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足して2で割る。  作者: ディライト
朔美と一馬
6/23

(ケーキ+辛口)÷2=十点

 


 ◇◇◇



 正午前の教室内に国語教師の間延びしたような音読がただひたすら流れていた。その催眠術のような声に教室中が脱力していると、丁度良いタイミングで授業終了のチャイムが鳴り響いた。

 開いていた教科書を畳み、今日はここまでという先生の声とほぼ同時に日直が号令を掛けると、真面目に聞いていたのか、はたまた意識が飛んでしまっていたのか、先生以外が静寂を保っていた教室内は一斉に騒がしくなった。

 事実上のお昼休み開始の合図である。

 そんな浮かれたクラスメートを横目に窓際の席の男子生徒は少々控えめに立ち上がった。そのまま教室の後ろ側を通り、ドア側の席に佇む女子生徒の後ろ頭を一瞥すると、速やかに教室を抜け出した。

 人の往来の多い廊下を縫うように歩いて昇降口へと向かう。そこでローファーに履き変えてから、まだ誰も遊んでいない校庭の隅を歩き、駐輪場へとたどり着く。

 お気に入りの青いマウンテンバイクを引っ張り出して跨がると、躊躇することなく足を置くペダルに力を籠めた。

 校門を通りすぎてハンドルを右に切る。

 その方向の先は繁華街で、この街の住民が買い物や遊びに繰り出す唯一の場所である。一馬も何度も足を運んでいる馴染みの場所だ。学校からはだいたい二、三分で着く。とすれば五十分でできることは自ずと決まってくる。だから一馬の本日の目的は決まっていた。

 風を切りながら颯爽とタイヤを転がしていた一馬は、ある店の前で自転車を止め、ドアに取り付けられた鐘の音と共に店の中へと入っていった。

 すぐに寄ってきた店員に席を促されて店内の奥の二人席に腰を下ろす。

 店内は木製でペンションのような落ち着いた雰囲気。天井には数個のしっとりとした明かりの天井扇が回っていて、しっとりとしたコントラストを演出している。

 一馬は店員に飲み物のオーダーをしたあとすぐに席を立つと、店内の中心で華やかに照らされた場所へと移動する。

 そこで一馬は一つあるものを取ると、すぐに自分の席へと帰ってきた。

 席にはいつの間にか飲み物が用意されていて、ささやかに香る甘い匂いを堪能した後、それを一口啜る。

 口内に爽やかな味わいが広がると、ふうと一息ついて一馬は胸の前で手を合わせた。

「いただきます」

 フォークを手にして、ヨーロッパ風の白いお皿に乗せられた二口大のカラフルな断層を真ん中辺りで崩すと、それを刺して口の中へと持って行く。

 酸味と甘味の絶妙なバランスが舌を躍る。思わず感嘆の声をあげそうになりながら、もう一度カップを口許へ持っていこうとしたところで、向かいの席に見慣れた制服の女生徒が勢いよく腰を下ろした。

「十点」

 カップを持ったままの一馬にぶすっとした顔を向けてくるのは朔美だ。

「そりゃどうも」

「言っておくけど百点満点中だからね」

 そう言って店内を満遍なく見回したあと、一馬に呆れたような表情を見せつけながら続ける。

「なんであんたはご飯も食べないでケーキバイキングで優雅に紅茶を啜りながらフルーツタルトを嗜んでるのよ」

「これがお前の言う俺流の昼休みの過ごし方だよ。文句あっか」

 同じように苦虫を噛んだような表情で返すと、朔美は一馬の飲んでいた紅茶をあたかも自分のものであったかのように二口程飲んだ。

「ありありよ。あんたは女子か。昼間っからケーキ食べてる男子高校生なんてあんたくらいよ」

「好きなんだからしょうがない」

「大体見せ場がないのよ見せ場が!」

「昼休みの過ごし方に見せ場なんて必要ないだろ。つーかお前尾行中なんだから出てきたら尾行にならんだろ」

 そうである。朔美は先日の宣言通り、一馬の尾行を健気に遂行していたのだ。

 また一馬も一馬で、言われた通りにわざわざ昼休みを外で過ごす辺り大変律儀である。やはり本人公認であったとはいえクラスのアイドルを尾行していたという負い目がそうさせているのだろうか。

「ふふーなふごひかはをびほうひはってへんへんおもひろふないほん」

「お前、何勝手に俺のフルーツタルト食ってんだよ!? 金払ってないんだろ?」

「だいじょぶだいじょぶ、ばれなきゃいいの」

 ごくんと口の中のケーキを飲みこんで、音符でも付きそうに八重歯を見せて笑う朔美。反対に些か頭痛を覚える一馬は大きくため息をついた。

「クラスメートがケーキバイキングで食べてるところに乱入して、そのケーキを奪っちゃう昼休み。これってポイント高くない!?」

「あー百点百点」

 嬉々として顔を近づけて迫ってくる朔美を棒読みであしらう一馬。ケーキどころか紅茶も奪われてるけどとは勿論言わない。

 余計なことは口にしないが信条の一馬は眼にその想いを込めて細い眼を更に細めて睨むと、朔美はうーんと顎を摘んで考えるそぶりをみせる。

「でもわたしはやっぱり和菓子の方が好きだなー」

「そんだけ食っといてよく言うよ」

 他のケーキを取りに行く気も失せて、壁に寄り掛かりながら頬杖をついていると、朔美は急に「そうだ!」と机を叩いて大きな瞳を見開いた。

「んじゃ、今度はわたし流の昼休みを伝授してあげる。明日は一緒に昼休み過ごそ?」

 そう言って笑顔で首を傾げる朔美に少しドキリとしたことを、仕方がないなどという不本意を表す言葉に隠しながら、一馬が首を縦に振ったのは言うまでもないことだろう。一馬だって朴念仁な訳ではないのだから。

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