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鞠奈ちゃんはドジな子ですが...  作者: 小麦 楓菓
鞠奈ちゃんが準備する、章
10/20

後輩に手を焼きそうな予感がします。

 坂町高校三階、二年六組の教室でまるで人形に魂が宿って動いているのではと疑うような小柄な可愛らしい女の子と、それとは対照的に女子の割には高い背丈で男の子のように短くカットされた髪型のボーイッシュと言える女の子が、一つの机に二つの椅子を寄せて向い合いお昼のお弁当を広げていました。


 言うまでもなく、鞠奈と実砂の二人組です。


 実砂の卵焼きが必ず毎日入っているお弁当は、実は鞠奈の兄が毎朝作っています。

 実砂は流石は鞠奈の幼馴染みと言うべきか、大抵のことはそつなくこなしてしまえますがどういうわけか料理は苦手なのです。

 実砂の弟は人並み以上にはできるのに、です。

 かといって毎日お昼を買っていては代金も馬鹿になりませんから、実砂の彼氏様をつとめている鞠奈の兄がお弁当を作ることになったのでした。


「いただきます。」

「まりも、いただきまーす!」


 両手を合わせて元気よく言えば、お弁当派のクラスメイトたちから妹か我が子を見守るような視線を頂戴します。


 これも鞠奈の演出のうち──



 ──ではなく素ですが、どのみち『いい子だなあ』と思われることになるのでしょう。



「順調みたいね。」


 何が、と聞き返す必要はありません。それだけ鞠奈と実砂の付き合いは長いのですから。


「うん、順調だね。(おおむ)ね好意的に受け止められてるし変な噂も流れないんじゃない?

 少なくとも現時点では。」

「そうみたいね。転校生が鞠奈にとって害悪になる場合は懲らしめよう、なんてのが総意になるくらいじゃないかしら?」

「いやいや、実砂ぽんや。害悪って何それ。

 そんな病原菌みたいなものじゃないでしょ。

 ていうか、なんで転校生じゃなくてまりに関する噂なの。」

「私じゃなくて、この学校の生徒たちが思うようになるのよ。」

「え、それって予言?」


 確信すら抱いているように言い切った実砂にそんなことはあるはずないだろう、と考えていた鞠奈でしたが微かに疑念を抱いたのでした。

 しかしそれもあっという間にどこか彼方へ飛んでいってしまいました。

 代わりに飛び付いてきたものがあったのです。


「熊野せぇーんぱぁーいっ!」

「はわっ!」


 危うくクリームコロッケを落としそうになりましたがなんとか堪え、勢いよく抱きついてきた一年生(後輩)に目を向けます。


「熊野先輩っ! こんにちは!」


 鞠奈にキラキラと輝いた笑顔を向ける彼女は名前を名賀(なが) 光月(みつき)といって、この坂町高校内で愛でるべき可愛い小動物のような存在として捉えられることが多い鞠奈へ、珍しいことに純粋な尊敬を向けてなつく後輩でありました。

 この稀有な後輩は毎日昼休みになると躊躇いもなく二年生の教室へ飛んできては鞠奈に飛び付いているのです。

 光月は保険委員に所属しているために休み時間を委員会に費やすこともしばしばあるのですが、それでも僅かでも時間を作って鞠奈に会いに来ます。


「ふぅー、今日も先輩の充電できました!」


 挨拶を返しても暫く抱きついていたかと思えば光月は鞠奈を充電していたらしく満足げな表情で宣言するのです。

 そのまま近くにあった椅子を借りてしまうのですから、図太いと言えばいいのか、怖いもの知らずと言えばいいのか。

 この学校で鞠奈相手に充電などと宣うのも光月くらいのものです。鞠奈が『光月も可愛いな』と思って笑っていれば、拗ねた様子で話題を変えます。


「そんなことより熊野先輩! 噂は本当ですか!?」

「噂?」


 今日1日の活動でもう噂になったのかと驚かされていると、鞠奈の呟きを噂の内容を知らないからであると受け取った光月が説明し始めました。


「明後日に熊野先輩のクラスに来る転入生を任された、っていう噂ですよ!」

「正確に伝わってるじゃない。」

「だねー。」

「あ、中森先輩こんにちは。」


 実砂が発言して初めて気づいた光月が漸く遅い挨拶をしましたがいつものことなのでしょう、何を言うこともなく少し笑って実砂も『こんにちは』と返しました。

 光月も気にすることなく、すぐに鞠奈に向き直ってしまいました。


「つまり、この噂は本当なんですね!?」

「うん、そうだよ?」

「じゃ、じゃあ休み時間の殆どがその転入生に費やされるんですよね!?

 授業の合間も、お昼休みも、もしかしたら放課後と翌日の朝まで!」

「ま、まあそうかな。ふたご座転校生君が早く馴染めるようにって任されてるから。

 ふたご座転校生君も何かと気を回してくれる人がいれば安心すると思うし。」

「お手伝いさせていただきます!」

「え?」


 突然の申し出に驚く鞠奈とは対照的に実砂は面白そうに眺めてニヤニヤと笑うだけです。


「熊野先輩も休み時間にしたいこととかあるはずですし、一人じゃ大変じゃないですか。

 それに、どこの馬の骨とも知れない男が熊野先輩と四六時中一緒にいてお世話してもらうなんて許せません!」


 明らかに途中から建前を放り投げて本音をぶちまけてしまっている光月はそのことにも気がついていないほど夢中になっているようです。


「もう光月ちゃん。あったこともない人のことを馬の骨なんて言っちゃだめだよ?

 手伝ってくれる、っていうのは大歓迎だけどね。」

「ほんとですかっ? ありがとうございますっ!」


 瞬時にぱあぁ、と表情を明るくした光月には鞠奈の注意は耳に入ってはいないのでしょう。


「ふふ、苦労しそうだこと。」

「え、その予言すっごい嫌なんですけど。」

「あくまで予想よ。よ・そ・う。」

「だって実砂ぽんの予想って当たるじゃん。」

「大丈夫ですよ熊野先輩! 私がついてますから、どんどん頼ってください。転入生が調子に乗らないように注意しますよ!」

「......だそうよ? ふふっ。」

「うん......、ありがとうね、光月ちゃん。」

「お任せください!」


 一人の後輩だけが無邪気に転入生への闘争心を燃やして張り切っていたのでした。

※2014/2/20 実砂の台詞の『鞠奈にとって害悪になる場合』としていたところを『転校生が鞠奈にとって害悪になる場合』に変更しました。

内容に変更はありません。

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