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足して2で割る。  作者: ディライト
朔美と一馬の夏休み
20/23

(ユニーク+談話)÷2=黄昏

 ◇◇◇



「もうダメ……っ、お腹よじれる……っ!」

「いつまで笑ってんだよ」

 一馬の人生初バイトも終わりを告げ、子供はお家に帰るという頃合いにお開きとなった。

 その帰り道、少し話したいからとついてきた朔美と肩を並べながら、そろそろ夏の夕闇が迫ってきそうな街並みを自転車を押しながら歩いていた。

 とはいったものの、夏休みに年頃の男女が歩いていてもロマンチックの欠片も感じられないのは、先ほどから笑いの種でも飲み込んでしまったかのような朔美のせいであることに疑いの余地はない。

「だってもう……っ、色々おかしくて……っ!」

 声に出すのもままならなず、肩を震わせている朔美を横目で見て、一馬は大きくため息をついた。


 朔美をここまで笑いの渦に巻き込んでいる理由は紛れもなく自分にある。

 今回朔美に誘われたバイト内容をあらぬ方向に勘違いしていた……なんてものは序の口で、大本命はその自分のバイト姿にあったのだろう。

 朔美の父である宏臣のイリュージョンマジックの相方をぶっつけ本番で務めるという、どう考えても爆死しそうなミッション。それを繁華街のお年寄り達に披露しなければならないというものであった。

 まるでテレビでよく見る芸人マジシャンのような出で立ちで、マジシャン御用達の定番BGMに合わせて大きな箱に入る宏臣と、どこからどうみてもプラスチック製の短剣を種も仕掛けもありませんと見せびらかす自分の姿は、とにかく滑稽で見ていられないものであったに違いない。既に朔美は爆笑していた。

 極めつけは、宏臣の入った箱に指示通りに短剣を刺していった一馬だったが、三本目を刺した時点で宏臣が間抜けな悲鳴を上げた場面だった。

 何事かと観客も静まり返る。一箇所だけは笑い声を堪える音がしていたが。

 すぐに静寂を破るように箱の蓋が開き、中から宏臣が勢いよく立ち上がって無事をアピールした。

 拍手喝采が起きる中、横から見ていた一馬と朔美は、右手の甲から血が流れ出しているのを見つけてしまった。

 一馬が思わず「右手大丈夫ですか!?」と声を掛けてしまい、マジックの失敗が公に晒されてしまうと、口論になった宏臣と一馬の様子は最早コント状態。

 観客と朔美の笑いは誘い、宏臣の初イリュージョンマジックは大盛況に終わったが、大成功とは到底言い難い結果に終わった。

 その後は反省会を開き、今回はぶっつけだから仕方がない、今後もっと突き詰めていこうと頷きあった。その間も朔美はやはり爆笑していた。


「はぁ……。ようやく落ち着いた」

「そんだけ笑ってくれりゃ逆に清清しいわ」

 ようやく息が整ってきた朔美は大きく伸びをする。

 涙目になるほど笑っているのは学校でも見たことがないなと一馬は感心する。

「それにしてもマジックの相方バイトをそば屋のバイトと勘違いするなんて、栗原らしいよ」

「まて、その発言はどこもかしこもおかしいぞ」

「変わってるよねってことだよ?」

「それ褒め言葉じゃないし、そもそも普通そば屋バイトだと思うだろう」

 朔美は首をかしげて、「そう?」と全く意に介しない様子である。

「でもそこで断らないでやっちゃうところがまたおかしいよね」

「むぐ……。まぁやるって言った手前、断るわけにもいかねえだろう」

 以前の一馬であれば、そもそも夏休みにバイトをするという選択肢自体ありえなかったことだろう。それが今はどうだろう。億劫だとか、面倒くさいだとかそういう感情は一切ないし、むしろこれからの四十日間を楽しみにしている自分がいる。そんな心境の変化は、紛れもなく隣を歩く美少女の影響に他ならない。

「まあ俺からすれば、お前のほうがよっぽど変わってるけどな」

「えへへ、そんなことないよぉ」

「だからそれ、褒め言葉じゃないから」

 こんな他愛のない話をしているだけで、何故だか心が和いでいく。他人に抱く初めての感情が一馬の心に生まれ始めていた。

 無意識に朔美の横顔に目が向かう。

 いつもは下ろしているダークブラウンの髪をアップにしているため、綺麗なラインの首元が覗いている。纏め切れなかった襟足も綺麗に整えられている。メイクの力だけとは思えないほど大きな目と、スッと通った鼻筋。艶やかなな唇はとても弾力がありそうだ。まるで完成された芸術作品のように整った顔に、ついつい魅了されてしまう。

「……どしたの? 私の顔に何かついてる?」

「え? あ、いや今日は髪の毛上げてんだなと思って」

 流石に顔の隅々まで鑑賞していましたとはいえない。

「ん、家ではいつもこんな感じだよ? 特に今は暑いからねー。女性は大変大変」

「まぁ水野のポジションだとオシャレは必須条件っぽいもんな」

「そうなのそうなの! すっぴんでガッコ行くだけで、小一時間問い詰められるくらいだもん。興味のない流行についていくのも苦労するよー」

「じゃあその髪型も?」

「うん、ゆるふわ? だかなんだか知らないけど、そんな感じ。ゆっこ達にさくはこれが似合うー! って勧められて仕方なくねー」

 朔美は纏め上げた髪の毛をぽんぽん叩きながら困ったようにはにかむ。

「まぁ、例によって似合ってるからいいんじゃね?」

「それはどうもありがとー。そういう栗原も結構今風な髪型してるじゃん」

 そう指摘されて、襟足を弄りながら自分の頭を見上げるようにして答える。

「まぁ似合ってはねえけど、最低限の身だしなみとしてはな」

「そうだね。清潔感はあるし、何より浮かないよねやっぱ」

「やっぱ気にするべきはそこだよなー」

 二人の思慮すべきところはやはり同じらしいと笑いあう。

 数度の沈黙と会話を挟みながら、そろそろ一馬の家も近づいてきた頃、朔美は突然立ち止まった。

 何事かとつられて一馬も立ち止まる。

 朔美の視線の先には、小さな公園があった。

 一馬の家のすぐ近くに位置し、この辺りの住宅街に住む子供たちの憩いの場となっている場所だ。

「ね、ちょっと寄ってかない?」



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