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足して2で割る。  作者: ディライト
朔美と一馬の夏休み
23/23

(変人+疑念)÷2=本心

 


 ◇◇◇



「よし、今日はもう終わりにしよう」

 朔美の父親、宏臣の副業であるマジックのアシスタントを不本意ながら担うことになった一馬。

 本日も朝の九時から『きそば きっぺい』にて宏臣と打ち合わせをしていたのだが、十時も回らないうちにちゃっちゃと『マジックの種』を片付け始めた。

「あれ、もう終わりでいいんですか? まだ道具の紹介しかしてもらってないですけど」

「あまり詰め込みすぎても覚えられないし、少しずつ覚えていこう。それに、この後朔美とデートなんだろう?」

「んなっ……! いやいやいやデートだなんてそんな大げさなもんじゃないですって! っていうかなんで知ってるんすか!?」

「朔美が昨日のメールのやり取りをおおっぴろげに見せてきたぞ」

「あれ? 俺なんか悪いことしたっけ?」

 ダンディな無精ひげを撫でつけながら片方の口角を上げて笑う宏臣の言葉に、一馬は絵に描いたように狼狽える。

 まさかあんな恥ずかしいやり取りを第三者に開示する暴挙に出るとは、流石の一馬も予想外である。顔から火が出るほど恥ずかしいが、当の宏臣は特に何とも思っていないらしい。

「そんな恥ずかしがることじゃないだろ。一馬も朔美も青春真っ盛りの高校生なんだから」

「生々しく言わんで下さいよ……」

 そういう表現をされてしまうと増々意識してしまう。

 昨晩の朔美から届いたメール。何気ない一言だった。本当に、これまでの一馬だったら何の意味も持たないであろう一言だ。

 しかし昨日の帰り際に起こった一連の出来事は、その何気ない一言に意味を持たせるには十分だった。

 時間にしてたったの一分ほどの触れ合い。交わされたいつも通りの言葉のやり取り。そのどれもが思い出すほどに胸を焦がし、今まで感じたことのないような感情が鳩尾辺りを彷徨っている。

 そしてそんな現象の一番の要因となった朔美の最後の台詞と笑顔。

 あの瞬間から一馬は得体のしれない感情と闘わなければならなくなってしまったのだ。

「それとも朔美とデートするのは嫌だってんじゃないだろうな?」

「いえ逆です」

 乗り気ではない一馬に宏臣は拳を鳴らして牽制するが、困ったように頭を掻いて一馬は苦笑いをする。

「水野……朔美さんとデートできるだなんて願ったり叶ったりですよ。クラスメイト連中に恨まれちまうかも」

「じゃあ何が不満なんだ?」

 宏臣が眉を顰めると、一馬は少し答えにくそうに間を置いた後、ゆっくりと口を開いた。

「……知っての通り、朔美さんはあれで学校では超がつくほどの人気者です。片や俺は目立たない一生徒。気にするなってほうが無理な話ですよ」

「まぁ朔美は世界一可愛いからなぁ。高嶺の花を前に尻込みしちまうのも無理はないな」

 うんうんと頷く宏臣は親バカ全開だ。

「つまりはそんな今の状況が信じられなかったりして、なんというか、すごくもどかしい気持ちなんですよね」

 誰に何を思われようが、一馬は気にしない性格だ。例え学校で謂れのない噂が立とうとも、狼狽えることは決してない。だから人気者云々は建前だ。

 他人に興味を持たないし、持たれたいとも思わない。それが一馬のアイデンティティーだった。

 だが朔美のことだけは、思えば最初から無意識的に体が動いていた。

 そのことを昨日のことで気づかされてしまった。そんな当たり前な感情が自分にも備わっていたこと、自分も知らない自分がいたことに動揺を隠せないのだ。

 宏臣は片付けていたトランプを慣れた手つきでリフルシャッフルしながら口を開く。

「……よくわからんが一馬、そんなもんは関係なしに、お前は朔美をどう思ってんだよ」

 真意を確かめるような目を向ける宏臣。この問いかけは朔美にも聞いたことだ。

「正直に答えていいんですか?」

「ああ。思ってるそのままにな」

 一馬は少し言いにくそうにしてから答えた。

「変人」

 あまりにも直接的な物言いに宏臣は吹いてしまった。

 一馬は気にせず続ける。

「俺も人よりかなり変わってると自負してますが、あいつは常軌を逸してますね。性格もさることながら行動はもはや尊敬に値します。俺にも到底真似出来ない領域にあります。そして言動は予測不可能で次に何を言い出すのか興味が尽きません。その三要素があれほど絶妙に混ざりあってる奴は他にいませんね」

 一気にまくし立てて話し終えた一馬。思っていたことを口に出すと、それは同時に自分にそのことを自覚させることにも繋がる。だからだろうか、

「だからあいつといるのは……楽しいっすよ」

 自然とその言葉も口から零れた。

 今まさに一馬の中で疑念から本心へと変わった瞬間だった。

 その言葉を聞いた途端、宏臣は抑えきれなくなったように大声を上げて笑いだした。

「はっはっは、なるほどな。そういうことか」

 一人で何かに納得している宏臣を、一馬は困惑の眼差しで見ている。

「安心しろ。お前は間違いなく最高だよ。何てったってお前をここに連れてきたのは俺の自慢のヘンテコ娘だぞ。自信持てって!」

「った!」

 バシッと紅葉を一発喰らって前のめりになる。何故褒められたのか訳がわからないまま、手をひらひら部屋を出ていく宏臣を首を傾げながら見送っていた。

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