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足して2で割る。  作者: ディライト
朔美と一馬
7/23

(変化+借り)÷2=行動

 


 ◇◇◇



 四限。勉強をしたくない生徒に更に追い撃ちを掛けるように存在する魔の時間帯。毎時重苦しい空気が充満し、虚ろな目をした生徒に叱咤する先生の機嫌もどことなく思わしくない。

 しかし本日は違う。何故なら古文の授業が急遽自習になったからである。

 四限前の荒んだ表情の生徒たちは、その事を伝えにきた先生の自習という言葉を聞いたと同時に原住民のような雄叫びを上げた。

 そして「しっかり勉学に励むように」と付け加えて先生が教室を後にしたと同時に、自習という名の自由時間が始まるのだ。

 クラスの面々が自由に席を行き来するのを、一馬は窓際の席でひたすら傍観する。この位置はクラス全体が良く見えて、状況を確認するにはもってこいの場所だ。

 四、五人で机に腰掛けて輪を作っている者。黒板に書いてある自習という文字をやたら仰々しく装飾している者。昼休みのためにひたすら睡眠を貪っている者。ベランダに出ていく者。愛読書に勤しむ者などなど、ストッパーがいなくなったこの国は既に無法地帯と化している。

 自習という意味に『遊ぶ時間』を加えた方が良いだろうと一馬は真剣に考えていた。

 そんな一馬も勉学に励むわけでもなく、ただひたすらボーッと教室内を眺める。特にどこのグループに属したい訳でもないし、かといって固い木製枕で寝るのも億劫だ。

 そこで、ある一団に眼を向ける。

 今一番気になっている相手、水野朔美が率いる美人グループだ。

 このクラスではとにかく可愛く人気な四人組。朔美に加えて、川原裕子かわはらゆうこ吉村梓よしむらあずさ山口やまぐちひろみ。

 川原は薄いピンクの下フレーム眼鏡を愛用する長い黒髪ストレートな落ち着いた印象。

 吉村はおっとりふわふわした薄茶のゆるゆるボブカットの癒し系。

 山口は少しきつめな雰囲気だが、黒髪ショートカットの運動得意な姐御肌だ。

 そんな目鼻立ちの整った彼女達は、ドア側の最後方の席で朔美を囲むようにして集まっている。

 一馬はがやがやと騒がしい中、そのグループの会話に耳を傾ける。

「やっぱさ、すばるクンが絶対にカッコイイって!」

「でも速見はやみ昴って女優の……だれかとデキてるって噂よ」

風見春夏かざみはるかだよね〜」

「そうそう」

「そんなのゴシップに決まってるって! どうせまたゆっこの週刊誌情報だろ?」

「この間ニュースで普通にやってたわよ」

「え、マジで!?」

「新聞にも載ってたよ〜? ひろちい見てないの?」

「見てねえよお! ていうかあずさが新聞とか見てるってことにあたしはショックだ!」

「なにそれひどーい!」

 騒がしい教室内でも特に声量が大きく遠慮がない。どうやら山口の好きな芸能人について議論を交わしているようだ。その中でも一際輝く笑顔で彼女達の話に相槌を打っているのが朔美だ。

 しかし今の一馬の視点からは、朔美の笑顔がどこかぎこちなく感じるのは気のせいではない。

 その理由は明白だ。朔美の内面を垣間見て、以前とは水野朔美という人物の見方が変わったからに他ならない。

 一馬同様、自分の世界を大事にする朔美にとって、今のこの時間は苦行以外の何物でもないだろう。

(人気度が違うもんな)

 軽い休み時間や掃除の時間などには、クラスメートとちらほらと話を交わしたりする一馬だが、こういう纏まった長い自由な時間には上手く一人になれるくらいのクラスメート付き合いをしている。悪い言い方をすれば少し浮いている部分もある。

 しかし朔美は違う。まるで秘密一つもないような、あくまでも『友達』な距離感。みんなにとっての良いクラスメートを演じてるだけと言ってはいたが、全員とそこまでの距離感で接する必要が果たしてあるのだろうか。

 彼と彼女は似ている。二人もまたお互いにそう感じた。しかしどこか正反対だ。

「なー、さくも思うだろー? あずさは絶対新聞とか読まないタイプだよなー?」

「え? う、うん、そだね。でも彼女いるんじゃねー」

「さく、今は速見昴の話じゃないわ」

「へ? あ、ごめんなんだっけ?」

「さくちゃん、なんかここ二、三日ボーッとしてない?」

「え、え〜? そんなことないよー」

 朔美は頭を掻きながら、胸の前で手をふるふると振りながら八重歯を見せる。

 三人は心配そうに「ホントに大丈夫〜?」などと朔美の顔色を覗き込んでいる。

 そんな様子を見れば、朔美がいかにクラスで愛されている人気者かは一目瞭然である。

 しかし一馬は見逃さない。先程から何度もちらちらと時計を気にしていることを。

 恐らく昼休みを待ち望んでいるに違いない。朔美にとってこの時間は悠久の時のように感じられていることだろうから。

 一馬は大きく溜息をついた。

 乗り気ではない。生来にして面倒ごとに関わることは避けてきた男だ。今からやろうとしていることは、一馬の全てを知っている人間がそのことを聞いたら、明日は豪雨だ、はたまた明日は大災害が起きるなどと宣うことだろう。

 しかし朔美には借りがある。

 彼女だって関わり合いたくなかっただろうに、日射病で倒れた一馬を介抱してくれたのだ。

 ならばと一馬は立ち上がった。

 ざわつく教室の後ろ側を通って、朔美たちのいるドア側の方へと歩いていく。

 そして一人の男子生徒の肩を叩いた。

「なぁ山川くん、ちょっとはやい昼休みってありだと思う?」

 一馬の目線から朔美の手前、席順で言うなら朔美の隣に座っていた大人しめな小柄な読書系男子、山川良人やまかわよしひとだ。

 その珍しい様子を見て、近くにいた生徒の大半が一馬の方へ視線を移す。

 目の前の朔美たちも例外ではない。

 一瞬周りがしんとしたのと注目を浴びたことに一馬の心臓が揺れ動く。

 山川は一瞬キョトンとしながらも、読んでいた文庫本を一時机に置いて、垢抜けない表情をさらに緩めてこう言った。

「うーん、いいんじゃないかな。どうせこのまま昼休みに入るわけだし。まぁ僕はこのまま本読んでるだけだけどね」

「そっか。んじゃ外行くのもおっけーかな?」

「おっけーだと思うよ。でも怒られても僕のせいにしないでね」

 一馬は「さんきゅ」と言い残して、朔美たちの前を通って教室の戸を開いた。


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