれる?
すっかり忘れててやってなかったの 、お願い!」
手を合わせてそう言う琴美を見ては、鞠奈には断れません。
「しょうがないなあ、今回だけだよ?」
と言いながら、ほぼ毎回見せているのですが次回はないことを祈るとしましょう。
「はい、ノート。」
「ありがとう、ってこれ、化学のノートだよ。」
「え?」
ノートを受け取ろうとした琴美に言われて見てみれば、確かに差し出したノートは表紙に『化学』と小さいけれど綺麗に整った字で書かれた黄緑色の物でした。
「あれー? またまり、ドジしちゃったな~。
あはは、色も違うのに何で間違えちゃうんだろ?」
眉を下げた鞠奈は今度こそピンク色の『数学Ⅱ』と書かれたノートを取りだします。
──もう、どうしてこうなんだ。
ため息を吐き出しそうになって堪えていますがそれも無理のないことです。
というのも、特に間違えやすそうに思えるノートは教科ごとに色が違うものにしたり、綴じている部分に異なる柄のマスキングテープを貼ったりしているからです。
にも関わらず、不思議なことに間違えるというドジがなくなりません。
実は鞠奈のドジは大半が人見知りでどこか緊張しているためにしてしまうものなのです。
ですから、家族や付き合いの長い親友などといるときはこれほどひどいドジはしません。
それでも多少はしてしまいますが。
要するに、家にいる間は人見知りをする要素がなく、ドジをすることも殆どないので忘れ物はしませんが、ひとたび学校にくればささやかな努力も意味をなさないほどのドジぶりを発揮してしまうのです。
「こうやって気付いて注意してくれる人がいないと、まりって学校生活まともに送れないんだな~。」
取り間違えていてもスルーされてしまえば実際に広げるまで気づけません。
文理で分かれる授業も多くなり、時間割りの三分の一ほどは教室も移動するので毎回ノートを取りに戻ることになってしまいます 。
──それってめっちゃくちゃ迷惑だ。
ついに鞠奈の口からため息が漏れました。
危うく軽い自己嫌悪に陥りそうになっていたところでしたが、すかさず琴美が励ましてくれました。
「大丈夫だよ鞠奈ちゃん、私たち鞠奈ちゃんの役にたてれば嬉しいんだから気付いたら言うもん。
そんな心配は御無用、だよ。」
「そかな?
うん、そうなら嬉しいな。ありがとう。」
元気付けようと笑みを浮かべる琴美を見ると鞠奈は悄気ていた顔に笑顔を広げてお礼を言います。
それを見て、琴美は安心したようです。
「いえいえ。
よし! 写し終わったー!」
「あ、ほんと? じゃあ移動しよっか。」
「うん、ありがとー!
鞠奈さまさま、いつもいつもありがとうございます。」
「うむ。」
偉そうに頷いて見せるとノリのいい琴美は『ははー』と頭を下げて見せます。
ついさっきまで沈んで励まして、のやり取りがあったようには見えません。
「行ってくるね、実砂~。」
「ああ行ってらっしゃい。
琴美ちゃんも、行ってらっしゃい。」
「うん、ばいばい。」
鞠奈と琴美は理系を選択しており、実砂は文系を選択しているので一時間目の数学の授業は教室が別れるのです。
三人は笑って手を降りあっています。
「あ、行ってらっしゃーい、熊ちゃん。」
「マリリンばいばーい。」
「鞠ちゃん、行ってらっしゃい。」
鞠奈たちが数学一式を抱えて教室を出ようとしたところで他のクラスメイトたちも声をかけてくれます。
鞠奈の人気の加減が窺えます。
そして鞠奈にはマリリンというあだ名もあったようです。一体いくつあるのでしょう?
──あだ名、いくつあったっけな?
本人でも首を傾げるほど多くのあだ名があるようです。
「行ってきまーす。
翔くんは理系でしょ。
数学だから一緒に移動だよー?」
「あ、そうだ。」
鞠奈を熊ちゃんと呼ぶ翔は鞠奈のようなドジをしています。
一瞬照れて赤くなったように見えましたが、気のせいだったということにしてあげましょう。
「まりじゃないんだから、忘れちゃだめでしょー。
行っちゃうよー。」
「ちょい待ち、俺もいくから。」
翔は急いで教科書やノートを揃え、急ぎ足でやって来ました。
鞠奈と違って、教科書もノートも間違いはなさそうです。
鞠奈と琴美と翔の三人は授業が行われる選択教室までの廊下を並んで歩き出しました。
「ではレッツゴー。」
「ゴー。」
「レッツゴーってなんじゃそら。」
翔は笑ってはいますが、のってくれるほどノリがいいのは琴美だけのようでした。
「気分だよー、気分。ねー?」
「ねー。」
「ほー、ていうかほんと器用だな、熊ちゃんは。」
「えー?」
「ねー。」
上が鞠奈で、下が琴美の言葉です。
何が器用だというのでしょう?
それは翔が言ってくれました。
「俺らと話しながらすれ違う人に手振ってるし。」
「えー、振ってきてくれるから振り返してるだけだよ?」
「でもずっとだもん。凄いよねー。」
「だよなー。」
「えー?」
教室につくまで鞠奈は手を振ってきてくれる人たちにニコニコと振り返し、たまにハイタッチもします。琴美と翔はそれに感心しながらたわいもない会話を続けて歩いたのでした。
コケッ
「あっ。」
ドテッ、バサバサッ
「鞠奈ちゃん!?」
「大丈夫!? 熊ちゃん!」
「先輩!」
「熊野先輩!」
「あはは~、大丈夫ー。段差もなかったのになー。」
「絆創膏剥がれてるよ、新しいのあげる。」
「わー、琴美ちゃんってば絆創膏常備してるの? 女の子だな~。」
「鞠奈ちゃんがいつ転んでも平気なようにね。
ここの生徒ならたしなみだよ?」
「えー、そんなわけないでしょー?
あっ、可愛いー、イチゴ柄だ。ありがとう。」
「鞠奈ちゃんのゴムの飾りが今日はイチゴだからね、お揃い。」
「どうぞ! 熊野先輩!」
「あっごめん! 拾ってくれたの?
ありがとう、小枝子ちゃん。
千夏ちゃんもね?」
「い、いえいえっ!」
「とんでもないっ! 失礼します!」
「ま、待って千夏!」
「ばいばーい。」
「すごいペコペコしてるね。」
「転んじゃうよー、前見てー。」
「やっぱ熊ちゃん、色々と凄いなー。」
「ねー。」
「えー?」
...なんてこともあったのは割愛
...してませんね。
こんなことも鞠奈の周りではよくあることなのでした。
※2014/2/9
鞠奈が実砂にお礼を言うところの台詞を変更しました。
「うん、ありがと実砂。」→「うん、ありがと実砂ぽん。」
※2014/3/8
語尾の統一と、所々表現の変更をしました。
内容に多少の変更があります。
※2014/3/11
鞠奈、琴美、翔の仕草などを書き足しました。
所々表現の言い換え、変更をしました。
内容に多少の変更があります。




