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鞠奈ちゃんはドジな子ですが...  作者: 小麦 楓菓
鞠奈ちゃんが準備する、章
11/20

階段でのドジには気を付けましょう。

「名賀ちゃん、もうお昼食べたの?」

「バッチリです!」


 光月(みつき)は時にお昼ご飯すら食べないままに突撃してくることもあるので聞いてみましたが、今日は既に食べてきているようです。


「あっ、でも熊野先輩はゆっくり食べてくださいね! 折角のお弁当を味わわなくては作ってくれたお母様に申し訳ありませんから!」

「あー、うん。味わって食べるよ。」

()()()に申し訳ないってよ?」

「まー、作ってくれた人の為に味わって食べる努力をすべきっていうのは確かにそうだから。」


 一先輩に過ぎない人物の母親を"お母様"と呼ぶ後輩はなかなかいないでしょうが、そこは鞠奈への崇拝とも言えるほどの想いがそうさせるのでしょう。


「はぁ~、熊野先輩がそんなこと言ってくれたら私、毎日だってお弁当作れちゃいます!」

「あーっと、ありがとねえ名賀ちゃん。」

「ふふっ。」

「なんで笑うんですか中森先輩?」

「なんでもないわよ。ただ他にもそんなことを言ってた人がいたわねって思って、ね?」

「そうだねー。」

「つまり、私が言ったから今だけ合わせて言ったとかでなく、本当に日頃からそう思ってるってこと、なんですね!」

「まあ、そうとも言えるかな。」

「流石熊野先輩ですっ! 一層尊敬の念が強まりました!」

「うん、…ありがとねえ。」


 激しくプラス思考な光月は鞠奈の可愛い後輩ですが、暴走しやすくもある少し危うい子のように感じられます。


 そのまま独自の感性で盛り上がりを保つ光月を宥めながらお弁当を食べ終わり、ごちそうさまも言うと鞠奈が立ち上がりました。


「ついていっていいですか!」


 毎日この質問を繰り返す光月に実砂が笑いをこぼし、鞠奈は先輩らしくキリッと答える──


「いいよー名賀ちゃん。じゃあ行こっか。」


 ──ことはやはりありませんが、了承して何処かへ向かうようです。


 皆さん予想できているでしょう。

 鞠奈の趣味、人脈形成のための散策です。


 光月が鞠奈の腕に自らの腕を絡ませ仲良さげに進む一方で、傍観が目的の実砂は一歩か二歩遅れてついていきます。


(うーん、半数くらいの一年生との繋がりはまだまだ薄いからなあ。

 教室に突撃しに行こうかな。)


 先程危うく衝突しそうになった相手を思い浮かべて、早速方針を固めたようです。

 ここでそれが行き先でなく方針に過ぎないのは、鞠奈のドジっぷりが発揮されて順調な道のりを歩むことなどまず無理な話だからです。


「名賀ちゃん、水永くんって知ってる?」

「水永くんって、うちのクラスの水永 浩平くんですか?」


 確か一年二組で光月と同じクラスのはずだからと聞いてみましたが、間違っていなかったようです。


「そうそう、さっきぶつかりそうになっちゃったから謝りにいくついでに仲を深めようかな、ってね。」

「なるほどー......はっ! 駄目ですよ!

 少女漫画のヒロインみたいに食パンくわえて曲がり角でぶつかった相手にキュン......なんてっ!」


 "ぶつかりそうになった"という言葉だけでここまで想像の働く光月に鞠奈と実砂は揃って苦笑せざるをえませんでした。


「大丈夫大丈夫ー。

 水永くんとはまだそんなに話したことなかったから、この機会に仲良くなろうって思っただけだよ。」

「そ、そうですよね。わかってますよ。

 熊野先輩はもしもの時に私たちを引っ張れるように事前に準備を整えてるんですもんね。

 そしてこの学校の気高き女王に......! いてっ!」


 思わず軽く頭にチョップを投下してしまいましたがやむを得ないでしょう。

 学校全体を自らの支配下に、なんてことは考えていないのです。

 あくまで趣味、所詮は趣味、結局は趣味に過ぎないのですから。


 しかし、実際にそれが可能である一面も持ち合わせています。

『人脈を広げるための接触』などと光月に話したことはありません。

 半分ほど的を射た発言と言えるでしょう。

 もう半分は妄想、もとい想像の域を出ませんが。


「痛いですよぅ。」

「ごめんごめん、でも『女王に』なんて言う名賀ちゃんがいけないんだよ?

 それに痛くなるほど力はこめてないでしょ?」

「だってー。」


 子供のように拗ねる光月の頭を撫でながら進んでいると突然鞠奈がつまづいてしまいました。


「鞠奈!」


(またドジっちゃった......。)


 などと思っている余裕はありません。

 不幸なことにつまづいた場所が階段の途中にある踊り場の端でありましたから。

 それでも鞠奈の階段の方へ傾いた重心は踊り場からはみ出ることはありませんでしたから落下の危険性はとりあえずなくなりました。

 しかし鞠奈の腕に抱きついていた光月の重心は今にも踊り場からはみ出てしまいそうです。

 このままではまず間違いなく、階段を転げ落ちることになります。


 自分の身の安全を感じていた鞠奈と、三段ほど下にいた実砂は一瞬遅れて血の気が引いていきました。


「名賀ちゃんっ!」


 考える前に鞠奈の体が動いていました。

 自身の左腕に絡まったままの光月の右腕に空いていた右腕も巻き付けて、光月のいる方向とは垂直な体の向きのまま両足を開いて踏ん張り、踊り場へ全体重を傾けます。




 距離が短く、勢いがつく前に反対方向へ引っ張ったお陰でしょう、光月は鞠奈と一緒に踊り場へ倒れこみました。

 その音に気づいた何人かの生徒と、偶々今の場面を見ていた生徒は騒いでいるようです。


「二人とも! 大丈夫!?」

「だ、いじょうぶ、みたいです......。」

「まりもへーきだよー。」


 駆け寄ってきた実砂に二人が返せば安堵のため息をついています。


「もう......鞠奈はドジなんだから。」

「うん......、ごめんね名賀ちゃん。

 怖い思いさせちゃったね。ドジでごめん。

 実砂も、心配かけてごめんね?」

「そんなっ! 私が浮かれてはしゃいでたのも悪いんですから! それに先輩は助けてくれたじゃないですか!」

「私だって注意が足りなかったわ。鞠奈のドジ加減は分かってたのに。」


責任を感じて沈みこむ鞠奈に光月と実砂が自分も悪いと言い出しましたが、それでも自分を責めずにはいられません。


「でもまりのせいで名賀ちゃんが......」

「これは皆お互いさま。怪我がなかったんだからよかったじゃない。

 これから気を付けるようにしましょう。

 うじうじしたって何の足しにもならないわ。ね、鞠奈?」


(実砂は格好いいなぁ......。)


 急降下していた鞠奈の気持ちが実砂の言葉にまた浮かんできました。

 やはり11年の付き合いは伊達ではないようです。



 落ち着いたら周りの声が耳に入ってくるようになりました。

 この生徒たちを落ち着けるのは骨が折れそうです。

こんなに危険なドジをする予定はなかったんですが......。


※2014/2/17 光月が鞠奈を『鞠奈先輩』と呼んでいる所がありましたので『熊野先輩』に訂正しました。

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