一年二組訪問。
「はあ~、でも名賀ちゃんを引っ張るところで転けたりしなくてよかったあ。
あんなとこでまりがドジったら笑えないもんねえ。」
大きなカブよろしく光月を引っ張った場面を思い返して安心している鞠奈に、もはや階段から落ちかけたショックの欠片も見当たらないハイテンションな光月が笑いかけます。
「大丈夫ですよ、熊野先輩のドジって本当に起こって欲しくないときには発動しませんから!
皆それが不思議なんですけどね。」
「うーん、確かにそういうところはあるかも。
誰かが怪我しそうになっちゃったときとかって、殆どドジしないもん。」
それは人の危機を前に、人見知りによる緊張などどこかに飛んでいってしまうからでありましょう。
本来は人見知りさえなければドジなどしないしっかりした子のはずなのですから。
「(結構これでずぼっと落ちちゃう人は多いからなぁ、)転校生も落ちるんじゃないかと心配です。
私みたいになるならいいんですけどね。」
「落ちるってふたご座転校生くんが?
もう階段で転けるなんてことはないように気を付けるし、名賀ちゃんみたいに腕を組んだりなんてしないから巻き込まれることはないと思うけどな?」
「......そうですよね!
案外熊野先輩は男子との距離感、適度にとってますもんね!」
たまに光月はドキッとするような指摘を放り込んできます。
一見激しい妄......想像力で突っ走っているだけのようで肝心なところは見落とさない子なのです。
......七割がたは。
「距離感?」
「ほら、いろいろドジのフォローしてもらったりで甘えることはありますけど、彼氏彼女でするようなのってないじゃないですか。
危ないからって手を繋いだりとか、ジュースの回し飲みとか、頭撫でられたりとか! それとなく回避してるじゃないですか!」
「回し飲みは確かに避けてるけど。
確かにそういうのってないかもね。」
鞠奈は無意識の内に、それこそ本能でそういったことを回避してのけるので気がついていたのは実砂ぐらいのものだったのですが......、名賀 光月、侮りがたし。
「偶に先輩、唸るような巧みさで回避してますからね。
(岡田先輩とかから特に。)」
「そうなんだ。それは気づいてなかったなあ。」
「無意識でも無防備すぎないところは流石熊野先輩ですよね! これだけの人気で修羅場がないんですから!」
「あ、そう言えばそうなのかな?」
なんとなく察しているだけでも、自分に好意を寄せているのではと思い当たる男子生徒は複数人。
しかし、鞠奈はドラマや小説で見るような修羅場は未だ体験したことはありません。
心当たりはないが光月が言うような回避行動をとっているのかもしれない、と鞠奈は思うのでありました。
こうして話しながらも一年二組の教室へ向かっていた三人は漸く目的地へ辿り着くことができました。
「水永くんいるかな?」
「いつも教室で友達と話してるので用事がなければいると思いますけど。」
光月と鞠奈がドアから中を覗くと、ドアに近いところにいた見覚えのある (鞠奈にとっては見覚えのない生徒の方が珍しい訳ですが)女子生徒が気づいて声をあげました。
「あっ、先輩!」
「おー、雪ちゃん。こないだは絆創膏くれてありがとー。」
「いえ、たしなみですから!」
本当に絆創膏を持っているのは女子のたしなみなのかもしれない。
一時期、そう思って常備しようとしたこともあったのですが『大事なイベントじゃないの』と実砂に阻止されてしまいました。
イベントというのはどうにも納得いきませんでしたが持っていると実砂が没収してしまうので今では自分で用意したりはしていません。
鞠奈のファン──特に女子──は鞠奈に絆創膏をあげたことがある、ということが一種のステータスになります。実砂はそんなファンたちから、『鞠奈が絆創膏を持ち歩かないようにしてほしい』と頼まれています。そのために鞠奈から絆創膏を没収するのですが、勿論そんなことは本人には伝えません。
それに鞠奈から没収した絆創膏はいたって普通の無地のものしかなく、子供が貼るような可愛らしい絆創膏の方が面白いと実砂が思っているせいでもあります。
実砂のお陰で(というのも変ですが)鞠奈に絆創膏をあげることができると知っている彼女は実砂に目礼しています。
こうしてファンか否かを把握できることもまた実砂が面白がっていることは、本人にしか分からないことでありました。
「先輩は何をしにここに?」
「名賀ちゃんのクラスに遊びにくるついでに水永くんを訪ねに、だよ。」
「水永くん? 水永くんならあっちで話してますけど、呼びましょうか?」
「ありがとー、雪ちゃん。でもまりがあっちにいくから大丈夫だよー。水永くんのお友達ともお喋りしたいしねえ。」
折角の人脈を広げるチャンスなのですから有効活用しなくてはもったいないのです。
「そうですよね、先輩ならあの中にも友達がいますよね。」
「そういうこと!」
それも理由の一つです。
教室内で離れるだけですが、雪と手を振りあって別れました。
「水永くーん。」
「あ、......熊野先輩。」
「え、あー!」
「熊ちゃんだ!」
後輩の中にもあだ名で鞠奈を呼ぶ生徒は少なからずいます。何故か女子には少ないのですが。
実のところ、女子は鞠奈に下手な言動をするとファンに睨まれかねません。
ですから『先輩』を外して呼ぶような生徒は滅多にいませんし、あだ名で呼ぶ生徒でさえもそこに『先輩』をつけ加える者が殆どでありました。
「ヤッホー、皆。遊びに来たよー。」
「ほんとっすか!」
「なんか知らんがよくやった、浩平!」
「へ......? お前ら熊野先輩と仲いいのか?」
鞠奈の登場で突然騒ぎ出した友人に戸惑い気味の水永にその友人たちは力強く頷きました。
「勿論だぜ! 女子じゃないけど、絆創膏あげたことあんだぜ! 無地のだけど。」
「はあ、お前女子かよ?」
「だから『女子じゃないけど』っつったろ! あん時は切り傷があったから偶々持ってたんだよ!」
「哲史くんはその時の怪我はもう治ったの?」
「はい! もう絆創膏も持ってません。」
「なんだこの展開......。」
水永にはまるでアイドルのような鞠奈の人気ぶりが予想外だったのでしょう。
「熊野先輩! まさかその時に絆創膏を貼ってもらったりしてませんよね!?」
「え、うん。」
「よかったあ、やっぱり熊野先輩は本能で回避してるんですね! 流石です!」
「あー、うん。ありがとー。」
光月はやはり相変わらず想像力逞しいようです。
「え、名賀さん?」
「名賀ってこんなキャラだっけ?」
「違ったと思うけど......?」
どうやら光月のハイテンションは出現場所が限定されていたようです。
階段でのハプニングで到着が昼休み終了15分前だったこともあり、光月を宥め、実砂にツッコミをいれられるまで水永と謝り合いをして、琴美に嫁と言われていたことの説明もできないままにこの日の昼休みは終わったのでありました。
際限なく知り合いが湧き出てくるので水永くんとあまり絡めませんでした......。
※2014/3/2
最後の一文に『琴美に嫁と言われていたことの説明もできないままに』と加筆しました。
※2014/3/5
『真相は鞠奈に絆創膏をあげたことがある、ということが一種のステータスになるファンたちから、実砂に鞠奈が絆創膏を持ち歩かないようにしてほしいと頼まれたからなのですが、勿論そんなことは本人には伝えません。』
としていた表現を変更しました。
内容に変更はありません。




