実砂ぽん怒って......ますよね。
すみません、書き忘れていたのですがこの話ともうひとつ前の話を同時に投稿しているので読んでいない方がいらっしゃいましたら戻ってお読みください。
もうそろそろ担任の先生がやって来て朝のSHRが始まるのではないかという時間のことです。
坂町高校三階端にある二年六組の教室の前で、鞠奈がドアに手をかけようとしては手を引っこめ、また手を出して......と繰り返していました。
ドア越しに教室内の実砂を窺ってはさっと頭を引っ込めています。
どうやら昨日も言っていたように手首の捻挫を見咎められることを恐れているようです。
「はあー......。」
「どうした熊野。入らないのか?」
「えっ、目黒先生!?」
入るのをためらっているうちに担任の目黒先生が来てしまいました。
目黒先生も鞠奈の手首に巻かれた包帯が気になったようです。
「ん? それ、怪我した?」
「あ、はい。ちょっと捻挫です。」
「あれま。昨日だよね、気を付けな?」
「はーい。」
「ほら早く入って。」
「......はーい。」
鞠奈は未だに躊躇いを振り切れないようでしたが遂に決意できたようです。
「おはよう、鞠奈ちゃん。」
「おはよ、琴美ちゃん。」
「おはよう、鞠ちゃん。」
「おはよー、菜奈ちゃん。」
「おっはよ! 熊ちゃん!」
「おっはよ! 翔くん!」
鞠奈が教室に入ると、いつも通りに次々に挨拶をされます。
包帯の巻かれた左手ではなく右手を振って応えたのですが、クラスメイトたちの目はそんなに甘くありません。
「鞠ちゃん怪我したの?」
「ほんと、包帯なんて結構久しぶりだよね?」
「熊ちゃん、またドジったんだ。」
「うん、そうなのー。
そのことはまた後でね。」
いつもより時間が遅く、既に目黒先生もいるので詳しくは話さず自分の席へ向かったのですが──
──今日もまた鞠奈のドジは平常運行です。
今日は誰のバックにつまづいたわけでもないのに転け、クラスメイトだけでなく目黒先生の視線まで集めてしまいました。
「大丈夫!? 鞠奈ちゃん!」
「はい飴あげるよ。泣かないで?」
「大丈夫だよー。ありがと彩芽ちゃん!」
「おい、熊野平気?」
「大丈夫ですよー。今日は絆創膏も剥がれなかったし!」
「そうか、じゃーHR始めるぞ。」
今日も彩芽から飴を貰ってしまいました。
またお礼にピリ辛チキンを買おうと決めた鞠奈です。
とまあ、敢えて意識しないようにしてはいましたがやはり後ろの席の実砂からは逃げられません。
目黒先生に注意されない程度の声量で話しかけます。
「お、おっはよーん、実砂......?」
「おはよ、鞠奈。
あいかわらずドジね。今日は何してたの?」
鞠奈はすぐにでも怪我について言及されるだろうと身構えていましたが、いつも通りの反応に肩の力が抜けました。
「今日はね、文芸部の子ととまた誕生会の会議してきて、絢音ちゃんとあったときに噂はどうなってるかなーって話振ってみたけど噂自体知らないみたいだった。
あと、みのちゃんとちょっと"ないしょ話"してきたらね、遅くなっちゃったんだよ?」
嘘は言っていません。
それは実砂にも分かったのでしょう。
「そう。あいかわらず人脈広げてるのね。」
「う、うん。趣味だし?」
鞠奈は、寧ろいつも通りすぎて不安になってきました。
「で?」
「はい?」
「惚けないの。その怪我は何?」
「ドジって転けたら捻挫しちゃって。
知ってた? 捻挫って骨と骨を繋ぐ関節が傷ついてなるんだって。
それで突き指も捻挫なんだって。あと、ぎっくり腰とかムチ打ちもそうらしいよ。」
「そう? でも今、そんなこと聞いてないけど?」
はい、わかってます。
思わず鞠奈がそう思ってしまうくらい、長年の付き合いがある幼馴染みの怒りは怖いようです。
「ドジでもアホじゃないんだから分かってるんでしょ?
というか、さっき左手で受け身とってたわよね?」
「あ、えと。でもだいじょ──」
「私もアホじゃないのよ。大丈夫なんて言葉は鵜呑みにしないわよ。」
言う前に否定されてしまいました。
確かに咄嗟に左手で支えてしまい手首が痛みをうったえています。
「それって昨日の昼休みじゃないの?」
「違う違う。昨日実砂と別れた後で転んじゃったんだよ。」
「運動神経いいんじゃなかった?」
「荷物庇ったから。」
「それ、私が信じると思って言ってる?」
全く思えません。
口では否定していますがそれで通るとは鞠奈も思っていないようです。
「あのときでしょ?」
「......そうです。」
「理由は分かってるけど。
自分のドジのせいで光月ちゃんに責任感じさせたくなかった、とか思ったんでしょ。」
「うん。」
「水瀬先生にも放置しないですぐに保健室に来なさいって言われたわよね?」
まるで見ていたかのように言い当てられてしまいました。
「言われた。」
「どうせ上手く振る舞ってみせるとか言ったんだろうけど、そんなふうに怪我悪化させてたら取り返しがつかなくなるかもしれないわよ。」
「そうなんだけど......。」
「はあ、こういうことは頑固なんだから。
我慢するななんて言わないけど、しすぎないでちょうだい。」
「んー。」
肯定とも否定ともつかない曖昧な言葉だけ返して、実砂から更に説教が飛んでくる前に逃げてしまうことにしました。
いつの間にかHRも終わっていたのです。
「もうすぐ一時間目始まっちゃうから、物理行ってきまーす。」
「ストップ、筆箱忘れてるわよ。」
「あ、ありがとー実砂ぽん。」
時間が迫っているのも事実なので実砂も説教を続けることはしないようです。
◇◆◇◆◇◆◇◆
(全く、溜め込みすぎて潰れないでよね。
誰にも相談しない気ではないんだろうけど。)
実砂も心配ゆえに鞠奈に怒りを覚えたのでしょう。
実砂が本当に姉のようになってきました。
しかし鞠奈に頑固という設定はなかったのですが......。




