転校生の未来は明るいようです。
「そうそう、谷先生が言ってたんだけど、近々転校生が来るみたいだよ?」
つい先程手に入れてきた情報を親友の実砂にいつものように伝えると、実砂もいつもそうするように呆れからため息をひとつつきました。
「ほんとに鞠奈は、色んな所から情報を持ってくるわよねぇ。」
「そのために人脈作りに毎日毎日、精を出してるんじゃん。」
「分かってるわよ。」
ここまでのやり取りも挨拶と同じく恒例化したものでしたが、
──お? 珍しい。
この日は実砂が更に言葉を続けました。
鞠奈は少しだけ、眉を持ち上げます。
「昔は猫も被らず1グループの友達としか仲良くしてなかったのに...。
お姉さんは鞠奈の成長に涙が出そうよ。」
いつの間にか実砂が鞠奈のお姉さんになっていたようです。
「それはどうもありがとう。
でね、その転校生、まりたちのクラスに入るんだってさ。」
驚くべきことに本当に瞳を潤ませている親友に適当にお礼だけ言い、鞠奈は元の話題に戻してしまいました。
心なしか不機嫌顔です。
──そんな昔のことは忘れましょうねー。
ということのようです。
まあ、誰しも思い出したくない時期の一つや二つ、あるものでしょう。
「へー、男の子かしらね?それとも女の子かしら?」
そのまま会話を続けるところからして、これはよくあることなのかもしれません。
鞠奈の不機嫌顔もどこかへ行ってしまいました。
「男の子だって。
流石に名前は教えてもらえなかったけど、六月生まれだって。
ふたご座のね。」
「どんな会話の流れでそんな情報が出てくるのよ?」
実砂はまたも小さなため息をついています。
しかしこれもよくあるのでしょうか、言及されることはありません。
「どんなって、なんか教えてくれたんだもん。
色んな人に話しかけるところまでは色々考えてるけど後は適当で、誘導なんてしてないし。」
「誰が何を鞠奈に吹き込んでるか分からないわね。」
実砂の呆れた顔はこれで何度目でしょう?
それに対して鞠奈の答えは、
「そうだねぇ...。学校内のことなら大体は分かってるつもりだよ? 密かなカップルから奥手な片想いちゃんまで知ってるもんね。」
「何で皆、そんなに打ち明けてるのよ...。」
今度は疲れたように額に手を当ててため息です。
「何でかねえ?」
少し悩むような間を置いてから鞠奈が心底不思議である、というような顔をくっつけて惚けていますが、実砂には隠し事をしていると気づかれているでしょう。
なにしろ11年ものお付き合いがあるのです。
「何でなの?」
「さあ?」
「...はぁ。」
──何で、って言われてもねー。
鞠奈が説明に困るのにも一応、理由があります。
鞠奈は少しばかり、運と言いますか...そう、タイミングがいいのです。
例えば、「さーて、人脈広げますかね」と知り合いの委員会の仕事の手伝いをして、校門まで一緒に帰ることになったとします。
途中で「筆箱!」と忘れ物に思い当たり、待っててもらうように頼んで取りに戻ります。
するとそこで、待たせている知り合いの喧嘩相手とばったり遭遇してしまいます。
そして何故かその相手も一緒に帰ることになります。
──こんな具合に。
「あれ? さっきはいなかったよね?」
「竹田先生探しててさ。二組とか職員室とか行ってたんだ。」
「見つかったの?」
「うん。だからこれから帰るんだ。鞠ちゃんも?」
(これは一緒に帰ろ、ってなる? あ、これ、二人で話せんじゃない? 二人とも方向同じだし。)
「うん、一緒に帰ろーよ。」
勿論喧嘩しているわけですから二人はギクシャクしてしまいます。
ところが、鞠奈はこんなときに限って
小さな段差に足を引っ掻けたり
会話で出てきた算数といえるような計算を間違えたり
段差もないところでつまづいたり
と、ドジを連発するのです。
それによっていつの間にか二人の間の蟠りがきれいさっぱりと消えて一緒に笑っていました。
などということが日常茶飯事なのです。
つまりは自然と仲直りできたわけですが、それによって鞠奈のおかげでトラブルが解消されたとのクチコミが広がっていくのです。
同時に鞠奈に頼ればなんとかなるかも?という考えも広がっていきます。
鞠奈からすれば、
二人の険悪なムードに緊張してたらドジっちゃった。そしたらなんか解決しちゃった?
というわけですがね。
そういうわけで、不思議なことに鞠奈はドジ故に頼られるようになり、必然とでもいうかのように恋愛相談なども持ちかけられるようになったのです。
──それに鞠奈ちゃんモテるし! って言われてもなあ。
と困った鞠奈でしたが頼られて何も言わない訳にもいかず、身近で安定のお付き合いを続けていらっしゃる実砂とその彼氏の様子を参考にアドバイスしてみました。
すると上手くいったのか、相談に乗ってくれるだけでもいいということなのかはわかりませんが、更に相談されるようになるというループが続くのです。
そして『お礼に何か困ったことがあれば力になるから言ってね。何でもするから!』と言ってくれる人も多くいました。
これは思わぬ産物でした。しかし鞠奈はこんなこともあるのなら、とLINEで相談所なるものを設立しています。
あのスマートフォンの普及と同時に日本中を侵略しているあれです。『きっといつか日本はあれに乗っ取られる』と言う人がいるほど普及したあれです。
鞠奈のLINEに対する認識はおかしなものですが、相談には真面目にのっています。
勿論、直接話をしての相談もしていますが。
実のところ鞠奈は大多数の人間を動かすこともそれなりに簡単にできてしまいます。
その人員は今も増え続けており、密かに
学校を牛耳れちゃったりして?
と思うこともあります。
鞠奈のお願いを聞いてくれそうな人には教師や先輩も多く含まれているので、上下関係まで使えば現時点でほぼ実現可能だからです。
勿論、めったなことがなければそんなことはしないのですが。
「ずっと平和なら問題ないもんね。あくまで趣味だよ。」
これまでの会話の文脈など無視して口にしてみると、何かが伝わったのでしょうか。
実砂は何かを怖がっているような様子でこう言いました。
「不穏なことを言うのはやめてちょうだい。」
「大丈夫大丈夫。この学校大きな問題起こんないし。」
「起こったら...、何でもないわ。先生来たから座りなさい。」
「はいはーい。」
──何を心配することがあるんだろう。まず大丈夫なのに。ね?
...という悪のりした言葉はなんとなく胸にしまっておくことにした鞠奈でした。
──何か更に怖がられそうだし。
「休みは、いないね?」
教室を見回して見れば先生の言う通り、全員座っています。
「じゃあ今日の連絡はー、数学のテキスト代が今日までだから、持ってきてね?
あと、明後日、このクラスに転校生が来ます。」
途端、教室全体(鞠奈と実砂は除く)がざわめきだします。
鞠奈は『うんうん、谷先生からの情報に間違いはなかったねー』などと格好つけた台詞を心の中で呟いていました。
「転校生だって。」
「男子かな? 女子かな?」
鞠奈の『男子だよ、男子』という心の中の呟きは先生が代弁してくれました。
「男の子だけど、男子も女子も仲良くしてね?」
「「はーい。」」
先生の言葉に返事を返していた生徒はごく一部でした。それも随分と適当な様子でです。
困った先生はしばらくの間だけでも世話を見てくれそうな生徒を予め指名しておくことにしたようでした。
そうして選ばれたのが、
「熊野。」
そう、熊野 鞠奈だったのです。
鞠奈は『やっぱ、まりだよねー。だと思った』と特に驚く様子を見せることもなく、のんびりと返答しました。
「はいはーい、ふたご座転校生くんなら、お任せくださ~い。」
先生は一瞬だけ呆気にとられて動きを止めましたが、あとから鞠奈の言ったことを理解してきたように破顔しました。
「ああ、そうか。ありがとうな。」
どうやら目黒先生は大人数に話す時より個人に話す時の方が砕けた口調を使うようです。
「いえいえ、まりがやるのが調度いいと思いますもん。」
これに先生も納得して答えます。
「ああ、先生もそう思ったんだ。
熊野と居れば自然と友達も増えて学校に馴染めるだろう、ってな。」
鞠奈も自分で頷いています。
クラスメイトにも頷いている人がいます。
彼ら彼女らの反応は当然でしょう。
休み時間になる度、鞠奈は学年、性別、生徒、教師問わず交流を持ちにいくので、それと一緒に行動すれば当然、多くの人に覚えられます。
結果として一人で行動するようになっても声をかけられる機会が増え、独りで寂しいだとか、どこそこの場所がわからない、というような場面が劇的に減ることが見込めます。
"何かとお節介をやきながら見せて回れば『熊野鞠奈と特に親しい人物』認定。
ドジしちゃったところをうまくフォローできるような人なら好感度もアップ。
ついでに一言『よろしくね』とか添えればもう十分すぎるくらいの効果があるでしょ。"
とまで鞠奈が考えていることは、先生には知るよしもありませんでしたが、転校生に関する心配事は残らず消えてしまったようでした。
※2014/2/18
喧嘩した人にドジを繰り返すことで仲直りをさせた部分に クチコミ云々 を加筆、一部に変更をしました。
『ドジ故に頼られる』とあった部分にひっかかりを感じていた方などは追加した部分を読んでみてください。
※2014/3/8
語尾の統一と、所々表現の変更をしました。
内容に多少の変更があります。
※2014/3/10
『クラスメイトにも頷いている人がいるほどその通りでした。』
としていたところを
『クラスメイトにも頷いている人がいます。
彼ら彼女らのこの反応は当然でしょう。』
に変更しました。
LINEに関しての話をつけ足しました。
他に鞠奈の仕草や思っていることなどをつけ足しました。




