精霊王ルヴィランス
獣人国でのサヴェルの苦悩など知らず、女王リーアは転位を終えて精霊国の町並みを堪能していた。
精霊国には人間も暮らしているが、小間使いや下働きが多く、基本的に精霊が優位である。
「…あら、そこの果物は美味しそうね。1つ頂ける?」
精霊国の貨幣を取り出すと、ある露店の前で足を止めて桃に似た果実を指差した。
精霊国は4大国中最も空気が澄んでおり、果物や野菜がよく育つのだ。獣人国では肉によく油がのっており、魔国では香辛料が多く取れる。法国は…
そこで、露店の店主の声に思考が遮られる。
「ああ?悪いがお客さん、ここは人間だけには売れない決まりだぜ。」
はあ?
何それ?
思わず外套を被った頭を横に傾けていた。
「以前訪れた時には、そんな決まり無かったけれど?」
店主は馬鹿にする様に、鼻を鳴らして指を顔の前で振る。
「お客さん、アンタ古いね~。精霊国は精霊様が絶対だぜ?現在政務を執っておられるレギュランス殿下は、10年前から城下で人間だけの売買を禁止なさったんだよ!」
いや、10年ぐらいで古いって言われたくないけど。まあ、精霊の寿命は長いものね。
いえいえ、それより…何やってんのよレギー?!
確かに、確かに、はるか昔精霊が人間に迫害されたから、精霊国は精霊を大事にしろとは言ったわ。
でも、差別しろとは言ってないじゃない?!
もう!ルヴィは何やってんのよ、注意しなさいよ。いや、しないわね。興味ないでしょうし…宰相のシシェアも少しは…うん。
いえ、シシェアは人間嫌いだったっけ。
とりあえず、この店主の顔が腹立つ。どうだ、と言わんばかりの顔を横目にその場を立ち去った。
露店の美味しそうな匂いにお腹を押さえ、移転で城前に移動する。
よし、責任とらせましょう。
リーアの信条は、移転で勝手に城内に入らない事。やはり身分ある自分が急に居ると、仕える者が戸惑うだろうからだ。
ああ、お腹すいた。
もう良い時間だしね。
リーアの感覚では、既に6時を差しており辺りも薄暗い。
城の門番を見つけ、外套を下ろして微笑む。
「そこの貴方、レギュランス王子を呼んで貰えるかしら?」
「美しい」と若い門番は一瞬リーアに見とれるが、直ぐに疑わしい目付きを向けた。
「何者だ?王子を呼びつけるなど不敬な女め!」
「…あら、貴方私の顔を知らない?じゃあ、上の者を呼んで頂戴。そうね、兵長ゼネでも良いし。」
こういった事が無かった訳では無い。先ほどルカが戻ったばかりで、下っ端の門番にまで回っていないだろう。
一応知った名を口に出すと、ますます顔をしかめられる。
「…将軍ゼネ様を兵長だと?更に怪しい奴…さっさと帰れば、引っ立てるのは止めておくぞ!」
ふーん。ゼネは将軍か。早いものね。
てゆうか、引っ立てたらこの子が良くて打ち首ね。悪くて…考えられない。
少し疲れてきて、お腹も空いているのもあり、てっとり早い方法が思い浮かぶ。
「…仕方無い。」
「な、何だいったい…!?」
リーアは魔力を喉元に集中し、城内のみへ拡声魔術を使用する。
レギーは、この際後にしておいて良いわ。
『ルヴィランス、門の前に居るわ。迎えに来て』
リーアの拡声魔術に目を見張る門番は、その呼ぶ名前にも固まっていた。
「…え、何故、国王陛下を呼び捨てに…。」
その数秒も経たず、門を飛び越えて軽やかにその場に現れた人物。
「霊王ルヴィランス陛下!?」と門番の叫びに全く関心の無い人物は、リーアの姿にパッと破願する。
「リーア!お会いしたかった。」
「…ええ、私もよ?」
小さく微笑を返すと、そっと手を取られて指先に唇を落とされた。
周囲の者は呆然とその姿に見いる。精霊王と言えば、翠色の透き通った髪を銀の髪飾りで纏め、碧の瞳を持つ美しくも冷たい王だ。
現在は政務を第一王子に譲っているが、その権威は変わらない。
「…手が冷えていらっしゃる。そんなに待っていらっしゃったのか?」
リーアの手を心配そうに撫でて、柳眉を下げるその様は、普段の精霊王を知る者なら信じられないだろう。
「そうね。…良いわ、それよりも後でゼネに話しをするから大丈夫よ。」
「…大丈夫ならよろしいが。では、城内に暖かい物を用意させよう。」
ルヴィに安心させる笑みを向けるが、リーアの言葉に門番は顔色を失い動かなくなっていた。
仕方無いじゃない。でもまだマシだと思う。
此処でルヴィに惨殺されるよりは…。
精霊王に手を握られて歩き出そうとするが、直ぐにリーアは立ち止まる。
「いいえ。今日は城下で食事をしましょう?城内だと落ち着かないし。」
「…城下で?何故に?」
キョトンと目を瞬くルヴィに笑う。城内だとルカも離れないし、シシェアの目も煩いだろうし…レギーへ説教しないとだし。
その前に、たまにはルヴィにも夫孝行を?しないと。
「二人きりでのデートだけど…嫌?」
少し小首を傾げてそう言えば、勢い良く首を横に振られる。
「まさか!とても、とても嬉しい。貴女の時間を頂けるなんて、私は幸せだ。」
にこにこと機嫌を良くする彼と手を繋ぎ、城下町へ足を向けて行く。
ルヴィランスは夫の中で最後に結婚し、精霊国建国にイシュヴァルトやガレイシアに力を借りたからか、万事控えめだ。
まあ、大魔王と獣人王のガッツリ肉食系と比べるのは駄目だよね。
そこで息を吐き、のんびりデートを楽しもうとルヴィと笑みを交わすのだった。
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