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*女王様の非日常*   作者: 由紀
11/12

五千万年前*episodeⅡ



木崎 ユリアが世界の女王として、少しずつ出来上がって来た国を行き来していた時だった。


この時、魔族を纏める魔王ガレイシアと、獣人を纏める獣王イシュヴァルトとは、恋人関係にあった。


リーアがこの時期思っていたのは、魔族の国、獣人の国、亜人の国、法力を使う者の国が出来れば良い事。


…人間ととりあえず分かれてみれば、落ち着くんじゃないかな?


亜人はエルフとかドワーフとか妖精とか種類が多いから大変そうだけど、魔族と獣人は強い者に従うから上手くいけば…。


ツラツラと考えながら、獣人の住む地域を散歩する。


まだ危険はあるので遠くまでは行けないが、これでも良くなったのだ。特に獣人は分かりやすい。


獣人最強イシュヴァルトの雌だと思われ、近付く者は居ないし、一声助けを呼べば専属護衛のスイキが飛んでくるだろう。


「そこの…方…。」


「え?何か?」


ふと、弱々しい声に呼び止められ、足を止めて目を向ける。


相手の姿を見つけると、踞り何かを抱えている事に気付き側に寄り、膝をつく。


「大丈夫?何処か気分でも…。」


珍しい。獣人の雌なんてあまり見掛けないのに。


「…身分の、ある方と…思います、お願いが…お願いがあります…。」


「お願い?」


質の良い外套を羽織っている為そう思われたのか、特に否定はせずに続きを促す。


相手の顔色は血の気がまるで無く、生きているのが不思議な程だ。


獣人の雌は、震える腕に抱える布にくるんだ何かを差し出す。


…えっと。これは…!


「赤ちゃん?」


正に生まれたての様にか弱い存在を受け取り、そうっと腕に抱く。


獣人の赤ちゃん。まだ少ない髪は黄色で、猫の獣人なのか猫耳が揺れる。


「…どうか、どうかこの子を、匿って下さいませんか?」


震えて涙を流す相手を宥める様に「どうしたの?」と問い掛けた。


獣人の雌は途切れ途切れに語り出す。


「私の村は…山奥の辺境にありました…」






土地も肥えて、水も豊かでのんびりと一族だけで暮らしていた。


しかし10年前、最悪の事態に襲われた。偶々この村を見つけた人間の山賊達。


獣人の中でも非力だった者が多く、簡単に蹂躙され老人と病人は殺され、食料は奪われ田畑を荒らされた。


全員額に焼き印を捺され、牡は労働力に、雌は慰みものにされてしまった。


子どもが産まれると、物心つく前に奴隷の烙印を押され、泥の様に働かせられた。


しかし数日前に、山賊達が商売を始める為に奴隷が要らなくなったと言う。

喜んだ村人達だったが、それは直ぐ様地獄に叩き落とされる事となった。


村人達が寝入った昨夜、全ての牡は縄で逃げられぬ様に固定された村に、火を放つ山賊。


その光景に絶叫する雌達を煩わしそうに時に殴り付け、無理矢理荷台に乗せていく。

見目の良い雌だけは、山賊の物として連れて行かれてしまう。


けれども、山賊は獣人を舐めていた。泣いていた雌達はやがて、最後の抵抗を始めた。


力を振り絞り、山賊達に襲いかかったのだ。

それでも蹂躙され続けた体での抵抗は空しく、怒り狂った山賊にその場で辱しめを受けて、凄惨な暴行を受ける事となった。


原型を止めない者も居り、また一人と命を落とした。


そんな最中に隙を見て、命をかけて逃げ出した一人の雌。


逃げる途中に腹の子を産み、産後の体を引きづりただ駆け抜けて来たのだ。






「…その子は、運良く純粋な獣人として産まれる…事が、出来ました。…その子は、奴隷では、無いのです。」


雌は崩れる様に地面に膝を着いて、リーアに抱かれる赤子に微笑む。


産まれたばかりの獣人の赤ちゃんは、とても柔らかくて純粋に口元を動かしている。


…そんな村があったなんて。


凄惨な状況を思い浮かべて胸を抑える。もしも、もう少し獣人の住み処を見て回っていたら…。


「この子は…任せて。」


それしか言えないリーアに、ただ雌は頭を下げて感謝を口にする。


とうとう地面に横たわり、目の光も見られない。


すると、赤子は目を覚まし泣き声を上げる。


リーアは腕に抱く赤子を雌の腕に抱かせ、共に支えてやった。


「ほら、泣いているわ。お母さんを求めてるみたい。」


ああ…と微かな息を吐く雌は、もう見えないだろう瞳から涙を流して赤子を撫でる。


「…坊や…私の可愛い子…いいこね…泣かないの、よ…。」


次第に、赤子の泣き声が小さくなっていく。


それと共に、雌の声もほとんど聞き取れないものとなっていた。


最後に…聞いておこう。


「…貴女のお名前は?」


雌はリーアの問い掛けに、静かに笑みを浮かべると目をゆっくり閉じてしまった。


「…わた、し…シュナ・イリス……………………。」


力を無くす相手から赤子を抱き上げて、そっと抱き締める。


ごめんね、助けられなかったね…貴方のお母さん。せっかく産まれてきたのに、一人ぼっちになっちゃったんだ。


ああでも、私がいるよ。

任せてと貴方のお母さんに約束をしたのだから。


ここで会ったのは、きっと何か運命だったのかもしれない。


オギャアと泣き出す赤子は、何かを察したのか。

体を揺らして赤子を安心させる様にあやす。


「…大丈夫。私が守るよ。」


一度目を閉じてから、空気を震わせて拡声魔術を行使した。


「スイキ!」


その一言のみでリーアただ一人を守る獣人が現れた。灰色の髪を揺らし、精悍な面立ちに真剣見を帯びリーアの前に片膝を着く。


「…ユリア、どうした?」


チラリと腕の中の赤子を見ても動じないスイキに、僅かに眉を寄せて 淡々と伝える。


「その獣人を、大切に弔ってあげて。…私は行く所があるから。」


「承知した。何かあれば直ぐに呼んでくれ。」


「ええ、ありがとう。」


小さく微笑むと、今度は転移魔術を行う。向かうのは、獣王と呼ばれるイシュヴァルトの住み処だ。


現在はこの地域で最も大きい集落を纏めるイシュヴァルトは、その強さとリーダーシップで獣人から敬われ恐れられている。


転移魔術で現れたリーアの姿に瞬き一つで直ぐに喜んで迎えてくれるが、腕の中にいる赤子に気付き目を向けた。


「…拾ったのか?」


「ええ。」


赤子が獣人だった事もあったのか特に何も言わずに、部下に赤子を洗わせる様に命じ預ける。


外套を脱いだリーアとイシュヴァルトは自然と口付けを交わし、見つめ合う。


室内に居た他の者は気を遣い既に姿は無かった。


やっと、リーアにこれからの覚悟が出来た気がした。私がやらないといけないんだ。


「…イシュヴァルト、お願いがあるの。」


「アンタの願いは俺の願いだ。何でも叶えてみせよう。」


間髪入れずに返された答えは、リーアの最も望む物で。


イシュヴァルトの男らしい笑みに、安心して体の力を抜いた。だから、イシュヴァルトもガレイシアも、私は好きなんだと実感する。


「イシュヴァルト…貴方が全部の獣人を率いる獣人の国を作って欲しい!」


獣王イシュヴァルトは、何の躊躇い無く鬣を震わせて獰猛に頷く。


「それがリーアの望みなら。」







その後10年も経たず、全ての獣人をイシュヴァルトの支配下に置けたのは、本人の力と女王の力添えが大きかっただろうか。


しかし、それ故に狼獣人スイキとの関係に悩む事になる事はまだ知らないリーアであった。






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